不眠症のウィンドソックス (44,372文字/1時間14分)

奈々川わかな

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第二十三話 このためにここに来たんだから

 『陰影礼賛』は、明々とした照明の下では浮かび上がることのない、闇の奥でこそ輝く弱々しい光の美しさを書き綴ったエッセイだ。建築や設計にも光と影のバランスは重要で……なんて偉そうに語るのも今は虚しいと佳樹は思った。だって自分より凌介の感想のほうがよっぽど芯を食っている。忍耐強い凌介がいきなり文学の話なんかしだしたのだって、自分があんまり不誠実で彼の思いにきちんと向き合わないせいだと佳樹はようやく気づいた。

 気づけば二人の体はこんもりとベッドカバーに覆われていた。その即席の闇のなかで凌介の額に浮いた汗が白く光っていた。汗粒だけじゃない。整った爪のふちや無造作な毛先にも、リネンの生地をかいくぐったわずかな光が反射して、息遣いに合わせてちらちら揺れていた。

「たしかに、エロいかも」

「でしょ?」

 そう言って凌介は得意気に目を細めた。抱き締められたのか、それとも自分から彼の腕の間に収まったのか佳樹にはわからなかった。わかるのはほこほこ温かい体がひとつに溶け合っていることだけだ。おまけにしっとりキスなんかされたら、また涙腺が痛んでたまらなかった。

「ばかだなぁ」

「僕だってそう思ってますよ。佳樹の好きな本なのに、しょうもない感想しか言えなくてごめんね?」

「ううん、私が馬鹿だなあって……みんな……ちゃんとしてるのに……」

「そんなことないってみんな知ってます。だからまずはゆっくり寝ましょうね。疲れてるしお腹も痛かったんだから、からだ休めないと……んっ……」

 凌介が息を継ぐ前に佳樹は今度こそ自分からキスをした。唇を押しつけ、もうばればれの嗚咽を必死で飲み込んでいるあいだ、凌介は赤ん坊でも寝かしつけるようにずっと背中をさすってくれていた。

「うっ、く……ひっ、ぅ……」

「めちゃくちゃに泣いても大丈夫だと思いますよ。ラブホだし」

「……うるさい……エロガキ……私が……寝るまで、っふ、ぅ……ひっく……どっかいったら許さない……」

「はいはい、行かない行かない。僕ずっとこうしてますから」

 凌介は声を落として、「どこにも行かないよ」ともう二度、三度繰り返した。優しい言葉を聞けば聞くほど心臓が張り裂けそうに痛い。凌介は手を握ったり、首筋をくんくん嗅いでみたり、背中をとんとん叩いてみたりと忙しそうだった。ああ本当に寝かしつけられてるんだなと気づいても、あとからあとからこぼれる嗚咽が止まらなかった。

 結局、後悔や自己嫌悪や言い訳や懺悔や憎悪を洗いざらい吐き出した末に、ようやく疲れ果てて眠ったのだと佳樹は後から凌介に聞かされた。
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