誤り婚-こんなはずじゃなかった!-

蒼崎 恵生

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「――以上が、真相です」
「そうか。分かった。まさか、あいなの友達がグランツェールの出身者とはな」

 秋葉と龍河(りゅうが)がカスティタ城に訪れた日の夜。

 執務室にて、公務から戻ったシャルにルイスは、昼間秋葉から聞いたスパイ関連の情報を報告していた。同時に、秋葉から預かったボイスレコーダーの内容もシャルに聞かせる。

 録音の中身を聞いたシャルは、座っていたイスから勢いよく立ち上がる。

「……この、スパイを動かしている黒幕の声は……!」
「ええ……。バロニクス帝国の……。ハロルド様のお父上にあたるデストロイ皇帝のものですね。バロニクス帝国とロールシャイン王国は同盟国だというのに、これは……」
「ハロルドは味方みたいな顔して俺の隙を狙ってたんだな……。昔アイツがやたら俺に絡んできたワケもこれならうなずける」
「そうです。ハロルド様も無関係ではないでしょう。実際、あの時の……」

 言いかけ、ルイスは口をかたく引き結ぶ。

「……どうした?」
「いえ……。ここ数年何も動きがないとはいえ、バロニクス帝国の動向には引き続き警戒しましょう。ハロルド様も、シャル様の人間関係を裏で執拗(しつよう)に探ったり、質(たち)の悪いことをしているようですから。シャル様の妃となられるあいな様も無関係ではいられないでしょう。彼女のことも、お守りしなくては」
「俺ができるだけそばについててやりたいけど、立場上そうできないことも多い。公務はどうしたって放り出せないからな……。ルイス。頼むぞ……」
「お任せ下さい。この命に代(か)えてでも、あいな様のことはお守りいたします」

 シャルは不満そうに眉を寄せる。

「……妬(や)けるな。そのセリフ、俺が言いたい」
「執事に妬いてどうするのです。これでは先が思いやられますね」

 ため息まじりに肩をすくませるルイスに、シャルはさらに険しい顔をした。

「お前が今でもアイツを好きなこと、隠しきれると思ってるのか?他のやつの目は誤魔化(ごまか)せても、俺は騙(だま)されないぞ、ルイス。
 それに、公の場で秋葉を問いつめなかったのは、その友達であるあいなの心情を第一に考えたからなんだろう?本来なら、こうして俺にコソコソ報告するような小さな問題じゃない。お前はいつだって俺のために動くけど、最近はその言動の裏にあいなへの並々ならぬ想いを感じる」
「不毛な問いですよ」
「何!?」
「私は、シャル様の手となり足となる存在。それ以上でも以下でもないのです。剣や銃と同じなのですよ。あいな様をお守りするのはシャル様の執事として当然です。シャル様は、あいな様の肌着にまで嫉妬するのですか?」

 淡々と語るルイスとは逆に、シャルは顔を紅潮(こうちょう)させ語気を荒げた。

「サラッと肌着とか言うなっ!言葉が過ぎるぞ!お前の話は飛躍(ひやく)しすぎてる!」
「たとえ話ですよ。とにかく、余計なことを気にせずシャル様はあいな様の元へ行って下さい。もうすぐ日付が変わってしまいますよ」
「ああ。また明日な。おやすみ!」

 シャルは王族の間に急いだ。ワクワクして、足も早くなる。

(あいな、さすがにもう寝てるかな……。)

 まだ結婚前とはいえ、同じ室内で眠るだなんてまだ早すぎる気もして、シャルは今さら緊張感を覚えた。

 足の先からじょじょに頭の上までじわじわ迫り来る。初めての想い。今すぐあいなをどうこうするつもりはないが、長年想い続けた相手と夜の時間を同じ部屋で共に過ごすというのは、人生の一大事である。


 緊張に身を縮こまらせているのはあいなも同じだった。
 照明を消し真っ暗な寝室。シャルのことなど意識していませんとでも言うようにベッドの中に身を隠し平静を装ったが、枕を反響して耳の中にまで心音が響いてくる。

(結婚したいとは思ってたけど、リアルな結婚生活がここまで心臓に悪いなんて思ってなかったよ~!今さらだけど、私、大胆(だいたん)な決心をしてしまったんじゃ……。)

 ガチャリと音を立て、シャルの気配が寝室に満ちた。王族の間に戻ってすぐ、風呂に入ったのだろう、湯上がりだと分かる石鹸(せっけん)の香りがシャルの方から漂ってくる。

 シャルにバレないよう、あいなは音を立てずに深呼吸する。高貴な雰囲気を纏(まと)うシャルの香り。あいなの頭は熱をおび、平常心ではいられなかった。それを落ち着かせてくれたのはシャルの言葉だった。

「……いいな。こういうの。仕事から戻ったら特別な人が待っててくれるって。想像以上に幸せなんだな」

 独り言のように紡がれる言葉の後に、シャルが隣のベッドに入る気配がする。彼の想いの深さを知り、あいなは動揺した。

(シャル……。そこまで、私のことを?)

 ルイスの言っていたことは間違っていなかった。あいなは今たしかに、シャルの想いを強く感じ取っていた。

「……あいな。起きてるか?」
「……」

 緊張と、胸に芽生えたばかりの戸惑いのせいで、あいなは返事をすることすらできない。
 シャルは、あいながまだ眠っていないことを気配で察していたが、クスリと笑うだけで彼女を問いつめたり無理に起こそうとはしなかった。

「ありがとう。ここにいてくれて」

(え……?)

 思いもよらぬ感謝の言葉に、あいなは緊張感を忘れ、耳をすませる。

「さすがに、ここへは来てもらえないと思ってたからな。正直、今でも信じられない。お前が俺の妃になってくれるなんて」
「……今さらだよ、そんなの。指輪があるからしょうがないんだし……」
「そうだな。指輪があるからしょうがない」

 シャルの声音は穏やかだった。

「お前にとって、この結婚は誤(あやま)ったものでしかないということは分かっている。でも、俺は、エトリアの指輪がお前の元に渡って本当に嬉しい。ここへ……。王族の間に来てくれて本当にありがとう」
「シャル……」

 かたく閉じていた瞼(まぶた)をそっと開き、あいなはシャルの様子を伺った。疲れているのか、シャルは目を閉じ、すでに寝息を立てている。

「こっちは心臓バクバクだったのに、なんでこうも冷静なの?男の人って、よく分からない」

 小さくつぶやきつつも、あいなは安堵(あんど)する。端正(たんせい)なシャルの寝顔にはどこかあどけなさが残っている。暗がりの中でも、彼が放つ気品は容易に感じ取れた。

(王家の人間、なんだな。)

 綺麗な肌。サラサラの髪。ベッドとベッドの間に距離があっても、シャルの放つ特徴的な香りはあいなの元に届いた。心を落ち着かせてくれる、好みの匂い。そこへ石鹸の香りが混ざり、あいなは胸の奥をくすぐられるような、不思議な気持ちになった。

(男の人と一緒の部屋に寝るなんて、初めてだ。やっぱり、女の子とのお泊まり会とは違うな……。)

 暗さに目が慣れると、シャルの姿がしっかりと見えた。骨ばった手の甲に、逞(たくま)しい喉元。今まではこうしてじっくり観察などできなかったけど、長い夜の時間の中で、あいなはじっとシャルのことを見つめていた。

 ――…いつもと変わらぬ学校からの帰り道。普段は何もない通りにアクセサリーの露店が広がっていた。一人の店番で管理される露店には、数人の中高生が足を止めていた。その雰囲気に導かれるように、あいなは露店に近付いた。

「運命の人に出会える指輪、大セール中でーす!なんと、千円!今だけ千円ですよ~!」

 千円で恋が実るなら、安いよね。これまで片想いに敗れ続けたあいなは、店番の人間のセールストークに胸をつかまれた。このまま一人でいたくない。好きな人に振り向かれたい。そんな想いが噴出した。

 ちょうど持ち合わせがあったので、あいなはためらうことなく指輪を買った。透明の青い石がついた、エトリアの指輪を――。

 今思えば、その指輪がなぜ露店に並んでいたのか疑問ではあるが、現在自分はカスティタ城にいて、シャルと同じ空間にいる――。

 右手薬指にはまっている指輪を見て、あいなはシャボンに包まれているような気分になった。

 初めて王族の間(ま)で過ごした夜。

 緊張感は薄れてきたものの妙に目が冴えてしまい、あいなはなかなか眠れずにいた。

(バルコニーに出て夜風にあたってこようかな。)

 ベッドを抜け出そうとしたその時、熟睡していたシャルが突然、悲鳴をあげて飛び起きた。

「やめろっ!!」

 初めて耳にする、興奮に満ちた彼の声に、あいなは心臓が飛び出しそうになった。

「ビックリするじゃん!どうしたの!?」

 悪い夢でも見たのであろう。シャルは肩で息をし、苦しげに顔を歪ませる。その額には汗がにじんでいた。

 あいなは枕元のトワイライトをつけた。寝室にオレンジ色の柔らかな光が広がる。

「悪い夢でも見た?」

 あいながあえて軽いノリで尋ねても、シャルは何も答えず両手で頭を抱えていた。

「シャル…?」

 明らかに様子がおかしい。いつものシャルとは違うことに気付き、あいなは戸惑った。シャルはまだ、夢の余韻(よいん)から抜け出せないでいる……。

 上体を起こしたまま、シャルは自分の両膝を抱え顔を伏せた。

「……ルイス…、ごめん……」


 重苦しさしか感じない長い沈黙の後、独り言のようにシャルはつぶやいた。

「夢、か……」
「そんなに怖かったの?」
「あいな……」

 まだ意識がはっきりしていないらしい。シャルは、あいなの存在に気付くまでぼうっとしていた。

 普段のシャルらしからぬ言動を目(ま)の当たりにしたあいなは、さすがに心配になり彼のベッド脇まで近づく。すると、シャルの手があいなの手を求めた。力強い握り方。それゆえに、不安に侵(おか)されている心の内が、彼の手を通してあいなにも伝わる。ただ単に怖い夢を見たというわけではなさそうだ。

「……しばらく、このままでいてくれ」

 シャルは心細げな顔であいなの手を握り続ける。じょじょに落ち着いてきたのか、シャルは絞(しぼ)り出すように声を発した。

「……昔、俺のワガママで、ルイスを傷付けた……」


 視察を装って国内の遠方に行ったのは9年前。シャルが11歳の誕生日を迎える前日のことだった。

 王子が外に出る時は、警護の者を複数人連れていくのが常識。いつ、命を狙われるか分からないからだ。しかし、シャルは一人の人間として誕生日を過ごしたいと願ってきたので、その日は護衛をつけず単独で遠出をすると決めた。誕生日当日は国家規模で祝いをされるため、前日しか自由に動ける日はないのである。

 シャルがその決断にルイスを付き合わせたのは、ルイスが自分の専属執事だったからだが、それだけではない。身内のように思い慕っているルイスと二人きりで思いっきり羽を伸ばしたいと思ったからである。


「最初は猛烈(もうれつ)に反対してたけど、ルイスは最終的に俺の願いを聞いて付き合ってくれた。バカなことしたって、今は反省してる。でも、あの頃の俺は、自分が国の要人である自覚を欠いていた。甘やかされていたからな、多少なら何をしても許されるって勘違いしていた。
 ルイスは当時から優秀な執事で、剣術や銃撃戦を得意としていたから、万が一何かあっても俺を守ってくれると思った。でも……」


 シャルの考えは甘かった。

 シャルとルイス、彼ら二人の隙を突いて、人型の魔物が襲ってきたのである。国の要人は城の外に一歩出るだけで命の危険に晒(さら)されるということを、シャルはその時身をもって知った。


「ルイスを俺のワガママに付き合わせたばかりに、アイツは……。俺をかばって大怪我を負った……」

 ルイスは持参していた剣と銃で対抗しようと試みたが、その魔物はこれまでにないほど動きが機敏でしかけてくる攻撃も強力だったことから、とても人の力では防ぎ切れないものだった。魔法でも使えれば別だったのだろうが、当時の二人は魔法を習得していなかったのでどうしようもなかった。

 ルイスの右肩に大きな爪を食い込ませることで満足したのか、人型魔物は去っていった。不思議なことに、シャルや他の通行人には目もくれず、その魔物はルイスのことだけを執拗(しつよう)に攻撃していたが、そんな場面を冷静に捉えられないほどシャルは動揺し、恐怖心からその場に崩れるように尻餅をつくことしかできなかった。

「ルイス、お前……」
「シャル様がご無事で、本当に良かった……」

 いつも気丈で何を言っても動じないルイスが、苦痛に顔を歪め、気を失う。傷を負った彼の肩を中心に、鮮血が広がった。街の人々は悲鳴をあげ、ルイスを遠巻きに見ている。生々しいほどの惨状(さんじょう)。

「ルイス、おい……」
「……」
「起きてくれ、ルイス……!」

 何度揺り動かしても、ルイスは地面に横たわったまま動かない。シャルは何度もルイスの名を呼び、涙を流した。自分が、誕生日を楽しく過ごしたいだなんて願わなければ、ルイスはこんな目に遭わずに済んだ。なぜ、こういう事態を想像できなかったのだろう?

 シャルは泣き崩れ、動かなくなったルイスから離れようとはしなかった。

 街の人達の協力によりカスティタ城の者達がその場に駆けつける。ルイスはすぐさま城の医務室に運ばれシャルも無事に帰ることができたが、その時の恐怖や罪悪感はシャルの心に深く刻まれ、こうしてたびたび夢の中にまで現れる。フラッシュバックだ。

 王子シャルが視察先で魔物に襲われ、専属執事がかばった。この件は国中を揺るがす大事件となったが、シャルは誰からも責められず、ルイスばかりが批判を浴びることとなった。

 王子の専属執事が、聞いて呆れる。自覚が足りないのではないか。執事の職を退かせ彼を城から追放するべきだとの声も上がった。しかし、国王から目をかけられていたおかげで、ルイスは厳重注意を受けるだけで済んだのだった。


「情けないが、俺はそれ以来、人を攻撃する行為が苦手になった。魔法も身に付けたが、ルイスほど多くの魔法は使えない」
「……そんなことが……」

 シャルの口から語られる過去の話を聞いて、あいなは胸をしめつけられた。シャルにそんな心の傷があったなんて……。

 日頃、自信ありげに振る舞っていたのは、トラウマの裏返しだったのだろうか。

 何も言えず、あいなはただシャルに自分の手をにぎらせることしかできないでいる。長らくそうしているうちに落ち着いたのか、シャルはそっとあいなの手を離し、儚(はかな)げな笑みを彼女に向ける。

「すまない。よけいなことを話した。これからもこうして夜中に目を覚ましてお前に迷惑をかけることがあるかもしれない。先に謝っておく」
「そんなの、いいよ……」
「ありがとな。お前がここにいてよかった」

 綺麗な目をしたシャル。こんなにも透き通った目をしていたなんて、今まで知らなかった。ドクンと音を立てる胸に、あいなはハッとする。どうして、こんな気持ちになるのだろう?

(シャルのことなんか、興味なかったはずなのに……。)

 彼のそばにいると、不思議な高揚感(こうようかん)を覚える。どうしてこんなにも胸がしめつけられ、同時に高鳴ってしまうのだろう。

 考えたくはなかったが、あいなは少しずつ、シャルの好意を受け入れ始めていた。

(この結婚は誤(あやま)り婚(こん)だと、はじめは思ってた……。でも、本当にそうなのかな?)

 シャルに反発していた時の自分がウソみたいに思えてくる。あいなは尋ねてみた。

「あのさ、ずっと気になってたんだけど……」
「何だ?」

 あいなの神妙な顔を見て何かを察したのか、シャルはあいなの話に耳を傾ける。

「普通、王族の人は、その立場や地位に合う高貴な人を結婚相手に選ぶよね。なのにどうして、シャルは私を選んだの?……もちろん、エトリアの指輪が私の手に渡ったせいだってのはわかってるけど……。なんか、それだけじゃ納得できなくて。それに、会ったことのない私にその…好きって言ってくる理由もよく分からないし……」

「好きな気持ちに、理由っているのか?」
「そっ、それは……」

 何の迷いもないシャルの眼差(まなざ)しはあいなの心に線のごとくまっすぐ届き、彼女を戸惑わせる。

(“好き”に理由なんていらない。私が今まで好きになった人もそうだった。特に、コレといった理由があったわけじゃない。でも、私がシャルに訊(き)きたいのはそういうことじゃなくて…!)

「シャルが良くても、その…城に居る他の人は、シャルが私のような平凡な女と結婚することを許さないと思う。私も、そういうの深く考えたことないから実際どうなのかはよく分からないけど……ほら!『ロミオとジュリエット』もそうなんだよ!立場が違いすぎて、二人は堂々と好き合えなかった……」
「ロミオとジュリエット…?何のたとえ話だ?」
「そっか、シャルは地球の人じゃないから分からないか。えっとね」

 あいなは必死に『ロミオとジュリエット』のストーリーを説明した。シャルはおとなしく耳を傾けていたが、やはりと言うべきか、きっぱり自分の主張を通す。

「たしかに、あいなの言う通り、王家の人間が、しかも次期国王の立場にある男が一般市民と結婚した前例はない。ロミオとジュリエットのような障害にぶつかる可能性もゼロじゃない。俺にも、公に婚約者候補を名乗り出る女が何人かいた。お前の手にエトリアの指輪が渡らなかったら、今頃そのうちの誰かと結婚しなきゃならなくなっていただろう」
「だよね!?それが王子様的な結婚の流れだよっ。私、場違いなんじゃないかと思えてならないんだけど……」

 世の中の全てを知らない高校生。とはいえ、自分が王子の嫁になれるだなんて、あいなは思えなかった。王族の間(ま)に足を踏み入れてからなおさら、そんな思いが胸に絡みついてくる。

「お前は忘れてるみたいだけど……」

 何かを決心するかのようにシャルは言い、ベッド脇のあいなに体を近付けた。その際ベッドがわずかに軋(きし)み、シャルの体温を空気越しに感じた。あいなは硬直してしまう。少し体を動かせばシャルに触れてしまいそうな距離だ。

 シャルはあいなを間近で見つめ、告げる。

「俺達は、昔、会ったことがある」
「え…!?」
「過ぎたことだ、思い出せとは言わない。このままこっちも知らないフリをするつもりだったしな。でも、お前の不安を少しでも解消できるのなら話したい。聞いてくれ」

 信じられない。反射的にそう思ったものの、シャルがウソをついているようにも見えない。ひとつひとつ自分の中に染み込ませるような気持ちで、あいなはシャルの言葉を聞いた。

「たった一週間だったけど、お前と龍河(りゅうが)は、何らかのまじないを使ってこの城に来た。お前達姉弟がどういう手法を取ったのか、ルイスに調べさせたが結局分からなくて、今もそれは謎のままだが……。その時俺は、人生で一番楽しい時を過ごしたし、お前達といる時間を失いたくないと心から思ったんだ」
「私だけじゃなく、龍河も?……昔はよく、色んなおまじないをためしてたな」
「ああ。お前はその時言っていたな。おまじないや占いが好きだと。

 それから8年経った今、やっぱり俺はお前のことが好きだと思った。

 お前がいなくなったこの世界で見合いを兼(か)ねたパーティーや食事会に出席させられたりもしたが、結婚する気になれなくて苦痛だった。ロールシャイン王国では、二十歳は成人扱いされる年齢。それもあって、歴代王子は皆、国民にしめしをつけるため二十歳で結婚していたから、俺に対する周囲の期待も強くてな。でも、俺は、親の決めた相手と結婚しようとは思えなかった……。父親を…現国王様を見ていたからな……」

 シャルの父親であり、ロールシャイン王国のカロス国王は、かつて、貧しい村に住む女性と恋をしていた。しかし、身分の違いはもちろん、ロールシャイン王国を治める人間は親の決めた正統な血筋の人間と結婚しなければならない決まりがあったため、カロスはその娘との結婚を諦め、後に決められた女性と結婚をした。その女性が、今は亡きシャルの母親…王妃である。

 シャルが五歳の頃、王妃は亡くなった。

 当時、カロスの胸の内を知らなかったシャルは、執事見習いとしてそばにいたルイスの存在に何の疑問も持たず、それどころか本当の兄のように慕っていた。

 母を亡くし悲しみにくれたものの、シャルが早く立ち直ることができたのはルイスがいてくれたからである。日頃は厳しいルイスも、シャルが母親を亡くしたばかりの頃は優しい面を見せた。

「シャル様。今は何も考えず、好きなだけ泣いていいのです。我慢なさらないで……」
「ルイス……」

 長い間泣くことを我慢していたシャルは、ルイスの一言で子供らしく泣き崩れることができた。この時シャルは、ルイスのことを執事以上の存在だと思うようになる。

 そうして数年後、まじないの力であいなに出会い別れた頃に、シャルは驚きの真実を知ることとなる。

 用事で父カロスの執務室を訪れると、カロスの姿はなく、その代わりとでも言うように机の上には数枚の書類が置かれていた。執務室を出ていく直前まで、カロスが目を通していたものだろう。

 何気なくその書類に視線をやり、シャルは茫然(ぼうぜん)とした。それは、カロスが執事達を使って密(ひそ)かにあることを調べさせていた証拠だったのである。

 かつてカロスが交際していた貧しい村の娘。カロスが心から愛した女性。それは、ルイスの実の母親なのだと、書類には書いてあった。古い紙に記される事実。
 調査日時を見て分かった。カロスは、シャルが生まれる前からこの真実をつかんでいたのだと――。

(俺とルイスは、異母兄弟なのか!?)

 シャルは一瞬そう考えたが、書類を読み進めていくとそうではないことが分かった。ルイスとカロスの間に血縁関係はない。
 ルイスの実の母親は、カロスと別れた後に別の男性と知り合い結婚した。その男性との間に授かった子供がルイスである。

 自分とルイスの間に血のつながりはない。しかし、異母兄弟であってもおかしくないと思ってしまうほど、シャルはカロスの未練をひしひしと感じ取った。古びた調査資料を通して――。

「国王様が…お父様がルイスに目をかけていたのは、そういうことだったのか……。かつて愛した女性の生んだ子供だから……。たとえ血はつながってないとしても……」

 そこまで愛した女性と別れて望まぬ結婚をしたカロスは幸せだったのだろうか?

 シャルは改めて振り返ってみる。短い夫婦生活の中、カロスが幸せそうにしていることはなかった。一方、ルイスと接している時だけは心穏やかそうだった。カロスは、ルイスを通して愛した女性の面影(おもかげ)を見ていたのかもしれない。

 語られることのないカロスの本音に気付くと同時に、シャルの胸を染める強い想い。

(王子だからって、結婚に妥協しない。したくない!)

 父には父の事情や考えがあった。シャルにもそれは痛いほど分かる。けれど、好きな女性と無理に離れてまで他の相手と結婚しなくてはならない運命を背負う覚悟など、自分には持てそうになかった。

 ――…父親の胸に突き刺さる後悔や未練を知った後、シャルは何事もなかったかのように執務室を後にし、カロスを問いつめるようなこともしなかった。ルイスにも今まで通りに接した。

 カロスもカロスで、自分の過去をシャルに知られたことには気付かなかったし、ルイスの母親が自分の恋人だったということを口にすることは一切なかった。

 シャルの語る話を、あいなは複雑な想いで聞いていた。

(恋愛結婚したいって考えは、シャルも同じなんだ。でも、私と違って、そういう気持ちになるまでに何度も葛藤(かっとう)してきたんだろうな……。)

 シャルとの共通点をまたひとつ発見し嬉しく思ったりもしたが、それ以上に切ない何かが、あいなの胸に沈殿(ちんでん)する。

(幸せになるんだ、絶対。)

 シャルとあいなは、同時にそう思った。この時同じ気持ちでいることに、二人は気付かない。
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