誤り婚-こんなはずじゃなかった!-

蒼崎 恵生

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 真摯(しんし)な様子でクロエは言った。

「シャルのためだけじゃない。私は、シャルの愛した女性のことも知りたいの」
「クロエさん……」

(クロエさんは私と本音で話そうとしてる?)
 嫌われているのではないと分かりホッとしたものの、これはこれで予想外のことであいなは戸惑った。
(全てはシャルの幸せのため。クロエさんは、本当にシャルのことを想ってたんだ……)

 ここで適当な作り話をして切り抜けるのは簡単かもしれない。でも、クロエに対してそんなことはできない。したらいけない。
 あいなは思い切って自分の気持ちを話すことにした。クロエに殴られてもいい……!

「クロエさんを軽蔑なんてしません。私……」

 喉(のど)が渇き声がかすれる。

「シャルとの結婚を控えながらルイスのことまで好きになってしまったんです。シャルと結婚することが決まって戸惑うばかりだった時、ルイスはいつも親身になって話を聞いてくれて……。シャルと向き合う決意が出来たのもルイスが居てくれたから。カロス国王が私達の結婚に反対するのは当然なんです。私にはもう、シャルの婚約者を名乗る資格はありません。ないんです……」
「そうだったの。それでカスティタ城を飛び出し自活しているというのね」

 クロエは近くの石段に腰をおろし足を組むと、立ちつくすあいなの顔をじっと見つめた。クロエの表情はいたって冷静で、あいなはそれに少し救われる。

「それで?答えは出そうなの?」
「実は、あまり考えてないんです。仕事するので精一杯で難しいことを考える余裕がないというか、考えないで済むというか……」
「それじゃあ本末転倒じゃないの。だったらカスティタ城に戻った方が」
「それは出来ません…!」
 つい、大きな声で返してしまう。
「すいません」
 あいなは謝った。

「気持ちは分からなくもないわ。距離を置くことで見えることもあるかもしれないし。シャルもルイスも、この短い間にずいぶん雰囲気が変わったと思ったけど、そういうことだったのね」

 クロエは一人、納得している。

「あなたの指にエトリアの指輪がないことからしておかしいとは思ったけど、なるほどね。シャルとルイスが城から居なくなったこと……。全てはあなたが招いたことなのね?」
「はい。私が全て悪いんです。って、えっ!?シャルとルイス、居なくなったんですか?」
「ハロルドに聞いてないの?」
「初めて聞きました!ハロルド、そんなこと一言も…!」

 あいなはひどく動揺した。

「どうしてそんなことに!?シャルとルイスに何かあったんですか?」
「気になるのなら自分の目で確かめてごらんなさい?ハロルドに頼めばすぐにでもカスティタ城行きの馬車を手配してくれるはずよ」
「それはっ……。できません……」

 あいなは両手でメイド服の裾(すそ)を力強く握りしめた。シャルとルイスのことが気になって仕方がない。なぜそんなことになっているのだろう?
 クロエは呆れたようにため息をつき、あいなの頬を軽くつねってみせた。

「頑固というか鈍感というか……。よくも悪くも、あなたはシャルにそっくりね」
「どこがですか!全然似てないですよっ」

 つい言い返してしまうあいなに、クロエは小さく吹き出した。

「シャルとルイスはあなたを探しているのよ。それ以外にあの二人が城を出る理由なんてないでしょう?」
「そんな…!シャルもルイスもカスティタ城に必要な人です。私ごときがいなくなったくらいで城を空けたりなんて……」
「どう感じようがあなたの自由だけど、実際に起きていることよ。おかげでカスティタ城は大騒ぎ」

 ゆっくり立ち上がり、クロエは言った。

「あなたにも色々事情があるのはよく分かったわ。ただ、このまま逃げ通すなんて一番|狡(ずる)いやり方だと思わない?」
「狡い、ですか?」
「ええ、卑怯よ。二股に関しては私も人のこととやかく言えないから説教する気は全然ないけど……。
 あなた、ルイスと付き合っておきながら彼に何の相談もせずに城を出てきたのよね?ルイスの立場になって考えてみなさいよ。彼に同じことをされたらあなたはどう思う?」
「同じことされたら、悲しいです。ひどいですよね」

 クロエに言われて初めて、あいなは自分の身勝手さに気付いた。恥ずかしくなり顔が熱くなる。

「それに、シャルはルイスのことをひっくるめて理解した上であなたと居ることを選んだんでしょう?だったらそれでいいじゃない。あなたは何も思い悩む必要ないわ」
「……そうなんでしょうか」
「会うなら早い方がいい。こういうことは時間が経ては経つほど話しにくくなるわよ?カロス様のことはシャルが何とかしてくれる。あの二人は親子なんですもの。それに、あなた、甘える相手を間違えてない?」
「え?」
「ハロルドなんかに甘えてないで、シャルとルイスを頼ってあげなさいよ。二人はあなたのことが好きで、あなたも彼らを好きなんだから。男は頼られた分だけ頑張れる生き物よ」
「……」

 何と返したらいいのか分からずあいなは黙りこくった。自分にはなかった考えをクロエに言われて気持ちが混乱したというのもある。それと同時に自分の中に隠された未知の部分に向き合わされるような感覚がして不安にもなった。とはいえ、クロエに苦手意識を持つわけでもなかった。その逆で、むしろ、彼女に対していつの間にかリラックスしている。昔からの友人みたいに親身になってくれるクロエに、あいなは親しみや感謝の気持ちが湧いた。

「そろそろ帰るわね。気が向いたらまた遊びに来るわ。ヴィクトリアと一緒に。一生懸命なのはいいけど体は大切にね」

 うつむき考え込むあいなを残して、クロエはスタスタと歩き出す。ひとつだけ分からなくて、あいなはクロエを呼び止めた。

「クロエさん…!どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」
「シャルの愛した女性だからよ」
「え?」
「あいなさんは私にとっても特別な人みたい。話してみてさらにそう思ったの」

 振り返らず、背中を向けたまましなやかに手を振り、クロエは行ってしまった。

 あいなは立ちつくす。
(私、間違ってた?)
 でも、城を出てきた瞬間のことがどうしても思い出せない。あれは衝動的なものだったということくらいしか。

(シャルやルイスは、私を探すために城を出た。そうなの?)
 このままでは、立場ある二人に迷惑をかけてしまう。とはいえ、店を辞めてロンとフェンネルにまで迷惑をかけるわけにもいかない。
(それに、どんな顔をしてシャルやルイスに会えばいいのか分からない)
 彼らにひどいことをしているとクロエに指摘され、それを自覚しても。自分の身勝手さに自覚したからますます会いづらくなったと言ってもいい。

 クロエの言葉が、あいなの頭で反芻(はんすう)される。
「好きな人をもっと頼るべき、か……。そういうのも恋愛のルールみたいなものなのかなぁ」

 クロエの言っていたことが未知の世界の話に聞こえた。なにせ、恋愛感情で結婚や交際を申し込まれたのは初めてなのだ。友達感覚で関わっているハロルドには気楽に頼れるのに、異性を意識してしまうシャルやルイスに対しては全くうまく接すれない。

「片想いの恋は報われないけど、今よりまだ気楽だったかもしれないな……」
 遠い日のことに感じる、片想い連敗の日々。つぶやいていると、仕事を終えたハロルドがやってきた。

「遅くまで大変だったね、お疲れ様」
「あいなもお疲れ様。ヴィクトリア達、もう帰ったんだね」
「クロエさん、また来るかもって言ってたよ」
「そうなんだ。二人きりで大丈夫だった?」

 ハロルドは気遣うようにあいなを見る。

「うん。クロエさん、いい人だね。本当のお姉さんみたいに優しい人だった」
「そう。良かったね。でも、それにしては落ち込んだ顔してるよ?」
「……シャルとルイス、カスティタ城から居なくなったんだって。私を探してるかもしれないって……」
「あいなのせいじゃないよ」

 穏やかな顔のまま、少し強めにハロルドは言った。

「黙っててごめんね。そうやって悩ませたくなかったんだ。あの二人が城を出たのはあいなのせいなんかじゃない。好きでそうしてるんだから」
「でも、あの二人は立場もあるのにそんなことになって……」
「安心していいよ、あいな。ルイスはどうなるか分からないけど、シャルはそのうち城に戻ることになると思う。さっきお客さんが話してるのを聞いたんだけど、最近シャルにそっくりな人が城下町でよく目撃されているってもっぱらの噂だよ。巡業をしている医者の助手をしてるとか」
「それって!私も前に、お客さんがそんなような話してるの聞いたよ……」

 あいなの胸は高鳴った。

「シャルは正体を偽ってあいなを探し回ってるんだろうね。多分、ルイスと一緒に。国民に顔を知られてる分、シャルは噂になるのも早い。カスティタ城の執事や使用人達は総出でシャルを探してるし、見つかるのも時間の問題だと思うよ。それに、つい最近……」

 店の前でルイスの気配を察知した。そう言いかけ、ハロルドは口を閉ざす。
(ルイス……。あいなの居場所を突き止めたクセに黙って立ち去るだなんてかっこよすぎるよ。僕の口からは言ってあげないからね、そんなこと。君のことだから、あいなを見つけたことはシャルにも秘密にしているんでしょう?)
 ルイスに対する、ハロルドのささやかな反抗。あいなに恋した男として、ハロルドはルイスに対抗心を感じずにはいられなかった。

「ハロルド……?」
「もうすぐお給料日だね」

 ハロルドはあからさまに話題を変えた。あいなは目を丸くしながらも話を合わせる。

「うん。初給料!面接受けた中で一番時給良かったし、楽しみだなぁ」
「何か欲しいものでもあるの?」
「私が欲しいっていうより……」

 一瞬言葉を詰まらせたものの、ハロルドの優しい表情に気持ちを和ませたあいなは想いを語った。

「シャルとルイスに何か贈りたいなって思ってるんだ。お城から支給されたお金じゃなく、自分で働いて稼いだお金を使って」
「そうなの?あいなのことだし、シャルの誕生日プレゼントを用意するものだとばかり」
「うん、それはもちろん考えてるよ。シャル、自分の誕生日はただの行事だーみたいな言い方してたけど、なんか納得できなくて。誕生日は誰にとっても嬉しい日なはずだし、ちゃんとお祝いしてあげたいんだ」

 語るあいなを、ハロルドは愛しげに見つめる。

「ルイスにも何かしてあげたい。城に居た時いつも助けてもらってたし、シャルに聞いたんだけど、ルイスは天涯(てんがい)孤独なんだって……。そういうの、私にはどういうものか想像できないけど、もし今私にお父さんやお母さん、龍河(りゅうが)がいなかったらって考えたらゾッとするもん」
「あいな……」
「居て当たり前だと思ってた家族。でも、それって当たり前のことじゃなくてすごくありがたいことなんだって、異世界に来てからよけいに思ったんだ。家族の居ないカスティタ城はやっぱり寂しかった。ルイスは子供の時からそんな想いを……。自分一人しかいないっていう寂しさを味わっていたのかと思うと、なんか……」

 両手で胸を押さえ、あいなはうつむく。話していたら、今まで気が付かなかった自分自身の本音が見えてきた。

「私、カロス国王のこと尊敬してるんだ。昔愛した女性が産んだルイスを自分の子供のように育てたこととか、ロールシャイン王国を豊かにしたところとか。他にも私が知らないすごいこといっぱいやってきた人なんだと思う。だからかな……。そんな人に自分を否定されてショックだったし、シャルやルイスとうまくやっていく自信もなくなった。シャルだけじゃなく、私はルイスのことも幸せにはできない女なんだって思った」

 悲しげな声音。苦しさをごまかすようにあいなは微笑を浮かべた。

「私、二人と居て幸せだった。短い間だったけど、本当に……。だから、せめて最後は、二人に心のこもった贈り物をしたいんだ。私はいつか自分の世界に帰るべきなんだと思うから。そう遠くない未来に……」
「あいな……。二人に贈り物をしたら地球に戻るつもりなの?」

 肯定も否定もせず、あいなは薄く笑った。

「ありがとう、ハロルド」
「え……?」
「こんな状況なのにこうやって落ち着いていられるの、ハロルドのおかげだよ。しんみりした話ばっかりしてごめんね。いつもありがとう!ハロルドと友達になれて本当に良かった」

 満面の笑みと軽やかな足取りで、あいなは二階の自室に上っていく。ハロルドは無言でそれを見送るしかなかった。あいなの部屋の扉が閉まる音が切ない。同時に心まで閉ざされたように感じてしまうからだ。

「……シャル。早くあいなを見つけてあげて。僕では埋めてあげられないんだよ……」

 ハロルドはつぶやき空を見上げる。晴れた夜空に瞬く無数の星は綺麗で、だけどそれは言い様のない悲しみを表現している様で。
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