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「ぐっ……」
あらわになった肌に傷がつき、そこからとめどなく血が流れる。下着だけの姿にさせられる頃、シャルの意識は朦朧(もうろう)としていた。女性の目もあるので、男達もさすがにシャルの下着までは脱がさなかったが、どれだけ王子を殴っても気が晴れず彼らの苛立ちは増していった。
「俺達の村を切り捨てるつもりか!」
「人でなし!!」
どれだけ痛くても、村人達の意見を余(あま)すことなく受け止めなくてはならない。そう思うのに、シャルは地面に座っていることすらつらくなってきた。
「恋愛結婚だ?笑わせる!王子なんだから国民のためを思って政略結婚してりゃいいんだよ!」
「私、は……、決し、て……」
言葉を発することも出来ず、シャルは気絶する。体の倒れる重々しい音が辺りに響いた。
「おい、死んだか?」
「もう終わりかつまんねえ。王子様はヤワなこって」
シャルが無反応になったことに興醒(きょうざ)めした村の男達は、ぞろぞろとその場を去っていく。
その様子をこわごわと見ていた村人の中にはシャルの味方をする者も少なからずいて、皆口々にシャルへの思いを口にした。
「シャル様、大丈夫かね?」
「村の異常がシャル様のせいだなんて何かの間違いだよ。あのお方は貧しいこの村を見捨てず何度も救いの手を差し伸べて下さったのだから……」
しかし、この者達の悲しげな呟(つぶや)きは村全体をまとめる力を持たなかった。村の異常事態に伴(ともな)い妙な連帯感を強めた村人の大半は、シャルを否定しその婚約者に原因をなすりつけることで現実逃避をしていたからだ。
数十分後。シャルは自身の血の味で目を覚ました。
「うっ……!」
口の中まで切っている。咳(せき)と共に血混じりの唾(つば)を吐きその場にうずくまる。
「シャル、大丈夫?」
「……っ」
傍に居たハロルドに視線を向けると肩で息をし、シャルは呼吸を整える。護衛の人間達が治癒魔法でシャルの手当てをしている最中だった。
「気を失っていたのか……」
「シャル様……!ご無事で何よりです!」
「大したことはない」
「村人達を拘束(こうそく)することも出来たのに、このまま放置して本当に良かったのですか?」
「大丈夫だ。必ず対策を立てる。もう少し時間がほしい」
「はい……」
手当てを終えた護衛の人間は、心もとない表情でシャルから離れ村の状況を警戒した。
ハロルドは悔しげな顔でシャルを見る。
「君がそこまでされる必要あったの?」
「次期国王として当然のことをしたまでだ」
「それにしたって、ひどすぎるよ……」
「たしかに、平時には考えられないことだ」
「あいなのせいでエスペランサさんがお怒りだって村の人達は言ってたけど、そんなの何の確証もないよね。たまたまあいなの訪問と魔女村の悪い現象が重なっただけで……。単なる言いがかりだよ」
「分かってる。それでも俺は、村人達の怒りを受け止めたいと思った。畑が荒れて水も干からび、食べる物や仕事も無くなりつつある……。突然こんなことになって、あの人達の苦しみは深いんだ。怒りや悲しみのやり場が無くてつらいんだ。少しでもその気持ちを鎮(しず)められるのなら、俺はその受け皿になる。今はまだそのくらいのことしか出来ない未熟な王子だが、近い将来、必ず魔女村の異常を解決してみせる」
「シャル……」
「あいなのことも諦めない。もう一度結婚を申し込む」
輝きを失ったエトリアの指輪を見つめ、シャルは言った。
「似ているな……。エスペランサの墓から出ていた靄(もや)と……」
「本当だね。元々透き通った青色だったとは思えないくらい真っ黒になっちゃってる……。あいなの指輪が外された頃からそうなったんだよね?」
「そうだ。もしかしたら、あいなの命とエトリアの指輪は、何かしら関係があるのかもしれない」
「その辺りのことを調べるにしても、まずはあいなに会わなきゃね。シャルとの別れであいなの未来が見えなくなったのなら、今彼女にシャルの気持ちを伝えれば死の未来は回避できるかもしれないし」
「そうだな」
シャルは護衛の人間を見やる。
「しかし、ルイスは遅いな。予定ではすでに戻る時間なんだが」
「ルイス、シャルが居ないのをいいことに送り狼(おおかみ)になってないといいけど」
「な!そんなわけあるか!あっちにはあいなの家族も一緒なんだぞ!?」
「そういう場面を難(なん)なくクリアしちゃうのがルイスでしょ?それに、あいなにその気はなくても、今の彼女はフラフラっとルイスの方にいっちゃうかも」
「どうしてだ??」
「傷心中は身近な異性の優しさが普段の何倍も心に大きく響くものなんだよ。あいなはシャルにフラれたと思ってるんだからね。ルイスはそういう所に躊躇(ちゅうちょ)なくつけ込みそうだし」
「そんな……」
からかい半分本気半分のハロルドの推測を、シャルは必死に否定する。
「あいなはそんなに弱くない!」
「それはシャルの願望でしょう?『俺にフラれても他に行ってほしくない』って」
「ぐっ……」
悔しいがハロルドの言う通りである。
「そうだな……。俺は、あいなの心を誰にも奪られたくない」
「やっと本来のシャルに戻ったね。下手(へた)に余裕ぶらない方がいいよ。君はそのままで充分魅力的なんだから」
「……俺は今まで余裕ぶってた。エトリアの指輪があるからって、それだけであぐらをかいていたのかもしれない」
「そこまでは言ってないよ」
「いや、いいんだ」
これまでの自分の言動が滑稽(こっけい)で、だけどあいなにまつわる全ての感情が愛しくて、シャルは穏やかな笑みを浮かべたのだった。
村人に身ぐるみをはがされたままのシャルは、一度城へ戻り医務室で医者の手当てを受けると格好を整えた。支度の時間すら惜(お)しかったが、さすがに生傷(なまきず)だらけの肌をさらしてあいなに会いに行くわけにはいかない。
護衛の人間達に治癒魔法をかけてもらったがあまり意味はなかった。彼らの能力はあくまで防衛と攻撃。治癒魔法はそれほど優れておらずむしろ未熟なので、完全な形で傷を治してもらうことは出来なかった。
こんな時、シャルはルイスの存在の大きさを感じずにはいられなかった。
(アイツはいつだって俺を護ってくれた。治癒も攻撃も完璧で、専属執事以上の能力を持っていて……。俺に足りないものを常に補ってくれた。それは、執事としてアイツが努力した結果なんだろうけど、俺に対し親愛の情を抱いててくれたからなんだと、俺はやっぱりそう思いたい)
ルイス同様空間転移の魔法を使い、シャルはハロルドと共に地球にたどり着いた。夕方になる少し前である。
目的地はあいなの自宅だったのだが、少し魔法の調整を間違えたらしく、あいなの幼なじみ・秋葉(あきは)の自宅前に移動してしまった。
「あいなを迎えに行く前、何度も特訓したのにな」
二十歳の誕生日きっかりにあいなを迎えに行けなかったのは、自分の魔法が未熟だったせい。今はもう少しマシな空間転移ができると思ったがまだまだ練習が必要らしい。ルイスほどの魔法使いになるために足りないものが多すぎる。
シャルの反省をそこそこに、ハロルドはあいなの自宅がある方向を指差した。
「ルイスとあいな、やっぱり一緒に居るみたい!あっちから二人の気配が見える!」
「行くぞ!」
テンションを上げて歩き始めたはいいが、自国にはない暑さが二人の歩行を次第に鈍らせていく。照りつける太陽。蒸した空気。蝉(せみ)の鳴き声。
春と秋しかないグランツェールで生まれ育ったシャルとハロルドにとって、日本の7月は想像以上に過酷(かこく)なものだった。
「なんて暑さなんだ……。人間が耐えられる温度だとは思えない」
「あいなが生活していた場所なんだから、僕達でも耐えられなくはないんじゃないかな?ほら、他の人は普通に歩いているし」
「早いところ、あいな達の元に行くか……」
移動手段に空間転移の魔法を使おうとしたが、異空間転移という魔力消耗の激しい魔法を使ったばかりで魔力が底をついている。シャルはうなだれた。
「しまった。魔力回復するためのお香を忘れた……」
「あいなのことしか考えてない証拠だね」
「どうして俺はいつもこう肝心な時に……。自分が嫌になるな」
「仕方ないよ、君はただでさえ傷だらけの体なんだし、注意力も散漫(さんまん)してたんじゃないかな。死ぬわけじゃないし、無理はしないで涼みながらいこうよ。ほら、こっち。お店から涼しい風が出てる」
ハロルドの案内に従い、シャルは商店街通りを歩く。汗ばむ肌。人混み特有の熱気。
数十分歩くと、大型ショッピングモールが見えてきた。
「ここであいなとルイスの気配は止まってるよ」
「行ってみよう!」
「シャル、あいなの名前を出しただけで元気が戻ったね」
「うるさいっ」
颯爽と中に入るシャル。ハロルドもそれに続いた。エアコンの涼しい風が二人を包む。
「天国だな…!」
「外の暑さがウソみたいだね」
服をパタパタと揺らし、シャルは苦笑する。
「日本の四季は人体に多大な影響を与えるんだな。長時間外に居たら精神的にまいる」
「体感温度も人の感情に影響を及ぼすって言うものね。日本のことを調べた時に夏生まれの人は暑さに強いって何かの本で読んだんだけど、シャルはそんなことないみたいだね」
「ロールシャインにはこんな暑さ存在していないし、夏生まれも何もないだろ……」
ハロルドは店内に飾られている笹の葉を指差した。
「ねえシャル、あそこにあいなとルイスの気配が濃く残ってる!」
「あれは笹の葉……。七夕という日本の行事に使われる物だったか」
「さすがシャル。日本のことちゃんと調べてただけあるね」
「どうしてここに二人の気配が?」
「短冊を書くために寄ったんじゃないかな?」
たくさんの飾りや短冊が吊り下げられ色鮮やかな笹の葉。ハロルドはイタズラを思い付いた子供のような顔でニヤリと笑った。
「これ、たしか、願い事を書くための物だよね?あいなとルイスのもどこかにあるんじゃない?願い事と同時に名前も書くのが普通らしいし。探してみようよ」
「お前、悪趣味だぞ。あいつらにもプライバシーってものがっ……」
「こんなところに堂々と公開されてる笹の葉だよ?短冊書いた人も、誰かに見られるかもしれないことは了承済みだよ」
「そっ、それはそうだが、しかしだな…!」
「シャルは気にならないの?あいなとルイスが何を願ったのか」
「気にならなくはないが、だからって人の願いを勝手に見るなど……。ここに気配があるからって短冊を書いたとも限らないし」
「書かなかったとも言い切れないよー?」
シャルの言葉を聞き流し、ハロルドは楽しげに目的の短冊を探す。あいなとルイスの短冊が見つかるまでの間、他の客達が書いた願い事にもザッと目を通した。
「試合に勝ちたいとか試験に合格したいって書いてる人もいるけど、やっぱり恋に関する願い事が多いね。ここ、女性のお客さんが多いし」
「お前っ、他の人の願い事まで見たのか!?」
「だって、興味深いんだもの。これも僕にとっては修行のうちだよ。あ!あいなの短冊発見!」
「何!?本当に書いてるとは…!」
シャルは冷や汗をかいた。胸が激しく鼓動する。
(ルイスと結婚できますようにとか書いてあったらどうする!?破壊力ありすぎるぞ、それは……)
嫌な汗を流すシャルの横で、ハロルドは楽しげにあいなの短冊に書いてあることを読み上げた。
「いつか大好きな人と結婚して幸せな家庭を作れますように。神蔵(かみくら)あいな」
「大好きな人…?」
「良かったね。ルイスに関する願い事じゃなくて」
ホッとしたものの、シャルは腑(ふ)に落ちなかった。
「あいつが大好きなのはルイスじゃないのか?なのになぜそう書かない?俺と別れて迷いなくルイスを選んだんじゃないのか……?」
「あ、ルイスのも発見!読むよー?」
シャルの呟(つぶや)きをあえて流し、ハロルドは青色の短冊を読んだ。
「あいな様がシャル様と共に永遠の幸せに守られますように。ルイス=フォクシード」
「…………」
「だって、シャル」
放心しているシャルに、ハロルドは困ったように笑いかけた。
「これを書いた時のルイスの気持ち、僕には分かるよ。あいながルイスに関する願い事をしなかった理由も、ね」
「俺には分からない。あいなとルイスは仮の恋人になったと、たしかにそう言っていたのに……」
自分が身を引けば、あいなは迷わずルイスの手を取り幸せになる。シャルはそう考えていた。
「今日、あいなとルイスは、最初で最後のデートをしたんだよ」
ハロルドは二人の気配を読み、言った。
「ルイスの元に行こうよ。彼は今、あいなと別れて一人で居る。ここからわりと近い場所で」
「ルイス……。あいな……」
ハロルドの意味深な言葉の意味を理解できないシャルは、引っかかりを感じながらルイスの元に向かった。
ハロルドの案内でたどり着いたのは、住宅街の近くに位置する河原だった。ショッピングモールを出てシャルがそこへ着く頃には、茜色の空が河原の水を反射し、さきほどよりいくらか涼しい風が吹いていた。大きな河が、夕焼け色の空を受け止めるように長く伸びている。
一人河原に座るルイスの元に、二人は近付いた。
「ルイス」
「シャル様。ハロルド様もご一緒とは……」
「帰りが遅いと思ったらこんなところに居たのか」
「申し訳ございません……。その傷はどうされたのです?」
シャルの頬や首筋からのぞく傷を見て、ルイスは怪訝(けげん)な顔をした。
「平気だ。事情は城で話す」
「……少しそのままでお願いします」
「すまない」
ルイスの治癒魔法はやはり完璧で、シャルの傷はすぐに治った。
ルイスの両脇に座り、ハロルドとシャルも河原を眺めた。
「ルイス。こんな所で何をしてたんだ?」
「気持ちの整理をしていました。それからでないと城には戻れそうになかったので……」
「気持ちの整理、か。悪いと思ったが、笹の葉に吊るされたお前達の短冊、見た」
「そうでしたか。かまいませんよ。あいな様に見られなければそれで」
驚きもせず冷静に語るルイスに、シャルは顔をこわばらせた。
「あの願い事は本心か?お前はあいなを諦めるというのか?」
「……」
「本当にそれでいいのか?」
「いいもなにも、あなたは初めからあいな様を諦める気などなかったはずです。あいな様をお迎えにいらっしゃったのでしょう?ここから先はシャル様の出番です」
ルイスの首には、あいなとお揃(そろ)いで買った桜色の石が静かに輝いている。それを片手でそっと包み込み、ルイスは目を閉じた。
「仮の恋人は仮でしかありません。それに、私はこれ以上何も望まないと決めました。この先誰の手を取るのか、お決めになるのはあいな様です」
そんな表面的なことではなく、もっと深い部分について知りたい。シャルはそう思うのに、それ以上立ち入らせないと言うようにルイスは無言で壁を放った。
ハロルドは悲しげな顔で黙って二人の会話を聞いている。
「あいなは死ぬかもしれない……。ハロルドにそう知らされて、いてもたってもいられなくなった」
「アンコンシアンス・マレディクション。あいな様はそういう精神病にかかってみえます」
「アンコンシアンス・マレディクション…?聞いたことのない病名だ」
医者にも深く知られていない稀(まれ)な病。医術に詳しくないシャルには全くその知識がなかった。
「近頃あいなの体調が不安定だったのは、催眠剤のせいではなかったのか?」
「あいな様が体調を崩したり悪夢を見たのは催眠剤の影響で間違いありません。アンコンシアンス・マレディクションの症状が出たのはシャル様に別れを告げられた直後のことです。いいえ……。厳密に言えば、カロス様にエトリアの指輪を外された直後からだと考えられます」
アンコンシアンス・マレディクションの発症例や治療法など、ルイスは知りうる限りのことをシャルに説明した。その上で、エトリアの指輪が関係する理由を話した。
「シャル様も充分ご存じの通り、エトリアの指輪には夫婦間の絆を強めると同時に互いを護り合う効力があります。あいな様が催眠剤の影響に屈しなかったのもエトリアの指輪の護りがあったからでしょう。しかし、それを途中で外すことになってしまった……。調べたところ、そのような前例はひとつもありませんでした。代々カスティ家で夫婦の契(ちぎ)りを交わした男女は、自然死以外の理由でエトリアの指輪を外すことはなかったのです」
「エトリアの指輪がこんな風に変化したのも、あいなの指から強制的に指輪を外したせいなのか?」
「そうだと思います。エトリアの指輪を彩る透明の石。その青い輝きは未来への希望。それが途絶えることは夫婦の未来も閉ざされたも同じです」
エトリアの指輪を外したことで、あいなはアンコンシアンス・マレディクションを発症することになってしまったとルイスは考えた。病ではなく呪いだとすら言われるこの病気は死亡率が高い。悲しくもハロルドの占いは当たってしまったということになる。
「どうしたらあいなの病を治せる!?性交渉以外で何か方法はないのか……!」
「……シャル。もう、そんなことを言っている時間はないよ」
それまで黙って話を聞いていたハロルドが意見を述べる。
「カロス様の許可がおりたって、あいなの命がなければ君達の結婚は成立しないんだよ。二人で幸せになると決めたんでしょう?」
「だからって、そんな、抱くなんて……」
シャルは真剣だった。歯をくいしばり、想いを語る。
「あいつのそばにいてそういう気が起こらなかったと言えばウソになる」
あいなの匂いが空気を漂い、食事の時に彼女の唇が潤(うるお)う。柔らかい頬が赤く染まる。そんなあいなの姿を見るたびに、シャルは何度も彼女を抱きたい衝動に駆(か)られた。深く口づけをして体中を愛撫し、湿った音を立てて何度も激しく彼女の奥を貫きたいと――。一糸(いっし)纏(まと)わぬ姿でこちらを見つめ、甘くなまめかしい声で鳴くあいなの姿を想像してしまう夜もあった。
「その気になれば、俺はいつでもあいなを抱ける。たとえあいなが俺を好いていないとしても……。男はそういう生き物だ。相手の気持ちを確認しなくても体を求めることができる性別だ。だからこそ、あいつとは気持ちが繋がってからそういうことをしたい。あいつが俺を求めてくれるまで待ちたい。女性はそういうのを大切に考えるものだと、あいつの持ってる恋愛コミックにもあった。俺もそう思う。あいなだってきっとそうだ。俺の勝手であいつの心身を犯したくはない。一生をかけて大切にしたいんだ……」
ルイスとハロルドはしばし無言だった。シャルの想いの強さが感じられる。
シャルの心持ちには感動したが、あいなの未来を考えるとハロルドは素直にうなずけないでいた。
「君の気持ちは素敵だと思う。でも、このままじゃあいなは……。今も、あいなの星は何も映してくれない……。何度も占ってるのに……」
「シャル様ならそうおっしゃると思っていました。そこでひとつ考えがあります」
涙混じりなハロルドの言葉に重ね、ルイスはよく通る声で言った。
「エトリアの指輪の輝きを甦(よみがえ)らせそれをあいな様の指に再びはめることが出来れば、指輪の魔力に護られ、あいな様の病は完治させられるかもしれません」
「確実ではないのか?」
「はい。あくまで仮説です。前例のない事態ですから……。ただ、何もせずに諦めるよりはずっと建設的です」
「そうだな。エトリアの指輪があいなの病を浄化してくれる可能性があるのなら……!」
希望が見え、シャルは生き生きと目を輝かせた。
「どうやって指輪を元に戻すんだ?」
「移魂の儀(ぎ)を執(と)り行います」
「いこんのぎ……?」
初めて耳にする言葉に、シャルをはじめハロルドも首をかしげた。
「魔法や儀式関連のことは昔全て習ったはずだが、初めて聞くぞ」
「僕も。バロニクス帝国でも聞いたことのない儀式だよ」
「これはロールシャイン王国のごく一部の魔法使いにだけ伝わる話なのです。禁断の魔法『リバイバル』を使って行う儀式で、危険も伴うため一部の者にしか受け継がれてこなかったのです。ハロルド様を信用して話しました。先祖エトリア様が編み出した術式と言われていて、幸い私も、移魂の儀を執(と)り行う資格を得ています」
「そんなすごいことを今まで黙っていたのか、お前は……」
「極秘事項ですから。今は緊急事態ゆえ話すべきだと判断しました」
「そうか……」
ルイスの秘密主義は今に始まったことではないが、まだ何か隠されているのではないかと無駄に疑ってしまう。そんな気持ちを胸に押し込め、シャルは尋ねた。
「リバイバルと言ったか。それはどんな魔法なんだ?」
一拍の間を置き、ルイスは平らな声で告げた。
「リバイバルは、壊れて機能しなくなった物体を元の状態に戻す魔法です。他の魔法と違うのが禁断と言われる所以(ゆえん)です」
「普通の魔法とリバイバルはどう違うんだ?」
「普段使う魔法は個々の魔力依存ですが、リバイバルは代償(だいしょう)を必要とします」
「代償……?」
シャルとハロルドは不安げにルイスを見つめる。
「大切な想いを心から抜き取ると同時に、直したい物の価値に見合った命を削る。それがリバイバルを発動させる絶対条件になります」
「それってつまり、ルイスの命を犠牲にエトリアの指輪を元に戻すってこと?」
ハロルドは青ざめ、動揺した。シャルは、その存在を確かめるかのようにルイスの肩を強くつかんだ。
「それだけじゃないよな?リバイバルを使う魔法使いの心から大事な想いを抜き取るって……。それって……!」
あらわになった肌に傷がつき、そこからとめどなく血が流れる。下着だけの姿にさせられる頃、シャルの意識は朦朧(もうろう)としていた。女性の目もあるので、男達もさすがにシャルの下着までは脱がさなかったが、どれだけ王子を殴っても気が晴れず彼らの苛立ちは増していった。
「俺達の村を切り捨てるつもりか!」
「人でなし!!」
どれだけ痛くても、村人達の意見を余(あま)すことなく受け止めなくてはならない。そう思うのに、シャルは地面に座っていることすらつらくなってきた。
「恋愛結婚だ?笑わせる!王子なんだから国民のためを思って政略結婚してりゃいいんだよ!」
「私、は……、決し、て……」
言葉を発することも出来ず、シャルは気絶する。体の倒れる重々しい音が辺りに響いた。
「おい、死んだか?」
「もう終わりかつまんねえ。王子様はヤワなこって」
シャルが無反応になったことに興醒(きょうざ)めした村の男達は、ぞろぞろとその場を去っていく。
その様子をこわごわと見ていた村人の中にはシャルの味方をする者も少なからずいて、皆口々にシャルへの思いを口にした。
「シャル様、大丈夫かね?」
「村の異常がシャル様のせいだなんて何かの間違いだよ。あのお方は貧しいこの村を見捨てず何度も救いの手を差し伸べて下さったのだから……」
しかし、この者達の悲しげな呟(つぶや)きは村全体をまとめる力を持たなかった。村の異常事態に伴(ともな)い妙な連帯感を強めた村人の大半は、シャルを否定しその婚約者に原因をなすりつけることで現実逃避をしていたからだ。
数十分後。シャルは自身の血の味で目を覚ました。
「うっ……!」
口の中まで切っている。咳(せき)と共に血混じりの唾(つば)を吐きその場にうずくまる。
「シャル、大丈夫?」
「……っ」
傍に居たハロルドに視線を向けると肩で息をし、シャルは呼吸を整える。護衛の人間達が治癒魔法でシャルの手当てをしている最中だった。
「気を失っていたのか……」
「シャル様……!ご無事で何よりです!」
「大したことはない」
「村人達を拘束(こうそく)することも出来たのに、このまま放置して本当に良かったのですか?」
「大丈夫だ。必ず対策を立てる。もう少し時間がほしい」
「はい……」
手当てを終えた護衛の人間は、心もとない表情でシャルから離れ村の状況を警戒した。
ハロルドは悔しげな顔でシャルを見る。
「君がそこまでされる必要あったの?」
「次期国王として当然のことをしたまでだ」
「それにしたって、ひどすぎるよ……」
「たしかに、平時には考えられないことだ」
「あいなのせいでエスペランサさんがお怒りだって村の人達は言ってたけど、そんなの何の確証もないよね。たまたまあいなの訪問と魔女村の悪い現象が重なっただけで……。単なる言いがかりだよ」
「分かってる。それでも俺は、村人達の怒りを受け止めたいと思った。畑が荒れて水も干からび、食べる物や仕事も無くなりつつある……。突然こんなことになって、あの人達の苦しみは深いんだ。怒りや悲しみのやり場が無くてつらいんだ。少しでもその気持ちを鎮(しず)められるのなら、俺はその受け皿になる。今はまだそのくらいのことしか出来ない未熟な王子だが、近い将来、必ず魔女村の異常を解決してみせる」
「シャル……」
「あいなのことも諦めない。もう一度結婚を申し込む」
輝きを失ったエトリアの指輪を見つめ、シャルは言った。
「似ているな……。エスペランサの墓から出ていた靄(もや)と……」
「本当だね。元々透き通った青色だったとは思えないくらい真っ黒になっちゃってる……。あいなの指輪が外された頃からそうなったんだよね?」
「そうだ。もしかしたら、あいなの命とエトリアの指輪は、何かしら関係があるのかもしれない」
「その辺りのことを調べるにしても、まずはあいなに会わなきゃね。シャルとの別れであいなの未来が見えなくなったのなら、今彼女にシャルの気持ちを伝えれば死の未来は回避できるかもしれないし」
「そうだな」
シャルは護衛の人間を見やる。
「しかし、ルイスは遅いな。予定ではすでに戻る時間なんだが」
「ルイス、シャルが居ないのをいいことに送り狼(おおかみ)になってないといいけど」
「な!そんなわけあるか!あっちにはあいなの家族も一緒なんだぞ!?」
「そういう場面を難(なん)なくクリアしちゃうのがルイスでしょ?それに、あいなにその気はなくても、今の彼女はフラフラっとルイスの方にいっちゃうかも」
「どうしてだ??」
「傷心中は身近な異性の優しさが普段の何倍も心に大きく響くものなんだよ。あいなはシャルにフラれたと思ってるんだからね。ルイスはそういう所に躊躇(ちゅうちょ)なくつけ込みそうだし」
「そんな……」
からかい半分本気半分のハロルドの推測を、シャルは必死に否定する。
「あいなはそんなに弱くない!」
「それはシャルの願望でしょう?『俺にフラれても他に行ってほしくない』って」
「ぐっ……」
悔しいがハロルドの言う通りである。
「そうだな……。俺は、あいなの心を誰にも奪られたくない」
「やっと本来のシャルに戻ったね。下手(へた)に余裕ぶらない方がいいよ。君はそのままで充分魅力的なんだから」
「……俺は今まで余裕ぶってた。エトリアの指輪があるからって、それだけであぐらをかいていたのかもしれない」
「そこまでは言ってないよ」
「いや、いいんだ」
これまでの自分の言動が滑稽(こっけい)で、だけどあいなにまつわる全ての感情が愛しくて、シャルは穏やかな笑みを浮かべたのだった。
村人に身ぐるみをはがされたままのシャルは、一度城へ戻り医務室で医者の手当てを受けると格好を整えた。支度の時間すら惜(お)しかったが、さすがに生傷(なまきず)だらけの肌をさらしてあいなに会いに行くわけにはいかない。
護衛の人間達に治癒魔法をかけてもらったがあまり意味はなかった。彼らの能力はあくまで防衛と攻撃。治癒魔法はそれほど優れておらずむしろ未熟なので、完全な形で傷を治してもらうことは出来なかった。
こんな時、シャルはルイスの存在の大きさを感じずにはいられなかった。
(アイツはいつだって俺を護ってくれた。治癒も攻撃も完璧で、専属執事以上の能力を持っていて……。俺に足りないものを常に補ってくれた。それは、執事としてアイツが努力した結果なんだろうけど、俺に対し親愛の情を抱いててくれたからなんだと、俺はやっぱりそう思いたい)
ルイス同様空間転移の魔法を使い、シャルはハロルドと共に地球にたどり着いた。夕方になる少し前である。
目的地はあいなの自宅だったのだが、少し魔法の調整を間違えたらしく、あいなの幼なじみ・秋葉(あきは)の自宅前に移動してしまった。
「あいなを迎えに行く前、何度も特訓したのにな」
二十歳の誕生日きっかりにあいなを迎えに行けなかったのは、自分の魔法が未熟だったせい。今はもう少しマシな空間転移ができると思ったがまだまだ練習が必要らしい。ルイスほどの魔法使いになるために足りないものが多すぎる。
シャルの反省をそこそこに、ハロルドはあいなの自宅がある方向を指差した。
「ルイスとあいな、やっぱり一緒に居るみたい!あっちから二人の気配が見える!」
「行くぞ!」
テンションを上げて歩き始めたはいいが、自国にはない暑さが二人の歩行を次第に鈍らせていく。照りつける太陽。蒸した空気。蝉(せみ)の鳴き声。
春と秋しかないグランツェールで生まれ育ったシャルとハロルドにとって、日本の7月は想像以上に過酷(かこく)なものだった。
「なんて暑さなんだ……。人間が耐えられる温度だとは思えない」
「あいなが生活していた場所なんだから、僕達でも耐えられなくはないんじゃないかな?ほら、他の人は普通に歩いているし」
「早いところ、あいな達の元に行くか……」
移動手段に空間転移の魔法を使おうとしたが、異空間転移という魔力消耗の激しい魔法を使ったばかりで魔力が底をついている。シャルはうなだれた。
「しまった。魔力回復するためのお香を忘れた……」
「あいなのことしか考えてない証拠だね」
「どうして俺はいつもこう肝心な時に……。自分が嫌になるな」
「仕方ないよ、君はただでさえ傷だらけの体なんだし、注意力も散漫(さんまん)してたんじゃないかな。死ぬわけじゃないし、無理はしないで涼みながらいこうよ。ほら、こっち。お店から涼しい風が出てる」
ハロルドの案内に従い、シャルは商店街通りを歩く。汗ばむ肌。人混み特有の熱気。
数十分歩くと、大型ショッピングモールが見えてきた。
「ここであいなとルイスの気配は止まってるよ」
「行ってみよう!」
「シャル、あいなの名前を出しただけで元気が戻ったね」
「うるさいっ」
颯爽と中に入るシャル。ハロルドもそれに続いた。エアコンの涼しい風が二人を包む。
「天国だな…!」
「外の暑さがウソみたいだね」
服をパタパタと揺らし、シャルは苦笑する。
「日本の四季は人体に多大な影響を与えるんだな。長時間外に居たら精神的にまいる」
「体感温度も人の感情に影響を及ぼすって言うものね。日本のことを調べた時に夏生まれの人は暑さに強いって何かの本で読んだんだけど、シャルはそんなことないみたいだね」
「ロールシャインにはこんな暑さ存在していないし、夏生まれも何もないだろ……」
ハロルドは店内に飾られている笹の葉を指差した。
「ねえシャル、あそこにあいなとルイスの気配が濃く残ってる!」
「あれは笹の葉……。七夕という日本の行事に使われる物だったか」
「さすがシャル。日本のことちゃんと調べてただけあるね」
「どうしてここに二人の気配が?」
「短冊を書くために寄ったんじゃないかな?」
たくさんの飾りや短冊が吊り下げられ色鮮やかな笹の葉。ハロルドはイタズラを思い付いた子供のような顔でニヤリと笑った。
「これ、たしか、願い事を書くための物だよね?あいなとルイスのもどこかにあるんじゃない?願い事と同時に名前も書くのが普通らしいし。探してみようよ」
「お前、悪趣味だぞ。あいつらにもプライバシーってものがっ……」
「こんなところに堂々と公開されてる笹の葉だよ?短冊書いた人も、誰かに見られるかもしれないことは了承済みだよ」
「そっ、それはそうだが、しかしだな…!」
「シャルは気にならないの?あいなとルイスが何を願ったのか」
「気にならなくはないが、だからって人の願いを勝手に見るなど……。ここに気配があるからって短冊を書いたとも限らないし」
「書かなかったとも言い切れないよー?」
シャルの言葉を聞き流し、ハロルドは楽しげに目的の短冊を探す。あいなとルイスの短冊が見つかるまでの間、他の客達が書いた願い事にもザッと目を通した。
「試合に勝ちたいとか試験に合格したいって書いてる人もいるけど、やっぱり恋に関する願い事が多いね。ここ、女性のお客さんが多いし」
「お前っ、他の人の願い事まで見たのか!?」
「だって、興味深いんだもの。これも僕にとっては修行のうちだよ。あ!あいなの短冊発見!」
「何!?本当に書いてるとは…!」
シャルは冷や汗をかいた。胸が激しく鼓動する。
(ルイスと結婚できますようにとか書いてあったらどうする!?破壊力ありすぎるぞ、それは……)
嫌な汗を流すシャルの横で、ハロルドは楽しげにあいなの短冊に書いてあることを読み上げた。
「いつか大好きな人と結婚して幸せな家庭を作れますように。神蔵(かみくら)あいな」
「大好きな人…?」
「良かったね。ルイスに関する願い事じゃなくて」
ホッとしたものの、シャルは腑(ふ)に落ちなかった。
「あいつが大好きなのはルイスじゃないのか?なのになぜそう書かない?俺と別れて迷いなくルイスを選んだんじゃないのか……?」
「あ、ルイスのも発見!読むよー?」
シャルの呟(つぶや)きをあえて流し、ハロルドは青色の短冊を読んだ。
「あいな様がシャル様と共に永遠の幸せに守られますように。ルイス=フォクシード」
「…………」
「だって、シャル」
放心しているシャルに、ハロルドは困ったように笑いかけた。
「これを書いた時のルイスの気持ち、僕には分かるよ。あいながルイスに関する願い事をしなかった理由も、ね」
「俺には分からない。あいなとルイスは仮の恋人になったと、たしかにそう言っていたのに……」
自分が身を引けば、あいなは迷わずルイスの手を取り幸せになる。シャルはそう考えていた。
「今日、あいなとルイスは、最初で最後のデートをしたんだよ」
ハロルドは二人の気配を読み、言った。
「ルイスの元に行こうよ。彼は今、あいなと別れて一人で居る。ここからわりと近い場所で」
「ルイス……。あいな……」
ハロルドの意味深な言葉の意味を理解できないシャルは、引っかかりを感じながらルイスの元に向かった。
ハロルドの案内でたどり着いたのは、住宅街の近くに位置する河原だった。ショッピングモールを出てシャルがそこへ着く頃には、茜色の空が河原の水を反射し、さきほどよりいくらか涼しい風が吹いていた。大きな河が、夕焼け色の空を受け止めるように長く伸びている。
一人河原に座るルイスの元に、二人は近付いた。
「ルイス」
「シャル様。ハロルド様もご一緒とは……」
「帰りが遅いと思ったらこんなところに居たのか」
「申し訳ございません……。その傷はどうされたのです?」
シャルの頬や首筋からのぞく傷を見て、ルイスは怪訝(けげん)な顔をした。
「平気だ。事情は城で話す」
「……少しそのままでお願いします」
「すまない」
ルイスの治癒魔法はやはり完璧で、シャルの傷はすぐに治った。
ルイスの両脇に座り、ハロルドとシャルも河原を眺めた。
「ルイス。こんな所で何をしてたんだ?」
「気持ちの整理をしていました。それからでないと城には戻れそうになかったので……」
「気持ちの整理、か。悪いと思ったが、笹の葉に吊るされたお前達の短冊、見た」
「そうでしたか。かまいませんよ。あいな様に見られなければそれで」
驚きもせず冷静に語るルイスに、シャルは顔をこわばらせた。
「あの願い事は本心か?お前はあいなを諦めるというのか?」
「……」
「本当にそれでいいのか?」
「いいもなにも、あなたは初めからあいな様を諦める気などなかったはずです。あいな様をお迎えにいらっしゃったのでしょう?ここから先はシャル様の出番です」
ルイスの首には、あいなとお揃(そろ)いで買った桜色の石が静かに輝いている。それを片手でそっと包み込み、ルイスは目を閉じた。
「仮の恋人は仮でしかありません。それに、私はこれ以上何も望まないと決めました。この先誰の手を取るのか、お決めになるのはあいな様です」
そんな表面的なことではなく、もっと深い部分について知りたい。シャルはそう思うのに、それ以上立ち入らせないと言うようにルイスは無言で壁を放った。
ハロルドは悲しげな顔で黙って二人の会話を聞いている。
「あいなは死ぬかもしれない……。ハロルドにそう知らされて、いてもたってもいられなくなった」
「アンコンシアンス・マレディクション。あいな様はそういう精神病にかかってみえます」
「アンコンシアンス・マレディクション…?聞いたことのない病名だ」
医者にも深く知られていない稀(まれ)な病。医術に詳しくないシャルには全くその知識がなかった。
「近頃あいなの体調が不安定だったのは、催眠剤のせいではなかったのか?」
「あいな様が体調を崩したり悪夢を見たのは催眠剤の影響で間違いありません。アンコンシアンス・マレディクションの症状が出たのはシャル様に別れを告げられた直後のことです。いいえ……。厳密に言えば、カロス様にエトリアの指輪を外された直後からだと考えられます」
アンコンシアンス・マレディクションの発症例や治療法など、ルイスは知りうる限りのことをシャルに説明した。その上で、エトリアの指輪が関係する理由を話した。
「シャル様も充分ご存じの通り、エトリアの指輪には夫婦間の絆を強めると同時に互いを護り合う効力があります。あいな様が催眠剤の影響に屈しなかったのもエトリアの指輪の護りがあったからでしょう。しかし、それを途中で外すことになってしまった……。調べたところ、そのような前例はひとつもありませんでした。代々カスティ家で夫婦の契(ちぎ)りを交わした男女は、自然死以外の理由でエトリアの指輪を外すことはなかったのです」
「エトリアの指輪がこんな風に変化したのも、あいなの指から強制的に指輪を外したせいなのか?」
「そうだと思います。エトリアの指輪を彩る透明の石。その青い輝きは未来への希望。それが途絶えることは夫婦の未来も閉ざされたも同じです」
エトリアの指輪を外したことで、あいなはアンコンシアンス・マレディクションを発症することになってしまったとルイスは考えた。病ではなく呪いだとすら言われるこの病気は死亡率が高い。悲しくもハロルドの占いは当たってしまったということになる。
「どうしたらあいなの病を治せる!?性交渉以外で何か方法はないのか……!」
「……シャル。もう、そんなことを言っている時間はないよ」
それまで黙って話を聞いていたハロルドが意見を述べる。
「カロス様の許可がおりたって、あいなの命がなければ君達の結婚は成立しないんだよ。二人で幸せになると決めたんでしょう?」
「だからって、そんな、抱くなんて……」
シャルは真剣だった。歯をくいしばり、想いを語る。
「あいつのそばにいてそういう気が起こらなかったと言えばウソになる」
あいなの匂いが空気を漂い、食事の時に彼女の唇が潤(うるお)う。柔らかい頬が赤く染まる。そんなあいなの姿を見るたびに、シャルは何度も彼女を抱きたい衝動に駆(か)られた。深く口づけをして体中を愛撫し、湿った音を立てて何度も激しく彼女の奥を貫きたいと――。一糸(いっし)纏(まと)わぬ姿でこちらを見つめ、甘くなまめかしい声で鳴くあいなの姿を想像してしまう夜もあった。
「その気になれば、俺はいつでもあいなを抱ける。たとえあいなが俺を好いていないとしても……。男はそういう生き物だ。相手の気持ちを確認しなくても体を求めることができる性別だ。だからこそ、あいつとは気持ちが繋がってからそういうことをしたい。あいつが俺を求めてくれるまで待ちたい。女性はそういうのを大切に考えるものだと、あいつの持ってる恋愛コミックにもあった。俺もそう思う。あいなだってきっとそうだ。俺の勝手であいつの心身を犯したくはない。一生をかけて大切にしたいんだ……」
ルイスとハロルドはしばし無言だった。シャルの想いの強さが感じられる。
シャルの心持ちには感動したが、あいなの未来を考えるとハロルドは素直にうなずけないでいた。
「君の気持ちは素敵だと思う。でも、このままじゃあいなは……。今も、あいなの星は何も映してくれない……。何度も占ってるのに……」
「シャル様ならそうおっしゃると思っていました。そこでひとつ考えがあります」
涙混じりなハロルドの言葉に重ね、ルイスはよく通る声で言った。
「エトリアの指輪の輝きを甦(よみがえ)らせそれをあいな様の指に再びはめることが出来れば、指輪の魔力に護られ、あいな様の病は完治させられるかもしれません」
「確実ではないのか?」
「はい。あくまで仮説です。前例のない事態ですから……。ただ、何もせずに諦めるよりはずっと建設的です」
「そうだな。エトリアの指輪があいなの病を浄化してくれる可能性があるのなら……!」
希望が見え、シャルは生き生きと目を輝かせた。
「どうやって指輪を元に戻すんだ?」
「移魂の儀(ぎ)を執(と)り行います」
「いこんのぎ……?」
初めて耳にする言葉に、シャルをはじめハロルドも首をかしげた。
「魔法や儀式関連のことは昔全て習ったはずだが、初めて聞くぞ」
「僕も。バロニクス帝国でも聞いたことのない儀式だよ」
「これはロールシャイン王国のごく一部の魔法使いにだけ伝わる話なのです。禁断の魔法『リバイバル』を使って行う儀式で、危険も伴うため一部の者にしか受け継がれてこなかったのです。ハロルド様を信用して話しました。先祖エトリア様が編み出した術式と言われていて、幸い私も、移魂の儀を執(と)り行う資格を得ています」
「そんなすごいことを今まで黙っていたのか、お前は……」
「極秘事項ですから。今は緊急事態ゆえ話すべきだと判断しました」
「そうか……」
ルイスの秘密主義は今に始まったことではないが、まだ何か隠されているのではないかと無駄に疑ってしまう。そんな気持ちを胸に押し込め、シャルは尋ねた。
「リバイバルと言ったか。それはどんな魔法なんだ?」
一拍の間を置き、ルイスは平らな声で告げた。
「リバイバルは、壊れて機能しなくなった物体を元の状態に戻す魔法です。他の魔法と違うのが禁断と言われる所以(ゆえん)です」
「普通の魔法とリバイバルはどう違うんだ?」
「普段使う魔法は個々の魔力依存ですが、リバイバルは代償(だいしょう)を必要とします」
「代償……?」
シャルとハロルドは不安げにルイスを見つめる。
「大切な想いを心から抜き取ると同時に、直したい物の価値に見合った命を削る。それがリバイバルを発動させる絶対条件になります」
「それってつまり、ルイスの命を犠牲にエトリアの指輪を元に戻すってこと?」
ハロルドは青ざめ、動揺した。シャルは、その存在を確かめるかのようにルイスの肩を強くつかんだ。
「それだけじゃないよな?リバイバルを使う魔法使いの心から大事な想いを抜き取るって……。それって……!」
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