誤り婚-こんなはずじゃなかった!-

蒼崎 恵生

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 その後、あいなの意識は戻り、胸の傷も回復していた。しかし、絶対安静と言うことで、まだ誰も面会は出来ないとのこと。

 中庭で目を覚ましたシャル達はすぐさま医務室に向かったが、やはりというべきかあいなと顔を合わせることは出来なかった。

 カロスも医務室まで様子を見に来たが、事態が事態なので、あいなとの面会を諦めシャルの誕生日を祝うパーティー会場に戻った。エルザを連れて……。


 シャルは、ルイスやハロルドと共に医務室脇の通路で立ちつくしていた。あいなとはまだ話せない。分かっていても、すぐさまパーティーに参加する心持ちにはなれなかった。

「泉の地下に行けたのはエトリア様のおかげなんだ」

 薬指にはめた指輪を見つめ、シャルは言う。

「あいなが助かったのは本当に嬉しいが、俺は結局自分では何とも出来なかった……。それがすごく悔しい」
「一人の力で出来ることには限界があるけど、皆で力を合わせればどんな困難にも立ち向かえる。僕達全員の想いがあいなを救う鍵になったんだよ。それでは不満?」

 ハロルドは朗らかに語る。

「エトリアの泉は、あいなとシャルが想いを通じあわせるための手段のひとつだったんだね。エトリアの指輪をはめた夫婦にも何らかの理由で別れの危機が訪れるかもしれない。そう考えたエトリア様は、万が一の事態に備えて泉にああいう仕掛(しか)けを施したんじゃないかな。でも、あの仕掛けは、ただ指輪をしているだけでは反応しない特殊(とくしゅ)なものだった気がする」

 ルイスはうなずく。

「そうですね。エトリアの泉は、あそこに集った私達の想いに共鳴し、秘めた力をあのような形で表したのでしょう」

 生身(なまみ)の体を持たず精神だけの姿になったあいなは泉の地下に現れ、シャル達と言葉を交わすことで死の危機を脱した。

 二人の言葉に納得しつつも、シャルはもどかしげに唇を噛(か)む。あいなが助かったと知り冷静さを取り戻した今、考えてしまうことがたくさんある。

「泉の地下で見たあいなの力は何だったんだ…?お前達も見ただろ?アイツは魔法なんて一度も使ったことがないのに、お前達の意識を失わせた。あれはアンコンシアンス・マレディクションの症状の一種なんじゃないのか?それに……」

 リバイバルを発動したのに、ルイスがあいなへの恋愛感情を思い出したのはなぜなのか――。そう言おうとしシャルは気まずげに口を閉ざしたが、ルイスはそれを察した。

「アンコンシアンス・マレディクションは原因不明の難病と言われ、その正体も定かではありません。あいな様が病により魔力を有した可能性もあります。ただ……」

 ルイスは複雑な表情になる。

「リバイバル発動後の気持ちについては、私も考えが及びません。移魂いこんの儀はたしかに成功しましたから……」
「何でも難しく考えるのは職業病かな?」

 ハロルドが穏やかに口を出す。

「君はあいなのことが忘れられないくらい好き。それだけのことだよ」
「そう、なのでしょうか……」

 胸に手を当て、ルイスは考える。その顔は、いつになく安堵(あんど)していた。

「そう言うお前はどうなんだ?」

 ハロルドを見て、シャルは顔をしかめる。

「あいなを好きなんだろ?なのに、どうして平気でいられる?アイツは俺を選んだというのに」

 わざと肩をすくめる仕草を見せ、ハロルドははにかんだ。

「好きな人が生きてて、幸せそうにしてる。それが最良の結果だと思うからだよ」
「私も、今はハロルド様と同じ気持ちです」

 ルイスはシャルを向く。その顔にはもう、以前のような翳(かげ)りはなかった。

「あいな様も私達と同じなのです。心に決めた相手がいるとそう簡単に心変わりはしません。彼女があなたを選ぶなら、私はそれを受け入れます。あいな様が幸せでいてくれることが、私にとってもっとも心地がいいことなのだと知りましたから」
「本当に、いいのか?」
「ここで粘(ねば)ってあいな様のお心がこちらを向くのだとしたら話は別ですけれどね、それはないでしょうから」
「……ルイス」
「お二人の婚礼の儀を、楽しみにしています」

 ハロルドが軽く両手を叩き、二人を促した。

「ゆっくり話していたいところだけど、そうも言っていられないね。もうパーティーは始まっているし、ヴィクトリア達も着替えを終えて君を待ってる。なにせ今日の主役なんだから」
「そうだな。でも、その前にやりたいことがある」

 シャルは神蔵(かみくら)家に向かうと言った。

「今頃、あいなが居なくなって龍河(りゅうが)やご両親が心配していると思う。パーティーなんかより龍河達にあいなの無事を伝えに行くのが先だ」
「でしたら、私もお供(とも)致します」
「ルイス、お前、魔力の残量大丈夫なのか?昨日からずっと魔法使いっぱなしだっただろ……」
「そうですね。普段ならば疲労感を覚えるところなのですが、今は不思議とつらくないのですよ。泉の地下から戻った後、魔力が増幅したようなのです。それで」
「そうなのか!?実は俺もなんだ…!」
「僕もだよ。前よりはっきり人の気配(オーラ)が見えるようになってる」


 エトリアの泉。地下であいなの精神に関わった者は、彼女を救った恩恵(おんけい)を受ける。それが、シャルやルイスにとっては魔力強化であり、ハロルドにとっては星や気配(オーラ)を読む力の強化だった。彼らがそれを知るのはいつの日になるのだろう。今はただ、あいなが生き延びたことを喜ぶのだった。





 その日の夜、医務室のベッドであいなは目を覚ました。室内には誰もいない。月の光だけが満ちる薄暗い室内は少しだけ恐い。

「そっか、今日はシャルの誕生日パーティーがあるんだよね。皆、忙しいんだろうな」

 そっと上体を起こすことで、もの寂しい気分をごまかした。

 エスペランサに意識を奪われ、シャルの魔法で胸にケガを負い、泉の地下で彼と語り合ったところまで、全て覚えている。それなのに、何かがいつもと違っていた。

「なんだろう、この気持ち……」

 体の内側から力強い何かが込み上げてくる。痛みや悲しみ、喜びと楽しさ。これまでの人生で感じた気持ちや様々な記憶を栄養に、新しい力が湧き上がる。

「さっき、この手で魔法みたいな力を使ってた。ルイス達を吹き飛ばして意識を奪うような……。なんだったんだろ、あれ」

 そっと手を前方に広げてみたがもう何も起きないし、大量に血を流したはずの胸も全く痛くない。

「どうしちゃったんだろ、私の体……」

 胸の傷を確かめるため、寝間着をそっと脱いだ。城の医師達が手当ての際に着せてくれた新しい物である。

 下着をつけていない胸は、何度目をこらして見ても無傷だった。

「おかしいなぁ……。シャルの魔法はここに当たったと思ったんだけど……」

 エスペランサに意識を乗っ取られた時も、あいなの自我は細くうっすらと保たれていたので記憶もある。あの時は気持ちが弱っていてエスペランサにされるがままになっていたけれど……。

(そういえば、エスペランサさんが言ってた。私には特殊な力があって、それは死んでから発揮されるって。どういうことだったんだろう?)

 考えていると、左手にはめられた指輪がまばゆい光を放った。青くて清い、魔法の力。

「エトリア様……?」

 気配を感じそう尋ねると、頭の中にエトリアの声が響いた。

『自分の弱さに打ち勝つのは容易(たやす)いことではありません。でも、あなたは頑張りました。自分の力で過去を乗り越えることが出来たのです』
「いえ。シャル達のおかげなんです……。皆が私に想いをぶつけてくれたから」

 片方の指先で、あいなは指輪の表面を撫(な)でる。

『あなたはやはり強い女性ですね。シャルの気持ちに答えてくれて本当にありがとう』
「あの……」

 訊(き)きたいことはたくさんあるのに、どう切り出していいのか分からずあいなは言葉に詰まった。エトリアは全てを察したように間を起き、深く謝った。

『あなた達には多大なる迷惑をかけてしまいました。本当に、どう謝ったらいいのか分かりません。ロールシャイン王国を作った時、私がエスペランサの気持ちを正しく汲(く)み取れてさえいれば、このようなことにはならなかったのですから……』

 あいなはエトリアの話に集中した。寝間着を着直すのも忘れ、上半身裸のままで。

『エスペランサは私の最初の夫にかねてから想いを寄せており、ロールシャイン王国の第二女王になりたいと申し出てきましたが、魔力の低さを理由に私はそれを許しませんでした。そんなウソをつかずあの子の申し出を素直に受け入れていれば良かったのかもしれないと、今は後悔しています』
「エスペランサさんが女王になるのを反対したのには、何か理由が……?」
『はい。あの子の魔力が私以上に高く、その能力も優れていたからです』

 エトリアの声音は穏やかながら深みを増す。

『あの時代、魔法は人々の希望であると同時に、便利な道具でもありました。エスペランサの魔力をアテにし悪さをする人間が出てこないとも限りません。それなら私がその役を引き受けたいと思ったのです』
「エトリア様……」
『人には分からないかもしれませんが、国を統治するというのは並大抵のことではありません。身内や同盟国から裏切られることもあるのです。愛する夫がその要因になることもあった……。エスペランサには、普通の女性として幸せになってほしかったのです。私には出来なかった、一対一の男女の関係を見つけあたためてほしかった』

 姉を慕うエトリアの気持ちを知り、あいなの胸はしめつけられる。

『でも、それは間違いでした。エスペランサを追いつめてしまっただけ……。結局私は、この手で彼女を裁くことになったのです』

 エスペランサの死後、魔女村を治めたのはエトリアの第二子だった。

『魔女村を守ることが唯一の罪滅ぼしだと思っていましたが、それは自己満足でしたね……。あの子は、死んでもなお悲しみの記憶を世界に響かせ、人々にその影響を与えてしまったのですから……』

 アンコンシアンス・マレディクション。これは、亡くなったエスペランサが時間をかけて世に送り出した呪(のろ)いだった。

『アンコンシアンス・マレディクションは、人の心が弱っているところを狙って気持ちのベクトルを不幸に向かわせる恐ろしい呪いなのです。あの子は元々、攻撃より薬を作ることに魔法を使うタイプでしたから、なおさら強い呪いを編(あ)み出しやすかったのでしょう』
「これからもその呪いは続いていくんですか?エスペランサさんの気配は、もうないのに……」
『あなた達生きる者のおかげでエスペランサの魂は成仏しましたが、呪いは簡単には消えません。エスペランサの墓を中心にそれは世界に広がり続け、このままでは取り返しのつかないことになります。あなたもその呪いに侵(おか)されていたのですから……』
「そんな……!」
『心当たりはありませんか?気持ちが不安定になったり、過去の記憶に囚(とら)われ現状を冷静に判断できなかったり』
「はい……。何度かそういう感じになりました」
『でも今は、あなたの体からアンコンシアンス・マレディクションは消えています。愛を感じ、信じる機会を得ることでアンコンシアンス・マレディクションは消滅するのです。一部の医師の間で『愛のある性交渉でしか完治しない難病』と認識されているのはそのためです。必ずしも肌を重ねる必要はありません』
「そうなんですね」

 自分の体から呪いが消えたと知りあいなはホッとしたが、すぐに顔をこわばらせた。

「今も、この世界のどこかで呪いに苦しむ人が居るんですよね……」

 精神を蝕(むしば)み、命さえも持っていってしまうアンコンシアンス・マレディクション。そうして奪った人の命を糧(かて)に、エスペランサは自身の魂を確立していた。呪いの恐怖を身をもって体験しているあいなは、声を震わせ訴えた。

「エスペランサさんが助かったのは嬉しいし、自分の体から呪いが消えてホッとしてるけど、あの苦しみを他の人が体験するなんて嫌です…!どうにかならないんでしょうか?エスペランサさんも、最初はこんなつもりなかったと思うんです!ただ、好きな人を想っていただけで…!」
『あなたには、死後に発揮される潜在能力がありました。それを使えば、世界中に広まったアンコンシアンス・マレディクションを消すことができます』
「……!」

 死後に発動する能力。それはつまり、生きているうちは使えない力ということ。苦しむ人を助けはしたいが、せっかく助かった命。ここで死ぬのは抵抗があり、あいなは躊躇(ためら)った。

「前の私みたいに呪いで苦しんでる人がいるなら助けたいです。でも、今は死ねない……。勝手かもしれませんが、私には大切な人がいるんです…!」

 シャルをはじめ、ルイスや秋葉(あきは)、ハロルド、そして家族。あいなには大切にしたい人がいる。

『命を擲(なげう)つ必要はありません』

 幸せそうな声音で、エトリアは告げた。

『あなたの潜在能力は、命ある今、最大限に引き出されました。その理由は私には不明です。エスペランサからの最期の贈り物なのかもしれないし、シャルとあなたの絆がそうさせたのかもしれない。本当に不思議な人ですね、あなたは……』
「それって、死ななくていいってことですか…?」
『ええ、そうなります。あなたは生きて、アンコンシアンス・マレディクション根絶を果たせるのです。その力で』
「人のために何かを出来るなんてすごく嬉しいです。でも、どうしてですか?今まで魔法なんて使ったこともないのに……」

 本格的な話になればなるほど実感が遠のき、あいなは戸惑った。

「私の力って、何なんですか?さっきも、泉の地下でシャル達に不思議なことをしたんです……」

 ルイスやハロルドを傷つけてしまったことに、罪悪感が湧く。苦しげにうつむくあいなに、エトリアは優しく語った。

『人を想い、愛し、大切にする力。それが、あなたの潜在能力です』
「それって魔法と言えるんでしょうか……?」
『そうですね。それは人間ならば誰もが持ちうる感情ですし、それだけでは呪いを打ち消したり人を気絶させるほどの魔力にはなりません。あなたの場合、その感情が平均値よりうんと高いのです。指輪に宿った魔力がその強い心に反応したことであなたの魔力は覚醒したのです』

 何があいなの心をそんな風にしたのか、誰にも分からない。出生の事情や家庭環境が影響しているのかもしれないし、これまで築いた人間関係がそんなあいなを作ったのかもしれない。

『その力は、あなたの気持ち次第でどういう魔法にも変化する柔軟で自由な力なのです。その分、凶暴でもあるし未知の危険を孕(はら)んでいるとも言えます』

 エトリアの説明に、あいなは息をのんだ。

『今後、その能力のことで困難にさらされることもあるかもしれません。でも、私はあなたを信じています』
「エトリア様……」
『どうか、ロールシャイン王国をよろしくお願いいたします。私の愛した国を、世界を、あなた達で――』
「待ってください!私、全然自信ないです!これからもサポートしてもらえませんか?消えないでください!」
『私は死んだ人間です。本来ならこうして意思を飛ばすことも厳禁なのですが、差し出がましいことをしてしまいました。お許し下さい。新しい時代は今を生きるあなた達で作っていくべきです』
「そんな……。エトリア様…!!」
『美しい時間をありがとう。あいなさん』

 それから、どれだけ呼びかけてもエトリアからの反応は返ってこなかった。

 両手の拳を握りしめ、あいなは自分を奮い立たせた。

「ちょっとしたことですぐに動揺して立ち止まる。私はそんなちっぽけな人間だけど……。この命が燃え尽きるまで、心のままに生きます…!!」

 自分の目標をしっかり定めた所でノックの音が響き、シャルが入ってきた。今宵(こよい)のパーティーはもう終わったらしい。

「面会謝絶だって聞いてたけど、顔が見たくなって、なっ――!?」

 シャルは目を見開き、顔を赤くしてかたまる。どういうわけか、あいなの上半身は一糸(いっし)纏(まと)わぬ状態だった。月明かりが差すせいで、薄暗い室内でもはっきり見える。彼女の白い肌と丸みをおびたささやかな膨らみ。

「いつまで見てる気!?出ていけーっ!!」

 はだけていた胸元をとっさにシーツで隠し、あいなはシャルを追い出した。手にいれたばかりの魔法を使い、棚にある消毒液や器具を魔法で入り口に飛ばす。

「何も見てない!見てないからなっ!」
「本当に!?」

 静かな夜、扉越しにそんなやり取りをする二人。両者とも顔が真っ赤になっていた。

「まさか、そんなあられもない姿をしているなんて思わないだろ?しかし、意外に豊かな胸をしていたんだな……」
「やっぱり見てるじゃん!感想語るとかありえないし!バカヤロー!」
「悪気はないんだ、許してくれっ!」

 扉に張り付き、シャルは許しを請(こ)う。そこへ、あいなの様子を見に来たルイスとハロルドがやって来た。

「シャル様、なんという格好をなさっているのですか!まだ来賓(らいひん)の方が城内にみえるというのに」
「さっそく痴話(ちわ)ゲンカ?君達らしいね」

 驚くルイスとひょうきんなハロルドを前に、シャルは頬を赤くしたまま胸を押さえため息をついた。

「ケンカじゃないが、ちょっとな……」
「シャル様。まさかあいな様のお着替えを覗かれたりとか……」
「そんな下劣なことするかっ!」
「やはりそうなのですね。お言葉ですが、女性の部屋を訪ねる際は、ノック後もしばし待たれた方がよろしいかと。シャル様はせっかちでいらっしゃいますから」
「うぬぬ……」

 ルイスの意見はもっともだった。反論できないのが悔しい。シャルがうなだれていると、ハロルドがさっそくノックをした。

「あいな、入ってもいい?」
「うっ、うん!」

 寝間着をしっかり着込み、あいなはようやく人と会える状態になった。


 泉の地下で話して以来の再会である。たった数時間前のことなのに、ルイスとハロルドの顔を見てあいなはひどく懐かしい気持ちになった。最後に入室したシャルが後ろ手に扉を閉める。

「あいな、元気になったね。本当に良かった」
「あなたのお顔が見られてようやく安心できました」
「胸の傷、もう完治してるみたい。たくさん心配かけてごめんね」

 ハロルドとルイスの顔を交互に見て、あいなは頭を下げた。

「二人には謝らなきゃいけないことがいっぱいある。さっき、泉の地下で、私……」
「何かあったかな?」

 深刻なあいなの声を明るい調子で遮(さえぎ)ったのはハロルドだった。

「僕はいつも通り、あいなとのおしゃべりを楽しんでただけだよ」
「ハロルド、私っ……」

 ハロルドの好意を否定し、説得に応じず魔法で一方的に突っぱねた。あいなはどうしてもそのことを謝りたかったのだが、ハロルドには全く責める気がないようだ。微笑し、彼は言う。

「たまにあるよね。普段できないような話をしたくなっちゃう時って。仲が良い証拠だよ。嬉しいな」
「ハロルド……」

 ハロルドの優しさが嬉しく、同時にあいなの胸は痛んだ。

「ルイスもごめんね。私……」

 桜色の石がついたネックレスを両手で握りしめ、あいなはつぶやいた。

「こんな物もらえる資格、私にはなかったのに……」

(ルイスのこと散々期待させて、利用して、傷付けた……)

 ネックレスを外そうとしたあいなの手をやんわり制し、ルイスは言った。

「私の最後のワガママです、聞いていただけないでしょうか。あなたにそれを持っていてほしいのです」
「でも…!」
「私は、これから先もシャル様にお仕えしあいな様を支えたいと思っています。執事として、そして、唯一無二(ゆいいつむに)の親友として」

 ルイスの瞳はどこまでも優しくて、そんな彼にやはり安心してしまう。あいなはそんな自分が嫌になった。

「あんなことがあったのに、まだ、友達でいてくれるの…?」
「あなたの友人でいたいのです。恋愛うんぬんはあくまで私自身の問題ですし、それに……」

 ベッド脇に腰を下ろすと、ルイスはあいなの肩をそっと抱き寄せ、その髪に柔らかくキスをした。これが最後。そう思いながら。

「あなたを好きになり共に過ごした毎日はとても幸せなものでした。今まで本当にありがとうございました」
「ルイス……」
「どうか、シャル様と末永くお幸せに」

 あいなの頬に涙がこぼれる。罪悪感の中にルイスと過ごした優しい思い出が溶け出した熱い涙だった。

(私も、ルイスに想われていた時間があたたかかったよ、本当に)


 様子を見ていたハロルドが、ルイスをうながした。

「それじゃあ、僕達は行こうか」
「そうですね。シャル様、後はよろしくお願いいたします」

 シャルは無言でうなずいたのだった。
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