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部屋の薄暗さにも慣れ、互いの姿がはっきり見える。二人きりの静けさが妙に照れくさい。あいなはシャルを一瞥(いちべつ)し、すぐに目をそらした。
「パーティー、参加できなくてごめんね」
「気にするな。今は体調のことだけ考えていればいい」
シャルの誕生日パーティー。今年は、あいなを婚約者として公に紹介する場のはずだったが、それは叶わなかった。
「シャルはいつも、私のことを一番に考えてくれるね」
あいなは伏し目がちに言う。
「もうすぐ今日が終わっちゃうね。ちゃんとお祝いしてあげたかったな……。ケーキ焼いて、料理やプレゼントも用意して、友達を招待するの。これじゃあ、バイトしてたの無駄になったな」
「そのためにあの食堂で働いてたのか?」
「城を出たのは勢いというか予定外のことだったんだけど、うん……。自分の稼いだお金でシャルの誕生日プレゼントを買いたかったんだ」
シャルは目を見開き、そっとあいなの横に座った。
「気持ちだけで充分だ。ほしいものはもう手にいれた。今日は、こうしてお前のそばにいられたらそれでいい」
「シャル……」
「好きな女に大切に想われて、俺は幸せだ」
そっと、それでいて力強く、シャルはあいなを抱きしめた。優しい匂いとたしかなぬくもりに包まれ、あいなは安らぎを感じた。
「シャルが好きだよ。これからもずっと」
始まりはメチャクチャなものだった。途中の道も決して平坦(へいたん)なものではなかったけれど、今なら二人手を取り合って生きていけると強く信じられた。
「そうだ!今、ほしいものがある」
「何?私に出来ることなら何でもするよっ」
待ってましたと言わんばかりに、あいなはシャルを見つめる。その瞬間、シャルに唇を塞がれた。戸惑いと不器用さの混じった、甘く柔らかな口づけ。
「……!」
驚くあいなを強く抱きしめ、シャルは言った。
「酔った勢いでしたファーストキスなんて無効だ。これが、俺達のはじまりのキスになる」
「で、でも、あれはあれでかなりビックリしたんだよ!?無効になんてできないよっ」
「それはそれで嬉しいが、やっぱりあんな一方的なのはダメだ。気持ちを通わせ、合意の上でないと!」
真面目なことを真顔で言うシャルが面白くて、あいなは笑みをこぼした。
「分かったよ。これからはちゃんと合意だから」
つぶやき、あいなからシャルにキスをする。一瞬のふれあいだったのに永遠のように感じる瞬間だった。
「……なっ!ダイタンだな、お前っ!」
「だって、好きだから。自然にしたくなったんだよ」
「~~~っ!」
シャルは胸を押さえて深呼吸をする。その頬は真っ赤だ。
「心臓が壊れそうだ」
「さっきは自分からしたクセに?」
「するのとされるのじゃだいぶ違うんだっ」
大きく息をつき、シャルはためらいがちに質問した。
「お前とルイスはどこまでしてたんだ?」
「えっ!?」
「仮の恋人だっただろ?その……。アイツのことだから、そういう立場を最大限利用してお前を、その……。……したんじゃないかと思ってな……」
ゴニョゴニョとつぶやくシャルに、あいなはドキッとした。改めて考えたら、ルイスとはずいぶん過激なことをしていた気がする。彼に親友宣言された時すぐに気持ちを切り替えられなかったのはそのせいでもあった。
「もういいじゃん、その話は」
「そうかもしれないが、やっぱり気になる!キスはしたのか?まさか、それ以上のことも…?」
「その話はおしまい!」
あいなは無理矢理話を終わらせた。
「それ以上気にするなら結婚はナシにするよ?私には何でも自由にできる魔法があるんだから、その気になればエトリアの指輪だって壊せるんだからねっ!?(多分!)」
「わっ、わかった!もう訊(き)かない!」
シャルはまいったと言い、うなだれる。
「さっき、ルイスがお前の髪にキスするのを見て、胸が痛かったんだ……。男の嫉妬なんてみっともないって、分かってはいるんだがな」
「そういうところ、シャルらしくて好きだよ」
あいなの見せる満面の笑みで、シャルの嫉妬心は消えた。悩んでいたこと全てがどうでも良くなり、今を大切にしようと心から思えた。
「あのチョコレートって、もしかして……」
バイト中、店主ロンを通してルイスから渡されたメイド服とチョコレートについて尋ねようとしたが、あいなはそれをやめた。
「ううん、何でもない!」
ルイスの気持ちを考えたら、これ以上そのことには触れない方がいいような気がしたから。シャルも何かを察し、その件を追究したりはしなかった。
「そういえば、何でもできる魔法だってどうして分かる?さっきも、こっちに向かって器用に物を飛ばしていたな」
「エトリア様が教えてくれたんだよ」
あいなはエトリアとの会話を全てシャルに伝え、シャルもまた、自分が知るエトリアの情報をあいなに教えた。
「魔女村にあるエスペランサの墓に問題解決の鍵がある。そう見て間違いないな」
「エトリア様の憂(うれ)いを晴らそう。私達で」
「ああ……!」
その後、エスペランサの墓を魔法で浄化し、そこから放たれたアンコンシアンス・マレディクションを世界から根絶した魔法使いとして、あいなは有名になった。
村に暴動が起きたのはエスペランサの影響だったが、その魂と墓が浄化されたおかげで今は元の平穏さを取り戻しつつある。
一時期シャルに反感を持っていた村人達の気持ちも落ち着き、皆口々にシャルへの暴力を謝った。シャルはそれを快く受け止め、自分の未熟さが招いた結果であると言い、今後に生かすと明言した。
カスティタ城に保管されるどの歴史書を読みあさっても、エトリアとエスペランサが双子の姉妹であるという事実は記載されていなかった。エトリアがあえてそうしたのか、時間の流れと共にその事実は無かったことにされたのか、そこのところは分からない。
――それから二十年が経っても、魔女村での二人の活躍は語り継がれていた。シャルの働きでロールシャイン王国はますます豊かな国になり、穴のあった医療制度も万全に整えられた。いつかのように医師が巡業する必要もないほどに。
シャルの誕生日式典が開かれるということで、この7月7日、城内は慌ただしい雰囲気で満ちていた。
「父さん、ルイスが探してたよ。すぐに来てほしいって」
18歳になるシャルの息子・エーデルシュタインがシャルを呼びに控え室までやって来た。
「分かった。すぐ行くと伝えてくれ」
支度をするシャルのそばで、同じく18歳になる娘・アリアもシャルを促した。
「パパはいつもいつもルイスにばかり迷惑かけて……。専属執事とはいえ私が恥ずかしいから、いい加減しっかりしてくれる?」
「悪かったよ、アリア。でも、そこまできつく言わなくてもいいだろ?」
「パパにはこのくらいでちょうどいいのよ」
「最近、龍河(りゅうが)に似てきたな、お前」
シャル似のアリアは、近頃ますます女子力を高め、性格もツンツンしている。彼女、どうやらルイスに恋をしているらしいのだ。シャルは弱々しくため息をつき、アリアに言う。
「ルイスはたしかにいい男だが、お前からしたら歳上すぎるだろ。ずいぶん若く見えるが、いくつ離れてると思ってる?」
「年々口うるさくなるのやめてくれる?パパにルイスのこと話したの間違いだったかなぁ。ママは理解してくれるのに~」
「あいなはそういう話が好きだからな、昔から」
アリアは自身の長い髪に鮮やかな髪飾りをつけた。以前、ルイスに誕生日プレゼントとしてもらった物である。
「好きになる気持ちに歳なんて関係ないわよ。ルイスって素敵だもの!優しくて、尽くしてくれて、センスも良くて、仕事できて、どこかミステリアスで……。モテるのに今まで一度も浮いた話がないし独身なんだよ?私にもチャンスがめぐってくると思わない?」
「思わない」
「パパは石頭なんだからー。よくそんなんで恋愛結婚できたね。ママはすごいよ」
「あのな、アイツがお前に優しいのは俺の娘だからだ。執事と恋愛なんて絶対に許さないからな!?お前からしたら、ルイスは父親みたいなものだろう!」
「それ、耳タコだから」
「男は他にいるだろっ。この前だってバロニクス帝国での茶会に何とかってやつを連れて来てたじゃないか。誰だ、名前はたしか……」
「彼はただの友達よ。異性として見てないもん。私は、恋愛するなら絶対ルイスがいい。昔から彼のことしか考えられないの。父親だからって娘の恋愛邪魔しないでくれる?よし、できたっ。ルイス、可愛いって思ってくれるかな?」
ヘアスタイルが決まって嬉々とするアリアを見て、シャルは昔の自分を重ねる。子供を持つようになってようやく、自分に干渉ばかりしてきた過去のカロスの心情を悟ったのだった。
(親の心子知らず、だな)
「アリア、エーデルシュタイン、行こっか」
別室でドレスアップを終えたあいながやってきて、二人の名を呼んだ。あいなに似たエーデルシュタインとシャルに似たアリアは、二卵性の双子である。
「母さん、綺麗だね。似合ってる」
「当然よ。私達のママだもの」
大人しく思慮深い性格のエーデルシュタインとワガママ気質で気の強いアリア。我が子を前に、あいなは頬を緩ませる。
「ありがとう、二人とも」
「それ、いつもつけてる物よね。色的に今日のドレスには合わなくない?」
アリアはあいなのネックレスを指差す。桜色の石がついていた。エーデルシュタインはフォローする。
「別にいいじゃない。そのネックレスは母さんのお気に入りなんだから」
「まあ、それもそうね。オシャレは好きなようにするのが一番だものね」
あっさりとアリアはうなずく。あいなはホッとし、室内のシャルを振り返った。
「シャルも早くおいでね。ハロルドやクロエが、今度の旅行について話したいって言ってたから」
あいなは言い、子供を連れてパーティー会場へ向かった。クロエとは長年の付き合いで、今は秋葉(あきは)と比べられないくらい大切な女友達となっていた。
あいな達親子と入れ違う形で、ルイスが入ってくる。
「シャル様、探しましたよ。そろそろ挨拶の時間になります」
「何年経っても変わらないな、お前は……」
「藪(やぶ)から棒に、何です?」
「お前の人生についてどうこう言う気はないが、そろそろ身を固める気はないのか?」
「どうこう言う気がありありと見えますが」
ルイスはため息をつき、キッパリ言い放つ。
「アリア様のことを気にされているのでしょう?何度もお伝えしています通り、彼女をそういう目で見ることはございませんからどうかご安心下さい。先日も、告白を丁重にお断りしたところです」
「しかし、アイツはしつこいぞ……。将来本気でお前と結婚する気でいる」
「そうですか。いずれ目を覚まされるでしょう」
ルイスはまるで気にしていないらしく、何事もなかったかのように部屋を後にしようとした。
「なあルイス。お前が結婚しないのって……」
言いかけ、シャルは言葉を切る。
「とにかく、アリアだけは渡さないからなっ」
「くどいし過保護ですよ。一度言われれば理解しますので」
アリアが年頃になってから日常と化したこのやり取り。ルイスはサラッと対応した。
今のロールシャイン王国の王室関係者は、シャルのはからいによって、必ずしも二十歳で結婚しなくてもよくなった。それに加え、次期に王位を継ぐのが誰なのかしっかり決まっていないため、シャルの気苦労は絶えない。双子の姉・アリアと弟のエーデルシュタインは、当分自由の身であるだろう。
広い会場は、溢れんばかりの人で賑わった。昔と違い、どこかくだけた印象のパーティーには、絶えず笑い声が咲いている。
パーティーが始まり、各々がその時間を満喫した。ある者はダンスを踊り、ある者は談笑する。シャルとあいなは、諸外国の王室関係者や自国の要人に挨拶周りをした。
カロスが国王の座を降りてもなお、シャルとあいなが魔女村を救ったことは語り継がれており、その力は世界中が知ることとなった。皆、口々に二人を称える。
「お二人はこの国の民達を幸せに導いてくださいました!」
「これからもどうかお健(すこ)やかで!」
シャルは凛々しく、あいなは笑顔でそれに応えた。
ひととおり挨拶周りを終えたあいなは、エーデルシュタインやクロエと共に立食形式の食事を楽しんだ。
「ハロルド、いないね。すぐに会えると思ったのにな」
「ここへは占星術協会の人間も来ているしね。その人達の相手で忙しいんじゃないかしら」
ハロルドとヴィクトリアは、バロニクス帝国を代表する主柱の占い師として活躍している。
「ハロルドがここまで大物になるとは思っていなかったわ。昔は無気力な男だったもの。ヴィクトリアも喜んでる。全てあなたのおかげね。あいな」
「そんなに誉められたら照れるよ」
朗らかに笑うあいなを見つめる者が、ここにはたくさんいた。エーデルシュタインとアリア。そして、ルイスとシャル。彼女の幸福そうな姿に、誰もが幸せを感じていた。
「あいな様、グラスが空になっていますね。お飲み物の追加はいかがいたしましょうか?」
「ありがとう。じゃあ、ぶどうジュースをくれる?」
「かしこまりました。こちら、先日バロニクス帝国からいただいた特別な品になります」
ぶどうジュースのボトルを手にルイスが近付いてくると、クロエが茶々を入れる。
「あなたっていつもあいな最優先ね。私も喉(のど)が渇いたわ」
「これはこれは大変失礼いたしました、クロエ様」
クロエの言葉が冗談だと分かっているので、ルイスは微笑し軽く受け流した。クロエのグラスにはまだなみなみと白ワインが入っている。
「それでは、引き続きお楽しみ下さいね」
立ち去るルイスの背中を、あいなはじっと見つめた。切なげで、それでいてどこか幸せそうな眼差(まなざ)しで。それに気付いたエーデルシュタインが、あいなに声をかける。
「母さん、これ、おいしいよ。クロエ様もどうぞ」
「エーデルシュタインは気が利くわね。若いのに謙虚だし。娘の結婚相手になってほしいわ」
またもや冗談を口にするクロエ。彼女には、エーデルシュタインと同い年の一人娘がいる。エーデルシュタインは照れ笑いを浮かべ、あいなは優しく微笑んだ。
和やかな家族。幸せな城暮らし。優しい友人。あいは今、幸せだった。
「誤り婚じゃ、なかったよ」
遠くで他国の王と雑談するシャルを眺め、あいなはつぶやいたのだった。
《完》
「パーティー、参加できなくてごめんね」
「気にするな。今は体調のことだけ考えていればいい」
シャルの誕生日パーティー。今年は、あいなを婚約者として公に紹介する場のはずだったが、それは叶わなかった。
「シャルはいつも、私のことを一番に考えてくれるね」
あいなは伏し目がちに言う。
「もうすぐ今日が終わっちゃうね。ちゃんとお祝いしてあげたかったな……。ケーキ焼いて、料理やプレゼントも用意して、友達を招待するの。これじゃあ、バイトしてたの無駄になったな」
「そのためにあの食堂で働いてたのか?」
「城を出たのは勢いというか予定外のことだったんだけど、うん……。自分の稼いだお金でシャルの誕生日プレゼントを買いたかったんだ」
シャルは目を見開き、そっとあいなの横に座った。
「気持ちだけで充分だ。ほしいものはもう手にいれた。今日は、こうしてお前のそばにいられたらそれでいい」
「シャル……」
「好きな女に大切に想われて、俺は幸せだ」
そっと、それでいて力強く、シャルはあいなを抱きしめた。優しい匂いとたしかなぬくもりに包まれ、あいなは安らぎを感じた。
「シャルが好きだよ。これからもずっと」
始まりはメチャクチャなものだった。途中の道も決して平坦(へいたん)なものではなかったけれど、今なら二人手を取り合って生きていけると強く信じられた。
「そうだ!今、ほしいものがある」
「何?私に出来ることなら何でもするよっ」
待ってましたと言わんばかりに、あいなはシャルを見つめる。その瞬間、シャルに唇を塞がれた。戸惑いと不器用さの混じった、甘く柔らかな口づけ。
「……!」
驚くあいなを強く抱きしめ、シャルは言った。
「酔った勢いでしたファーストキスなんて無効だ。これが、俺達のはじまりのキスになる」
「で、でも、あれはあれでかなりビックリしたんだよ!?無効になんてできないよっ」
「それはそれで嬉しいが、やっぱりあんな一方的なのはダメだ。気持ちを通わせ、合意の上でないと!」
真面目なことを真顔で言うシャルが面白くて、あいなは笑みをこぼした。
「分かったよ。これからはちゃんと合意だから」
つぶやき、あいなからシャルにキスをする。一瞬のふれあいだったのに永遠のように感じる瞬間だった。
「……なっ!ダイタンだな、お前っ!」
「だって、好きだから。自然にしたくなったんだよ」
「~~~っ!」
シャルは胸を押さえて深呼吸をする。その頬は真っ赤だ。
「心臓が壊れそうだ」
「さっきは自分からしたクセに?」
「するのとされるのじゃだいぶ違うんだっ」
大きく息をつき、シャルはためらいがちに質問した。
「お前とルイスはどこまでしてたんだ?」
「えっ!?」
「仮の恋人だっただろ?その……。アイツのことだから、そういう立場を最大限利用してお前を、その……。……したんじゃないかと思ってな……」
ゴニョゴニョとつぶやくシャルに、あいなはドキッとした。改めて考えたら、ルイスとはずいぶん過激なことをしていた気がする。彼に親友宣言された時すぐに気持ちを切り替えられなかったのはそのせいでもあった。
「もういいじゃん、その話は」
「そうかもしれないが、やっぱり気になる!キスはしたのか?まさか、それ以上のことも…?」
「その話はおしまい!」
あいなは無理矢理話を終わらせた。
「それ以上気にするなら結婚はナシにするよ?私には何でも自由にできる魔法があるんだから、その気になればエトリアの指輪だって壊せるんだからねっ!?(多分!)」
「わっ、わかった!もう訊(き)かない!」
シャルはまいったと言い、うなだれる。
「さっき、ルイスがお前の髪にキスするのを見て、胸が痛かったんだ……。男の嫉妬なんてみっともないって、分かってはいるんだがな」
「そういうところ、シャルらしくて好きだよ」
あいなの見せる満面の笑みで、シャルの嫉妬心は消えた。悩んでいたこと全てがどうでも良くなり、今を大切にしようと心から思えた。
「あのチョコレートって、もしかして……」
バイト中、店主ロンを通してルイスから渡されたメイド服とチョコレートについて尋ねようとしたが、あいなはそれをやめた。
「ううん、何でもない!」
ルイスの気持ちを考えたら、これ以上そのことには触れない方がいいような気がしたから。シャルも何かを察し、その件を追究したりはしなかった。
「そういえば、何でもできる魔法だってどうして分かる?さっきも、こっちに向かって器用に物を飛ばしていたな」
「エトリア様が教えてくれたんだよ」
あいなはエトリアとの会話を全てシャルに伝え、シャルもまた、自分が知るエトリアの情報をあいなに教えた。
「魔女村にあるエスペランサの墓に問題解決の鍵がある。そう見て間違いないな」
「エトリア様の憂(うれ)いを晴らそう。私達で」
「ああ……!」
その後、エスペランサの墓を魔法で浄化し、そこから放たれたアンコンシアンス・マレディクションを世界から根絶した魔法使いとして、あいなは有名になった。
村に暴動が起きたのはエスペランサの影響だったが、その魂と墓が浄化されたおかげで今は元の平穏さを取り戻しつつある。
一時期シャルに反感を持っていた村人達の気持ちも落ち着き、皆口々にシャルへの暴力を謝った。シャルはそれを快く受け止め、自分の未熟さが招いた結果であると言い、今後に生かすと明言した。
カスティタ城に保管されるどの歴史書を読みあさっても、エトリアとエスペランサが双子の姉妹であるという事実は記載されていなかった。エトリアがあえてそうしたのか、時間の流れと共にその事実は無かったことにされたのか、そこのところは分からない。
――それから二十年が経っても、魔女村での二人の活躍は語り継がれていた。シャルの働きでロールシャイン王国はますます豊かな国になり、穴のあった医療制度も万全に整えられた。いつかのように医師が巡業する必要もないほどに。
シャルの誕生日式典が開かれるということで、この7月7日、城内は慌ただしい雰囲気で満ちていた。
「父さん、ルイスが探してたよ。すぐに来てほしいって」
18歳になるシャルの息子・エーデルシュタインがシャルを呼びに控え室までやって来た。
「分かった。すぐ行くと伝えてくれ」
支度をするシャルのそばで、同じく18歳になる娘・アリアもシャルを促した。
「パパはいつもいつもルイスにばかり迷惑かけて……。専属執事とはいえ私が恥ずかしいから、いい加減しっかりしてくれる?」
「悪かったよ、アリア。でも、そこまできつく言わなくてもいいだろ?」
「パパにはこのくらいでちょうどいいのよ」
「最近、龍河(りゅうが)に似てきたな、お前」
シャル似のアリアは、近頃ますます女子力を高め、性格もツンツンしている。彼女、どうやらルイスに恋をしているらしいのだ。シャルは弱々しくため息をつき、アリアに言う。
「ルイスはたしかにいい男だが、お前からしたら歳上すぎるだろ。ずいぶん若く見えるが、いくつ離れてると思ってる?」
「年々口うるさくなるのやめてくれる?パパにルイスのこと話したの間違いだったかなぁ。ママは理解してくれるのに~」
「あいなはそういう話が好きだからな、昔から」
アリアは自身の長い髪に鮮やかな髪飾りをつけた。以前、ルイスに誕生日プレゼントとしてもらった物である。
「好きになる気持ちに歳なんて関係ないわよ。ルイスって素敵だもの!優しくて、尽くしてくれて、センスも良くて、仕事できて、どこかミステリアスで……。モテるのに今まで一度も浮いた話がないし独身なんだよ?私にもチャンスがめぐってくると思わない?」
「思わない」
「パパは石頭なんだからー。よくそんなんで恋愛結婚できたね。ママはすごいよ」
「あのな、アイツがお前に優しいのは俺の娘だからだ。執事と恋愛なんて絶対に許さないからな!?お前からしたら、ルイスは父親みたいなものだろう!」
「それ、耳タコだから」
「男は他にいるだろっ。この前だってバロニクス帝国での茶会に何とかってやつを連れて来てたじゃないか。誰だ、名前はたしか……」
「彼はただの友達よ。異性として見てないもん。私は、恋愛するなら絶対ルイスがいい。昔から彼のことしか考えられないの。父親だからって娘の恋愛邪魔しないでくれる?よし、できたっ。ルイス、可愛いって思ってくれるかな?」
ヘアスタイルが決まって嬉々とするアリアを見て、シャルは昔の自分を重ねる。子供を持つようになってようやく、自分に干渉ばかりしてきた過去のカロスの心情を悟ったのだった。
(親の心子知らず、だな)
「アリア、エーデルシュタイン、行こっか」
別室でドレスアップを終えたあいながやってきて、二人の名を呼んだ。あいなに似たエーデルシュタインとシャルに似たアリアは、二卵性の双子である。
「母さん、綺麗だね。似合ってる」
「当然よ。私達のママだもの」
大人しく思慮深い性格のエーデルシュタインとワガママ気質で気の強いアリア。我が子を前に、あいなは頬を緩ませる。
「ありがとう、二人とも」
「それ、いつもつけてる物よね。色的に今日のドレスには合わなくない?」
アリアはあいなのネックレスを指差す。桜色の石がついていた。エーデルシュタインはフォローする。
「別にいいじゃない。そのネックレスは母さんのお気に入りなんだから」
「まあ、それもそうね。オシャレは好きなようにするのが一番だものね」
あっさりとアリアはうなずく。あいなはホッとし、室内のシャルを振り返った。
「シャルも早くおいでね。ハロルドやクロエが、今度の旅行について話したいって言ってたから」
あいなは言い、子供を連れてパーティー会場へ向かった。クロエとは長年の付き合いで、今は秋葉(あきは)と比べられないくらい大切な女友達となっていた。
あいな達親子と入れ違う形で、ルイスが入ってくる。
「シャル様、探しましたよ。そろそろ挨拶の時間になります」
「何年経っても変わらないな、お前は……」
「藪(やぶ)から棒に、何です?」
「お前の人生についてどうこう言う気はないが、そろそろ身を固める気はないのか?」
「どうこう言う気がありありと見えますが」
ルイスはため息をつき、キッパリ言い放つ。
「アリア様のことを気にされているのでしょう?何度もお伝えしています通り、彼女をそういう目で見ることはございませんからどうかご安心下さい。先日も、告白を丁重にお断りしたところです」
「しかし、アイツはしつこいぞ……。将来本気でお前と結婚する気でいる」
「そうですか。いずれ目を覚まされるでしょう」
ルイスはまるで気にしていないらしく、何事もなかったかのように部屋を後にしようとした。
「なあルイス。お前が結婚しないのって……」
言いかけ、シャルは言葉を切る。
「とにかく、アリアだけは渡さないからなっ」
「くどいし過保護ですよ。一度言われれば理解しますので」
アリアが年頃になってから日常と化したこのやり取り。ルイスはサラッと対応した。
今のロールシャイン王国の王室関係者は、シャルのはからいによって、必ずしも二十歳で結婚しなくてもよくなった。それに加え、次期に王位を継ぐのが誰なのかしっかり決まっていないため、シャルの気苦労は絶えない。双子の姉・アリアと弟のエーデルシュタインは、当分自由の身であるだろう。
広い会場は、溢れんばかりの人で賑わった。昔と違い、どこかくだけた印象のパーティーには、絶えず笑い声が咲いている。
パーティーが始まり、各々がその時間を満喫した。ある者はダンスを踊り、ある者は談笑する。シャルとあいなは、諸外国の王室関係者や自国の要人に挨拶周りをした。
カロスが国王の座を降りてもなお、シャルとあいなが魔女村を救ったことは語り継がれており、その力は世界中が知ることとなった。皆、口々に二人を称える。
「お二人はこの国の民達を幸せに導いてくださいました!」
「これからもどうかお健(すこ)やかで!」
シャルは凛々しく、あいなは笑顔でそれに応えた。
ひととおり挨拶周りを終えたあいなは、エーデルシュタインやクロエと共に立食形式の食事を楽しんだ。
「ハロルド、いないね。すぐに会えると思ったのにな」
「ここへは占星術協会の人間も来ているしね。その人達の相手で忙しいんじゃないかしら」
ハロルドとヴィクトリアは、バロニクス帝国を代表する主柱の占い師として活躍している。
「ハロルドがここまで大物になるとは思っていなかったわ。昔は無気力な男だったもの。ヴィクトリアも喜んでる。全てあなたのおかげね。あいな」
「そんなに誉められたら照れるよ」
朗らかに笑うあいなを見つめる者が、ここにはたくさんいた。エーデルシュタインとアリア。そして、ルイスとシャル。彼女の幸福そうな姿に、誰もが幸せを感じていた。
「あいな様、グラスが空になっていますね。お飲み物の追加はいかがいたしましょうか?」
「ありがとう。じゃあ、ぶどうジュースをくれる?」
「かしこまりました。こちら、先日バロニクス帝国からいただいた特別な品になります」
ぶどうジュースのボトルを手にルイスが近付いてくると、クロエが茶々を入れる。
「あなたっていつもあいな最優先ね。私も喉(のど)が渇いたわ」
「これはこれは大変失礼いたしました、クロエ様」
クロエの言葉が冗談だと分かっているので、ルイスは微笑し軽く受け流した。クロエのグラスにはまだなみなみと白ワインが入っている。
「それでは、引き続きお楽しみ下さいね」
立ち去るルイスの背中を、あいなはじっと見つめた。切なげで、それでいてどこか幸せそうな眼差(まなざ)しで。それに気付いたエーデルシュタインが、あいなに声をかける。
「母さん、これ、おいしいよ。クロエ様もどうぞ」
「エーデルシュタインは気が利くわね。若いのに謙虚だし。娘の結婚相手になってほしいわ」
またもや冗談を口にするクロエ。彼女には、エーデルシュタインと同い年の一人娘がいる。エーデルシュタインは照れ笑いを浮かべ、あいなは優しく微笑んだ。
和やかな家族。幸せな城暮らし。優しい友人。あいは今、幸せだった。
「誤り婚じゃ、なかったよ」
遠くで他国の王と雑談するシャルを眺め、あいなはつぶやいたのだった。
《完》
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※拙作「山賊王女と楽園の涯」の完結編という位置づけでもありますが、知らなくとも問題ないよう書いてあります。興味があればそちらもお読みください(ただしずいぶんジャンルが違い、とても長いです)。
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