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【敵同士→恋】5話(2)【探偵ミステリーBL】
しおりを挟む玄沢は、何事もなかったかのように隣のスツールの背を引いた。
陽向は素直に従った。
玄沢の思わぬ激昂に触れたせいか、胸の中の重しが少しだけ軽くなった気がした。
店内のBGMが、軽快なジャズへと切り替わる。
凍りついていたフロアに、ようやくぬくもりが戻りはじめる。
客たちも再びグラスを傾け、笑い声がぽつぽつと浮かび始めた。
「いらっしゃい。これ、うちのオリジナルカクテルよ。飲んで、頭でも冷やしなさい」
カウンターの向こうに立っていたドレス姿の人物が、陽向の前へグラスを差し出す。
ラメの入ったドレスの胸元から、がっしりした胸筋が覗いていた。
「ありがとう、リエママ」
玄沢がにこりと微笑むと、リエは手をひらひらと振った。
「いいってことよ。玄沢ちゃんがここで探偵業してくれてるおかげで、依頼人も、あんた目当ての見物客も来てくれるから、うちは大繁盛よ」
「俺は客引きのパンダか何かか……。まあ、リエさんには事務所のことも依頼の仲介も色々お願いしてるし、助かってますけど」
「ふふ。でもね……惜しむらくは——貴方がゲイじゃないってことよっ!」
リエは拳を握りしめると、カウンターに崩れ落ちた。
「なんでこの領域に、あんな美味しそうな獲物がいるっていうのに……狩れないのっ!」
「そうだ、そうだ~っ!」
と、フロアの方からも追い打ちのように同意の声が上がる。
複雑な顔でそれを見ていた玄沢の隣で、陽向は一気にグラスをあおり、バンとカウンターに置いた。
「ごちそう様です」
その勇ましい飲みっぷりに、リエが盛大に笑い出す。
「あはは、活きがいい子ねぇ。さては、さっき電話してきたのは貴方? 『探偵は来てるか』って、すごい勢いだったわよ。——依頼人なの?」
リエが玄沢を見やる。
玄沢は少し考え、曖昧に答えた。
「……いや、何というか、依頼人が慰謝料を要求していた相手で……」
「ふうん、複雑ね」
「複雑なんだ」
「複雑じゃない!」
陽向がもう一杯注文したグラスを勢いよく置く。
氷がガランと跳ねた。
「話は簡単だ! 俺はあいつを見つけて、地獄に叩き込む! それで穏やかな生活を取り戻す! それだけだっ!」
「はいはい、わかった。わかったから、落ち着け。これもやるから」
玄沢が、自分の手つかずのグラスを陽向に差し出す。
陽向は飢えた獣のように、それを飲み干した。
「……ふう……」
ようやくアルコールがまわってきたのか、神経が少しずつ鎮まっていく。
と思ったら、今度は後悔の波が押し寄せてきた。
「……ごめん……」
「は……?」
急にしょんぼりしてしまった陽向を、玄沢が怪訝そうに見つめる。
陽向は、空のグラスを両手で包み込みながらぽつりと呟いた。
「昨日は……言い過ぎた。ごめん。ちゃんと反省してる。俺、頭に血がのぼると、何を口走るか自分でもわからなくて……」
「……だろうな。今の騒ぎっぷりを見てたら、誰でもそう思う」
「くくくっ」と、玄沢が吹き出した。
笑いは次第に大きくなり、ついには肩を震わせるほどになる。
「はは……いや、まさか、このタイミングで謝られるとは思わなかった……お前は本当に、忙しい奴だな」
笑い転げている玄沢に、ママや客たちが呆然とした視線を向ける。
やがて笑いをおさめた玄沢は、目元の涙を指で拭い、真顔に戻った。
「それじゃ、今日のことを詳しく話してくれ」
一度、深く息を吐いてから、探偵の顔になる。
「えっと……それが、ちょっと海斗と話さなきゃいけないことがあって、アパートに行ったんだ。そしたら、家の中が空っぽで……。
隣の人が言うには、昨日の昼の三時頃に質屋のトラックが来て、家具を全部持ってったって……——あ、アキサミヨー(まさか)っ!」
陽向は勢いよくスツールから立ち上がった。
三時といえば、自分たちが帰った直後だ。
もしかしてその時から、海斗は今回のことを計画していたのだろうか。
「やり直そう」なんて言った舌の根も乾かないうちに、へそくりを盗み、家具を売り払った……?
怒りよりも、失望が深くのしかかる。
乾いた笑いがこみ上げ、陽向はスツールに崩れるように座り直した。
「はっ……まさか、海斗がここまでする人間だとは思わなかった……こんな、こんな——」
うなだれた陽向をちらりと見やり、玄沢が低く呟いた。
「こう言っちゃなんだが、俺もだ。謝花にこんな決断力や行動力があるとは思っていなかった」
「だろう? 玄沢さんはまだマシだよ。会って数日なんだから。でも、俺は——
一年以上も一緒にいたのに……あいつの本性に気づけなかった……」
喉の奥がキュッと締まる。
そのままじゃ、怒りも虚しさも悲しみも全部、酒と一緒に噴き出してしまいそうだった。
「……本当に、俺、馬鹿だ……あんな奴を信じて……こんな風に手ひどく裏切られるなんて……」
陽向は、両手で自分の顔を覆った。
こんな情けない顔、誰にも見られたくなかった。
——そのとき。
「大丈夫だ」
ふいに、温かな手が背中に添えられる。
その手はそっと、陽向の肩から背中へ、慰めるように撫でていった。
誰の手かは、見るまでもなかった。
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ご覧いただき、ありがとうございます。
現在、中華ファンタジーBLを連載中です!
興味がありましたら、お越し下さいませ☺
■あらすじ動画(1分)
https://youtube.com/shorts/o6KYEqYVPOI
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