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第5話 学生の本分とは
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アリシア商会を訪れてから翌日。
俺は寝ぼけ眼をこすりベッドから起きる。
鏡の前で髪を整えながら、今までのことを振り返り、改めて今自分が置かれていることを考えた。
壊れたシナリオ。
破滅の気配。
それは決して偶然なんかじゃなく、全ては繋がっているように感じられる。
だが、今の俺のやるべきことは……正直まだ分かっていない。
崩壊した勇者パーティを再立ち上げをするべきなのか。
はたまた俺が世界を救うために動くのか。
どちらにせよ何で俺が……と言いたいところではあるが。
ああ、もう一つあったな。
――全てを投げ出して自分の平穏な生活を追求する。
「ディラン様、お目覚めでしょうか」
「ああ、おはよう。マルタ」
ドアの向こうからマルタの声が聞こえる。俺は慌てて制服のボタンを留めながら返事をした。
「おはようございます。調子はいかがですか?」
俺がドアを開けると、マルタが手帳を片手に立っていた。
相変わらず几帳面な従者だ。
「バッチリだ」
「それは何よりです。では本日の講義はこちらになります」
マルタから丁寧にまとめられた時間割を受け取った。
法学、数学、医学、そして精霊学と魔法学といった具合に科目が並んでいる。
とはいえ貴族の身分である俺は、授業を受ける意義はほとんどない。
なにせ在籍しているだけで、ほぼ学士号を取得できるからだ。試験も簡易的か免除されるという好待遇である。
「ディラン様、お食事の準備ができております」
「ああ、ありがとう」
俺は時間割を眺めながら、マルタと共に食堂へ向かった。
学院の学生食堂は、朝の光が差し込む大きな窓と、長いテーブルが整然と並ぶ広々とした空間だ。
貴族と平民の席は当然に分かれている。
明示された規則というわけではないが、暗黙の慣習である。
貴族席に着くと、既に何人かの同級生が朝食を取っていた。
俺はいつものようにオスカーの隣の席に座る。
「おはよう、ディラン。昨日はどうだった?」
「まあ、それなりに成果はあったかな」
「へえ……」
オスカーが意味深な笑みを浮かべながら、パンにバターを塗っている。
「それで今日はどうするんだ?」
「そうだな……魔法学くらいは出てもいいかなって」
オスカーの質問に答える。
正直なところ、ここ数日間色々な授業に出てみたが、どれも有意義だと感じるものはなかった。
嫌味でも何でもなく、あの五年間で既にほとんどの基礎は学び終えていたからだ。
だが魔法学だけは別だ。
魔法を教わるには、高位な魔法師から直接教わるのが一番であり、この学院以上に適した環境はない。
あと、単純に楽しい。
「魔法学か。確か今日はマクスウェル教授の授業だったな」
マクスウェル教授——宮廷魔法師の第三位に位置する実力者で、学院のみならず、王国内でも有数の魔法師だ。
原作では名前だけの登場だったが、実際に会えるとなると少し緊張する。
「それにしてもわざわざ授業に出るなんて律儀だねえ」
学業こそ学生の本分だろ。
と言いたい気持ちではあるが、そこは口を噤む。
貴族にとって大学とは学問を学ぶところではなく「社交訓練」「人脈作り」「体裁」を得る場所なのだ。
それがこの社会の当たり前であり、その常識に異を唱えるつもりは毛頭ない。
だが、それでも俺にとってはそれらは二の次だった。
世界が滅ぶかもしれないという状況で、そんなものを重視している場合ではないのだから。
「まあな、せっかく入学したんだから受けて損はないだろ」
「ま、そうかもな、せいぜい励んでくれよ」
あくまで他人事のオスカーを横目に、 俺は朝食を済ませ、食堂を後にした。
魔法学の講堂は、学院でも最も設備の整った場所の一つだ。
石造りの円形講堂には魔法陣が刻まれた床と、天井には星座を模した装飾が施されていた。まさに魔法を学ぶにふさわしい神秘的な雰囲気だった。
これほどの設備は、並大抵の貴族でも用意できないだろう。
俺が講堂に入ると、既に多くの学生が着席していた。
ちなみに講堂は食堂と違って、貴族席と平民席は明確に分かれていなかったりした。
まあそれでも暗黙の了解はあったんだが。
俺は適当な席を見つけて座った。
チラチラと視線を浴びるのはもはや慣れっこだ。
それほどまでに貴族の生徒が授業に参加するのは珍しいらしい。
そんな中、講堂の扉が開き、威厳のある足音と共にマクスウェル教授が現れた。
「諸君、おはよう」
マクスウェル教授は五十代半ばくらいの男性で、白髪交じりの髭を蓄え、深い青色のローブを纏っていた。その瞳には知性と厳格さが宿っている。
「今日は魔力感知の実習を行う。魔法使いにとって最も基本的でありながら、最も重要な技術だ」
教授の声が講堂に響く。学生たちがざわめいた。
「魔力感知とは、単に魔力の強弱を測るだけではない。その性質、流れ、そして異常を察知することも含まれる。優秀な魔法使いは、わずかな魔力の変化からも多くの情報を読み取ることができるものだ」
教授の説明に、俺は身を乗り出した。
これはまさに俺が知りたかったことだ。もし魔王復活の兆候を魔力の変化で察知できるなら……。
「では、まず基本的な感知から始めよう」
教授が手を上げると、講堂の中央に魔法陣が浮かび上がった。
淡い青白い光が幾何学模様を描き、美しく輝いている。
「これは紋章法と言われる技術の一つで作られた魔法陣だ。さて、この魔法陣から発せられる魔力を感じ取ってみなさい。まずは強さから。そして可能であれば、その性質も」
学生たちが一斉に目を閉じ、集中し始めた。俺も同様に目を閉じ、意識を澄ませる。
――すぐに分かった。
魔法陣からは穏やかで安定した魔力が流れている。水の属性に近い、清浄な力だ。強さは中程度といったところか。
「では、感じ取れた者から発表してもらおう」
教授の言葉に、何人かの学生が手を上げた。
「はい」
平民席の前列にいた女子学生が指名される。
「水の属性で、強さは……中程度だと思います」
その答えは俺とほぼ同一だった。
「正解だ。他には?」
次々と学生が答えていく。
大体の答えは正解だったが、詳細まで分かる者は少なかった。
俺は手を上げるかどうか迷った。
無闇に目立ちたくはないが、この授業で学べることは多そうだ。
「君はどうかね?」
気がつくと、教授の視線が俺に向けられていた。
他の学生たちも振り返る。
その視線は様々な色に満ちていた。
「……水の属性で、中程度の強さ。流れは時計回りで、魔力の密度は中心部が最も高く、外側に向かって緩やかに減衰しています」
俺の答えに、講堂がざわめいた。教授の眉が上がる。
「ほう……詳細だな。他には?」
教授が更なる詳細を求める。
俺は少し迷ったが、せっかくなのでもう少し詳しく答えることにした。
「……わずかに乱れがあります。魔法陣の北東部分で、魔力の流れが一瞬だけ滞っているような」
俺がそう答えた瞬間、講堂が静まり返った。
教授の表情が変わる。
驚愕とも興味とも取れる複雑な表情だった。
「……君の名前は?」
「ディラン・ベルモンドです」
「ベルモンド侯爵家の……なるほど」
教授は顎に手を当て、しばらく俺を見つめていた。
「その通りだ。この魔法陣には意図的に微細な乱れを仕込んである。それを感知できる学生は、今年度においては君が初めてだ」
周囲からどよめきが起こる。
少しやりすぎてしまった感はあるが……まあ、評価されるに越したことはないのか?
「実に見事だった。興味があれば、我が法技会を参加してみると良い」
マクスウェル教授からのお誘い。
法技会というのは、教授が主催しているごく少人数の学習指導会のことだ。
基本的に教授か参加者からの推薦でしか入る手段はない。
勉学に励む学生にとっては大変名誉なことだが、貴族としてはあまり意義はない場所とも言える。
「光栄です、ぜひ検討をさせていただければと」
「うむ、では詳細は後ほど伝えよう。ああ、そうだ。そこには昨年度、君と同様にこの魔法陣を見抜いた者がいるのだ。話もきっと合うだろう」
教授の言葉に、俺は興味を引かれた。
同程度の感知能力を持つ人物――それは貴重な存在だ。
今後、俺の助けになってくれるかもしれない。
「その方は?」
「エルナ・グリーベル。史上最年少で宮廷魔法師に選出された天才だ」
――え?
俺の思考が一瞬停止した。
言うまでもなくその名は、原作においてあの勇者パーティの一人、
賢者エルナ・グリーベルだった。
俺は寝ぼけ眼をこすりベッドから起きる。
鏡の前で髪を整えながら、今までのことを振り返り、改めて今自分が置かれていることを考えた。
壊れたシナリオ。
破滅の気配。
それは決して偶然なんかじゃなく、全ては繋がっているように感じられる。
だが、今の俺のやるべきことは……正直まだ分かっていない。
崩壊した勇者パーティを再立ち上げをするべきなのか。
はたまた俺が世界を救うために動くのか。
どちらにせよ何で俺が……と言いたいところではあるが。
ああ、もう一つあったな。
――全てを投げ出して自分の平穏な生活を追求する。
「ディラン様、お目覚めでしょうか」
「ああ、おはよう。マルタ」
ドアの向こうからマルタの声が聞こえる。俺は慌てて制服のボタンを留めながら返事をした。
「おはようございます。調子はいかがですか?」
俺がドアを開けると、マルタが手帳を片手に立っていた。
相変わらず几帳面な従者だ。
「バッチリだ」
「それは何よりです。では本日の講義はこちらになります」
マルタから丁寧にまとめられた時間割を受け取った。
法学、数学、医学、そして精霊学と魔法学といった具合に科目が並んでいる。
とはいえ貴族の身分である俺は、授業を受ける意義はほとんどない。
なにせ在籍しているだけで、ほぼ学士号を取得できるからだ。試験も簡易的か免除されるという好待遇である。
「ディラン様、お食事の準備ができております」
「ああ、ありがとう」
俺は時間割を眺めながら、マルタと共に食堂へ向かった。
学院の学生食堂は、朝の光が差し込む大きな窓と、長いテーブルが整然と並ぶ広々とした空間だ。
貴族と平民の席は当然に分かれている。
明示された規則というわけではないが、暗黙の慣習である。
貴族席に着くと、既に何人かの同級生が朝食を取っていた。
俺はいつものようにオスカーの隣の席に座る。
「おはよう、ディラン。昨日はどうだった?」
「まあ、それなりに成果はあったかな」
「へえ……」
オスカーが意味深な笑みを浮かべながら、パンにバターを塗っている。
「それで今日はどうするんだ?」
「そうだな……魔法学くらいは出てもいいかなって」
オスカーの質問に答える。
正直なところ、ここ数日間色々な授業に出てみたが、どれも有意義だと感じるものはなかった。
嫌味でも何でもなく、あの五年間で既にほとんどの基礎は学び終えていたからだ。
だが魔法学だけは別だ。
魔法を教わるには、高位な魔法師から直接教わるのが一番であり、この学院以上に適した環境はない。
あと、単純に楽しい。
「魔法学か。確か今日はマクスウェル教授の授業だったな」
マクスウェル教授——宮廷魔法師の第三位に位置する実力者で、学院のみならず、王国内でも有数の魔法師だ。
原作では名前だけの登場だったが、実際に会えるとなると少し緊張する。
「それにしてもわざわざ授業に出るなんて律儀だねえ」
学業こそ学生の本分だろ。
と言いたい気持ちではあるが、そこは口を噤む。
貴族にとって大学とは学問を学ぶところではなく「社交訓練」「人脈作り」「体裁」を得る場所なのだ。
それがこの社会の当たり前であり、その常識に異を唱えるつもりは毛頭ない。
だが、それでも俺にとってはそれらは二の次だった。
世界が滅ぶかもしれないという状況で、そんなものを重視している場合ではないのだから。
「まあな、せっかく入学したんだから受けて損はないだろ」
「ま、そうかもな、せいぜい励んでくれよ」
あくまで他人事のオスカーを横目に、 俺は朝食を済ませ、食堂を後にした。
魔法学の講堂は、学院でも最も設備の整った場所の一つだ。
石造りの円形講堂には魔法陣が刻まれた床と、天井には星座を模した装飾が施されていた。まさに魔法を学ぶにふさわしい神秘的な雰囲気だった。
これほどの設備は、並大抵の貴族でも用意できないだろう。
俺が講堂に入ると、既に多くの学生が着席していた。
ちなみに講堂は食堂と違って、貴族席と平民席は明確に分かれていなかったりした。
まあそれでも暗黙の了解はあったんだが。
俺は適当な席を見つけて座った。
チラチラと視線を浴びるのはもはや慣れっこだ。
それほどまでに貴族の生徒が授業に参加するのは珍しいらしい。
そんな中、講堂の扉が開き、威厳のある足音と共にマクスウェル教授が現れた。
「諸君、おはよう」
マクスウェル教授は五十代半ばくらいの男性で、白髪交じりの髭を蓄え、深い青色のローブを纏っていた。その瞳には知性と厳格さが宿っている。
「今日は魔力感知の実習を行う。魔法使いにとって最も基本的でありながら、最も重要な技術だ」
教授の声が講堂に響く。学生たちがざわめいた。
「魔力感知とは、単に魔力の強弱を測るだけではない。その性質、流れ、そして異常を察知することも含まれる。優秀な魔法使いは、わずかな魔力の変化からも多くの情報を読み取ることができるものだ」
教授の説明に、俺は身を乗り出した。
これはまさに俺が知りたかったことだ。もし魔王復活の兆候を魔力の変化で察知できるなら……。
「では、まず基本的な感知から始めよう」
教授が手を上げると、講堂の中央に魔法陣が浮かび上がった。
淡い青白い光が幾何学模様を描き、美しく輝いている。
「これは紋章法と言われる技術の一つで作られた魔法陣だ。さて、この魔法陣から発せられる魔力を感じ取ってみなさい。まずは強さから。そして可能であれば、その性質も」
学生たちが一斉に目を閉じ、集中し始めた。俺も同様に目を閉じ、意識を澄ませる。
――すぐに分かった。
魔法陣からは穏やかで安定した魔力が流れている。水の属性に近い、清浄な力だ。強さは中程度といったところか。
「では、感じ取れた者から発表してもらおう」
教授の言葉に、何人かの学生が手を上げた。
「はい」
平民席の前列にいた女子学生が指名される。
「水の属性で、強さは……中程度だと思います」
その答えは俺とほぼ同一だった。
「正解だ。他には?」
次々と学生が答えていく。
大体の答えは正解だったが、詳細まで分かる者は少なかった。
俺は手を上げるかどうか迷った。
無闇に目立ちたくはないが、この授業で学べることは多そうだ。
「君はどうかね?」
気がつくと、教授の視線が俺に向けられていた。
他の学生たちも振り返る。
その視線は様々な色に満ちていた。
「……水の属性で、中程度の強さ。流れは時計回りで、魔力の密度は中心部が最も高く、外側に向かって緩やかに減衰しています」
俺の答えに、講堂がざわめいた。教授の眉が上がる。
「ほう……詳細だな。他には?」
教授が更なる詳細を求める。
俺は少し迷ったが、せっかくなのでもう少し詳しく答えることにした。
「……わずかに乱れがあります。魔法陣の北東部分で、魔力の流れが一瞬だけ滞っているような」
俺がそう答えた瞬間、講堂が静まり返った。
教授の表情が変わる。
驚愕とも興味とも取れる複雑な表情だった。
「……君の名前は?」
「ディラン・ベルモンドです」
「ベルモンド侯爵家の……なるほど」
教授は顎に手を当て、しばらく俺を見つめていた。
「その通りだ。この魔法陣には意図的に微細な乱れを仕込んである。それを感知できる学生は、今年度においては君が初めてだ」
周囲からどよめきが起こる。
少しやりすぎてしまった感はあるが……まあ、評価されるに越したことはないのか?
「実に見事だった。興味があれば、我が法技会を参加してみると良い」
マクスウェル教授からのお誘い。
法技会というのは、教授が主催しているごく少人数の学習指導会のことだ。
基本的に教授か参加者からの推薦でしか入る手段はない。
勉学に励む学生にとっては大変名誉なことだが、貴族としてはあまり意義はない場所とも言える。
「光栄です、ぜひ検討をさせていただければと」
「うむ、では詳細は後ほど伝えよう。ああ、そうだ。そこには昨年度、君と同様にこの魔法陣を見抜いた者がいるのだ。話もきっと合うだろう」
教授の言葉に、俺は興味を引かれた。
同程度の感知能力を持つ人物――それは貴重な存在だ。
今後、俺の助けになってくれるかもしれない。
「その方は?」
「エルナ・グリーベル。史上最年少で宮廷魔法師に選出された天才だ」
――え?
俺の思考が一瞬停止した。
言うまでもなくその名は、原作においてあの勇者パーティの一人、
賢者エルナ・グリーベルだった。
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