悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました

根古

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第21話 運命の音

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 精霊会は何事もなく無事に終えた。
 俺としてもまずまずの結果だったと思う。

 ただし精霊術の結果だけは、しばらく黒歴史として心の内に秘めておきたいが。

 兄上からも、人に見せられる程度には精霊術の習得には励むようにと、釘を刺された。

「ディラン様、お疲れ様でした」

 会場を出ると、マルタが待っていた。
 俺は肩の力を抜き、軽く息を吐いた。

「ああ……思った以上に疲れたな」

「初めての場でしたから。けれど、とても堂々としておられましたよ」

「そう見えたなら何よりだ」

 俺は苦笑しつつ、首筋を軽く揉む。
 周囲の喧噪から離れた途端、どっと疲労が押し寄せてきた。

「……それにしても、見事な会でしたね。あれほどの契約者が一堂に会するなど、学院でも滅多にないことです」

「そうなのか、学院外からも多数来ていたようだが」

 確かにそれなりの規模だったが、やはり珍しいことなのだろうか。

「はい、様々な地からいらしているようでした。ユリウス公の名声もあるかとは思いますが、精霊会というのは伝統ある行事ですので」

「なるほど、そういえば貴族だけじゃなかったな」

「はい、その点に置いても珍しい行事かもしれません」

 マルタが微笑むのを見て、俺もようやく張り詰めていた胸の奥を緩めることができた。

「しかし……あれを目の当たりにしてしまったからには、俺も少しは精霊術をどうにかしないとな」

 指先の光だけで終わった自分の出番を思い出して、思わず頭を抱えた。
 ルーが脳内で楽しそうに笑う。

『大丈夫です大丈夫です! 次はもっと派手にいきますから!』

(もう、お前の言葉は信用できない……)

 そのやり取りを悟られないよう、俺は咳払いを一つして歩き出した。

「明日は学校もお休みとのことですし、少しゆっくりお休みになってはいかがですか?」

「ああ、そうだったな」

 何でも明日は教員含め、お国の重役たちが王城に集まり、精霊会の結果を踏まえた協議を行うらしい。
 学生にとっては関わりのない話だが、学院そのものが騒がしくなるため休講になるとのことだった。

「それなら……まあ、少しゆっくりしてもいいかもしれないな」

 正直、今の俺は足りないことだらけだ。
 果たしてこのままで良いのか。
 不安が焦りを呼ぶ。

『そんな難しい顔をしてどうしました?』

(……明日はお前とじっくり話し合うからな)

『えっ、えっ、今から心の準備しておきます!』

 ルーが慌てる声を聞きながら、俺は夜空を見上げる。
 精霊会が終わり、学院の中庭も再び静けさを取り戻していた。





 翌朝、目が覚めると、昨日までの張り詰めた気持ちが嘘のように晴れやかになっていた。
 どうやら俺はかなり疲れていたらしい。
 まあ確かに、入学式から今まで怒涛の日々だった。
 知らぬ間に肩に力が入りっぱなしだったのだろう。

 今日は何も予定はなく、マルタにも朝は来なくて良いことを伝えている。
 ようやく一息つけたことで、逆に身体が重く感じるほどだ。

「ふあぁ……」

 大きな欠伸をひとつして、ようやく体を起こす。
 外はすでに陽が昇り、窓から差し込む光が眩しい。

 顔を洗い、軽く身支度を整えると、机の上に昨日マルタが置いていった盆があった。
 簡単な朝食と、香りの良いハーブティー。

「……気が利くな」

 独り言のように呟きながら椅子に腰掛ける。

 温かいスープを一口飲むと、体の奥からじんわりと力が満ちていくような気がした。

「さて……ルー、起きているか?」

『はいはーい! おはようございますディランさん! 今日はどんな面白いことがあるんですか!?』

 相変わらずの能天気さに、俺はため息をつく。

「残念がら、面白いことはない。今日はお前と真面目な話をするために一日空けたんだ」

『あー、確かにそんなことを言ってましたねー。それで話ってなんですか? 』

「端的に言って、お前――ルミナ様はこの世界についてどこまで知ってるんだ?」

 俺は直接的に問いを投げた。

『えーっと……この世界について? うーん、ある程度は知ってますよ? でも、私は神様じゃなくて精霊ですからね。全部知ってるわけじゃないです』

「未来を見通すとかは?」

『そんな不確定のものが見えるわけないじゃないですか』

 あまりにもあっさりとした回答。
 そこに嘘が紛れているようにはとても感じられない。
 この元・女神様は、彼女の言う通り「神」といった全知全能の存在ではなく、ただ、少しだけ高い場所から世界を眺めているに過ぎないのだろう。

「でも、運命という名の旋律は感じられるんだろ?」

 俺は誓約の儀にて彼女が使ったフレーズを持ち出して問いを投げる。

『そうですねー、言葉にするのは難しいんですが……例えば遠くに真っ黒な雲がこっちに近づいてくるとしたら、ディランさんは何が起こると思います?」

 珍しく言葉を選びながらルーは言った。

「雨が降る、か?」

『はい、そういうことです。運命って大層なことを言ってしまいましたが、私が感じ取れるのはその程度のことなんです。それで実際雲が頭上に来た時、突然晴れ渡ったらどう思いますか?』

「……気味が悪いな」

『それが私の言った不協和音の意味です。まあ単に予想が外れたってだけなんですが』

 ルーは悪びれもなく言った。
 だが、その軽い言葉とは裏腹に、内容は極めて重い。

「その『予想が外れた』具体例が、クライスがフェンリルと契約した一件、ということか?」

『ご名答です。本来の予報では、あの狼さんは勇者リオンくんと契約するはずでした。それが世界の旋律として、一番しっくりくる流れでしたから』

 それは俺の知るシナリオとも一致する。
 しかし世界はそうならなかった。

「……なぜ、そうなった?」

『さあ? あの狼さん、昔からあまのじゃくなので。もっと面白そうな輝きを見つけちゃった、とかそんなところじゃないですかね』

 まるで他人事だ。
 だが、俺にとっては世界の存亡に関わる問題に他ならない。

「じゃあ、もう一つ聞く。今、お前が見えている一番大きくて、一番黒い雲は何だ?」

 俺の問いに、今まで脳内でコロコロと笑っていたルーの声が、一瞬だけ止まった。
 やがて、観念したような、それでいて少しだけ真剣な声色が返ってくる。

『……生憎とそれが何かは分かりませんが、今から数年後、避けられない嵐の雲がやってきます。それこそ空全体を覆うような、とてつもなく大きくて真っ黒なやつです』

 ゴクリと喉が鳴る。
 それは紛れもなく「魔王」の存在だ。
 彼女はこの世界のシナリオを知らないからこそ、返ってその言葉には重みがある。

「……それを避けるために、勇者と聖女に力を与えたのか」

『はい、その通りです。嵐が来るのが分かっているなら、傘や雨合羽を渡しておくのが親切心じゃないですか。来るべき厄災に立ち向かえるように、私が持てる力を、適正と相性の良いあの二人に渡したんです』

 その声には、どこか誇らしげな響きがあった。
 だが、現実はどうだ。

「その結果が、引きこもりの勇者か」

『うっ……!』

 俺の皮肉な言葉に、ルーがぐうの音も出ないといった様子で黙り込む。

『そ、そこが最大の誤算というか……傘を渡したら、一人は家に閉じこもって外に出ないし、もう一人はその傘を「聖女様御用達!」とか言って売りさばいてるんですよ!? どういうことなんですか、まったく!』

 ルーは声を荒らげ、頭の中でジタバタしているのが分かるほどだった。
 視点は違えど、俺もその気持は痛いほど分かる。

「……ちなみに最初に聞こえた不協和音っていつ頃だったか覚えているか?」

 俺は覚悟を持ってその問いを投げた。
 ルーは僅かに黙り込む。

 ――返答を待つ間の沈黙が、やけに長く感じられた。
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