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第28話 天の光
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宮廷魔法師。
それは、王国に属する魔法師としての最高位の称号。
王家に仕え、国の安寧と繁栄を魔法という奇跡の力で支える十人の守護者。
王国に連綿と続く歴史と秩序の守護者が「貴族」であるとするならば、宮廷魔法師は、その秩序の外側に立つ存在だ。
伝統や血統ではなく、個人の圧倒的な異能によって王に認められた、いわば王家直属の「切り札」である。
――しかし、原作開始から時を待たずして宮廷魔法師は壊滅する。
原因は魔王軍の策謀による、大規模な同時多発奇襲だ。
王国の各地に散らばっていた宮廷魔法師たちは、それぞれ最も無防備な瞬間を狙われ、連携する間もなく各個撃破された。
故にエルナ、マクスウェルを例外として、彼らはアイテムに名前が残るだけで、その活躍を作中においては目の当たりにできない。
『ゼノンのローブ』『ノエルの指輪』――。
俺が血眼になって集めた最強装備の数々は、かつてこの国に存在した宮廷魔法師たちの遺した武具だった。
「少年、無事か?」
それは穏やかで、それでいて芯のある声だった。
俺は霞む視界の中、ゆっくりと顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
短く整えられた銀髪に、切れ長の鋭い目元。
「……ぁ」
感謝を告げようとするも、声が出ない。
全身を苛む激痛と疲労が、喉を鉛のように固まらせていた。
「む、これは魔力枯渇も併発しているのか……」
男は冷静に俺の状態を分析すると、俺の体にそっと手をかざした。
瞬間、手のひらから淡く、それでいて温かな光が放たれる。
「……っ!」
光が俺の体を包み込むと、あれほど酷かった痛みや疲労が、まるで嘘だったかのように霧散している。
それだけではない。枯渇していた魔力が、乾いた大地に水が染み込むように、急速に満たされていくのを感じた。
回復魔法……。
いや、次元が違う。
俺が知っている回復魔法とは比べ物にならない、神の御業のような奇跡。
「た、助かりました、ありがとうございます」
俺はゆっくりと身を起こし、男に感謝を告げる。
「うむ、顔色も良くなったようで何より」
男は満足そうに頷いて立ち上がる。
風に揺れる豪奢なローブには、金獅子の紋章が刺繍されていた。
『ゼノンのローブ』
俺の脳裏に、あるアイテムの名前が浮かび上がった。
いや、今やアイテムではない。
『ゼノンのローブ』の持ち主。
原作開始後、魔王軍の奇襲によって命を落とすはずだった宮廷魔法師が、今、目の前にいる。
「……ゼノン・アークライト……」
思わず、その名を口にしていた。
俺の呟きに、男――ゼノンはわずかに目を見開く。
「へえ……。私の名を知っているのか、少年」
「え、あ……いえ、その……」
まずい。
動揺のあまり、口を滑らせてしまった。
「ゼノン様、無駄口を叩いている場合ですか、まだ掃討は終わっていませんよ」
凛とした、氷のように冷たい女の声が響く。
声の主は言うまでもなく、エリナ・グリーベルだった。
彼女は輝く魔法陣に対し、何やら指を滑らせている。
ゼノンは「やれやれ」と肩をすくめ、エルナに向き直る。
「もちろん分かっているとも、しかし、そうは言ってもだな。よもや私の出番はないかと思っているのだが?」
そうゼノンが告げた瞬間、エリナの魔法陣が再び瞬いた。
突如、光の柱が天を貫き、夜空を真昼のように照らし出す。
あまりの眩さに、俺は思わず目を細める。
それは魔力の奔流などという生易しいものではない。純粋な魔力が凝縮された、神威そのものだ。
天高く昇った光は、その頂点で巨大な花が開くように一気に拡散する。
光の粒子が天蓋となり、巨大なドームを形成しながら学院の敷地全体をゆっくりと覆い尽くしていく。
ドームの表面には、無数の幾何学模様や古代ルーン文字が黄金の光となって明滅していた。
学院を丸ごと包み込む、そのベールはまるでこの学院を守っているかのようだ。
「……天蓋聖障」
ゲームの知識が、目の前の奇跡の名を告げる。
それは聖女アリシアが用いた聖域と同じような効果を持つ結界術。
しかしその規模は、比較にすらならない。
聖女の『聖域』が、あくまで個人やその周囲を守護するための、一点集中の絶対防御であるとするならば、エルナの用いた『天蓋聖障』は、一つの軍隊、あるいは一つの街を丸ごと覆い尽くす広域戦略結界。
詠唱を用いても数人がかりで行うその大規模魔法を、たった一人で、それも既存の魔法陣を書き換えることで実現したのだ。
――次元が違う。
俺は改めてエルナ・グリーベルという天才性を目の当たりにした。
今の俺、それどころか今後一生を掛けてもその領域に触れることすらできないと感じさせられる。
「お見事、さて――くるか」
ゼノンが呟いた、その刹那だった。
夜空の一点が、まるで太陽のように、ありえないほどの光を放ち始めた。
ぞわり、と全身の肌が粟立つ。
魔力感知など使うまでもない。
世界そのものが軋みを上げるような、圧倒的なまでの魔力の収束。
空気が焦げ付き、空間が悲鳴を上げている。
「なっ……!?」
俺は息を呑んだ。
あれは、原作における最強魔法の一つ。
戦略級殲滅魔法――天撃。
魔王軍の軍勢を、その拠点ごと焼き払うための切り札。
なぜ、それがここに!?
まさか事態はそこまで悪化しているというのか!?
思考するよりも早く、天の光は巨大な槍となって降り注ぐ。
音はない。
あまりに高密度のエネルギーが、音すら置き去りにして空間を消滅させながら突き進んでくる。
世界の法則が書き換えられるような、絶対的な破壊の顕現。
そして天から降り注ぐ絶対的な破壊が、エルナの展開した『天蓋聖障』の表面に激突する。
瞬間、結界の表面で眩い光の花火が咲き乱れた。
だが、音はない。
振動もない。
熱も、衝撃波も、何も学院内には届かない。
ただ頭上で、神々の戦争のような光景が無音のまま繰り広げられているだけだった。
『天撃』の奔流が結界の表面を這うように流れ、学院の周囲をぐるりと取り囲むように拡散していく。
まるで水が球体の表面を滑り落ちるかのように、破壊のエネルギーが結界に沿って外周部へと導かれていった。
「……っ!」
俺は息を呑んだ。
結界の向こう側で、学院を取り囲んでいた魔物たちが次々と光に飲み込まれ、跡形もなく消滅していくのが見えた。
ゴブリンも、バグベアも、そしてガーゴイルのような上位種でさえ、その光に触れた瞬間に塵となって散っている。
それは殲滅だった。
学院の周囲数百メートルに渡って展開していた魔物の大軍勢が、たった一撃で完全に消し去られている。
「あの爺さんは相変わらず無茶なことを思いつく」
ゼノンが愉快そうに呟いた。
その様子から、今までの一連の流れが計画の一部であることを俺はようやく理解する。
エルナの結界は学院を魔物から守るのではない。
学院を、味方の攻撃から守るための結界だったのだ。
「効率的ではありましたが」
当の本人たちはなんてことのないように言葉を交わす。
(……無茶苦茶だ)
最高位の魔法を準備させ、それを別の最高位の魔法で受け流し、敵の掃討に利用するなど、発想としてなかった。
なんでこの人たちが壊滅することになったのか甚だ疑問である。
俺はただ、人間を超えた理不尽な力の応酬を、呆然と見上げることしかできなかった。
それは、王国に属する魔法師としての最高位の称号。
王家に仕え、国の安寧と繁栄を魔法という奇跡の力で支える十人の守護者。
王国に連綿と続く歴史と秩序の守護者が「貴族」であるとするならば、宮廷魔法師は、その秩序の外側に立つ存在だ。
伝統や血統ではなく、個人の圧倒的な異能によって王に認められた、いわば王家直属の「切り札」である。
――しかし、原作開始から時を待たずして宮廷魔法師は壊滅する。
原因は魔王軍の策謀による、大規模な同時多発奇襲だ。
王国の各地に散らばっていた宮廷魔法師たちは、それぞれ最も無防備な瞬間を狙われ、連携する間もなく各個撃破された。
故にエルナ、マクスウェルを例外として、彼らはアイテムに名前が残るだけで、その活躍を作中においては目の当たりにできない。
『ゼノンのローブ』『ノエルの指輪』――。
俺が血眼になって集めた最強装備の数々は、かつてこの国に存在した宮廷魔法師たちの遺した武具だった。
「少年、無事か?」
それは穏やかで、それでいて芯のある声だった。
俺は霞む視界の中、ゆっくりと顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
短く整えられた銀髪に、切れ長の鋭い目元。
「……ぁ」
感謝を告げようとするも、声が出ない。
全身を苛む激痛と疲労が、喉を鉛のように固まらせていた。
「む、これは魔力枯渇も併発しているのか……」
男は冷静に俺の状態を分析すると、俺の体にそっと手をかざした。
瞬間、手のひらから淡く、それでいて温かな光が放たれる。
「……っ!」
光が俺の体を包み込むと、あれほど酷かった痛みや疲労が、まるで嘘だったかのように霧散している。
それだけではない。枯渇していた魔力が、乾いた大地に水が染み込むように、急速に満たされていくのを感じた。
回復魔法……。
いや、次元が違う。
俺が知っている回復魔法とは比べ物にならない、神の御業のような奇跡。
「た、助かりました、ありがとうございます」
俺はゆっくりと身を起こし、男に感謝を告げる。
「うむ、顔色も良くなったようで何より」
男は満足そうに頷いて立ち上がる。
風に揺れる豪奢なローブには、金獅子の紋章が刺繍されていた。
『ゼノンのローブ』
俺の脳裏に、あるアイテムの名前が浮かび上がった。
いや、今やアイテムではない。
『ゼノンのローブ』の持ち主。
原作開始後、魔王軍の奇襲によって命を落とすはずだった宮廷魔法師が、今、目の前にいる。
「……ゼノン・アークライト……」
思わず、その名を口にしていた。
俺の呟きに、男――ゼノンはわずかに目を見開く。
「へえ……。私の名を知っているのか、少年」
「え、あ……いえ、その……」
まずい。
動揺のあまり、口を滑らせてしまった。
「ゼノン様、無駄口を叩いている場合ですか、まだ掃討は終わっていませんよ」
凛とした、氷のように冷たい女の声が響く。
声の主は言うまでもなく、エリナ・グリーベルだった。
彼女は輝く魔法陣に対し、何やら指を滑らせている。
ゼノンは「やれやれ」と肩をすくめ、エルナに向き直る。
「もちろん分かっているとも、しかし、そうは言ってもだな。よもや私の出番はないかと思っているのだが?」
そうゼノンが告げた瞬間、エリナの魔法陣が再び瞬いた。
突如、光の柱が天を貫き、夜空を真昼のように照らし出す。
あまりの眩さに、俺は思わず目を細める。
それは魔力の奔流などという生易しいものではない。純粋な魔力が凝縮された、神威そのものだ。
天高く昇った光は、その頂点で巨大な花が開くように一気に拡散する。
光の粒子が天蓋となり、巨大なドームを形成しながら学院の敷地全体をゆっくりと覆い尽くしていく。
ドームの表面には、無数の幾何学模様や古代ルーン文字が黄金の光となって明滅していた。
学院を丸ごと包み込む、そのベールはまるでこの学院を守っているかのようだ。
「……天蓋聖障」
ゲームの知識が、目の前の奇跡の名を告げる。
それは聖女アリシアが用いた聖域と同じような効果を持つ結界術。
しかしその規模は、比較にすらならない。
聖女の『聖域』が、あくまで個人やその周囲を守護するための、一点集中の絶対防御であるとするならば、エルナの用いた『天蓋聖障』は、一つの軍隊、あるいは一つの街を丸ごと覆い尽くす広域戦略結界。
詠唱を用いても数人がかりで行うその大規模魔法を、たった一人で、それも既存の魔法陣を書き換えることで実現したのだ。
――次元が違う。
俺は改めてエルナ・グリーベルという天才性を目の当たりにした。
今の俺、それどころか今後一生を掛けてもその領域に触れることすらできないと感じさせられる。
「お見事、さて――くるか」
ゼノンが呟いた、その刹那だった。
夜空の一点が、まるで太陽のように、ありえないほどの光を放ち始めた。
ぞわり、と全身の肌が粟立つ。
魔力感知など使うまでもない。
世界そのものが軋みを上げるような、圧倒的なまでの魔力の収束。
空気が焦げ付き、空間が悲鳴を上げている。
「なっ……!?」
俺は息を呑んだ。
あれは、原作における最強魔法の一つ。
戦略級殲滅魔法――天撃。
魔王軍の軍勢を、その拠点ごと焼き払うための切り札。
なぜ、それがここに!?
まさか事態はそこまで悪化しているというのか!?
思考するよりも早く、天の光は巨大な槍となって降り注ぐ。
音はない。
あまりに高密度のエネルギーが、音すら置き去りにして空間を消滅させながら突き進んでくる。
世界の法則が書き換えられるような、絶対的な破壊の顕現。
そして天から降り注ぐ絶対的な破壊が、エルナの展開した『天蓋聖障』の表面に激突する。
瞬間、結界の表面で眩い光の花火が咲き乱れた。
だが、音はない。
振動もない。
熱も、衝撃波も、何も学院内には届かない。
ただ頭上で、神々の戦争のような光景が無音のまま繰り広げられているだけだった。
『天撃』の奔流が結界の表面を這うように流れ、学院の周囲をぐるりと取り囲むように拡散していく。
まるで水が球体の表面を滑り落ちるかのように、破壊のエネルギーが結界に沿って外周部へと導かれていった。
「……っ!」
俺は息を呑んだ。
結界の向こう側で、学院を取り囲んでいた魔物たちが次々と光に飲み込まれ、跡形もなく消滅していくのが見えた。
ゴブリンも、バグベアも、そしてガーゴイルのような上位種でさえ、その光に触れた瞬間に塵となって散っている。
それは殲滅だった。
学院の周囲数百メートルに渡って展開していた魔物の大軍勢が、たった一撃で完全に消し去られている。
「あの爺さんは相変わらず無茶なことを思いつく」
ゼノンが愉快そうに呟いた。
その様子から、今までの一連の流れが計画の一部であることを俺はようやく理解する。
エルナの結界は学院を魔物から守るのではない。
学院を、味方の攻撃から守るための結界だったのだ。
「効率的ではありましたが」
当の本人たちはなんてことのないように言葉を交わす。
(……無茶苦茶だ)
最高位の魔法を準備させ、それを別の最高位の魔法で受け流し、敵の掃討に利用するなど、発想としてなかった。
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