悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました

根古

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第38話 成功への道

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 思考が停止した。

 宮廷魔法師。
 王国最高峰の十人の魔法使いたち。
 その権威は貴族に負けず劣らない。
 それを、俺に?

「え、あの……」

 俺の口から、自然と掠れた声が漏れる。
 あまりにも突拍子もないことに頭が追いついていない。何を言えばいいのか、何を聞けばいいのかすら分からない。

「あなたは何を言っているんですか……」

 後ろで控えていたエルナが口を挟んだ。
 彼女の声には、明確な困惑と呆れ、そして僅かな苛立ちが滲んでいる。
 明らかに彼女にとっても想定外であることが見て取れた。

「何か企んでいるとは思っていましたが、まさかこれほど突拍子もないことを……」

 エルナの冷ややかな声が、部屋に響く。
 彼女の氷のような視線が、ゼノンへと向けられていた。

「彼はまだ学生です。それも入学してまだ数ヶ月しか経っていない。宮廷魔法師としての訓練も、実績も、何もない。そんな者をいきなり招き入れるなど――」

「え、それをエルナ殿が言うのかい?」

 ゼノンの言葉に、エルナの眉間にシワが寄る。

「エルナ殿だって、少年と同じ15歳の時に宮廷魔法師として迎えられたじゃないか」

 ゼノンの言葉にエルナがますます不機嫌な表情に染まっていく。
 確かにそれは事実ではあるのだろうが、同時に俺とエルナが同等とでも取れるその言い草に、エルナが憤慨するのも無理はない。
 というか俺も畏れ多い。

「……それで?」

 エルナの声が、一段と冷たさを増した。

「おっと、ちょっとだけ言い過ぎた。申し訳ないが、先程の発言は言葉足らずだったと言い訳をさせて欲しい」

 ゼノンは肩をすくめ、僅かに申し訳なさそうな表情を浮かべた。
 だが、その瞳には相変わらず悪戯っぽい光が宿っている。

「正確には、『宮廷魔法師の見習い』として招き入れたい、だ」

「……見習い、ですか」

 俺は思わず聞き返していた。

「そう、見習い。つまり、正式な宮廷魔法師ではなく、その候補生という立ち位置だね」

 ゼノンは指を一本立てて、説明を続ける。

「少年も聞き及んでいると思うが、学院は当面の間、休校となる」

 ゼノンの言葉に、俺は頷いた。
 再開時期は未定であり、調査次第によっては一年以上となる可能性だってあるらしい。

 既に多くの生徒たちは実家に帰り、今もなお学院に留まっているのは、事情聴取を控えていた俺くらいのものだろう。
 俺だってこれが終われば、実家に戻る予定だった。

「その期間、何もしないというのは勿体ないだろう?」

 ゼノンは軽やかに言う。

「君には才能がある。それを遊ばせておくよりも、実戦的な訓練を積んだ方が、君にとっても王国にとっても有益だ。そう思わないかい?」

 ゼノンの提言は魅力的なものだった。
 名誉なことであり、断る理由などどこにもない。
 強いて言うなら分不相応ではないか、という心配と、先程からこちらを睨みつけているエルナの視線が痛いくらいだ。

「もし少年が、実力不足だと感じているのならそれこそ思い違いだ。確かにまだ未熟とも言えるが、エルナ殿が認めるほどの能力とあれば見過ごすわけにはいかない」

「……待ってください」

 ゼノンの発言にすかさず割って入ったのは言うまでもなくエルナだった。

「私が、いつ彼を認めたと?」

 エルナの声は、氷点下まで冷え込んでいた。
 その視線は、ゼノンを射抜くように鋭い。

「おや、そうだったかな? 確か君は、襲撃事件の後、『あの学生の魔力感知は特出している』と報告書に記していたはずだが」

 ゼノンは涼しい顔で言ってのける。

「あれは客観的な事実の記述です。認めたわけでは――」

「客観的な事実で十分じゃないか、エルナ殿」

 ゼノンはにこやかに遮った。

「君のような厳格な性格の人間が、わざわざ報告書に記載するということは、それだけ印象に残ったということだ。つまり、認める認めないは別として、少なくとも『一定の評価に値する』と判断したわけだ」

「……」

 エルナは口をつぐんだ。
 反論できないのだろう。
 俺としても、エルナに評価されていたという事実は意外だったが、それ以上にこの二人のやり取りに挟まれている自分の立場が辛い。

「と、いうわけで少年は誇りを持って良い。何せ三人の宮廷魔法師からお墨付きをもらっているんだから」

「えっと……三人ですか?」

 思わず俺がそう尋ねると、ゼノンが頷き答えた。

「ああ、そうだとも。私とエルナ殿。そして少年はあの爺さんの教え子なんだろう?」

「爺さん、ですか?」

 ゼノンの問いに首を傾げる。

「ああ、セドリック・マクスウェル。宮廷魔法師第三位の爺さんだよ」

「なるほど……」

 ゼノンから告げられた名を聞いて俺は納得する。
 マクスウェル教授に認められたかどうかは分からないが、少なくとも評価は受けたからこそ法儀会に招待されたはずだ。
 なるほど、確かに意図せず三人の宮廷魔法師と繋がっていたようだ。

「あの爺さんも見る目があるなぁ、先を越されていたようで悔しいけどね」

 楽しそうにゼノンは呟き、そして改めてこちらを見据えた。

「さて、改めて聞くが、少年はどうしたい?」

 ゼノンが改めて問いかけてくる。

「学院が休校の間、宮廷魔法師の見習いとして王城で学ぶ。悪い話ではないと思うが」

「……少し、考えさせていただけますか」

 俺は慎重に言葉を選んだ。

「確かに、光栄なお話ではあります。ですが、こればかりは一人で決められることではありませんので」

 俺は本心を告げる。
 曲がりなりにも俺は侯爵家の一員だ。
 こればかりは好き勝手に決めるわけにもいかない。

「もちろんだとも」

 ゼノンはあっさりと頷いた。

「だが時間は有限だ。私だってずっとここにいるわけにもいかない。返事は三日以内でお願いできるかな?」

 ゼノンの声には、先程までの軽やかさの中に、僅かな真剣さが混じっていた。

「はい、分かりました」

 俺は頭を下げた。
 三日。
 正直こんな大事を決めるには短い期間と言える。
 兄上は当然だが、父上にも判断を仰ぐ必要があるだろう。

「では、良い返事を期待しているよ」

 ゼノンは満足げに笑い、立ち上がった。
 エルナもそれに続く。彼女の視線は、最後まで俺に冷たいものを向けていた。

 二人が部屋を出ていき、静寂が戻る。
 俺は深く息を吐いた。

『ディランさん、大変なことになりましたね!』

 ルーの声が、頭の中に響く。

「……ああ、本当に」

 俺は窓の外を見つめた。
 宮廷魔法師の見習い。
 普通なら、飛び上がって喜ぶべき話だ。
 王国最高峰の魔法使いたちの一員になれるかもしれないのだから。

 だが素直に喜べるものでもないことも事実だ。

 これから王国を待ち受ける災難。
 原作で描かれた、魔王軍の侵攻。
 その前では地位も名誉も無に帰す。
 多くの人が命を落とし、そして宮廷魔法師たちも壊滅状態に陥る――その未来を、俺は知っている。

 だが、だからこそ。

 何もせずに破滅を待つより、力を手に入れて抗う方がまだマシだ。
 原作通りに進むなら、どのみち俺は破滅する。
 ならば、この手で未来を変える力を掴むべきではないのか。

『ディランさん、どうするんですか?』

 ルーの問いかけ。
 俺は窓の外、青い空を見上げた。

「……そうだな」

 俺の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

「俺は、進みたい」
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