悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました

根古

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第75話 信仰と信念

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 刃と刃が擦れ合い、火花が散った。

 騎士の男の斬撃は重く、鋭く、迷いの欠片すらなかった。
 ただ殺すためだけの、訓練によって磨かれた剣。

(……重い)

 剣を打ち合う度に、僅かに剣が押し込まれる。
 魔力感知による先読みと常強による身体強化で、何とか合わせているが――やはり自力が違う。

「くっ」

 振動が腕の骨まで響く。
 このまま受け続ければ押し切られる。

 男は間髪入れずに二撃目を繰り出す。
 横薙ぎ――いや、軌道を途中で切り替える“変化”だ。

(来る……!)

 魔力の線が一瞬だけ左へ跳ねた。
 俺が身を沈めた瞬間、刃が俺の頭上を裂いていく。

 死体にはなかった“技術”。
 意志で軌道を変える、訓練された剣士の技。

 さらに――

「はぁッ!」

 踏み込みが鋭い。
 床が、刃が、空気が、男の全身が“ひとつの武器”として最適化されている。

『ディランさん!』

 ルーの叫び。
 分かってる。このままでは絶対に勝てない。

(光の準備を頼む)

『っ、分かりました!』

 剣士として劣るなら、魔法師、精霊使いとして上回るしかない。

 男の踏み込みがさらに深くなる。
 足裏から床に流れた魔力が弾け、身体の重さがそのまま速度へ変換される。

(速い……!)

 刃が視界を白く裂く。
 その一撃に迷いはない。
 本気で殺しに来ている。

「っ――!」

 紙一重で身を逸らす。
 肩口に冷たい線が走った。掠っただけでこの衝撃。
 まともに喰らったら、腕ごと落とされる。

 男は追撃をためらわなかった。
 刃が跳ねるように返り、上段からの叩きつけが降り注ぐ。

(魔力の流れ――見ろッ!)

 胸の奥に集中を叩き込む。

 男の筋肉の収縮と、刃へ伝わる魔力の濃淡。
 それを線として描き、わずかな“間”を読む。

「はッ!」

 斬撃が直撃する寸前、逆方向へ跳ねる。
 床に転がり込みながら距離を取る。

 男は追う。
 躊躇がない。
 ただ、“斬る”という目的だけで動き続ける。

 距離が開いたはずなのに――すぐそこに迫ってくる。

「はあッ!」

 男が大きく息を吐いた瞬間、周囲の空気が弾けるように沈んだ。
 踏み込み。
 その予備動作を読んで動けたのは――魔力視のおかげだ。

「ッ!」

 男の刃と俺の短剣が再びぶつかる。
 火花と同時に、腕が痺れた。

(このまま押し合ったら……負ける!)

 瞬時に判断し、俺は力を抜いて剣圧を逃がす。
 足を滑らせるように後退し、男の体重を前に流す。

 そのわずかな隙を狙って――

「光よ、眠りより目覚めよ。我が声に応え、その輝きをここに顕せ――『発光』!」

 胸の奥で、淡い光が弾けた。
 視界の端に、小さな光粒が舞う――その瞬間に、俺は短剣を投げた。
 短剣が空を裂き、一直線に男の喉元へ飛ぶ。

 だが――

「甘い」

 男の刃が、弾いた。

 火花が散るより速く、斬撃が短剣の軌道を正確に捉えた。
 まるで、投げる瞬間の筋肉の動きすら読んでいたかのような反応速度。

「お前がな!」

(ルー!)

『いきます!』

 光が、爆ぜる。

「――ッ!」

 男の眼前で、ルーが放つ光粒が一斉に弾け散る。
 精霊術でしか使えない詠唱無しの光魔法。
 不意打ち特化の“目くらまし”。

 白い閃光が、大広間を昼間のように染め上げた。

「ぐ……ッ!」

 男が一瞬だけ、目を細めた。
 俺は目を閉じていても“視える”。

 光に焼かれるような白さの向こう――男の魔力の線だけは、闇の中の糸のようにくっきり浮かび上がっていた。

(今しかない――!)

 男の視界が奪われたのは一瞬。
 本当に、一呼吸よりも短い時間だ。

 だが、十分だ。

 俺は床を蹴り、光の奔流を逆巻くように走り込む。

 男の気配が僅かに揺れる。
 光に目を細めつつも、耳と勘で俺の接近を察したのだろう。

(やっぱり……本物の剣士だ)

 視界を奪われても、殺意も、反応も鈍らない。
 むしろ、次の攻撃を予測して構えてくる。

 だが――

(魔力の流れまでは隠せない)

 俺は男の腕に、剣に、肩に、腰に流れる魔力が一瞬だけ乱れたのを捉えた。
 光に反応した“迷い”。
 それが、この瞬間だけ存在した。

「はああッ!」

 男が光を裂くように剣を横薙ぎに振る。
 勘だけで放たれた暴風のような斬撃。

 だがその軌道――見えている。

(右下から――!)

 俺は身体を滑らせるように低く潜る。

 光の乱反射に混じって、男の魔力線が鋭く揺れた。
 腰が落ちる――つまり、剣の勢いがわずかに落ちる瞬間。

 そこを――突く。

「――っ!」

 男の左脇腹、鎧の合わせ目に手刀を叩き込む。

 ドッ、と鈍い衝撃。

「……ぐっ……!」

 男の身体が一瞬だけ揺れ、足が半歩だけ乱れた。

 殺せるほどの威力ではない。
 だが、“軸”が狂うには十分。

(いける……!)

 踏み込み、男の懐へ潜り込む。

 男の魔力の流れが荒れる。
 視界が奪われてなお、反撃を組み立てようとする殺意。

 右腕――振り上げる。
 だが軸が狂っているせいで、肩の魔力が半テンポ遅れている。

(右――遅い!)

 俺は男の肘を払うように弾き、剣筋を大きく外へ逸らす。

「……ッ!」

 金属が床を削る音。
 火花が散り、男の視界がようやく戻ったその瞬間――俺の掌底が、男の胸板へ吸い込まれるように密着した。

「潜める温、底より湧き上がれ。いま脈を打ち、形を破りて——『熱起』!」

 選んだのは打撃ではない。
 接触点に全魔力を注ぎ込み、爆発的な“熱量”へと変換する。

 ジュッ、と湿った音が響いた。

「が、アアアアアアッ!?」

 男の喉から、この戦闘で初めて苦痛の絶叫が漏れる。

 分厚い金属の胸鎧が、俺の手の形に赤く変色していく。
 鋼鉄の熱伝導率を利用した、回避不能の灼熱地獄だ。

「はぁッ!!」

 さらに一歩踏み込み、赤熱した胸鎧の上から、渾身の拳を叩き込んだ。

 男が二歩、三歩、後退る。

 焼けた胸鎧が軋み、皮膚が焦げる匂いが大広間に立ち込める。
 だが――倒れない。

 よろめきながらも、男は直立したまま剣を手放さなかった。
 呼吸が乱れ、膝も揺れているはずなのに、視線だけは一点の曇りもなく俺を見据えている。

(……まだ来るのかよ)

 あの状態で未だ衰えぬ戦意。
 異常だ。
 操られているわけじゃない。
 ただの信念でこの男は未だ立ちはだかっている。

「そこまでして……」

 思わず口をついた言葉は、呆れでも侮蔑でもなかった。

 本気で理解できない。

 魔王の復活。
 影の教団が掲げる目的はただそれだけ。
 その果てにあるのは――人間の破滅だ。

 それなのに。

「……何でそこまでできるんだ」

 焼けた胸鎧に煙を上げながら、男はゆっくりと剣を構え直す。

「己の痛みごときで……目的を曲げられるほど……甘くはない」

 声はかすれている。
 肺に熱が入り込み、息をするたびに苦痛が混ざるはずだ。
 それでも――男は笑っていた。

 狂気ではない。
 陶酔でもない。
 ただ、“覚悟”だけがそこにあった。

「影の御業……その実現を阻む者は……何であろうと斬る」

 その言葉は、まるで祈りのようだった。
 揺らぎのない、確固たる意思。

「……どうしてそこまで」

 問いかけた俺の声に、答えたのは目の前の男ではなく――

「それは、簡単なことですよ」

 大広間の奥から響いた、柔らかい声だった。

 黒衣の男だ。

 いつの間にか、立ち位置を変えていた。
 まるで先ほどの戦闘など、初めから存在しなかったかのように。

 呪印の中心――黒い球体のような“塊”に手を添えながら、ゆっくりと歩み寄る。

「影の御業。それは人の願いが行き着くひとつの形です。誰もが求めながら、誰も辿り着けなかった“安寧”の終着点」

 穏やかな声音なのに、耳の奥がぞわりと冷える。

「……安寧、だと?」

「ええ。世界が壊れる前の、静寂と永劫の平穏。生きることに悩まず、死ぬことに怯えず。皆が“影の懐”で守られる世界です」

 男は心酔したようにツラツラと言葉を述べていた。
 言いたいことは分からない。
 しかし、彼らも信念がある、ということだけは理解する。
 ただの快楽犯ではなく、彼らなりの大義があるのだと。
 しかし――

「お前たちの先に、そんな世界はない。お前らは魔人に操られてるだけだ」

 俺は真っ向から否定した。
 黒衣の男は、俺の言葉を確かめるように、わずかに首を傾げて見せた。

「……魔人、ですか」

 その声音は柔らかいままだ。
 だが、空気が――変わった。

「貴方は一体、どこまで知っているのですか?」

 男は探っている。
 俺は男の視線を正面から受け止め――あえて、不敵に笑ってみせた。

「……世界の、全てだ」
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