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1章 実験内容もわからないまま、とりあえずは様子見を

1 愛玩動物の日常

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 私立『真心隠し(まごころかくし)』女学院。中高一貫校でもある。
 前年までは女子校だった、主に家柄の優れた家系の娘が通う格式高い学園。
 そんな学園に、一人の男子が転入してきた。
 只野 戦人(せんと)取り立てて特徴のない年頃の男子である。
 
「バトラー君、お願いがあるの……少しいい?」

 女生徒が数人にこやかな顔で話しかけてくる。
 高等部の二学年に編入して早2ヶ月。戦人はすっかりクラスの女子に気さくに話しかけられるようになっていた。

「私たち、喉が乾いちゃったの。ジュース買って来てくれる」

 いわゆる、パシリとしてであるが。

「あ、うん、いいよ」

(またかよー。頼むから、休み時間の度に誰かしらお使いをお願いするにはやめてくれよー!!)

 戦人もにこやかな笑顔で応じるものの、内心ではうんざりしていた。

「まったく。アナタたち? バトラー君にたかるのはいい加減になさい!!」

「雪菜さん」

 凛とした声が教室に響き、戦人も含めた多くの生徒の視線が声の主である神城 雪菜へ注がれる。
 腰まで伸びるサラサラとしした黒髪が歩行に合わせて揺めき広がり。
 学園でも有数の美貌を持った表情の口元が薄く笑っている。
 長まつ毛で目尻は少し釣り上がるキツイ印象を受けるものの。
 髪にヘアバンドをしているからか、綺麗な見た目の中にも可愛らしさが。
 胸元は少し寂しいものの、背は高く腰はくびれ、華奢でスレンダーな体型は美しくあった。

「ちゃんと、お金も渡してあげなくちゃ」
「ハイ、コレ。わたくしのはいつもので。いつものように、お釣りはとっておいてくれていいわよ」

 雪菜が千円札を手渡してくる。

「あ、はい……」

 助け舟を出されたわけではないことは今日までの流れで理解し期待していなかったが、やはり少し気が滅入ってしまう。
 救いとしては、先にお願いをしてきた女子らが追随してお金を渡して来たことだ。
 どうやら自腹は回避できそうだ。それどころか、他の女子たちもツリは不要だというので、金銭的にはかなりのプラスになる。
 戦人はヘコヘコしながら教室を出ると、背後から女子たちの会話が聞こえた。

「初めに男子の子が試験編入されるって聞いた時にはどうなるかと思いましたが、バトラー君がいい子でよかったですわ♪」

「そうそう、しかも共学になっても、結局は男子の入学がなく、ホッとしてた矢先で不安だったからねー」

「初めはどう接するか悩んでしまったけれど『バトラー』なんて名前なんだもの、有効に使ってあげないとね♪」

 会話の中で、戦人という名が、戦うという意味で『バトラー』とあだ名をつけられたことがあると話した時、戦人の学園での運命が決まった。
 
「それにしても、やはりお金はなれませんわね。いつもはカードでキャッシュなど持ち歩きませんもの」

「そうよねー。小銭を出すのが手間でお札ばかり使ってると、お財布がパンパンに……」

 世間知らずのお嬢様を私生なれさせるために、学院内では紙幣を用いること、執事などの帯同は不許可であることが校則で定められている。
 そんな彼女らにとって、人がよく気が小さい言うことを聞く戦人は格好のお手伝いさんだった。
 不満はあるが、家の貧しい戦人にとって、彼女らのくれるお駄賃は魅力的だった。

「……それで、今日のイベントでは、レアアイテムのコチラの衣装が実装されるらしいですわ」

「あら? この服の感じ、最近流行りになっている新々気鋭のではなくて!?」

「そうなんですの!! メーカーとタイアップをしているらしく。このアイテムも、ゲーム内で入手すると、現実でも送られてくるそうでーー」

 廊下を歩いていると、他のクラスの女子が最近流行っているMMORPGの話で盛り上がっていた。
 なんでも、この学園の女生徒全員に配布されている学園作成のゲームらしく。
 各生徒に渡されている酸素カプセルのような見た目の装置を使えばフルダイブできるらしく。
 目元にかけるVRギアでもプレイできるらしい。
 内容は冒険もできるRPGらしいが、淑女方には戦いよりもお茶会などの方が好みらしく。
 大抵は友人と談笑し、ガーデニングや着せ替えを楽しむのがメイン層なようだ。
 自分には縁のないもの。そう思いながら売店にたどり着いた戦人は、一杯800円程はする果汁ジュースなどを注文していく。
 オーダーされてから作られたそれは、使い捨てではないグラスなどに注がれ、トレーに乗せられて渡されてきた。

「自販機じゃなくて、コレだもんなー。色々無茶苦茶だよ」

「……相変わらず、パシられてますね、センパイ……」

 教室に戻るために歩き出してまもなく、突然背後から声をかけられてトレーを落としそうになる。
 振り返れば、背が低く陰の気を放った俯き加減な少女が話しかけて来ていた。
 ハッキリ言って自分に負けない程に場違いだ。

「今日の放課後、私の研究室まで一人で来てください。ああ、それとーー」

 少女が背伸びして耳元へ顔を近づけてくる。
 髪は前顔の大部分すら隠していて、片目と口元が露出した状態。
 恐怖感さえ感じる姿だ。

「もちろん、私の許可なくオナニーなんかしてませんよね?」
「一昨日の晩が最後で、昨日今日と射精なし」
「今日は精子の採取日っすから。薄かったらーークヒッ!!」

 薄く開いた口の隙間からは、色白ながら並びの悪い歯が見えた。
 戦人が編入する理由になった少女は、気味の悪い呻きのような笑いを残して去っていった。





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