乙女ゲームの世界に転生したけど私には悪役令嬢は向いていません

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アースベル家の日曜日

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※おまけ。レイのかーちゃんととーちゃんの話

私の息子は変わっている。昔から、息子はぼんやりした子供で、なにを考えているのかさっぱり分からなかった。リュミエール学院に通っていた息子は、その当時セーレ・バーネットという少女と婚約をしていた。バーネットは大手製菓会社を営んでおり、家柄も財力も申し分のない相手だった。

セーレはアーカード・コーンウェルという少年と婚約していたのだが、彼がセーレを拒否したらしく、彼女はフリーとなった。なんでも、アーカードは庶民の娘に恋をしたらしい。

くだらない。恋愛感情など、いずれ風化するものだ。
結婚は感情だけでするものではない。しかし、相性というものはあるだろう。私がこの世で最も理解できないのは、レイではない。私の妻だ。

朝はダージリンを飲むことに決めている。新聞を読んでいたら、レイが起き出してきた。あくびまじりに眠たげな目をこすっている。乱れた銀髪が前髪にかかっていた。寝巻きのボタンがずれているのが見苦しい。とても私の息子とは思えない格好だ。

「おはよう、父さん」
私はおはよう、と返した。
「明日、日曜日だから家にいるだろ? セーレを連れてくるから」
その言葉に、私は紅茶を飲む手を止めた。
「彼女は入院しているはずだろう」
「外出許可が出たんだ。記憶が戻ったし、身体もだいぶ回復したから」
レイはパンをかじりながら言う。
「そうか。私は外出する」
「なんで?」
「おまえが誰と交際しようが興味はない」
「でも、セーレは父さんに挨拶したいって」

セーレ・バーネット。彼女のせいでレイの人生は狂ったのだ。そんな娘に会う気は無かった。私は、規定路線を外れた人間が何より嫌いなのだから。

日曜日、まだレイが寝ている時間に、私は屋敷を出た。運転手に申しつけ、行きつけのカフェへ向かった。日曜日だからか、カフェはなかなか混んでいる。私は窓際の席に座り、片付けなくてはいけない書類をめくる。店内のざわめきを耳に入れないよう、意識を集中する。

「ここ、よろしいかしら」

聞き覚えのある声に顔をあげたら、理解できない存在がそこにいた。

「……ミレイ」
「あら、あなた。偶然ね」

ミレイはそう言って微笑んだ。偶然のわけがなかった。彼女はなんの遠慮もせず、私の正面に腰掛ける。座っていいとは一言も言っていないのに。私は書類をめくりながら、ミレイに尋ねた。

「レイに聞いたのか」
「なにを?」
ミレイは首を傾げた。レイに生き写しな銀髪が揺れる。初めて会ったときから、まるで変わらぬ容姿が不気味に思えた。ミレイはおっとりと店員を呼び止める。

「すいません、ココアを」
ココアが運ばれてくるあいだ、ミレイはのんびり窓の外を眺めた。

「天気がいいわね。後で公園でも散歩しない?」
「断る。仕事があるんだ」

あらそう? ミレイは残念がるでもなく答えた。こういう何の生産性もない会話に苛立ってしまう。
「セーレさんが目覚めたんですって」
「知っている。だから来たんだろう」
おそらく、レイはミレイと私が揃った屋敷にセーレを招くつもりだったのだろう。私が苦手なミレイを呼び、味方に付けようとしたのだ。
「なぜここに?」
「あなたがいると思ったの」
ミレイは私の行動を読んでいたわけだ。
「昔、よく連れて来てくれたでしょう?」
「昔の話をするのは嫌いだ。生産性がない」
会話が途切れたテーブルに、ココアが運ばれてきた。彼女がカップに口を付けようとしたので、素早く防いだ。ミレイはキョトンとした顔でこちらを見る。

「猫舌だろう。冷ませ」
「あら、心配してくれるの?」

優しいわね、とミレイが言った。優しいなどという理由ではない。猫舌のくせに学習せず、毎回火傷するのを見ているとイライラするからだ。ミレイはココアを置いたまま、私に笑みを向ける。

「あなたは優しいわ。初めて会ったとき、私を起こしてくれたでしょう」

初めてミレイと出会ったのは社交界だった。ミレイは庭の噴水にもたれ、寝息を立てていた。若い女性が笑いものになっているのを見ていられず、私は彼女を起こした。その時は、まさかそれがクーゼル家の令嬢だとは思っても見なかったのだ。ミレイの父親は変わり者の娘に困り果てていたようで、縁談は瞬く間に進んだ。

「あのときなにをしていたんだ」
初夜にそう尋ねたら、ミレイはこう言った。
「星を見ていたの。そしたら眠くなってしまって」

おかしな女だと思った。それでも、あの夜のミレイは妙に可憐に見えたのだ。私は彼女に口づけて、今夜は途中で眠るなと返した。

嫌なことを思い出した。過去を振り返るのは嫌いだ。私は書類に集中しようとするが、目の前にいるミレイの挙動が視界に入って邪魔だ。彼女はココアのカップを手で包み込んだ。美しい眉根が、困ったように寄る。

「なかなか冷めないわ」
「注文するときにぬる目で頼めばいい」
「だって、暖かいのが好きなんだもの」 

知るか。ミレイが醸し出す生温い空気に耐えられず、私はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。

「会計は済ませておく」
「ココアを飲むまで、待っていてくれない?」

ミレイの声が追いかけてくる。私は会計を済ませて、店から出た。車に乗り込もうとしたら、店の窓から男がミレイの正面に座るのが見えた。彼女は男に口説かれるような歳ではないが、見た目だけなら若々しい。

子供じゃないんだ。あれくらい退けられるだろう。私は車に乗り込もうとして、動きを止める。ミレイは見知らぬ男相手ににこにこ笑っている。一人が長いから、他人との会話に飢えているのだろうか。そうさせているのは私だ。動けずにいる私に、運転手が不思議そうな声をかけてきた。

「旦那さま?」
「……」

私はドアを閉め直し、喫茶店に入った。男が興奮ぎみにまくし立てる声が響く。

「ですからね、この壺は神の力をじかに集めることができるんですよ」
「まあそうなの。すごいわね」
ミレイはおっとりと返す。一体なんの話をしているんだ。
「あなたのような美しい方には、特別価格でご提供させていただ……」

私はまくし立てる男を遮るように、声をかぶせた。

「商品は適正価格で売るべきだ。他の消費者に対して不誠実だろう」
「へ」
男は私を見上げ、顔を引きつらせた。

「えっ、帰ったんじゃ?」
「彼女は私のつれだ。帰るわけがないだろう」
「そ、そうですか。てっきりただの相席かなって」

そそくさと退いた男のいた場所に腰掛け、ミレイに向かって顎をしゃくる。
「早く飲め」
ミレイはカップに触れ、にこりと笑った。
「あ、冷めたわ。よかった」 

彼女はココアを飲み、ふう、と息を吐いた。

「やっぱり最初からぬるいものより、暖かいものがいいわ」
「なぜ。長居をしたせいで、へんな男にからまれたのに?」
「だって、そのぶんあなたと一緒にいられる」
「……別居中の夫に言うセリフか」
「別居中だからよ」

ねえ、シオン。ミレイが私の名を呼んだ。

「セーレさんはいい子よ」
「……だから?」
「認めてあげて。レイとセーレさんのこと」
「私がどうしようが、レイは気にしないだろう」
「そんなことないわ。あの子はあなたが好きよ」
まさか。私は鼻を鳴らした。
「私も、あなたが好きよ」

私は君が苦手だ。君といると、私ばかりが悪者になる気がしてしまう。ミレイがココアを飲みおわるまで、私は苦い顔で座っていた。

店を出たミレイは、じゃあここで、と手を振った。
「乗らないのか」
「乗らないわ。私を屋敷に降ろして、どこかに行っちゃうんでしょう?」
図星をつかれた。
「また今度、一緒にセーレさんと会いましょう」 

ミレイは銀髪を揺らしながら歩いていく。私は彼女を見送り、車に乗り込んだ。

レイが幼いころ、ミレイとレイを別荘で二人きりにした。ミレイは居眠りし、バルコニーから転落した。様々な噂がたち、ミレイの様子がおかしくなった。私は苛立った。

なぜ普通にできないのかと、ミレイをののしった。当然のように彼女との距離は離れていった。一番腹がたっていたのは、自分にだった。


その夜帰宅すると、レイが声をかけてきた。

「ねえ、母さんと会った?」
「ああ」
「そう」

レイはセーレのことを口にしなかった。彼にしてみれば、私とミレイを引き合わせる方が重要だったのかもしれない。夫婦のことは、レイが考えるほど簡単ではないのに。彼も結婚すればそれを理解するだろう。

「今度セーレ・バーネットを呼ぶときは、余裕を持って知らせなさい」

そう言ったら、レイが目を瞬いた。私は既定路線に乗らないものが嫌いだ。しかし、残念ながらこの世界には、予定通り行くものの方が少ないのだ。あの時、星空の下眠るミレイに出会ったように。

レイはかすかに微笑み、わかった、と答えた。
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