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11.寛大を超えている
予定より6人も増えてしまった、わたしの茶会。席次もメチャクチャで、テーブルを囲むお席の配置も乱れてしまっている。
侍女のイロナが、わたしの隣にあわててお持ちした椅子が……、近い。
気恥ずかしそうに腰をおろされるアルパード殿下の麗しいお顔が、すぐそばにある。
ふわふわ王太子。
黙っていれば、美麗な貴公子だ。
そして、わたしの目のまえには、王国すべての高位貴族のご令嬢にご夫人方。王妃陛下に王女殿下までいらっしゃる。
花の離宮にふさわしい、華やかで煌びやかなお茶会で、男子はアルパード殿下おひとり。わたしの……、婚約者。
みな様の視線が、わたしたちに注がれる。
歳の離れた3人の姉君に囲まれて育たれたせいか、女子ばかりのお部屋にアルパード殿下が怯まれるご様子もない。
ほほを紅くして、ニコニコされている。
だけど、アルパード殿下は母君でいらっしゃる王妃フランツィスカ陛下がお連れになられた……。
――マザコン? ……いや、姉君のエミリー殿下もいらっしゃる。シスコンの線もあるな。あるいは両方?
と、わたしの心に浮かんだ疑惑を見透かされたように、フランツィスカ陛下が眉をたらして苦笑いされた。
「アルパードったら、花乙女宮の花壇のまわりを、ただウロウロしていたのですよ? 妾の侍女から報告があって駆け付けてみれば、ガブリエラに照れてなかに入れずにいたのです」
「あら、初々しいことですわね」
と、トルダイ公爵家のレオノーラ様が微笑まれ、ほかのご令嬢方もぎこちなく笑われた。
――駆け付けたって、……過保護の線は拭えないな。
わたしも微笑みながら、そっとアルパード殿下に視線をやるのだけど、特に表情を変えられるでもなくニコニコしている。
――ふわふわしてるなぁ~。
としか、思いようがない。
と、レオノーラ様が手ずからにドライフルーツを取り分けてくださり、アルパード殿下にさし出された。
「イチジクが、ガブリエラ様のおすすめだそうですよ? 私もいただきましたけど、とても甘くて芳醇な味わいでしたわ」
「アルパード? ……いまは気が進まないなら、後でいただいたのでもいいのよ?」
と、エミリー殿下が囁かれた。
――姉君からやんわり遠回しに断られるってことは……、アルパード殿下はイチジクが苦手なのかな?
けれど、アルパード殿下は、
「いいよ、いいよ」
と、仰るや、イチジクを口に入れられた。
にこやかにはされているけど、すこしおツラそうにモグモグされている。
――いいよ、いいよ。
ふわふわ王太子の有名な口癖だ。
わたしが王都にのぼるずっと前のことらしいけど、アルパード殿下が王都の市街地を巡察中、泥遊びをしていた子どもの泥団子が、運悪く殿下の胸のど真ん中に命中してしまった。
顔を青くする近侍の者たちに、街の者たち。投げた子どもの母親は、すぐに子どもを抱きしめて震えていたそうだ。
胸のど真ん中ということは、王家の紋章にも泥がかかっていたはずだ。
わがヴィラーグ王国は身分秩序に厳しい。
その場に居合わせてしまった全員が、子どもと母親の死を覚悟したなか――、
「いいよ、いいよ」
と、ニコニコと歩き去ってしまわれた。
それは、寛大を超えている。
罪は罪として、格別に許しをお与えになられたのなら、
――寛大にして度量の大きな王太子、
と、名声もあがったことだろう。
だけど、
「いいよ、いいよ」と、そのままニコニコしながら立ち去られたのでは、周囲は困惑するしかない。
その場にいた、誰が言ったか定かではないのだけど、
――ふわふわしてらっしゃるなぁ……。
というつぶやきが、アルパード殿下の評判として定着する、始まりになったと聞く。
都市伝説かもしれないけれど、おそらくこれに近い出来事はあったはずだ。
いまも、たぶん苦手なイチジクのドライフルーツを呑み込めずに、ずっとモグモグされている。
にこやかに。
だけど、すこしだけおツラそうに。
イヤならイヤとハッキリ仰られた方がいい場合もあるのに、これでは却ってお勧めになられたレオノーラ様のお立場がない。
と、わたしをチラッと見られたアルパード殿下の、モグモグが止まった。
――あ……、これ、やばいかな?
いやな予感がしたのだけど、見れば宝石のアイオライトのように透んだすみれ色の瞳が輝いている。
そして、ゆっくりと噛みしめられて、呑み込まれた。
「……美味しい」
場に、安堵の空気が流れる。
麗しいお顔に、心から嬉しそうな、少年のように無邪気な笑顔を満たしてわたしを見詰められた。
「久しぶりに食べたけど、……美味しかった。ありがとう……、ガブリエラ殿」
「い、いえ……、お礼でしたらお勧めになられたレオノーラ様に……」
まっすぐな視線に、つい目を逸らしてしまう。
――イチジクのドライフルーツごときで大げさな……、
と、思わなくもないけど、喜んでくれたのなら、まあ……、良かった。
「レオノーラ叔母上! ありがとうございました!」
と、アルパード殿下の明るい声で、場の空気が一気に砕けていく。
レオノーラ様は王妃フランツィスカ陛下より歳下だけど、義理の姉君にあたられる。アルパード殿下は義理の甥だ。
なのにアルパード殿下のお好みをご存知なかったとは、子爵家からトルダイ公爵家に嫁がれた身分違いの輿入れによる、微妙な距離を感じさせられてしまう。
結局、アルパード殿下が満足されたご様子なので体面を保たれた形だけど、レオノーラ様のご苦労がしのばれる一幕だった。
――身分違い……、
わたしだって、そうだぞ?
席次も序列もメチャクチャになった茶会だけど、
フランツィスカ陛下が仰られた、
――花乙女宮では序列不問ぞ。
というお言葉から、これで正解なのだと初めて分かった。
わたしはよくある茶会と同様に、家格順にお席をご用意していたのだけれど、そのままだとたぶん汚点を残していた。
いずれ、なんらかの形で話が漏れて、
――ホルヴァース侯爵家は礼儀も知らぬ。
と、陰口を叩かれていたことだろう。
そして、三大公爵家のカタリン様やエルジェーベト様、それにレオノーラ様はご存知だったのだ。
三大公爵家の先例集には、花乙女宮でのふる舞い方が遺されている。
先例は、家の宝だ。
むやみに他家に持ち出すことはないし、尋ねることも非礼になる場合がある。
わたしの母エディトも、実家ジュハース侯爵家に遺る先例を、わざわざお祖母様のところまで足を運んで尋ねてくださった。
謝金を積んだかもしれない。
――三大公爵家の権勢を嵩にきて、傍若無人に押しかけて来たように見えてたけれど……、先例を知らないわたしに、それとなく助け船を出してくださった……?
わたしの目指す〈穏便な婚約破棄〉の、婚約破棄はともかく〈穏便な〉という面では完全に助けていただいた。
そして、王妃陛下から侯爵令嬢まで、身分によらず序列不問で混在して座る茶会は、
機嫌よく楽しまれる王妃フランツィスカ陛下のテンションが基準になって、みながそれに合わせるうちに、自然とにぎやかな女子会の様相を呈してきた。
いきおい――、
「アルパード殿下。園遊会でも舞踏会でも、いつもガブリエラ様のことを目で追っていらっしゃいましたものね」
「そう! 私も気付いておりましたわ」
「私も『ひょっとして……』と、思っておりましたのよ?」
とまあ、すこし気恥ずかしくさせられる証言も飛び出してくる。
――王国の貴族令嬢たる者、目ざとくあるべきだな。わたしなど、まだまだガラッパチだ。
と、照れかくしのように思ってみるのだけれど、となりに座られるアルパード殿下のご様子にお変わりはない。
ただ、ニコニコされている。
ご自分の噂話を目のまえでされているというのに、ニコニコと……。
すこしはご不快そうにされてもおかしくないというのに、ほんと、ふわふわしてる。
それに、イチジクが美味しかったと仰られてから後、わたしにひと言も話しかけてくださらない。
まあ、たしかにこれだけのご令嬢方に囲まれて見世物にされてるも同然では、へたに話も出来ないのは分からなくもない。
わたしにしたところで、
――わたしの、どこに惚れたのですか?
などと、この場で聞く訳にもいかない。
茶会はどんどん盛り上がって、テーブルをお席でかこむ設えなのに、まるで立食の園遊会のようなにぎやかさになってくる。
王妃陛下にいたっては、ご自身の王太子妃候補時代を懐かしまれたのか、花衣伯爵家の7令嬢まで呼び出されてしまった。
すでにイロナの手には負えなくなっていて、お茶もお菓子も、ご令嬢方が手ずからに楽しまれはじめた。
「殿下……。よかったら」
と、エルジェーベト様がやわらかに微笑まれて、アルパード殿下にお菓子を取り分けられる。
先代王妃、つまり現王太后のマルギット陛下はカールマーン公爵家のご出身。
マルギット陛下はエルジェーベト様から見たら祖父の妹、大叔母にあたり、アルパード殿下の祖母でもある。
つまり、エルジェーベト様とアルパード殿下は、マルギット陛下の宮殿で幼い頃から親しく交わってこられた幼馴染でもある。
エルジェーベト様は、アルパード殿下のお菓子の好みもご存知なのだ。
――こんなにお似合いなのになぁ……。
と、つい考えてしまう。
そして、侯爵令嬢たちの、
「ガブリエラ様、ほんとにお美しい……」
「こうしてアルパード殿下と並ばれるお姿を拝見すると、ガブリエラ様の花乙女宮入りも納得ですわね」
という、感嘆のため息まじりのさえずりに、
――おいおい、エルジェーベト様もカタリン様も聞いてるんだぞ!?
と、ヒヤヒヤしてしまう。
正直、あたまを抱えるどころではない。
呆然だ。
さらにご令嬢方は、
「私、花冠巡賜が楽しみになりましたわ」
「ほんと、私もです。しっかり準備してガブリエラ様をお迎えしなくては、家の恥を先例に遺すことになってしまいますわ」
とまで、囁かれている。
わたしのアルパード殿下との結婚が、どんどん既成事実化されていく。
ど……、どうすればいいんじゃ?
ずっとスンとした表情でいられたカタリン様が、アルパード殿下にニコリと笑顔を向けられた。
「アルパード殿下。これだけのご令嬢、ご夫人が、おふたりのご婚約を祝福しておられますわ」
「う、うん……。ありがとう、とても嬉しいよ」
とても落ち着いた語り口のカタリン様。
こんなカタリン様を、これまでお見かけしたことはない。
だけど、その心中や、いかほどのものだろうか。わたしは直視できない。
視線を逃すように、頭を下げた。
外見上は完全に、アルパード殿下の婚約者だけがとるべき所作だ。
それに、祝福といってもそれはご令嬢方、ご夫人方だけの話。肝心の各家ご当主方がどう思われているかは分からない。
婚約も婚礼もひとまず滞りなく終わらせ、まずは王家の体面を立てる。
それから、わたしがホルヴァース家門から王家エステル家門に移ったタイミングを見計らって、ホルヴァース侯爵家にじわりと牙をむいてくるかもしれないのだ。
とても、油断できるものではない。
わたしが頭をあげると、カタリン様はまだ微笑まれていた。
「今日のよき日の記念に、ぜひガブリエラ様への愛を誓ってみせてくださいませ」
なっ……、
「私たち王国最高峰の貴族令嬢とご夫人に、その証人となる栄誉をお与えくださいませんか?」
なにを言い出されるのですか?
カタリン様……?
と――、
「いいよ、いいよ」
ガバッ! と、アルパード殿下の方を向いてしまった。
そのわたしの目を、アルパード殿下がまっすぐに見詰められている。
シーンッと、静まり返った貴賓室。
ご令嬢方の期待と羨望の眼差しが、わたしに集まっていると、見なくても分かる。
「ガブリエラ殿……」
「はい……」
と、賊から王子様に救出された、囚われのお姫様のような声で応えてしまった。
アルパード殿下の、わたしを求める強い視線から目を離せない。
すみれ色の瞳に、わずかの濁りもない。
この方は、わたしを求めている。
それだけが伝わってくる、まっすぐで透んだ視線が、わたしの胸の奥にまで届いた。
「……愛してる」
次の瞬間、
キャァァァァ――――――――――ッ!
と、黄色い声が、華やかな花乙女宮の優雅な貴賓室に満ちあふれた。
罠か?
カタリン様の罠なのか?
つまらなさそうな表情に戻られたくせに、口元だけ満足げに笑ってられるのも、なにかの罠なのか?
む、胸のドキドキがとまらないんじゃぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!!!!
侍女のイロナが、わたしの隣にあわててお持ちした椅子が……、近い。
気恥ずかしそうに腰をおろされるアルパード殿下の麗しいお顔が、すぐそばにある。
ふわふわ王太子。
黙っていれば、美麗な貴公子だ。
そして、わたしの目のまえには、王国すべての高位貴族のご令嬢にご夫人方。王妃陛下に王女殿下までいらっしゃる。
花の離宮にふさわしい、華やかで煌びやかなお茶会で、男子はアルパード殿下おひとり。わたしの……、婚約者。
みな様の視線が、わたしたちに注がれる。
歳の離れた3人の姉君に囲まれて育たれたせいか、女子ばかりのお部屋にアルパード殿下が怯まれるご様子もない。
ほほを紅くして、ニコニコされている。
だけど、アルパード殿下は母君でいらっしゃる王妃フランツィスカ陛下がお連れになられた……。
――マザコン? ……いや、姉君のエミリー殿下もいらっしゃる。シスコンの線もあるな。あるいは両方?
と、わたしの心に浮かんだ疑惑を見透かされたように、フランツィスカ陛下が眉をたらして苦笑いされた。
「アルパードったら、花乙女宮の花壇のまわりを、ただウロウロしていたのですよ? 妾の侍女から報告があって駆け付けてみれば、ガブリエラに照れてなかに入れずにいたのです」
「あら、初々しいことですわね」
と、トルダイ公爵家のレオノーラ様が微笑まれ、ほかのご令嬢方もぎこちなく笑われた。
――駆け付けたって、……過保護の線は拭えないな。
わたしも微笑みながら、そっとアルパード殿下に視線をやるのだけど、特に表情を変えられるでもなくニコニコしている。
――ふわふわしてるなぁ~。
としか、思いようがない。
と、レオノーラ様が手ずからにドライフルーツを取り分けてくださり、アルパード殿下にさし出された。
「イチジクが、ガブリエラ様のおすすめだそうですよ? 私もいただきましたけど、とても甘くて芳醇な味わいでしたわ」
「アルパード? ……いまは気が進まないなら、後でいただいたのでもいいのよ?」
と、エミリー殿下が囁かれた。
――姉君からやんわり遠回しに断られるってことは……、アルパード殿下はイチジクが苦手なのかな?
けれど、アルパード殿下は、
「いいよ、いいよ」
と、仰るや、イチジクを口に入れられた。
にこやかにはされているけど、すこしおツラそうにモグモグされている。
――いいよ、いいよ。
ふわふわ王太子の有名な口癖だ。
わたしが王都にのぼるずっと前のことらしいけど、アルパード殿下が王都の市街地を巡察中、泥遊びをしていた子どもの泥団子が、運悪く殿下の胸のど真ん中に命中してしまった。
顔を青くする近侍の者たちに、街の者たち。投げた子どもの母親は、すぐに子どもを抱きしめて震えていたそうだ。
胸のど真ん中ということは、王家の紋章にも泥がかかっていたはずだ。
わがヴィラーグ王国は身分秩序に厳しい。
その場に居合わせてしまった全員が、子どもと母親の死を覚悟したなか――、
「いいよ、いいよ」
と、ニコニコと歩き去ってしまわれた。
それは、寛大を超えている。
罪は罪として、格別に許しをお与えになられたのなら、
――寛大にして度量の大きな王太子、
と、名声もあがったことだろう。
だけど、
「いいよ、いいよ」と、そのままニコニコしながら立ち去られたのでは、周囲は困惑するしかない。
その場にいた、誰が言ったか定かではないのだけど、
――ふわふわしてらっしゃるなぁ……。
というつぶやきが、アルパード殿下の評判として定着する、始まりになったと聞く。
都市伝説かもしれないけれど、おそらくこれに近い出来事はあったはずだ。
いまも、たぶん苦手なイチジクのドライフルーツを呑み込めずに、ずっとモグモグされている。
にこやかに。
だけど、すこしだけおツラそうに。
イヤならイヤとハッキリ仰られた方がいい場合もあるのに、これでは却ってお勧めになられたレオノーラ様のお立場がない。
と、わたしをチラッと見られたアルパード殿下の、モグモグが止まった。
――あ……、これ、やばいかな?
いやな予感がしたのだけど、見れば宝石のアイオライトのように透んだすみれ色の瞳が輝いている。
そして、ゆっくりと噛みしめられて、呑み込まれた。
「……美味しい」
場に、安堵の空気が流れる。
麗しいお顔に、心から嬉しそうな、少年のように無邪気な笑顔を満たしてわたしを見詰められた。
「久しぶりに食べたけど、……美味しかった。ありがとう……、ガブリエラ殿」
「い、いえ……、お礼でしたらお勧めになられたレオノーラ様に……」
まっすぐな視線に、つい目を逸らしてしまう。
――イチジクのドライフルーツごときで大げさな……、
と、思わなくもないけど、喜んでくれたのなら、まあ……、良かった。
「レオノーラ叔母上! ありがとうございました!」
と、アルパード殿下の明るい声で、場の空気が一気に砕けていく。
レオノーラ様は王妃フランツィスカ陛下より歳下だけど、義理の姉君にあたられる。アルパード殿下は義理の甥だ。
なのにアルパード殿下のお好みをご存知なかったとは、子爵家からトルダイ公爵家に嫁がれた身分違いの輿入れによる、微妙な距離を感じさせられてしまう。
結局、アルパード殿下が満足されたご様子なので体面を保たれた形だけど、レオノーラ様のご苦労がしのばれる一幕だった。
――身分違い……、
わたしだって、そうだぞ?
席次も序列もメチャクチャになった茶会だけど、
フランツィスカ陛下が仰られた、
――花乙女宮では序列不問ぞ。
というお言葉から、これで正解なのだと初めて分かった。
わたしはよくある茶会と同様に、家格順にお席をご用意していたのだけれど、そのままだとたぶん汚点を残していた。
いずれ、なんらかの形で話が漏れて、
――ホルヴァース侯爵家は礼儀も知らぬ。
と、陰口を叩かれていたことだろう。
そして、三大公爵家のカタリン様やエルジェーベト様、それにレオノーラ様はご存知だったのだ。
三大公爵家の先例集には、花乙女宮でのふる舞い方が遺されている。
先例は、家の宝だ。
むやみに他家に持ち出すことはないし、尋ねることも非礼になる場合がある。
わたしの母エディトも、実家ジュハース侯爵家に遺る先例を、わざわざお祖母様のところまで足を運んで尋ねてくださった。
謝金を積んだかもしれない。
――三大公爵家の権勢を嵩にきて、傍若無人に押しかけて来たように見えてたけれど……、先例を知らないわたしに、それとなく助け船を出してくださった……?
わたしの目指す〈穏便な婚約破棄〉の、婚約破棄はともかく〈穏便な〉という面では完全に助けていただいた。
そして、王妃陛下から侯爵令嬢まで、身分によらず序列不問で混在して座る茶会は、
機嫌よく楽しまれる王妃フランツィスカ陛下のテンションが基準になって、みながそれに合わせるうちに、自然とにぎやかな女子会の様相を呈してきた。
いきおい――、
「アルパード殿下。園遊会でも舞踏会でも、いつもガブリエラ様のことを目で追っていらっしゃいましたものね」
「そう! 私も気付いておりましたわ」
「私も『ひょっとして……』と、思っておりましたのよ?」
とまあ、すこし気恥ずかしくさせられる証言も飛び出してくる。
――王国の貴族令嬢たる者、目ざとくあるべきだな。わたしなど、まだまだガラッパチだ。
と、照れかくしのように思ってみるのだけれど、となりに座られるアルパード殿下のご様子にお変わりはない。
ただ、ニコニコされている。
ご自分の噂話を目のまえでされているというのに、ニコニコと……。
すこしはご不快そうにされてもおかしくないというのに、ほんと、ふわふわしてる。
それに、イチジクが美味しかったと仰られてから後、わたしにひと言も話しかけてくださらない。
まあ、たしかにこれだけのご令嬢方に囲まれて見世物にされてるも同然では、へたに話も出来ないのは分からなくもない。
わたしにしたところで、
――わたしの、どこに惚れたのですか?
などと、この場で聞く訳にもいかない。
茶会はどんどん盛り上がって、テーブルをお席でかこむ設えなのに、まるで立食の園遊会のようなにぎやかさになってくる。
王妃陛下にいたっては、ご自身の王太子妃候補時代を懐かしまれたのか、花衣伯爵家の7令嬢まで呼び出されてしまった。
すでにイロナの手には負えなくなっていて、お茶もお菓子も、ご令嬢方が手ずからに楽しまれはじめた。
「殿下……。よかったら」
と、エルジェーベト様がやわらかに微笑まれて、アルパード殿下にお菓子を取り分けられる。
先代王妃、つまり現王太后のマルギット陛下はカールマーン公爵家のご出身。
マルギット陛下はエルジェーベト様から見たら祖父の妹、大叔母にあたり、アルパード殿下の祖母でもある。
つまり、エルジェーベト様とアルパード殿下は、マルギット陛下の宮殿で幼い頃から親しく交わってこられた幼馴染でもある。
エルジェーベト様は、アルパード殿下のお菓子の好みもご存知なのだ。
――こんなにお似合いなのになぁ……。
と、つい考えてしまう。
そして、侯爵令嬢たちの、
「ガブリエラ様、ほんとにお美しい……」
「こうしてアルパード殿下と並ばれるお姿を拝見すると、ガブリエラ様の花乙女宮入りも納得ですわね」
という、感嘆のため息まじりのさえずりに、
――おいおい、エルジェーベト様もカタリン様も聞いてるんだぞ!?
と、ヒヤヒヤしてしまう。
正直、あたまを抱えるどころではない。
呆然だ。
さらにご令嬢方は、
「私、花冠巡賜が楽しみになりましたわ」
「ほんと、私もです。しっかり準備してガブリエラ様をお迎えしなくては、家の恥を先例に遺すことになってしまいますわ」
とまで、囁かれている。
わたしのアルパード殿下との結婚が、どんどん既成事実化されていく。
ど……、どうすればいいんじゃ?
ずっとスンとした表情でいられたカタリン様が、アルパード殿下にニコリと笑顔を向けられた。
「アルパード殿下。これだけのご令嬢、ご夫人が、おふたりのご婚約を祝福しておられますわ」
「う、うん……。ありがとう、とても嬉しいよ」
とても落ち着いた語り口のカタリン様。
こんなカタリン様を、これまでお見かけしたことはない。
だけど、その心中や、いかほどのものだろうか。わたしは直視できない。
視線を逃すように、頭を下げた。
外見上は完全に、アルパード殿下の婚約者だけがとるべき所作だ。
それに、祝福といってもそれはご令嬢方、ご夫人方だけの話。肝心の各家ご当主方がどう思われているかは分からない。
婚約も婚礼もひとまず滞りなく終わらせ、まずは王家の体面を立てる。
それから、わたしがホルヴァース家門から王家エステル家門に移ったタイミングを見計らって、ホルヴァース侯爵家にじわりと牙をむいてくるかもしれないのだ。
とても、油断できるものではない。
わたしが頭をあげると、カタリン様はまだ微笑まれていた。
「今日のよき日の記念に、ぜひガブリエラ様への愛を誓ってみせてくださいませ」
なっ……、
「私たち王国最高峰の貴族令嬢とご夫人に、その証人となる栄誉をお与えくださいませんか?」
なにを言い出されるのですか?
カタリン様……?
と――、
「いいよ、いいよ」
ガバッ! と、アルパード殿下の方を向いてしまった。
そのわたしの目を、アルパード殿下がまっすぐに見詰められている。
シーンッと、静まり返った貴賓室。
ご令嬢方の期待と羨望の眼差しが、わたしに集まっていると、見なくても分かる。
「ガブリエラ殿……」
「はい……」
と、賊から王子様に救出された、囚われのお姫様のような声で応えてしまった。
アルパード殿下の、わたしを求める強い視線から目を離せない。
すみれ色の瞳に、わずかの濁りもない。
この方は、わたしを求めている。
それだけが伝わってくる、まっすぐで透んだ視線が、わたしの胸の奥にまで届いた。
「……愛してる」
次の瞬間、
キャァァァァ――――――――――ッ!
と、黄色い声が、華やかな花乙女宮の優雅な貴賓室に満ちあふれた。
罠か?
カタリン様の罠なのか?
つまらなさそうな表情に戻られたくせに、口元だけ満足げに笑ってられるのも、なにかの罠なのか?
む、胸のドキドキがとまらないんじゃぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!!!!
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カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
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