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12.ここ100年ばかりの歴史は
空が茜色に染まり、わたしの心が忙しくてたまらなかった茶会は終わりを迎えた。
ご機嫌のフランツィスカ陛下が戯れに、
「ガブリエラの義母として、一緒に見送りましょう」
と、言い出されたので、ふたり並んでみな様のお帰りをお見送りさせていただく。
正直。
わたしがなんのしがらみもない、ひとりの乙女ならとっくにアルパード殿下に〈落ちて〉いる。
ほかの誰かからあんなにもまっすぐ、わたしを求められたことはない。
いますぐにも応えたい。
もっとも、アルパード殿下がここに至られた事情説明会は開いてほしい。
じっくり問い詰めたいことが山のようにある。
ただ、どんなご事情を聞かされても〈わたしは、なんでアルパード殿下に落ちたのか?〉を、追認する作業にしかならないだろう。
そのくらい、あの一瞬でわたしの心を鷲掴みにしていかれた。
いまもまだ、キュンキュンしてる。
だけど、わたしはもちろん、ただの乙女ではない。
ホルヴァース侯爵家がある。
お母様も、お父様も、弟イグナーツもご先祖様もいる。家臣も領民もいる。
わたし個人でいえば、たとえホルヴァース侯爵家が断絶となっても、王家に入り王妃になれば大出世だ。
けれど、わたしは愛する実家ホルヴァース侯爵家をどうしても守りたい。
弟イグナーツに、無事に後を継いでもらいたい。
すでに、わたしの王太子妃への道は逆戻りできないところまで来ているのかもしれない。
それでもなんとか〈穏便な婚約破棄〉を出来ないものかと、
この期に及んでも、まだ考えている。
最後にアルパード殿下が花乙女宮から退出され、またわたしをまっすぐに見詰められた。
「それではまた。ガブリエラ殿」
「次は……」
惚れてしまった声が出ている。
「……いつ、来てくださいますか?」
「う~ん――……」
天を仰いで、考え込まれるアルパード殿下。
――明日も来てください。
と言えば、「いいよ、いいよ」とお答えになられたかもしれない。
だけど、それはなんだか卑怯だ。
ふわふわ王太子のふわふわを利用するようなことは、わたしはしたくない。
「ガブリエラ……、すまぬ」
と、フランツィスカ陛下が申し訳なさそうに笑われた。
わたしに、ずいぶん砕けた言い回しを使ってくださるようになっている。
すでに、わたしを娘として扱ってくださっているのだろう。
「アルパードは出兵準備のお役を、国王陛下から命じられておるのだ」
「まあ……」
「エミリーが戻り、これから慌ただしくなる。日を約束できないアルパードを、許してやってくれ」
「とんでもございませんわ」
と、丁寧にお辞儀した。
「それではアルパード殿下。大切なお役目を滞りなく果たされますよう、祈念しております」
「いいよ、いいよ」
ん? ……いいよ、いいよ?
……ふわふわ、してるなぁ。
フランツィスカ陛下も苦笑いされてるし、まあ、ふわふわ王太子らしい、ふわふわした別れ際ということにしておこう。
アルパード殿下とふたり、微笑みあった。
初夏の夕暮れに染まる広大な花壇を歩かれるアルパード殿下のお姿は、物語に出てくる王子様そのもの。
なんなら、凛々しくさえ見えてきた。
「疲れたの」
と、フランツィスカ陛下が笑われて、もう少しだけふたりでお茶させていただくことになった。
貴賓室に戻ると、
「なんじゃ、リリ。そなた、ガブリエラの伝奏だけではなく、メイドもやっておるのか?」
と、笑われて、メイド服姿に戻ってたリリにも陪席を許していただいた。
せっかくの機会なので、分家からメイドに来てくれてるエレノールとモニカのふたり、そしてイロナにも、お目通りと紹介を許していただく。
公式の場ではなく、プライベートな時間でのご挨拶。
家門の分家筋の伯爵家と子爵家のご令嬢では、あまりない栄誉だ。
もちろん、わたしの侍女とはいえ、男爵家生まれのイロナはなおさら。
3人とも感激しながらお茶の支度をしてくれ、興奮が隠せないままに貴賓室をさがった。
わたしは、なんだかもう茶会が衝撃の連続すぎて、なにもかもが麻痺してる。
王妃陛下とプライベートにお茶するだなんて、今日の朝には考えられなかった。
ツンとすまし顔で堂々と、メイド服姿で陪席してお茶してるリリほどには、わたしの肝は座ってない。
ふと、フランツィスカ陛下が儚げな表情を浮かべて、つぶやかれた。
「……エルジェーベトも、カタリンも」
「はい……」
「悔しいであろうがの」
お手元に持たれたティーカップのなかに視線を落とされ、お茶の湯面をゆらゆらと眺めておられた。
「……三大公爵家の令嬢に生まれるということは、互いに競いあう宿命にある」
「え、ええ……」
「妾と同世代……、ナーダシュディ家のアンジェリカ殿はマダール侯爵家に嫁がれたが、領地から出てこられぬ」
アンジェリカ様の孫娘、マダール侯爵家のご令嬢も茶会に来てくださっていた。
王太子妃の座を競うこともなく、花冠を授けて祝福するだけでいい孫娘のことが、アンジェリカ様の目にはどう映っておられることか。
「カールマーン家のジュゼフィーナ殿は他国に嫁がれ、その後は一度も帰国されておらぬ。名も当地風に改められたと聞く」
「……はい」
「三大公爵家になど生まれず、王太子妃の座を争うことがなければ、よき友になれたかもしれぬというのにの……」
フランツィスカ陛下の眼差しは、どこまでも切なげで、競ったご令嬢に勝ち誇られるようなところは一切なかった。
あるいは、わかき日のご自分がおふたりに勝ち誇ってみせたことを悔いておられるのかもしれない。
おなじ立場で競われたエルジェーベト様とカタリン様が、このあと〈よき友〉になられることを祈られているかのようだった。
「それにの、ガブリエラ」
「はい」
「5代に渡って、トルダイ家とカールマーン家から王太子妃つまり王妃を、交互に輩出してきた」
「え、ええ……。存じ上げております」
「……つまり、こう……、嫁と姑が5代約120年に渡って両家のミルフィーユ状態になっておってだな……」
「あっ……」
「……妾もようやく、姑――王太后マルギット陛下を離宮に追い出せたわ」
と、盛大に自嘲気味な苦笑いされる、フランツィスカ陛下。
「体面上、内廷より外に漏らすことはないが、ここ100年ばかりの王家の歴史は、壮絶な嫁姑戦争の歴史じゃ」
「……お、お疲れさまです」
「ははっ……。うむ、疲れた」
首を傾け、肩からポキッという音をさせるフランツィスカ陛下。
表情は淡々とされている。
もう終わったこと……、ということか。
砕けた所作に、砕けた物言い。
わたしをすでに内廷――エステル家の家政の一員と認めてくださっているかのよう。
「……アルパードにも、ずいぶんイヤな思いをさせてきた」
「そうですか……」
「あの子は優しい。優し過ぎるからの」
「ええ……」
「妾はせめて、ガブリエラの良き姑になりたいものだがの」
「お、恐れ入ります」
フランツィスカ陛下は急に身を乗り出されて、わたしの顔をのぞき込まれた。
「ガブリエラが王都にのぼり、はじめての〈春の園遊会〉で王都の社交界デビューしたときのことは忘れられんぞ?」
「は……、ははっ」
「ミハーイの悪ふざけを、真正面から断りおって。あれは傑作だった」
わたしの、黒歴史だ。
当時14歳にしてすでに、ツンと大人びた顔立ちをしていたわたしに、ラコチ侯爵のミハーイ閣下がふざけて酒杯を勧めてこられたのだ。
一応、領地で礼儀作法を修めてから王都にのぼったつもりだったのだけど、肝心なところが抜けていた。
王都の社交界は、そうそう本音を明かさない建前社会だったのだ。
断るにしても、遠まわしに断るのが礼儀というもの。
それを、わたしはミハーイ閣下に、
「え? イヤですけど?」
と、よく通る声でやってしまった。
しかも、ミハーイ閣下は実は王弟ヨージェフ殿下の実子でいらっしゃる。
お母上の血統を背景に、男子の絶えたラコチ侯爵家を継承されていたのだ。
ガラッパチがドレス着て歩いてたわたしは当然その意味も理解せず、まわりの大人たちがなぜ静まり返って青い顔をしてるのかも分からない。
あわてて駆け寄って下さったエルジェーベト様のお取り成しがなかったら、大問題になっていたところだった。
それが、エルジェーベト様との出会いで、それからずいぶん良くしていただいた。
「……純粋にして毅然としたガブリエラであれば、優し過ぎるアルパードに足りぬものを補ってくれるだろう」
「あ……、はい」
「心配するな。そなたの母、エディトは賢い」
唐突に、お母様のお名前がフランツィスカ陛下の口から出て、すこし面喰った。
「花乙女宮に入ったガブリエラの伝奏をリリに任せ、自分は領地から動かぬ」
「え……、ええ。忙しい母でして……」
「そうではないぞ、ガブリエラ」
「……え?」
「エディトは、ガブリエラが王太子妃となり王妃となっても外戚として出しゃばることはないと、身をもって示しているのだ」
「お母様が……、ですか?」
「そうじゃ。……ガブリエラは寂しく心細かろうが、エディトはそうやって、ガブリエラの身を守っておる」
そうか……。そういうことだったのか。
たしかに、つじつまが合う。
わたしに寄越してくださる書簡も、妙にそっけないものだった。
サッパリとしたご気性のお母様らしいとは思っていたけど、わたしを気遣う言葉はひと言もなく、まったく愛を感じられない文面だった。
誰かに盗み見られたら、わたしとお母様の仲が悪いと受け止められてもおかしくないくらいに。
そうか……、外戚。
「エディトも外戚では苦労したからの」
「え、ええ……」
「おっと……。リリはジュハース侯爵家のご令嬢であったの」
「お気遣いはご無用ですわ」
と、リリが微笑んだ。
「わが父も、祖父も、すでにエディト様からコテンパンにやられて、大人しいものです。兄は私がよくよく躾けておりますし、ジュハース侯爵家の女性は、みなエディト様の味方ですのよ? ……出しゃばらないという意味ですけど」
王家や三大公爵家に比べたら蟻ん子みたいなホルヴァース侯爵家だけど、一応は侯爵家筆頭。
つまりは、三大公爵家に次ぐ王国で5番目の家格だ。それに、領地には交易港もあって、それなりに栄えている。
外戚が影響力を行使してわが家を乗っ取ろうとしてきたことは、家史において散見される。
「ガブリエラは、友にも、家臣にも、母にも恵まれて……、幸せ者じゃの」
と、フランツィスカ陛下が微笑まれた。
「よき内廷を築き、よき王妃としてアルパードの治世を支えてくれそうじゃ」
「……お、恐れ入ります」
「妾も、……よき娘を持った」
Ψ
深夜。
まっ暗な花壇で、ひとりしゃがみ込んだ。
わがホルヴァース侯爵家が受け持つ花壇のまえ。お母様の品種改良されたガーベラがが花をつけたばかり。
ガーベラ。
お母様がわたしに送り込んでくださった、ガーベラの騎士バルバーラ。
ガーベラの花言葉は、
「希望」、「前向き」、「常に前進」。
あれは、
――安心して、結婚に進みなさい。
ということだったのだろうか。
わたしはこのまま、ふわふわ王太子アルパード殿下がわたしに向けてくださる、まっすぐな想いの秘密を解いて、
好きになってしまっていいのだろうか?
ご機嫌のフランツィスカ陛下が戯れに、
「ガブリエラの義母として、一緒に見送りましょう」
と、言い出されたので、ふたり並んでみな様のお帰りをお見送りさせていただく。
正直。
わたしがなんのしがらみもない、ひとりの乙女ならとっくにアルパード殿下に〈落ちて〉いる。
ほかの誰かからあんなにもまっすぐ、わたしを求められたことはない。
いますぐにも応えたい。
もっとも、アルパード殿下がここに至られた事情説明会は開いてほしい。
じっくり問い詰めたいことが山のようにある。
ただ、どんなご事情を聞かされても〈わたしは、なんでアルパード殿下に落ちたのか?〉を、追認する作業にしかならないだろう。
そのくらい、あの一瞬でわたしの心を鷲掴みにしていかれた。
いまもまだ、キュンキュンしてる。
だけど、わたしはもちろん、ただの乙女ではない。
ホルヴァース侯爵家がある。
お母様も、お父様も、弟イグナーツもご先祖様もいる。家臣も領民もいる。
わたし個人でいえば、たとえホルヴァース侯爵家が断絶となっても、王家に入り王妃になれば大出世だ。
けれど、わたしは愛する実家ホルヴァース侯爵家をどうしても守りたい。
弟イグナーツに、無事に後を継いでもらいたい。
すでに、わたしの王太子妃への道は逆戻りできないところまで来ているのかもしれない。
それでもなんとか〈穏便な婚約破棄〉を出来ないものかと、
この期に及んでも、まだ考えている。
最後にアルパード殿下が花乙女宮から退出され、またわたしをまっすぐに見詰められた。
「それではまた。ガブリエラ殿」
「次は……」
惚れてしまった声が出ている。
「……いつ、来てくださいますか?」
「う~ん――……」
天を仰いで、考え込まれるアルパード殿下。
――明日も来てください。
と言えば、「いいよ、いいよ」とお答えになられたかもしれない。
だけど、それはなんだか卑怯だ。
ふわふわ王太子のふわふわを利用するようなことは、わたしはしたくない。
「ガブリエラ……、すまぬ」
と、フランツィスカ陛下が申し訳なさそうに笑われた。
わたしに、ずいぶん砕けた言い回しを使ってくださるようになっている。
すでに、わたしを娘として扱ってくださっているのだろう。
「アルパードは出兵準備のお役を、国王陛下から命じられておるのだ」
「まあ……」
「エミリーが戻り、これから慌ただしくなる。日を約束できないアルパードを、許してやってくれ」
「とんでもございませんわ」
と、丁寧にお辞儀した。
「それではアルパード殿下。大切なお役目を滞りなく果たされますよう、祈念しております」
「いいよ、いいよ」
ん? ……いいよ、いいよ?
……ふわふわ、してるなぁ。
フランツィスカ陛下も苦笑いされてるし、まあ、ふわふわ王太子らしい、ふわふわした別れ際ということにしておこう。
アルパード殿下とふたり、微笑みあった。
初夏の夕暮れに染まる広大な花壇を歩かれるアルパード殿下のお姿は、物語に出てくる王子様そのもの。
なんなら、凛々しくさえ見えてきた。
「疲れたの」
と、フランツィスカ陛下が笑われて、もう少しだけふたりでお茶させていただくことになった。
貴賓室に戻ると、
「なんじゃ、リリ。そなた、ガブリエラの伝奏だけではなく、メイドもやっておるのか?」
と、笑われて、メイド服姿に戻ってたリリにも陪席を許していただいた。
せっかくの機会なので、分家からメイドに来てくれてるエレノールとモニカのふたり、そしてイロナにも、お目通りと紹介を許していただく。
公式の場ではなく、プライベートな時間でのご挨拶。
家門の分家筋の伯爵家と子爵家のご令嬢では、あまりない栄誉だ。
もちろん、わたしの侍女とはいえ、男爵家生まれのイロナはなおさら。
3人とも感激しながらお茶の支度をしてくれ、興奮が隠せないままに貴賓室をさがった。
わたしは、なんだかもう茶会が衝撃の連続すぎて、なにもかもが麻痺してる。
王妃陛下とプライベートにお茶するだなんて、今日の朝には考えられなかった。
ツンとすまし顔で堂々と、メイド服姿で陪席してお茶してるリリほどには、わたしの肝は座ってない。
ふと、フランツィスカ陛下が儚げな表情を浮かべて、つぶやかれた。
「……エルジェーベトも、カタリンも」
「はい……」
「悔しいであろうがの」
お手元に持たれたティーカップのなかに視線を落とされ、お茶の湯面をゆらゆらと眺めておられた。
「……三大公爵家の令嬢に生まれるということは、互いに競いあう宿命にある」
「え、ええ……」
「妾と同世代……、ナーダシュディ家のアンジェリカ殿はマダール侯爵家に嫁がれたが、領地から出てこられぬ」
アンジェリカ様の孫娘、マダール侯爵家のご令嬢も茶会に来てくださっていた。
王太子妃の座を競うこともなく、花冠を授けて祝福するだけでいい孫娘のことが、アンジェリカ様の目にはどう映っておられることか。
「カールマーン家のジュゼフィーナ殿は他国に嫁がれ、その後は一度も帰国されておらぬ。名も当地風に改められたと聞く」
「……はい」
「三大公爵家になど生まれず、王太子妃の座を争うことがなければ、よき友になれたかもしれぬというのにの……」
フランツィスカ陛下の眼差しは、どこまでも切なげで、競ったご令嬢に勝ち誇られるようなところは一切なかった。
あるいは、わかき日のご自分がおふたりに勝ち誇ってみせたことを悔いておられるのかもしれない。
おなじ立場で競われたエルジェーベト様とカタリン様が、このあと〈よき友〉になられることを祈られているかのようだった。
「それにの、ガブリエラ」
「はい」
「5代に渡って、トルダイ家とカールマーン家から王太子妃つまり王妃を、交互に輩出してきた」
「え、ええ……。存じ上げております」
「……つまり、こう……、嫁と姑が5代約120年に渡って両家のミルフィーユ状態になっておってだな……」
「あっ……」
「……妾もようやく、姑――王太后マルギット陛下を離宮に追い出せたわ」
と、盛大に自嘲気味な苦笑いされる、フランツィスカ陛下。
「体面上、内廷より外に漏らすことはないが、ここ100年ばかりの王家の歴史は、壮絶な嫁姑戦争の歴史じゃ」
「……お、お疲れさまです」
「ははっ……。うむ、疲れた」
首を傾け、肩からポキッという音をさせるフランツィスカ陛下。
表情は淡々とされている。
もう終わったこと……、ということか。
砕けた所作に、砕けた物言い。
わたしをすでに内廷――エステル家の家政の一員と認めてくださっているかのよう。
「……アルパードにも、ずいぶんイヤな思いをさせてきた」
「そうですか……」
「あの子は優しい。優し過ぎるからの」
「ええ……」
「妾はせめて、ガブリエラの良き姑になりたいものだがの」
「お、恐れ入ります」
フランツィスカ陛下は急に身を乗り出されて、わたしの顔をのぞき込まれた。
「ガブリエラが王都にのぼり、はじめての〈春の園遊会〉で王都の社交界デビューしたときのことは忘れられんぞ?」
「は……、ははっ」
「ミハーイの悪ふざけを、真正面から断りおって。あれは傑作だった」
わたしの、黒歴史だ。
当時14歳にしてすでに、ツンと大人びた顔立ちをしていたわたしに、ラコチ侯爵のミハーイ閣下がふざけて酒杯を勧めてこられたのだ。
一応、領地で礼儀作法を修めてから王都にのぼったつもりだったのだけど、肝心なところが抜けていた。
王都の社交界は、そうそう本音を明かさない建前社会だったのだ。
断るにしても、遠まわしに断るのが礼儀というもの。
それを、わたしはミハーイ閣下に、
「え? イヤですけど?」
と、よく通る声でやってしまった。
しかも、ミハーイ閣下は実は王弟ヨージェフ殿下の実子でいらっしゃる。
お母上の血統を背景に、男子の絶えたラコチ侯爵家を継承されていたのだ。
ガラッパチがドレス着て歩いてたわたしは当然その意味も理解せず、まわりの大人たちがなぜ静まり返って青い顔をしてるのかも分からない。
あわてて駆け寄って下さったエルジェーベト様のお取り成しがなかったら、大問題になっていたところだった。
それが、エルジェーベト様との出会いで、それからずいぶん良くしていただいた。
「……純粋にして毅然としたガブリエラであれば、優し過ぎるアルパードに足りぬものを補ってくれるだろう」
「あ……、はい」
「心配するな。そなたの母、エディトは賢い」
唐突に、お母様のお名前がフランツィスカ陛下の口から出て、すこし面喰った。
「花乙女宮に入ったガブリエラの伝奏をリリに任せ、自分は領地から動かぬ」
「え……、ええ。忙しい母でして……」
「そうではないぞ、ガブリエラ」
「……え?」
「エディトは、ガブリエラが王太子妃となり王妃となっても外戚として出しゃばることはないと、身をもって示しているのだ」
「お母様が……、ですか?」
「そうじゃ。……ガブリエラは寂しく心細かろうが、エディトはそうやって、ガブリエラの身を守っておる」
そうか……。そういうことだったのか。
たしかに、つじつまが合う。
わたしに寄越してくださる書簡も、妙にそっけないものだった。
サッパリとしたご気性のお母様らしいとは思っていたけど、わたしを気遣う言葉はひと言もなく、まったく愛を感じられない文面だった。
誰かに盗み見られたら、わたしとお母様の仲が悪いと受け止められてもおかしくないくらいに。
そうか……、外戚。
「エディトも外戚では苦労したからの」
「え、ええ……」
「おっと……。リリはジュハース侯爵家のご令嬢であったの」
「お気遣いはご無用ですわ」
と、リリが微笑んだ。
「わが父も、祖父も、すでにエディト様からコテンパンにやられて、大人しいものです。兄は私がよくよく躾けておりますし、ジュハース侯爵家の女性は、みなエディト様の味方ですのよ? ……出しゃばらないという意味ですけど」
王家や三大公爵家に比べたら蟻ん子みたいなホルヴァース侯爵家だけど、一応は侯爵家筆頭。
つまりは、三大公爵家に次ぐ王国で5番目の家格だ。それに、領地には交易港もあって、それなりに栄えている。
外戚が影響力を行使してわが家を乗っ取ろうとしてきたことは、家史において散見される。
「ガブリエラは、友にも、家臣にも、母にも恵まれて……、幸せ者じゃの」
と、フランツィスカ陛下が微笑まれた。
「よき内廷を築き、よき王妃としてアルパードの治世を支えてくれそうじゃ」
「……お、恐れ入ります」
「妾も、……よき娘を持った」
Ψ
深夜。
まっ暗な花壇で、ひとりしゃがみ込んだ。
わがホルヴァース侯爵家が受け持つ花壇のまえ。お母様の品種改良されたガーベラがが花をつけたばかり。
ガーベラ。
お母様がわたしに送り込んでくださった、ガーベラの騎士バルバーラ。
ガーベラの花言葉は、
「希望」、「前向き」、「常に前進」。
あれは、
――安心して、結婚に進みなさい。
ということだったのだろうか。
わたしはこのまま、ふわふわ王太子アルパード殿下がわたしに向けてくださる、まっすぐな想いの秘密を解いて、
好きになってしまっていいのだろうか?
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