【完結】侯爵令嬢ガブリエラの災難な結婚 ~ふわふわ王太子に見初められたので婚約破棄を目指します!

三矢さくら

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35.話を急いだ

カールマーン公爵ガーボルの彫りの深い丸顔から放たれる鋭い視線が、さらにギラリと光る。

わたしに向ける、重い鉈のような気迫。


――この私に、いったい何をされようと?


わたしごときが、三大公爵家の当主である自分に対してなにが出来る?

という、自尊と威圧。

王権に対する尊崇の礼を外れないギリギリ視線で、わたしを威迫する。


それを、わたしは泰然と受け止めた。


どんな運命の巡り合わせか、女神の悪戯か、わたしの手にある〈王笏おうしゃく〉。

いずれは、アルパード殿下が握られる。

わたしの手にある間、わずかの汚れも傷もつける訳にはいかない。

燦然と光り輝く花の王権を、光り輝くままにお返しせねばならない。


「ガーボル。わたしが、そなたに何かしようというのではない」

「……ほう?」

「ヨージェフに乗せられたか、そなたが乗せたのか、わたしに花乙女宮からの退出を求めた、そなたの責をなんとする?」


ガーボルは、わたしを見誤った。

侯爵家の小娘など、脅せばすぐに花乙女宮から逃げ出すと高を括っていたのだ。


「責などありませんな。あるのは功のみ」

「なるほど。……王弟ヨージェフの薄汚れた策略を暴き、フランツィスカ陛下よりわたしへの王権代行の移譲が円滑になされたのは、自分の功であると誇るのか?」

「ぬ……、それは曲解というもの。いずれ顧問会議にて、詳らかにご説明申し上げましょう」


この場には、花冠役であられたご令嬢方が証人として立ち並ぶ。

権力を誇示できる密室の顧問会議に、わたしとの闘争の場を移して煙に巻こうというのだろうけど、

そうはいくか。


「面白いことを言う」

「……面白い、ですと?」

「なぜ、そなたが顧問会議に列席できると考えた?」

「ぬ……」


謎かけのような言葉で翻弄し、狼狽を誘って、賢しらげに意味を説いて聞かせる。


――どういうことだ?


と問わせれば勝ち。相手を下における。

くだらない権力闘争のやり口が好みなら、わたしもやって見せれるが?

にこやかに微笑まれたカタリン様が、わたしに軽く頭をさげて見せられた。


――いや~~~~っ! 慣れない! 本音をぶちまけられるなら、慣れないですよ!! あのカタリン様が、わたしに発言のご許可を求めてこられるなんて……。


だけど、いまのわたしは王権代行者。

陛下の尊称で奉られる身。


――アルパードを……、助けて。


と、エミリー殿下の哀切なる願いに強く共鳴し、覚悟を固めたのだ。

やるならば、やり切らないといけない。

わたしが、かるく目を伏せると、カタリン様が半歩前に出られた。


「ガーボル閣下? 不思議には思われませんでしたか?」

「ぬ……、な、なにがですかな? ……カタリン殿」

「何故、ああもタイミングよく私たちガブリエラ陛下の花冠役が、この場に現われたのか……」

「そ、それは……」

「不思議ですわよねぇ?」


おう……、それは、わたしも不思議だ。

と、ヘレナ様が、そお~っとカタリン様の後ろに隠れられた。

そして、カタリン様越しに顔をのぞかせ、ガーボルの様子をチラッと窺った。


「……ヘレナ様は、ずいぶんとお悩みでしたのよ?」


優美な仕草でゆっくりと後ろにお顔を向けられたカタリン様が、やさしげな眼差しをヘレナ様に送られる。


「お父上のミハーイ閣下が、ガーボル閣下に唆されている……、と」

「ぬ……」

「それどころか、お祖父様のヨージェフ殿下まで……。まだ、幼くていらっしゃるのに、ずいぶん重いお悩み。お労しいことでしたわ」


ヘレナ様が、カタリン様にご相談を?

どういう、つながり?

……家門も異なるし、社交界デビューされたばかり14歳のヘレナ様が、カタリン様と親しくなられる、どんな機会が?

と、トルダイ公爵夫人のレオノーラ様が、クスリと笑われた。


「本来、ガブリエラ陛下のお耳に入れることではないのですが……」

「いえ、ここは乙女の口さがないお喋りが花開く、序列不問の花乙女宮。どうか、お気になさらず」


わたしが促すと、

レオノーラ様はやさしげに微笑まれ、ヘレナ様へと視線を向けられた。


「私たちも困っておりましたのよ? ……侯爵家ご出身の王太子妃候補を、花冠巡賜でどのようにおもてなしすれば良いのか」

「カタリン様が先陣を切ってくださり、私たちにご教授くださったのです!!」


ヘレナ様が、可愛らしい声でガーボルに訴えた。

そして、花冠役のご令嬢方がみな、感慨深げにうなずかれている。

レオノーラ様が、すこし悔しそうな笑みでカタリン様を見詰めた。


「正直、とても助かりましたわ。……カタリン様がガブリエラ陛下をもてなされた、その手順、そろえたメイドの数と出自、お菓子とお茶の種類、お部屋の設え、調度品、口上の文言……。カタリン様が苦心して考え抜かれた新たな先例を、丁寧な解説付きのご書簡で頂戴して」

「それだけではありません。私どもの家格や血統に合わせたもてなしまで、それとなくご提案くださったのです」


と、ケベンディ侯爵家のご令嬢、第2王女フローラ殿下のご息女、エスメラルダ様が深々と頭をさげられた。


「……どれほどありがたかったことか。母とふたり、とても感謝しております」


侯爵家としては同格。

だけど、侯爵家内ではわがホルヴァース侯爵家が上。

だけど、ご自身は王家の血を引かれてアルパード殿下の姪にあたられる。

先例もない中、わたしを、どうもてなしたものか、たしかに途方に暮れておられたことだろう。

余計なことを……、と言わんばかりに、顔を背けられたカタリン様。

陰では、他家の花冠役と交誼を結ばれ、わたしの〈花冠巡賜〉がつつがなく終えられるように支えてくださっていた。

カタリン様が照れ隠しのように、ヘレナ様の可愛らしい頭をなでられた。


「……ガーボル閣下はご存知でした? ヘレナ様のお祖母様、マティルデ様は、ガーボル閣下にカールマーン家門から追い出されたことを怨んでおられましたのよ?」

「なに……?」

「ヨージェフ殿下を取り込むため、カールマーン家門であったラコチ侯爵家をエステル家門にさし出された。けれど、分家には分家の、家門への誇りがありますのよ?」

「ぬ、ぬう……、私にはそんなこと、ひと言も……」

「あら? ずいぶん人望が厚くていらっしゃいますわね。さすがは帝国びいきに、乙女の大切な婚姻を政略へと利用し尽くされてきたガーボル閣下。……恐れ入りますわ」

「……家門は当主個人の私物ではない」


と、フランツィスカ陛下がおツラそうに、けれど低くてよく通る声を発せられた。


「先祖累代よりの預かりもの。それを蔑ろにしては、ヘレナが家門の垣根を越えてカタリンを頼ったとしても文句は言えぬな。ガーボルよ」


そのフランツィスカ陛下のお身体を支えるエミリー殿下が、美しいお顔を険しく歪められた。


「ガーボル……。お前は帝国内の権力闘争に足を踏み入れすぎた。反ピエカル家側に肩入れし、アルパードを危険に晒した」


ピエカル家。

中央大陸の全土を支配する、大国エルハーベン帝国内での最大勢力だ。

ジェジオーラ大公国を本拠に、マルタゴラ王国、ズロテポロ公国、ルブリン公国、ドルフイム辺境伯国など、数多くの領邦国家を領有し、

その版図は帝国内だけでも、わがヴィラーグ王国の2倍以上に及ぶ。

当然、対抗勢力も存在していて、現皇帝アルブレヒト3世を輩出するオステンホフ家はその筆頭格。

そして、ガーボルの後妻、エルジェーベト様のお母様ブリギッタ様のご出身、ワルデン公国は、

オステンホフ家――。


「……帝国に超然たらんと結ばれた〈花の会盟〉への、明確な違約である」


エミリー殿下のお声には欠片の情もない。

ワルデン公は東方出兵の盟主。

アルパード殿下捕囚につながった東方出兵を先導したガーボルの責を問う、まさに断罪の言葉を投げつけた。


「それを言うなら、王家が先ではないか」


と、ガーボルが顎を上げた。

尊大に見せる仕草は、却ってガーボルを小さく見せている。


「ピエカル家が乗っ取ったソルフエゴに、王女を嫁がせた。むしろ、わが行いによって帝国に対してバランスを取ったのだ」

「詭弁だな。イルマの嫁いだソルフエゴは、ピエカル家の王を戴いたとはいえ純然たる主権国家。帝国の領邦ではない」

「詭弁はエミリー殿下の方だ。東西をピエカル家に挟まれては、わが国の存立が危ういではないか」


う~ん――……。

話がとっ散らかってきたな。

ややこしい政治と外交の話で、退屈を隠せないご令嬢まで出て来てるし。

フランツィスカ陛下はお疲れだし、はやくこの場を〆たいのだが……。


「……ガーボル」

「な、なんですかな? ガブリエラ陛下」

「そなたは、とかく乙女の覚悟を侮り過ぎだ」

「お、乙女の……、覚悟ぉ?」

「わたしが王権を握ったということは、軍権もわが手にある」

「そ、それは……」

「国軍10万は無傷。一方で、そなたのカールマーン公爵家の兵は半分が東方。のこり3万で、わが王権に挑むというのなら、受けて立つが?」

「もう、ガブリエラ陛下? 話を急ぎ過ぎですわよ?」


と、カタリン様が笑われた。


「秘めやかに、密やかに、隠微に陰惨に、婉曲迂言えんきょくうげんを駆使して、狡猾と悪辣を競う貴族の宮廷闘争が台無しですわ? ……私は好きですけどね」

「なら、よかった。カタリンの性に合うなら心強い限りです」

「ふん。……ガーボル閣下。いつまでもお気付きになられないので、カタリンが教えてさし上げます」

「……なんだ?」

「私が、私の一存でこの場に来たとお思いですか?」

「ぬ……」

「当然、わが父、ナーダシュディ公爵アンドラーシュの了承を得た上でのこと」

「もちろん、私も夫トルダイ公爵ゾルターンと話し合ってのことですわ」


と、レオノーラ様が意地悪に微笑まれた。

カタリン様が、花壇につどうご令嬢方を見渡される。


「みな、そうです。……孤立なさっておられるのですよ? ガーボル閣下は」


カタリン様は艶やかに首をかしげられ、綺麗に指先まで伸びた手を逆手にして、あごに添えられた。


「あ~ら? 王家の国軍10万に、わがナーダシュディ公爵家6万、トルダイ公爵家6万、合わせて22万を相手に、3万の兵で立ち向かわれるとは……、お強いんですのねぇ? ……カールマーン公爵家の兵は」


キタコレ。

完璧なる令嬢マウント仕草。


「それとも、エルハーベン帝国から援軍を送ってもらわれます? 帝国も東方に随分と兵を送っているようですけど?」

「ぐ……、私にどうせよと」


ガーボルは、わたしに片膝を突いた。

両膝でないのが未練がましいけれど、とにかく、わたしに屈服してみせた。


「ガーボル。これは勅命である」

「……ははっ」

「引退し、家督をゆずれ」

「い、いや……、しかし、長男ヴィルモシュは東方に不在にございますれば……」

「なにを戯けたことを言うか」

「……は?」

「ヴィルモシュは、あろうことかアルパード殿下を遭難必至の小舟に乗せて大海に送り出した。その大罪、許し難し。帰国次第、厳罰に処される身である」


話を急いだ。

と、カタリン様はわたしに仰られた。

けれど、急いだのはガーボルも同様だ。

ヨージェフとミハーイの父子を焚きつけ、花乙女宮に押しかけた。

わたしが花衣伯爵家のご令嬢方に、


バルシャ船の絵図面を持たせたからだ。


アルパード殿下の危急を報せてくれた異民族の近衛兵から、乗った船の詳細を聞き出そうとした。

それを察知し、ガーボルはことを急いだ。

喜び勇んだミハーイが、


――父は王太子になりに行くぞ!


とでも、ヘレナ様に口走り、

慌てたヘレナ様が、カタリン様のところに駆け込まれたとも知らず、

一気に、ことを為そうと焦った。

わたしを花乙女宮から追い出し、王国の中枢から遠ざけるために。


「し、しかし……、次男のラヨシュはまだ幼年なれば……、私に後見せよとのご温情……」


アホか。


「ガーボル、引退したそなたは王太子宮殿の尖塔にて寂しく過ごす王弟ヨージェフに近侍せよ」

「……この私を、幽閉……」

「カールマーン公爵家の家督と爵位、領地、騎士、兵団。そして、カールマーン家門の首長権。そのすべては、長女エルジェーベトが継承すべし。これ厳命する」

「かしこまりました。ガブリエラ陛下の御意のままに」


と、エルジェーベト様が厳かに、そして、優雅に、わたしへの拝礼を捧げてくださった。

うなだれるガーボルを、アマリリスの騎士シャルロタと、ガーベラの騎士バルバーラに連行させ、

王権代行者として、当面の混乱に決着を着けたわたしは、

宮廷を〈花乙女宮〉に遷すと宣明。

アルパード殿下を奪還する、その戦いに挑む体制構築を急いだ――。
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