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36.強い決意の表明
「ガブは王太子宮殿か、王妃宮殿に入らせてもらうものだとばかり思ったのに」
と、花乙女宮の改装、というか模様替えに奔走してくれるリリがボヤいた。
「う~ん。たしかに宮廷を開くのに〈花乙女宮〉は手狭なんだけど……」
「そうそう」
「……まだエステル家門でもないわたしが王権代行者たれる根拠は、アルパード殿下の婚約者であるってことしかないのよね」
「まあ、そうだな」
「だから、アルパード殿下のお迎えなしに花乙女宮を出たら、それに疑義が生じかねないのよねぇ……」
「なるほどな。〈詰め込む〉しかないか」
と、リリが苦笑いする。
花乙女宮は、王太子妃候補ひとりのためだけの離宮。
そして、王太子殿下以外の男子は立ち入ることができない。
三大公爵家のご当主だろうと同じ。
そこで、花冠役のご令嬢、ご夫人方を新たに設けた〈顧問伝奏〉の役に任じて、各家当主に王権代行者たるわたしの意向を伝えてもらう体制をとった。
非効率に見えて、実は王権の強化だ。
女公爵となられたエルジェーベト様を除き、各家の当主が、わたしに直接は意見できない。
そして、わたしが勅命を下せば、各家は従うしかない。
見方を変えれば、側近政治の極み。
だけど、迅速な意思決定と実行は、アルパード殿下奪還のために欠かせない。
申し訳ないけれど、花の離宮の先例を盾に、事実上の王権強化をさせてもらう。
やることは、てんこ盛り。
伯爵家以下の家からも、伝奏役のご令嬢を出してもらい宮廷に参画させる。
ガーベラの騎士バルバーラを〈軍権伝奏〉として国軍府に派遣し、国軍を掌握。
イロナを侍女長に、エレノールをメイド長に任じる。
そして、
「私に可愛いお義姉様が出来ましたわ」
と、エレノールがおっとりと微笑み、イロナがはにかんだ。
男爵家の出自を気にしていたイロナは、エレノールの計らいで、エレノールの実家コルマーニュ伯爵家の養女になった。
将来の王妃侍女長を輩出できるコルマーニュ伯爵家は歓迎したし、イロナの実家であるカピターニュ男爵家としても伯爵家との関係を強化できる。
「よっ、伯爵令嬢!」
「ちょ、からかわないでくださいよぉ~」
おっとりとしたエレノールだけど、なかなか抜け目のない政略。
貴族令嬢、恐るべしといったところだ。
そして、イロナたちに加えて、テレーズ様をはじめとした花衣伯爵家のご令嬢方を、
大膳長・献酌長・式部長・内帑長・典礼長・大旗長・治部長の宮中官職に任じ、
内廷の形成を布告――、
つまり、王家の家政と、エステル家門の首長権をも、わたしが代行すると宣言した。
宰相職や枢密院を置かないヴィラーグ王国では、王家の家政の延長線上に国政があり、両方を掌握しないと、王権を存分には振るえない。
煌びやかなドレスが晴れの日を飾る花衣伯爵家のみな様から臣下の拝礼を受け、華やかな内廷の形成には心躍る。
だけど、ここにはまだ、肝心のアルパード殿下がいらっしゃらない。
王権代行も内廷の形成も、すべては今もどこかで救出をお待ちの、アルパード殿下にお帰りいただくためのもの。
手を緩めている暇はない。
てんてこ舞いの忙しさの合間を縫って、
わたしはカタリン様とレオノーラ様、それにエミリー殿下から叱られていた。
「バカじゃないの? いきなり『攻め込むぞ!』なんてやってたら、外交は成り立たないわよ?」
「はい……、すみません」
「ふふっ。カタリン様の仰られる通りですわよ? 今回は国内……、それも明確にガーボル殿に非がありましたから、まあ……、良かったものの」
「反省してます……」
「本当にカールマーン公爵家が挙兵してたら、アルパードの奪還どころじゃなかったわよ?」
「……焦ってしまいました」
みな様、わたしに王権代行者たる心構えを説いてくださる。
ただ、これは叱咤激励というべきものだ。
エルハーベン帝国領内で捕囚されてしまったアルパード殿下の奪還。
先は見えていないし、困難も予想される。
みな様、わたしの味方だ。
花冠を授けたわたしの、花嫁姿を見届けたいと、心を砕いてくださっている。
花婿を捕囚されたわたしに深い同情を寄せてくださり、一緒に憤慨してくださる。
心強いことだ。
そこに、カールマーン公爵家属の騎士51名とエステル家属の騎士20名を率い、本邸の接収を終えられた、エルジェーベト様がおみえくださった。
カールマーン公爵家本邸の主であるヴィルモシュと子息は東方出兵中で不在。
ヴィルモシュの正妻は実家に戻し、女公爵エルジェーベト閣下による家政掌握は、円滑に完了したとのことだった。
爽やかに微笑まれるエルジェーベト様を、わたしはジトっと見詰める。
「……エルジェーベト様ぁ?」
「あら、……ガブリエラ陛下? 臣下の私に『様』はいりませんわよ?」
「……内廷でくらい、いいのです。……あだ名です、あだ名。愛称。エルジェーベトの愛称は〈エルジェーベト様〉なのです」
「ふふっ。御意に従いますわね」
「エルジェーベト様も知ってましたよね? お父君がわたしを、花乙女宮から追い出そうとされてたこと?」
「あら? 心外ですわ、ガブリエラ陛下」
と、エルジェーベト様が微笑まれた。
「もちろん、知っておりましたわ」
「で……、お父君もろとも利害の対立する異腹の兄、ヴィルモシュを失脚させるチャンスだと思って、黙ってたんだ?」
「うふふっ。たとえわが父が相手でも、ガブリエラ陛下が負けることなど、想像もできませんでしたもの」
「で、カタリン様たちの様子を物陰から窺ってて、いちばんいいところで、フランツィスカ陛下をお連れになられたんだ?」
「うふっ。ガブリエラ陛下が、まさか私に家督継承をお命じになられるとは、思っておりませんでしたけれど」
「やっぱり……」
「でも、ガブリエラ陛下のおかげで、兄ヴィルモシュが東方でアルパード殿下を奸計に陥れたと知り、兄の所業に憤慨しているのも本当ですのよ?」
「……それは、そうでしょうけど」
カールマーン公爵家の本邸接収に、エステル家属の騎士も向かわせたのは、
――ガーボルとヴィルモシュの父子が謀り合い、アルパード殿下を小舟に乗せたのではないか……?
という疑惑を、調査させるためだ。
王弟宮殿でも調査させているけど、今のところその証拠は出てこない。
おそらく、この件に関しては東方にいるヴィルモシュの独断。
ガーボルもエルジェーベト様も、ご存じなかったと思われる。
まあ、知ってたら……、陸路帰還した近衛兵を暗殺してるわな。
エルジェーベト様が、ニコリと笑われた。
「兄の奸計を暴かれた聡明なガブリエラ陛下には、心から敬服しておりますわ。絶対にアルパード殿下を取り戻しましょうね」
「まったく」
と、わたしはソファの背もたれに、身体を伸ばした。
「どいつもこいつも、喰えないヤツばっかりだ」
ガラッパチな本性をまる出しにしたわたしのつぶやきに、エルジェーベト様も、カタリン様も、レオノーラ様も、そしてエミリー殿下も、キョトンとされ、
それから、クスクスと笑われ始めた。
「だって、私。貴族令嬢なんですもの」
と、いつにも増してお美しいエルジェーベト様が、やさしく慈悲深い微笑みを浮かべられた。
Ψ
結局、王国のすべてを掌握するのに6日かかり、わたしはようやくアルパード殿下奪還のための実務に着手する。
まず、王国全土に散らばる〈花の騎士〉全員を召還した。
王国の騎士は、全員で365名。
東方遠征に出ているカールマーン家属23名、東方に急使で飛んだ1名をのぞき、341名の騎士が一斉に王都に馬を飛ばす。
彼らはそれぞれ有力貴族家に属しているけれど、国王直属でもあり、所領は王家からの拝領。
危急の時にあって、王権のもと最も機敏に動かせるのは〈花の騎士〉だ。
彼らの到着を待つ3日間も、体制の整備に追われる。
まずは、ヘレナ様に伴われたお母上のグンヒルト様を引見した。
ラコチ侯爵ミハーイの正妻で、帝国の領邦ゼーエン公国の公女だ。
「アホです」
「アホですかぁ……」
ミハーイの侯爵位を剥奪し、ヘレナ様の兄に家督継承させようという相談だったのだけど、実の母親から強力に止められた。
「アホは困りますねぇ……」
「ええ。ちいさなミハーイです」
「ご子息に申し訳ありませんけど、……タチ悪いですねぇ」
「潰れます、わが家が。跡形もなく」
こうまで言われては、無理強いできない。
本来、王権であろうとも貴族家の家督継承に、みだりに介入したりはしない。
今回のカールマーン公爵家が、特例中の特例だったのだ。
「あの、カールマーン公爵家ではエルジェーベト様が家督継承されたと……」
「あ、ええ……」
「ヘレナではダメでしょうか? 次のラコチ侯爵……」
「あ、いや。御家で問題ないなら、わたしは承認しますけれど……」
「息子は私の実家に送ります。父に性根を叩き直してもらいます」
「ああ……、そういうのもいいかもしれませんねぇ」
「……義母のマティルデはラコチ侯爵家を、愛着のあるカールマーン家門に戻したいようですし、ヘレナの婿はカールマーン家門から探してみます」
ということで、ヘレナ様が14歳にしてラコチ侯爵家を継承。
女侯爵となられた。
まだ年齢的に幼いヘレナ様を、わたしが王権代行者として後見することになり、
急遽、モニカを、ラコチ侯爵家の家政顧問として送り込むことにした。
「……ガブリエラ陛下」
「もう、モニカ。急にそんな、寂しそうにしないでよ。他国に行くわけじゃないんだし、ヘレナ様と一緒にいつでも遊びに来てちょうだい」
「ちゃんと、お食事とってくださいね?」
「……はい」
それから、エステル家属のアマリリスの騎士シャルロタに、わたしの近侍を命じた。
「……私で、よろしいのでしょうか?」
「ここだけの話にしておいてほしいのだけど……」
「は、はい……」
「わたしが本気で放り投げて気を失わなかったの、シャルロタで2人目なの」
「えっ?」
「バルバーラ以来ね。……ホルヴァース侯爵家属の騎士は男性ばかりだけど、全員ダメだったわ」
「ははっ……」
「バルバーラと仲良くしてね?」
そして、花の騎士341名が王都に参集し、わたしはバルバーラとシャルロタに両脇を護らせながら、花壇越しに引見した。
アルパード殿下の危急を伝えると、みなの顔が険しく引き締まる。
「みなには、ただちにエルハーベン帝国内に潜入し、アルパード殿下の所在を探ってもらいたい」
「はは――っ!!」
「ガーベラとアマリリス――、バルバーラとシャルロタはわたしの側に置き、みなから届く情報の集約にあたらせる」
さらに、わたしは臨時の騎士座を創設すると宣言した。
勿忘草の騎士。
閏年、2月29日の誕生花。
366人目の〈花の騎士〉には、わたし自らが就く。
――私を忘れないで。
どれほど遠く遥か彼方に、
距離がわたしたちを隔てていようとも、どうか、わたしを忘れないでいてください。
あなたを救うわたしは、ここにいる。
アルパード殿下の奪還を誓う、わたしの強い決意の表明とした。
ただちに出発しようと、騎士たちが腰を上げた時だった。
広大な王宮の城門を守る衛兵がひとり、慌てふためきながら駆け込んできた。
「た、大変にございます!」
「どうした? ……慌てず、報告せよ」
居並ぶ騎士たちのまん中で平伏する衛兵に、微笑みかける。
王国の全騎士がそろう場に、衛兵が分け入ってまで伝えねばならない急報だ。
落ち着いて、だけど手早く報告するようにと促した。
「それが……、城門に王都の民衆が押し寄せております」
「なに?」
「ガ……、ガブリエラ陛下を出せと……」
「……そうか」
「数万……、いや、それ以上の数かと」
耳をすませば、たしかに城門の方から騒ぎ声が聞こえる。
――アルパード殿下捕囚の情報が漏れたか……。あるいは、正統性の薄いわたしの王権代行に反発した貴族が民衆を扇動したか……。
「追い払って参ります」
と言う、騎士たちを制した。
「わたしが行って、話を聞く」
「それは……、平民どもは興奮しており、危険です」
「……それならば、尚更のこと。わたしが出てゆかねば収まるまい」
騎士たちには待機を命じ、花乙女宮に急ぎ足で戻る。
バルバーラに馬車の準備を命じ、イロナたちに正装のドレスに着替えさせてもらう。
――いずれにしても、民からの支持を得られなければ、王国一丸となってアルパード殿下の奪還に向けては動けない……。
民がわたしを引きずり下ろすのなら、やむを得ない。
わたし単独で帝国に潜入し、アルパード殿下奪還に動くまでだ。
そう覚悟を決めたわたしは、バルバーラの駆る二輪の馬車、花冠巡賜に用いた壮麗な花嫁披露の馬車に乗り込み、
前を見据えて、城門へと向かった。
と、花乙女宮の改装、というか模様替えに奔走してくれるリリがボヤいた。
「う~ん。たしかに宮廷を開くのに〈花乙女宮〉は手狭なんだけど……」
「そうそう」
「……まだエステル家門でもないわたしが王権代行者たれる根拠は、アルパード殿下の婚約者であるってことしかないのよね」
「まあ、そうだな」
「だから、アルパード殿下のお迎えなしに花乙女宮を出たら、それに疑義が生じかねないのよねぇ……」
「なるほどな。〈詰め込む〉しかないか」
と、リリが苦笑いする。
花乙女宮は、王太子妃候補ひとりのためだけの離宮。
そして、王太子殿下以外の男子は立ち入ることができない。
三大公爵家のご当主だろうと同じ。
そこで、花冠役のご令嬢、ご夫人方を新たに設けた〈顧問伝奏〉の役に任じて、各家当主に王権代行者たるわたしの意向を伝えてもらう体制をとった。
非効率に見えて、実は王権の強化だ。
女公爵となられたエルジェーベト様を除き、各家の当主が、わたしに直接は意見できない。
そして、わたしが勅命を下せば、各家は従うしかない。
見方を変えれば、側近政治の極み。
だけど、迅速な意思決定と実行は、アルパード殿下奪還のために欠かせない。
申し訳ないけれど、花の離宮の先例を盾に、事実上の王権強化をさせてもらう。
やることは、てんこ盛り。
伯爵家以下の家からも、伝奏役のご令嬢を出してもらい宮廷に参画させる。
ガーベラの騎士バルバーラを〈軍権伝奏〉として国軍府に派遣し、国軍を掌握。
イロナを侍女長に、エレノールをメイド長に任じる。
そして、
「私に可愛いお義姉様が出来ましたわ」
と、エレノールがおっとりと微笑み、イロナがはにかんだ。
男爵家の出自を気にしていたイロナは、エレノールの計らいで、エレノールの実家コルマーニュ伯爵家の養女になった。
将来の王妃侍女長を輩出できるコルマーニュ伯爵家は歓迎したし、イロナの実家であるカピターニュ男爵家としても伯爵家との関係を強化できる。
「よっ、伯爵令嬢!」
「ちょ、からかわないでくださいよぉ~」
おっとりとしたエレノールだけど、なかなか抜け目のない政略。
貴族令嬢、恐るべしといったところだ。
そして、イロナたちに加えて、テレーズ様をはじめとした花衣伯爵家のご令嬢方を、
大膳長・献酌長・式部長・内帑長・典礼長・大旗長・治部長の宮中官職に任じ、
内廷の形成を布告――、
つまり、王家の家政と、エステル家門の首長権をも、わたしが代行すると宣言した。
宰相職や枢密院を置かないヴィラーグ王国では、王家の家政の延長線上に国政があり、両方を掌握しないと、王権を存分には振るえない。
煌びやかなドレスが晴れの日を飾る花衣伯爵家のみな様から臣下の拝礼を受け、華やかな内廷の形成には心躍る。
だけど、ここにはまだ、肝心のアルパード殿下がいらっしゃらない。
王権代行も内廷の形成も、すべては今もどこかで救出をお待ちの、アルパード殿下にお帰りいただくためのもの。
手を緩めている暇はない。
てんてこ舞いの忙しさの合間を縫って、
わたしはカタリン様とレオノーラ様、それにエミリー殿下から叱られていた。
「バカじゃないの? いきなり『攻め込むぞ!』なんてやってたら、外交は成り立たないわよ?」
「はい……、すみません」
「ふふっ。カタリン様の仰られる通りですわよ? 今回は国内……、それも明確にガーボル殿に非がありましたから、まあ……、良かったものの」
「反省してます……」
「本当にカールマーン公爵家が挙兵してたら、アルパードの奪還どころじゃなかったわよ?」
「……焦ってしまいました」
みな様、わたしに王権代行者たる心構えを説いてくださる。
ただ、これは叱咤激励というべきものだ。
エルハーベン帝国領内で捕囚されてしまったアルパード殿下の奪還。
先は見えていないし、困難も予想される。
みな様、わたしの味方だ。
花冠を授けたわたしの、花嫁姿を見届けたいと、心を砕いてくださっている。
花婿を捕囚されたわたしに深い同情を寄せてくださり、一緒に憤慨してくださる。
心強いことだ。
そこに、カールマーン公爵家属の騎士51名とエステル家属の騎士20名を率い、本邸の接収を終えられた、エルジェーベト様がおみえくださった。
カールマーン公爵家本邸の主であるヴィルモシュと子息は東方出兵中で不在。
ヴィルモシュの正妻は実家に戻し、女公爵エルジェーベト閣下による家政掌握は、円滑に完了したとのことだった。
爽やかに微笑まれるエルジェーベト様を、わたしはジトっと見詰める。
「……エルジェーベト様ぁ?」
「あら、……ガブリエラ陛下? 臣下の私に『様』はいりませんわよ?」
「……内廷でくらい、いいのです。……あだ名です、あだ名。愛称。エルジェーベトの愛称は〈エルジェーベト様〉なのです」
「ふふっ。御意に従いますわね」
「エルジェーベト様も知ってましたよね? お父君がわたしを、花乙女宮から追い出そうとされてたこと?」
「あら? 心外ですわ、ガブリエラ陛下」
と、エルジェーベト様が微笑まれた。
「もちろん、知っておりましたわ」
「で……、お父君もろとも利害の対立する異腹の兄、ヴィルモシュを失脚させるチャンスだと思って、黙ってたんだ?」
「うふふっ。たとえわが父が相手でも、ガブリエラ陛下が負けることなど、想像もできませんでしたもの」
「で、カタリン様たちの様子を物陰から窺ってて、いちばんいいところで、フランツィスカ陛下をお連れになられたんだ?」
「うふっ。ガブリエラ陛下が、まさか私に家督継承をお命じになられるとは、思っておりませんでしたけれど」
「やっぱり……」
「でも、ガブリエラ陛下のおかげで、兄ヴィルモシュが東方でアルパード殿下を奸計に陥れたと知り、兄の所業に憤慨しているのも本当ですのよ?」
「……それは、そうでしょうけど」
カールマーン公爵家の本邸接収に、エステル家属の騎士も向かわせたのは、
――ガーボルとヴィルモシュの父子が謀り合い、アルパード殿下を小舟に乗せたのではないか……?
という疑惑を、調査させるためだ。
王弟宮殿でも調査させているけど、今のところその証拠は出てこない。
おそらく、この件に関しては東方にいるヴィルモシュの独断。
ガーボルもエルジェーベト様も、ご存じなかったと思われる。
まあ、知ってたら……、陸路帰還した近衛兵を暗殺してるわな。
エルジェーベト様が、ニコリと笑われた。
「兄の奸計を暴かれた聡明なガブリエラ陛下には、心から敬服しておりますわ。絶対にアルパード殿下を取り戻しましょうね」
「まったく」
と、わたしはソファの背もたれに、身体を伸ばした。
「どいつもこいつも、喰えないヤツばっかりだ」
ガラッパチな本性をまる出しにしたわたしのつぶやきに、エルジェーベト様も、カタリン様も、レオノーラ様も、そしてエミリー殿下も、キョトンとされ、
それから、クスクスと笑われ始めた。
「だって、私。貴族令嬢なんですもの」
と、いつにも増してお美しいエルジェーベト様が、やさしく慈悲深い微笑みを浮かべられた。
Ψ
結局、王国のすべてを掌握するのに6日かかり、わたしはようやくアルパード殿下奪還のための実務に着手する。
まず、王国全土に散らばる〈花の騎士〉全員を召還した。
王国の騎士は、全員で365名。
東方遠征に出ているカールマーン家属23名、東方に急使で飛んだ1名をのぞき、341名の騎士が一斉に王都に馬を飛ばす。
彼らはそれぞれ有力貴族家に属しているけれど、国王直属でもあり、所領は王家からの拝領。
危急の時にあって、王権のもと最も機敏に動かせるのは〈花の騎士〉だ。
彼らの到着を待つ3日間も、体制の整備に追われる。
まずは、ヘレナ様に伴われたお母上のグンヒルト様を引見した。
ラコチ侯爵ミハーイの正妻で、帝国の領邦ゼーエン公国の公女だ。
「アホです」
「アホですかぁ……」
ミハーイの侯爵位を剥奪し、ヘレナ様の兄に家督継承させようという相談だったのだけど、実の母親から強力に止められた。
「アホは困りますねぇ……」
「ええ。ちいさなミハーイです」
「ご子息に申し訳ありませんけど、……タチ悪いですねぇ」
「潰れます、わが家が。跡形もなく」
こうまで言われては、無理強いできない。
本来、王権であろうとも貴族家の家督継承に、みだりに介入したりはしない。
今回のカールマーン公爵家が、特例中の特例だったのだ。
「あの、カールマーン公爵家ではエルジェーベト様が家督継承されたと……」
「あ、ええ……」
「ヘレナではダメでしょうか? 次のラコチ侯爵……」
「あ、いや。御家で問題ないなら、わたしは承認しますけれど……」
「息子は私の実家に送ります。父に性根を叩き直してもらいます」
「ああ……、そういうのもいいかもしれませんねぇ」
「……義母のマティルデはラコチ侯爵家を、愛着のあるカールマーン家門に戻したいようですし、ヘレナの婿はカールマーン家門から探してみます」
ということで、ヘレナ様が14歳にしてラコチ侯爵家を継承。
女侯爵となられた。
まだ年齢的に幼いヘレナ様を、わたしが王権代行者として後見することになり、
急遽、モニカを、ラコチ侯爵家の家政顧問として送り込むことにした。
「……ガブリエラ陛下」
「もう、モニカ。急にそんな、寂しそうにしないでよ。他国に行くわけじゃないんだし、ヘレナ様と一緒にいつでも遊びに来てちょうだい」
「ちゃんと、お食事とってくださいね?」
「……はい」
それから、エステル家属のアマリリスの騎士シャルロタに、わたしの近侍を命じた。
「……私で、よろしいのでしょうか?」
「ここだけの話にしておいてほしいのだけど……」
「は、はい……」
「わたしが本気で放り投げて気を失わなかったの、シャルロタで2人目なの」
「えっ?」
「バルバーラ以来ね。……ホルヴァース侯爵家属の騎士は男性ばかりだけど、全員ダメだったわ」
「ははっ……」
「バルバーラと仲良くしてね?」
そして、花の騎士341名が王都に参集し、わたしはバルバーラとシャルロタに両脇を護らせながら、花壇越しに引見した。
アルパード殿下の危急を伝えると、みなの顔が険しく引き締まる。
「みなには、ただちにエルハーベン帝国内に潜入し、アルパード殿下の所在を探ってもらいたい」
「はは――っ!!」
「ガーベラとアマリリス――、バルバーラとシャルロタはわたしの側に置き、みなから届く情報の集約にあたらせる」
さらに、わたしは臨時の騎士座を創設すると宣言した。
勿忘草の騎士。
閏年、2月29日の誕生花。
366人目の〈花の騎士〉には、わたし自らが就く。
――私を忘れないで。
どれほど遠く遥か彼方に、
距離がわたしたちを隔てていようとも、どうか、わたしを忘れないでいてください。
あなたを救うわたしは、ここにいる。
アルパード殿下の奪還を誓う、わたしの強い決意の表明とした。
ただちに出発しようと、騎士たちが腰を上げた時だった。
広大な王宮の城門を守る衛兵がひとり、慌てふためきながら駆け込んできた。
「た、大変にございます!」
「どうした? ……慌てず、報告せよ」
居並ぶ騎士たちのまん中で平伏する衛兵に、微笑みかける。
王国の全騎士がそろう場に、衛兵が分け入ってまで伝えねばならない急報だ。
落ち着いて、だけど手早く報告するようにと促した。
「それが……、城門に王都の民衆が押し寄せております」
「なに?」
「ガ……、ガブリエラ陛下を出せと……」
「……そうか」
「数万……、いや、それ以上の数かと」
耳をすませば、たしかに城門の方から騒ぎ声が聞こえる。
――アルパード殿下捕囚の情報が漏れたか……。あるいは、正統性の薄いわたしの王権代行に反発した貴族が民衆を扇動したか……。
「追い払って参ります」
と言う、騎士たちを制した。
「わたしが行って、話を聞く」
「それは……、平民どもは興奮しており、危険です」
「……それならば、尚更のこと。わたしが出てゆかねば収まるまい」
騎士たちには待機を命じ、花乙女宮に急ぎ足で戻る。
バルバーラに馬車の準備を命じ、イロナたちに正装のドレスに着替えさせてもらう。
――いずれにしても、民からの支持を得られなければ、王国一丸となってアルパード殿下の奪還に向けては動けない……。
民がわたしを引きずり下ろすのなら、やむを得ない。
わたし単独で帝国に潜入し、アルパード殿下奪還に動くまでだ。
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