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44. 解放の命令を下させる
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カタリン様、レオノーラ様、それにエルジェーベト様に内廷女官たちも加えて、密かに協議を続ける。
「花冠巡賜を終え、すでに男性と会うこと自体は問題ないと思うわよ?」
カタリン様の言葉に、内廷女官たちが先例を引いて確かめてくれる。
ワルデン公国に、わたし自身が乗り込みたいという意向を伝えると、みなが頭をひねってくれている。
わたしは、アルパード殿下の妃になりたいのだ。
窮屈で堅苦しくても、先例第一のヴィラーグ王国で、大きく先例を踏み外す行いはできない。
花乙女宮にあるまま王権代行者となる、すでに先例にない存在であるわたしなだけに、ここは慎重に検討したかった。
「……いちばんは、王権代行ですわね」
と、レオノーラ様が眉間にシワを寄せ、先例集と睨めっこしてくださる。
国王陛下が外遊される際にも、王妃陛下が王権代行者をお務めになられる。
わたしがワルデン公国に赴いたら、王権代行者を別に置くべきだけど、有資格者がいない。
その上、わたしが何の資格でワルデン公に面会を求めるのか、意味の分からないことになる。
「やあやあ我こそは、王太子アルパード殿下の王太子妃になる予定の者なり!」
外交シーンとして、意味不明に過ぎる。
それに王権代行者の肩書きが取れたら、わたしはホルヴァース侯爵家の令嬢ということになり、国軍を動かす権能も喪失する。
「まあ、でも、ガブもここまでよく我慢したんだし、最後は自分の手でアルパード殿下を取り戻したいよな?」
というリリの言葉に、皆さんが苦笑い気味にうなずいてくださって〈使える先例〉がないか、懸命に探してくださる。
兄ヴィルモシュの卑劣な行いが露見したエルジェーベト様は、肩身が狭そうにされているけど、
カタリン様が背中をバシバシ叩かれては、
「ま、お互いアルパード殿下からのフラれ仲間ってとこでしょ? 仲良くやりましょうよ!」
と、ミア夫人のズケズケがうつったのかというような言葉で、みなを苦笑いさせながら、エルジェーベト様を励まされている。
なんだか、わたしの方が肩身が狭い気がしてしまうので、やめてほしい。
やがて、イロナがホルヴァース侯爵家の先例集から、古い先例の一文を探りあてた。
「……他国に攻め入る奇襲作戦を敢行された、3代王が、王権代行者を置かずに国外に出られています」
「そりゃ、奇襲だものねぇ。わざわざ王権代行者を置いたりしたら『いまから行きます』って言ってるようなもんだし……」
と、カタリン様がうなずかれた。
奇襲……。
「それで、いくか……」
と、わたしもうなずいた。
Ψ
至急、軍旅のドレスをあつらえる。
腰上がふわっと膨らむバッスルスタイルの白いシルクのティアードスカートは、大海原の波を思わせる。
その上にあわい青色をしたリネンのオーバースカートを重ね、襟元の高いスタンドカラーから、繊細なレースが胸元まで続き、優美な曲線を描き出す。
あわい青。勿忘草の花の色。
袖口には、ふんだんにレースがあしらわれたベルスリーブが、まるで鳥の羽のようにひらひらと揺れる。
ウエストをほそく際立たせるベルトには、アルパード殿下の瞳を思わせる透んだすみれ色のアイオライトをあしらった。
そして、左胸にはわたしが騎士座にあることを示す徽章が輝く。
「おおっ! 凛々しくて優美だな」
と、リリにからかわれながら、ヴェーラ陛下をお見送りする喧騒にまぎれ、密かに王都を出発する。
王家の国軍1万にも鎧を着けさせない旅装で王都を発たせた。
ホルヴァース侯爵家領で、みなと落ち合い、リュビア公国の港から回漕させていた軍船に乗り込む。
「大丈夫です、ヴェーラ陛下。大きな船は揺れませんから」
と、船酔いに弱いヴェーラ陛下を押し込んで、夜間、ひと目につかないように出港した。
2日の航海で、ワルデン公国に到着し、やはり夜間を選んで河を遡上して、夜明けと同時に主城の前に到着した。
選帝侯カミル閣下からの抗議への対応を協議するため、急きょ帰国していたワルデン公は、兵の大半を東方に残して本領に戻っていると、潜入させていた騎士から報告を受けていた。
突然現れた旅装の軍1万に、街の者たちが驚きの声をあげるなか、ワルデン公国の主城へと入城した。
兵に軍装をとらせなかったのは、侵攻ではなく外交的な訪問であると、ギリギリ言い張れるようにするためだ。
けれど、ワルデン公の主城を守るのは、わずかな衛兵。
城門を閉じる隙さえ与えなかった。
いまごろ、ヴィラーグの王都では、わたしの〈奇襲作戦〉が成功したと布告されているはず。
あとは、ワルデン公に、アルパード殿下の解放を約束させるだけだと、
わたしは意気揚々と乗り込んだ。
Ψ
わたしとヴェーラ陛下、それにブリギッタ様とで、謁見の間に敷かれた深紅の絨毯を静かに進む。
ブリギッタ様はエルジェーベト様のお母上で、ワルデン公の妹君。道先案内を務めてくださったのだ。
「兄の〈吠え面〉を拝まなくては」
と、快く引き受けてくださった。
3人並んでまっすぐに進み、
ヴェーラ陛下の後ろには、ミア夫人がレトキの紋様が刻まれた弓矢を掲げて付き従われ、
ブリギッタ様の後ろには、ご長男ラヨシュ様が従われている。
まだ11歳のラヨシュ様。
緊張しながら、お母上の近侍を務めようと懸命なお姿が可愛らしい。
そして、わたしの背後には、王笏を緋色のベルベットに包んで捧げ持つ侍女長のイロナが付き従い、
さらにバルバーラがわたしの騎槍を、シャルロタが剣を掲げる。
ワルデン公国の宰相から、
「せめて会見は少人数で……」
と、いまにも泣き出しそうな勢いで頼み込まれたので、ヴェーラ陛下のお取り成しもあって、兵は外に待たせた。
とはいえ、その数1万。
ワルデン公国の主城は、わたしが制圧したも同然の状況だ。
御座でふんぞり返ってわたしを見下ろす、中年の男。
目鼻立ちは整っているけど、ひとつひとつのパーツが大き過ぎる。目は焦点が合っておらず、しまりのない表情。
尊大ぶっていながら組んだ脚をせわしなく揺らす様が、なんとも無様。
両脇にならぶ近侍の騎士たちが青白い顔をして、わたしを睨んでいる。
アルパード殿下を罠に嵌め、あまつさえ捕囚の憂き目にまであわせた謀主、
ワルデン公。
白々しい声を、うわずらせた。
「これはこれは……、レトキのヴェーラ陛下に、わが妹君ブリギッタ。これは一体、なんの騒ぎかな?」
この期に及んで、中央に立つわたしを無視してみせるワルデン公。
ヴェーラ陛下が、可憐な微笑みを浮かべられた。
「ワルデン公、久しいですわね」
「う、うむ……」
「公の目には入らぬようですから、私からご紹介させていただきましょう。……こちらが、ヴィラーグ王国のガブリエラ陛下ですわ」
「さ、左様でありますか」
「公……。いかがなさいますか?」
「いかがとは、……なんですかな?」
「我らはこの場ですべて詳らかにすることも、やぶさかではございませんが……、帝国貴族にして領邦君主たる公の名誉に傷を入れるのは忍びないと、ガブリエラ陛下が申されているのですよ?」
「は、はて……、なんの話であろうか?」
顎をしゃくり、声をうわずらせたワルデン公が近侍の騎士に目をやった。
刹那。騎士が抜いた剣を、両断する。
次々に抜かれるワルデン公の騎士たちの剣を、1本ずつ丁寧に叩き斬り、すべて投げ上げて、
ワルデン公の足元に突き刺してやった。
シャルロタから剣の鞘を受け取りながら、冷えた視線をワルデン公に突き刺す。
「お初にお目にかかります。ガブリエラにございます。貴公は騎士にもロクな剣を持たせておられぬご様子。これでは、戦場での働きも知れようというものですわね」
「ぬ……、ぐっ」
「公……、わたしは怒っております。今すぐ、アルパード殿下解放のお指図を」
剣を鞘にしまい、ワルデン公をツンと睨みつける。
ブリギッタ様が、フフンと笑われた。
「兄上? なにを往生際の悪い。ガブリエラ陛下は、アルパード殿下さえ解放すれば、兄上の犯した愚かな罪は不問にしても良いと仰ってくださっているのですよ?」
「ぐっ……。ブリギッタ、お前それが兄に対する口のきき方か?」
「口のきき方などと言うのは、中身が薄っぺらな証拠のようなもの」
「なんだと?」
「……ここにおるのは、可憐な女子のみに幼い甥がひとり。それを、騎士に剣を振るわせ言うことをきかせようとは、みっともないにも程があります。まして、すべてガブリエラ陛下に叩き折られたとは末代までの恥。オステンホフ家の名に泥を塗ったも同然でございます」
「ブリギッタ様、お言葉ですがそれは違います」
と、わたしは真面目な顔を向けた。
「わたしは叩き折ったのではなく、叩き斬ったのです」
「あら、これは失礼を」
「ホルヴァース侯爵家が誇る名剣。なまくらの剣を何本斬ろうとも、斬れ味が落ちることはございません。たとえ、あといくつか首を落とそうとも」
ニッコリと微笑む。
分かりやすく品のない脅しだけど、ワルデン公とその騎士たちには効果てきめんだ。
その場でカタカタと震えはじめた。
「あらあら、私も弓矢の腕前を披露出来るかと思っておりましたのに、ガブリエラ陛下の速さには敵いませんでしたわ」
と、ヴェーラ陛下が奥ゆかしい微笑みを浮かべられる。
「それはまたぜひ、狩りでもご一緒に」
「あら、嬉しい。ぜひ一度、レトキの山々にも足をお運びくださいませ。アルパード殿下もご一緒に」
「はいっ! それは楽しみになりました!」
「肉厚な、野生のトナカイが狩れますのよ?」
「トナカイですかぁ~!?」
「脂身が少なくて、美容にも良いとされていますの」
キャッキャっと、女子のお喋りを見せつけて、ワルデン公の反応を窺う。
けれど、身体を小刻みを震わせ、わたしを睨みつけたまま動こうとしない。
――脅しが過ぎたか?
アルパード殿下が、ここにはいらっしゃらないことは分かっている。
ワルデン公から配下の者に、解放の命を発せさせないといけない。
しかも、ワルデン公はエルハーベン帝国の領邦貴族。皇帝の臣下だ。
事態をこれ以上に拡大させないよう、迅速に事を決する必要がある。
次はどう説得し交渉しようかと、わたしがヴェーラ陛下と目配せし合ったとき、
わたしたちの背後から、やさしく慈悲深い声が吹き抜けていった。
「ワルデン公に掛け合っても、無駄なことのようです」
たなびくハニーブロンド。
国に残られたはずのエルジェーベト様のお姿に、
――罠だったか?
と、わたしは身構えた。
けれど、ヴェーラ陛下は落ち着いたご様子で、恭しく会釈をされる。
「これはこれは、シュルテン公妃のヨゼフィーネ妃殿下ではございませんか?」
シュルテン公妃?
シュルテン公国は、ここからずっと北にある帝国の領邦だったはず。
そして、ブリギッタ様も女性に恭しく拝礼を捧げられた。
「……お初にお目にかかります。前のカールマーン公爵ガーボルの継室、ブリギッタと申します」
「そう、貴女が……」
「ガーボルの妹君、ジュゼフィーナ様にございますわね?」
ブリギッタ様が〈ジュゼフィーナ〉と呼ばれたハニーブロンドの女性が、寂しげに微笑まれた。
「……その名で呼ばれるのは久しぶりです。いまは、シュルテン公妃ヨゼフィーネと名乗っておりますの」
エルジェーベト様に瓜二つの慈悲深い微笑みで応えられる、ジュゼフィーナ様。
――カールマーン家のジュゼフィーナ殿は他国に嫁がれ、その後は一度も帰国されておらぬ。名も当地風に改められたと聞く。
フランツィスカ陛下が儚げにつぶやかれたお言葉が、耳に蘇る。
エルジェーベト様の叔母にあたられる、ジュゼフィーナ様は眉根を寄せられ、ご表情に愁嘆の色を明らかにされた。
「けれど……、フランツィスカ陛下は私の大切な友。そのご子息の受難に駆け付けた私は、ジュゼフィーナなのでしょう」
「……慈悲深きお心。フランツィスカ陛下も、さぞお喜びになられることでしょう」
ブリギッタ様のお言葉に表情を和らげられたジュゼフィーナ様が、わたしに視線を向け、カーテシーの礼を執ってくださった。
「ガブリエラ陛下ですわね。ヨゼフィーネ・フルスタール、……嫁ぐ前のもとの名はジュゼフィーナ・カールマーンにございます」
そして、上げられたジュゼフィーナ様のお顔は険しく怜悧だった。
「……卑劣漢ワルデン公は、すでにアルパード殿下の身柄を売り渡しました」
「えっ!? ……売った!? 誰に!?」
エルジェーベト様によく似た慈悲深いお顔立ちに、憤怒の色が乗る。
すさまじい迫力に、一瞬、わたしまで気圧されてしまった。
「ワルデン公が売り渡した先は……エルハーベン皇帝、アルブレヒト3世陛下。その人にございます」
「皇帝……陛下、に……、売った」
わたしは、愕然と立ち尽くした。
「花冠巡賜を終え、すでに男性と会うこと自体は問題ないと思うわよ?」
カタリン様の言葉に、内廷女官たちが先例を引いて確かめてくれる。
ワルデン公国に、わたし自身が乗り込みたいという意向を伝えると、みなが頭をひねってくれている。
わたしは、アルパード殿下の妃になりたいのだ。
窮屈で堅苦しくても、先例第一のヴィラーグ王国で、大きく先例を踏み外す行いはできない。
花乙女宮にあるまま王権代行者となる、すでに先例にない存在であるわたしなだけに、ここは慎重に検討したかった。
「……いちばんは、王権代行ですわね」
と、レオノーラ様が眉間にシワを寄せ、先例集と睨めっこしてくださる。
国王陛下が外遊される際にも、王妃陛下が王権代行者をお務めになられる。
わたしがワルデン公国に赴いたら、王権代行者を別に置くべきだけど、有資格者がいない。
その上、わたしが何の資格でワルデン公に面会を求めるのか、意味の分からないことになる。
「やあやあ我こそは、王太子アルパード殿下の王太子妃になる予定の者なり!」
外交シーンとして、意味不明に過ぎる。
それに王権代行者の肩書きが取れたら、わたしはホルヴァース侯爵家の令嬢ということになり、国軍を動かす権能も喪失する。
「まあ、でも、ガブもここまでよく我慢したんだし、最後は自分の手でアルパード殿下を取り戻したいよな?」
というリリの言葉に、皆さんが苦笑い気味にうなずいてくださって〈使える先例〉がないか、懸命に探してくださる。
兄ヴィルモシュの卑劣な行いが露見したエルジェーベト様は、肩身が狭そうにされているけど、
カタリン様が背中をバシバシ叩かれては、
「ま、お互いアルパード殿下からのフラれ仲間ってとこでしょ? 仲良くやりましょうよ!」
と、ミア夫人のズケズケがうつったのかというような言葉で、みなを苦笑いさせながら、エルジェーベト様を励まされている。
なんだか、わたしの方が肩身が狭い気がしてしまうので、やめてほしい。
やがて、イロナがホルヴァース侯爵家の先例集から、古い先例の一文を探りあてた。
「……他国に攻め入る奇襲作戦を敢行された、3代王が、王権代行者を置かずに国外に出られています」
「そりゃ、奇襲だものねぇ。わざわざ王権代行者を置いたりしたら『いまから行きます』って言ってるようなもんだし……」
と、カタリン様がうなずかれた。
奇襲……。
「それで、いくか……」
と、わたしもうなずいた。
Ψ
至急、軍旅のドレスをあつらえる。
腰上がふわっと膨らむバッスルスタイルの白いシルクのティアードスカートは、大海原の波を思わせる。
その上にあわい青色をしたリネンのオーバースカートを重ね、襟元の高いスタンドカラーから、繊細なレースが胸元まで続き、優美な曲線を描き出す。
あわい青。勿忘草の花の色。
袖口には、ふんだんにレースがあしらわれたベルスリーブが、まるで鳥の羽のようにひらひらと揺れる。
ウエストをほそく際立たせるベルトには、アルパード殿下の瞳を思わせる透んだすみれ色のアイオライトをあしらった。
そして、左胸にはわたしが騎士座にあることを示す徽章が輝く。
「おおっ! 凛々しくて優美だな」
と、リリにからかわれながら、ヴェーラ陛下をお見送りする喧騒にまぎれ、密かに王都を出発する。
王家の国軍1万にも鎧を着けさせない旅装で王都を発たせた。
ホルヴァース侯爵家領で、みなと落ち合い、リュビア公国の港から回漕させていた軍船に乗り込む。
「大丈夫です、ヴェーラ陛下。大きな船は揺れませんから」
と、船酔いに弱いヴェーラ陛下を押し込んで、夜間、ひと目につかないように出港した。
2日の航海で、ワルデン公国に到着し、やはり夜間を選んで河を遡上して、夜明けと同時に主城の前に到着した。
選帝侯カミル閣下からの抗議への対応を協議するため、急きょ帰国していたワルデン公は、兵の大半を東方に残して本領に戻っていると、潜入させていた騎士から報告を受けていた。
突然現れた旅装の軍1万に、街の者たちが驚きの声をあげるなか、ワルデン公国の主城へと入城した。
兵に軍装をとらせなかったのは、侵攻ではなく外交的な訪問であると、ギリギリ言い張れるようにするためだ。
けれど、ワルデン公の主城を守るのは、わずかな衛兵。
城門を閉じる隙さえ与えなかった。
いまごろ、ヴィラーグの王都では、わたしの〈奇襲作戦〉が成功したと布告されているはず。
あとは、ワルデン公に、アルパード殿下の解放を約束させるだけだと、
わたしは意気揚々と乗り込んだ。
Ψ
わたしとヴェーラ陛下、それにブリギッタ様とで、謁見の間に敷かれた深紅の絨毯を静かに進む。
ブリギッタ様はエルジェーベト様のお母上で、ワルデン公の妹君。道先案内を務めてくださったのだ。
「兄の〈吠え面〉を拝まなくては」
と、快く引き受けてくださった。
3人並んでまっすぐに進み、
ヴェーラ陛下の後ろには、ミア夫人がレトキの紋様が刻まれた弓矢を掲げて付き従われ、
ブリギッタ様の後ろには、ご長男ラヨシュ様が従われている。
まだ11歳のラヨシュ様。
緊張しながら、お母上の近侍を務めようと懸命なお姿が可愛らしい。
そして、わたしの背後には、王笏を緋色のベルベットに包んで捧げ持つ侍女長のイロナが付き従い、
さらにバルバーラがわたしの騎槍を、シャルロタが剣を掲げる。
ワルデン公国の宰相から、
「せめて会見は少人数で……」
と、いまにも泣き出しそうな勢いで頼み込まれたので、ヴェーラ陛下のお取り成しもあって、兵は外に待たせた。
とはいえ、その数1万。
ワルデン公国の主城は、わたしが制圧したも同然の状況だ。
御座でふんぞり返ってわたしを見下ろす、中年の男。
目鼻立ちは整っているけど、ひとつひとつのパーツが大き過ぎる。目は焦点が合っておらず、しまりのない表情。
尊大ぶっていながら組んだ脚をせわしなく揺らす様が、なんとも無様。
両脇にならぶ近侍の騎士たちが青白い顔をして、わたしを睨んでいる。
アルパード殿下を罠に嵌め、あまつさえ捕囚の憂き目にまであわせた謀主、
ワルデン公。
白々しい声を、うわずらせた。
「これはこれは……、レトキのヴェーラ陛下に、わが妹君ブリギッタ。これは一体、なんの騒ぎかな?」
この期に及んで、中央に立つわたしを無視してみせるワルデン公。
ヴェーラ陛下が、可憐な微笑みを浮かべられた。
「ワルデン公、久しいですわね」
「う、うむ……」
「公の目には入らぬようですから、私からご紹介させていただきましょう。……こちらが、ヴィラーグ王国のガブリエラ陛下ですわ」
「さ、左様でありますか」
「公……。いかがなさいますか?」
「いかがとは、……なんですかな?」
「我らはこの場ですべて詳らかにすることも、やぶさかではございませんが……、帝国貴族にして領邦君主たる公の名誉に傷を入れるのは忍びないと、ガブリエラ陛下が申されているのですよ?」
「は、はて……、なんの話であろうか?」
顎をしゃくり、声をうわずらせたワルデン公が近侍の騎士に目をやった。
刹那。騎士が抜いた剣を、両断する。
次々に抜かれるワルデン公の騎士たちの剣を、1本ずつ丁寧に叩き斬り、すべて投げ上げて、
ワルデン公の足元に突き刺してやった。
シャルロタから剣の鞘を受け取りながら、冷えた視線をワルデン公に突き刺す。
「お初にお目にかかります。ガブリエラにございます。貴公は騎士にもロクな剣を持たせておられぬご様子。これでは、戦場での働きも知れようというものですわね」
「ぬ……、ぐっ」
「公……、わたしは怒っております。今すぐ、アルパード殿下解放のお指図を」
剣を鞘にしまい、ワルデン公をツンと睨みつける。
ブリギッタ様が、フフンと笑われた。
「兄上? なにを往生際の悪い。ガブリエラ陛下は、アルパード殿下さえ解放すれば、兄上の犯した愚かな罪は不問にしても良いと仰ってくださっているのですよ?」
「ぐっ……。ブリギッタ、お前それが兄に対する口のきき方か?」
「口のきき方などと言うのは、中身が薄っぺらな証拠のようなもの」
「なんだと?」
「……ここにおるのは、可憐な女子のみに幼い甥がひとり。それを、騎士に剣を振るわせ言うことをきかせようとは、みっともないにも程があります。まして、すべてガブリエラ陛下に叩き折られたとは末代までの恥。オステンホフ家の名に泥を塗ったも同然でございます」
「ブリギッタ様、お言葉ですがそれは違います」
と、わたしは真面目な顔を向けた。
「わたしは叩き折ったのではなく、叩き斬ったのです」
「あら、これは失礼を」
「ホルヴァース侯爵家が誇る名剣。なまくらの剣を何本斬ろうとも、斬れ味が落ちることはございません。たとえ、あといくつか首を落とそうとも」
ニッコリと微笑む。
分かりやすく品のない脅しだけど、ワルデン公とその騎士たちには効果てきめんだ。
その場でカタカタと震えはじめた。
「あらあら、私も弓矢の腕前を披露出来るかと思っておりましたのに、ガブリエラ陛下の速さには敵いませんでしたわ」
と、ヴェーラ陛下が奥ゆかしい微笑みを浮かべられる。
「それはまたぜひ、狩りでもご一緒に」
「あら、嬉しい。ぜひ一度、レトキの山々にも足をお運びくださいませ。アルパード殿下もご一緒に」
「はいっ! それは楽しみになりました!」
「肉厚な、野生のトナカイが狩れますのよ?」
「トナカイですかぁ~!?」
「脂身が少なくて、美容にも良いとされていますの」
キャッキャっと、女子のお喋りを見せつけて、ワルデン公の反応を窺う。
けれど、身体を小刻みを震わせ、わたしを睨みつけたまま動こうとしない。
――脅しが過ぎたか?
アルパード殿下が、ここにはいらっしゃらないことは分かっている。
ワルデン公から配下の者に、解放の命を発せさせないといけない。
しかも、ワルデン公はエルハーベン帝国の領邦貴族。皇帝の臣下だ。
事態をこれ以上に拡大させないよう、迅速に事を決する必要がある。
次はどう説得し交渉しようかと、わたしがヴェーラ陛下と目配せし合ったとき、
わたしたちの背後から、やさしく慈悲深い声が吹き抜けていった。
「ワルデン公に掛け合っても、無駄なことのようです」
たなびくハニーブロンド。
国に残られたはずのエルジェーベト様のお姿に、
――罠だったか?
と、わたしは身構えた。
けれど、ヴェーラ陛下は落ち着いたご様子で、恭しく会釈をされる。
「これはこれは、シュルテン公妃のヨゼフィーネ妃殿下ではございませんか?」
シュルテン公妃?
シュルテン公国は、ここからずっと北にある帝国の領邦だったはず。
そして、ブリギッタ様も女性に恭しく拝礼を捧げられた。
「……お初にお目にかかります。前のカールマーン公爵ガーボルの継室、ブリギッタと申します」
「そう、貴女が……」
「ガーボルの妹君、ジュゼフィーナ様にございますわね?」
ブリギッタ様が〈ジュゼフィーナ〉と呼ばれたハニーブロンドの女性が、寂しげに微笑まれた。
「……その名で呼ばれるのは久しぶりです。いまは、シュルテン公妃ヨゼフィーネと名乗っておりますの」
エルジェーベト様に瓜二つの慈悲深い微笑みで応えられる、ジュゼフィーナ様。
――カールマーン家のジュゼフィーナ殿は他国に嫁がれ、その後は一度も帰国されておらぬ。名も当地風に改められたと聞く。
フランツィスカ陛下が儚げにつぶやかれたお言葉が、耳に蘇る。
エルジェーベト様の叔母にあたられる、ジュゼフィーナ様は眉根を寄せられ、ご表情に愁嘆の色を明らかにされた。
「けれど……、フランツィスカ陛下は私の大切な友。そのご子息の受難に駆け付けた私は、ジュゼフィーナなのでしょう」
「……慈悲深きお心。フランツィスカ陛下も、さぞお喜びになられることでしょう」
ブリギッタ様のお言葉に表情を和らげられたジュゼフィーナ様が、わたしに視線を向け、カーテシーの礼を執ってくださった。
「ガブリエラ陛下ですわね。ヨゼフィーネ・フルスタール、……嫁ぐ前のもとの名はジュゼフィーナ・カールマーンにございます」
そして、上げられたジュゼフィーナ様のお顔は険しく怜悧だった。
「……卑劣漢ワルデン公は、すでにアルパード殿下の身柄を売り渡しました」
「えっ!? ……売った!? 誰に!?」
エルジェーベト様によく似た慈悲深いお顔立ちに、憤怒の色が乗る。
すさまじい迫力に、一瞬、わたしまで気圧されてしまった。
「ワルデン公が売り渡した先は……エルハーベン皇帝、アルブレヒト3世陛下。その人にございます」
「皇帝……陛下、に……、売った」
わたしは、愕然と立ち尽くした。
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大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。
●他作品とは特に世界観のつながりはありません。
●『小説家になろう』に先行して掲載しております。
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