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43.見たこともないお花
諸々の手配を終えて、あとは報せを待つ。
花乙女宮で晩餐会をひらき、しばらくご逗留いただけることになったヴェーラ陛下をおもてなしさせていただいた。
といっても、手狭な花乙女宮でのこと。
貴賓室の設えを変え、略式の立食形式とさせていただいた。
王妃宮殿でフランツィスカ陛下の看病に寄り添われている、エミリー殿下にもご臨席いただく。
「……あれがレトキの女傑、ヴェーラ陛下。お噂通り、万事控えめなお振る舞いをされるお方ね」
と、若い令嬢方に囲まれるヴェーラ陛下へと目を向けられた。
「わが国の対岸、ギレンシュテット王国の王妃でもあられるけれど、ギレンシュテットの表舞台にはほとんど顔を出されない。……私もお目にかかるのは初めてよ」
外交を担ってこられたエミリー殿下は、ギレンシュテット王国にもたびたび足を運ばれている。
その視線の先では、
にぎやかなミア夫人が場を盛り上げてくださり、ヴェーラ陛下は困ったように微笑まれる。
ヴェーラ陛下たちとの会話は、中央大陸の共通語でなされる。語学が不得手なご令嬢は、語学堪能なリリオム伯爵家令嬢ギゼラ様の通訳に耳を傾けている。
その華やかな様子に、エミリー殿下が険しく目をほそめられた。
「ギレンシュテット王妃ではなく、わが国とは正式な国交のないレトキ女王としてのご来訪。……アルパードの件がどれほど複雑な背景を持つか、察せられるわね」
ヴェーラ陛下のご即位にあたり、帝国の選帝侯たるドルフイム辺境伯カミル閣下は、戴冠式での授冠役を務められたと聞く。
――大の仲良し。
と、ヴェーラ陛下は、カミル閣下のことを仰られた。
けれど、小国のレトキとは異なり、ギレンシュテットは大国。国力はわが国に匹敵するか、やや上回る。
国王アーヴィド陛下はカミル閣下と親しいと聞くけれど、国内の貴族の中には、それを快く思わない者もいるだろう。
まして、わが国と共にギレンシュテットの対岸に位置する、ソルフエゴの王位にカミル閣下が就かれたとなれば、警戒する者が多いことも想像に難くない。
それを押して、ヴェーラ陛下はわたしに会いに来てくださったのだ。
ふと気がつくと、若い令嬢たちが、ヴェーラ陛下の〈帝都演説〉の話を聞かせてほしいとせがんでいた。
はるか東方からの、異民族の侵入はヴェーラ陛下のご即位前から起きていた。
けれど、当時の帝国は、ピエカル家を除き、他人事のように知らぬふりで、帝国内の権力闘争に明け暮れる。
現在のソルフエゴ王国と同様にピエカル家が帝国外で領有する、東方の中堅国家ドウラグ王国が異民族に陥落させられる寸前までいって、
カミル閣下が、ヴェーラ陛下に援軍を求められた。
ピエカル宗家は、ドウラグ王国より南方の国々への救援で手一杯だったからだ。
そして、ヴェーラ陛下率いるレトキ軍は、1万で10万の大軍を破る大勝利を上げられ、ついに異民族の侵攻を止めた。
レトキの強兵。
小国ながら、急峻な山岳地帯に鍛えられた強靭な足腰と、弓矢を用いた巧みな戦術がもたらした大戦果だった。
時の皇帝から帝都に招かれたヴェーラ陛下は、戦功を誇られるでもなく、
「帝国には、女神諸国の盟主たらんとするご気概はございませんの?」
と、実に嫋やかに述べられる。
世に〈女神諸国〉という概念をもたらした、ヴェーラ陛下の帝都演説で、東方女神諸国へのエルハーベン帝国あげての救援と反攻が方向づけられた。
わが国の〈花の女神ヴィラーグ〉、帝国の地母神、ソルフエゴの太陽の女神、ギレンシュテットの運命の女神、そして、レトキが信仰する〈赦しの女神トゥイッカ〉。
ピエカル家の〈パンの女神〉はともかくとして、これら別々の女神を信仰し、互いにいがみ合ってきた国々を団結に導いた、
――女神諸国。
という概念。
歴史を動かしたひと言は、ミア夫人のズケズケに苦笑いを浮かべられる、清楚な女王おひとりから始まったのだ。
それだけに、異民族に対抗するいわば聖戦を、謀略で汚したワルデン公が許せないという思いもあられるのだろう。
日を改めて、最上階の小部屋でお茶会にお招きさせていただく。
「本当に素敵な景色ですわね」
と、四方に広がる広大な花壇に目を輝かせていただいた。
「ミアがあんまり自慢するものですから、私もお招きいただけないものかと、ソワソワしておりましたのよ?」
「それは、お待たせしてしまい失礼いたしました」
そして、ヴェーラ陛下は小部屋の中へと目を向けられ、どこか懐かしそうに目をほそめられた。
カモミールティに、色とりどりの花菓子をならべて、優雅なひと時をご一緒させていただく。
「……私は、いまは夫になったアーヴィド陛下を匿い続けたのです」
「ええ……、おうかがいしております」
「謀略で無実の罪を着せられ、命を狙われたアーヴィド陛下を匿い通しました……。アルパード殿下の、いえガブリエラ陛下のご受難を他人事とは思えませんでしたわ」
「……お心遣い、痛み入ります」
「けれど、私はお匿いしたアーヴィド陛下と、ずっと一緒でした。離宮の地下にお匿いして、追っ手の目は恐ろしかったけれど、今から思えば幸せな日々でしたわ」
「ええ……」
「……それが、離れ離れにさせられるなど、ガブリエラ陛下のご心痛を思えば、いても立ってもおられず、押しかけてしまいました」
ヴェーラ陛下は、もとはギレンシュテット王国に蹂躙されたレトキ族から、姉君と一緒に差し出された人質であられた。
ところが、時のギレンシュテット国王、オロフ王が姉君トゥイッカ殿の美貌に転ぶ。
姉君は王妃、ヴェーラ陛下は側妃ということになるけれど、
8歳年下のヴェーラ陛下がご成長されるにつれて、王妃トゥイッカ殿がヴェーラ陛下のご美貌に嫉妬。
オロフ王の手がつく前に、離宮に追放してしまう。
さらに、姉王妃はオロフ王との間にできた王子を太子にしようと、他の王子らを謀略にかけて抹殺。オロフ王の崩御とともに王太后として政権を握った。
すぐに反王政、反王太后の反乱が起き、姉君が鎮圧の兵を送ったその隙に、ヴェーラ陛下率いるレトキ軍が王都を急襲。
姉君の側近だったミア夫人との開城交渉を経て、匿っていた第3王子アーヴィド殿下を即位させた。
姉君は自裁。
ギレンシュテットを二分した内乱を瞬く間に治められたヴェーラ陛下は、レトキに戻られた後、アーヴィド王とご結婚された。
姉は先王妃、ご自身はご子息の王妃。
苛烈な急襲と相まって、陰では口汚く罵る者もいると聞く。
ヴェーラ陛下は黙して語られないけれど、姉君との間の葛藤は相当なものであったと推して量られる半生だ。
「……ご書簡などではなく、貴国レトキ王国から遠く離れたヴィラーグまでお運びいただいたこと、このガブリエラ、生涯忘れません」
「どうか……、お気を強く持ってくださいませね」
「はい……。ヴェーラ陛下よりアルパード殿下の所在をお知らせいただき、どれほど心強かったことか」
オルク砦攻略戦の詳細も、ヴェーラ陛下から伝えていただいた。
アルパード殿下は勇敢にも、砦のなかに乗り込まれて異民族を説得されたのだ。
きっと、わたしの助言を守り、粘り強く対案を示し続けてくださったのだ。
いまは離れ離れだけど、きっとアルパード殿下はわたしへの愛を揺るがせておられない。
そう信じさせてくれる、ヴェーラ陛下からのお知らせだった。
「このご恩に、どう報いさせていただけるものかと……、静養中の王妃フランツィスカ陛下ともども、頭を悩ませております」
「恩などと……。勝手に押しかけてきたのですから、お気になさらず」
「ですが……」
「……貴国ヴィラーグ王国が誇られる壮麗な花壇。他国の君主が足を踏み入れ、ましてや王太子妃殿下のためだけに建つという〈花乙女宮〉にお招きくださったことなど、私が初めてでしょう?」
「いえ、それは……、やむなくといったところですから」
「ふふっ。素敵な眺めですわ。見たこともないお花もたくさん咲いていて、国の者たちに、よい土産話をいただきました。これで充分ですわ」
「ですが、ヴェーラ陛下。……それでは、わたしの気が済みません」
わたしが食い下がると、ヴェーラ陛下は指先を口元にあてられて、しばらく考え込まれた。
小部屋をそよぐ風は、すっかり秋の風。
静かな時間が流れた。
「……それでは、ひとつお願いが」
「はい。なんでも仰ってください」
「かつて、ギレンシュテットでおきた政変により、私の姉トゥイッカに排斥された貴族が、貴国にも多く亡命しているはず」
「え、……ええ」
わたしのガーベラの騎士バルバーラも、ギレンシュテットからの亡命貴族の後裔だ。
ホルヴァース侯爵家に仕え、在地貴族として土着したけれど、もとはギレンシュテットの伯爵位にあったと聞く。
「……帰国を希望する者は既に受け入れておりますが、帰りたくない者もおりましょう。できれば……、彼らを叙爵し取り立てていただけると嬉しいのですが」
帰国したからといって、彼らの領地はすでに他の貴族のものになっている。
完全な復帰が望めない以上、他国で生きてゆくことを選択した者も多いだろう。
「かしこまりました。すべて調べ上げ、処遇するように計らわせていただきます」
「ふふっ。でも、貴国には貴国のご事情がございますでしょうし、無理はなさらないでくださいませね」
「はい。もとの爵位とは参らないでしょうが、わたしで出来る限りのことはさせていただきます」
わがヴィラーグ王国は身分秩序に厳しい。
亡命貴族を叙爵して取り立てるとなると、大きな抵抗も予想される。
けれど、ご自身にはなんの得にもならない彼らの処遇を望まれるヴェーラ陛下に、お応えさせていただきたかった。
Ψ
数日が過ぎ、カタリン様がリュビア公国から凱旋された。
ワルデン公の旗を引き抜いた、リュビア公国軍の将帥を拘束しての凱旋だ。
将帥の部屋からは、ワルデン公直筆の書簡まで見つかった。
リュビア公国は小国。
ワルデン公からの書簡を家宝にしようと、隠し持っていたらしい。
さらに、エルジェーベト様が、カールマーン公爵家の兵からも、旗の引き抜きに関わった者を見付けてくださった。
「……愚兄のなしたこととはいえ、カールマーン公爵家の罪は重うございます。罰はいかようなりとも……」
と、わたしに平伏して詫びられるエルジェーベト様の、手をとった。
「……カールマーン女公爵エルジェーベト閣下。どうか、お顔を上げてくださいませ」
「しかし……」
「閣下のなされるべきは、カールマーン公爵家の立て直しにございます。……〈花の会盟〉に加わられた名門、カールマーン公爵家なしではヴィラーグ王国が立ちゆきません」
茶番――、とも言える。
混乱するヴィラーグ王国で、さらに三大公爵家のひとつを廃絶に追いやるような、さらなる混乱を招くことはできない。
だけど、エルジェーベト様の憔悴され思い詰められたご表情。
ずっとお慕いしておられたアルパード殿下を、よりにもよってご自分の家の者が罠に嵌め、お命さえ狙ったのだ。
心の底から憤り、異腹の兄の所業を恥じておられることが伝わってくる。
「……ナーダシュディ、トルダイ、そしてカールマーン。王家を支える三大公爵家がそろって、アルパード殿下のお帰りをお出迎えしていただかねば、殿下が悲しまれてしまいます」
「ガブリエラ陛下……」
「どうか、この上はアルパード殿下奪還のためにお力添えくださいませ」
かぁ~~~っ!
目にいっぱいの涙をためたエルジェーベト様も、お美しいなぁ~っ!!
と、思ってたけれど顔には出さず、罪はヴィルモシュ個人にあると厳かに宣明した。
ヴィルモシュおよび、その子息をカールマーン家門から永久除籍とし、未来永劫復帰は許さないと勅命を発した。
さらに、動かぬ証拠を突き付けたヴィルモシュとリュビア公が、ついに陥落。ことの次第をすべて白状した。
リュビア公は退位させ、当面の間、公位は空席として、引き続き執政官に派遣するオーシローザ伯爵令嬢ユディト様の施政下に置いた。
ふたりには調書にサインさせ、ワルデン公と対峙出来るだけの証拠がそろった。
そして、ヴェーラ陛下が、わたしを居室に訪ねてくださった。
「すっかり長居して、花の王国の美しい花々を堪能させていただきましたわ」
「お楽しみいただけたのならば、われらの花の女神ヴィラーグもお喜びのことにございましょう」
「そろそろ、帰国せねばと思っているのですけれど……」
「はい。お世話になりました。このお礼はまたいずれ……」
「ガブリエラ陛下?」
と、ヴェーラ陛下がいたずらっ子のような笑みを、わたしに向けられた。
「私の帰り道なのですが、ガブリエラ陛下もご一緒に、ワルデン公をお訪ねになられませんか?」
ギレンシュテット王都を急襲し、王宮を無血開城させた伝説の女王が、
わたしにワルデン公国への急襲を勧め、可憐に微笑んでいた。
花乙女宮で晩餐会をひらき、しばらくご逗留いただけることになったヴェーラ陛下をおもてなしさせていただいた。
といっても、手狭な花乙女宮でのこと。
貴賓室の設えを変え、略式の立食形式とさせていただいた。
王妃宮殿でフランツィスカ陛下の看病に寄り添われている、エミリー殿下にもご臨席いただく。
「……あれがレトキの女傑、ヴェーラ陛下。お噂通り、万事控えめなお振る舞いをされるお方ね」
と、若い令嬢方に囲まれるヴェーラ陛下へと目を向けられた。
「わが国の対岸、ギレンシュテット王国の王妃でもあられるけれど、ギレンシュテットの表舞台にはほとんど顔を出されない。……私もお目にかかるのは初めてよ」
外交を担ってこられたエミリー殿下は、ギレンシュテット王国にもたびたび足を運ばれている。
その視線の先では、
にぎやかなミア夫人が場を盛り上げてくださり、ヴェーラ陛下は困ったように微笑まれる。
ヴェーラ陛下たちとの会話は、中央大陸の共通語でなされる。語学が不得手なご令嬢は、語学堪能なリリオム伯爵家令嬢ギゼラ様の通訳に耳を傾けている。
その華やかな様子に、エミリー殿下が険しく目をほそめられた。
「ギレンシュテット王妃ではなく、わが国とは正式な国交のないレトキ女王としてのご来訪。……アルパードの件がどれほど複雑な背景を持つか、察せられるわね」
ヴェーラ陛下のご即位にあたり、帝国の選帝侯たるドルフイム辺境伯カミル閣下は、戴冠式での授冠役を務められたと聞く。
――大の仲良し。
と、ヴェーラ陛下は、カミル閣下のことを仰られた。
けれど、小国のレトキとは異なり、ギレンシュテットは大国。国力はわが国に匹敵するか、やや上回る。
国王アーヴィド陛下はカミル閣下と親しいと聞くけれど、国内の貴族の中には、それを快く思わない者もいるだろう。
まして、わが国と共にギレンシュテットの対岸に位置する、ソルフエゴの王位にカミル閣下が就かれたとなれば、警戒する者が多いことも想像に難くない。
それを押して、ヴェーラ陛下はわたしに会いに来てくださったのだ。
ふと気がつくと、若い令嬢たちが、ヴェーラ陛下の〈帝都演説〉の話を聞かせてほしいとせがんでいた。
はるか東方からの、異民族の侵入はヴェーラ陛下のご即位前から起きていた。
けれど、当時の帝国は、ピエカル家を除き、他人事のように知らぬふりで、帝国内の権力闘争に明け暮れる。
現在のソルフエゴ王国と同様にピエカル家が帝国外で領有する、東方の中堅国家ドウラグ王国が異民族に陥落させられる寸前までいって、
カミル閣下が、ヴェーラ陛下に援軍を求められた。
ピエカル宗家は、ドウラグ王国より南方の国々への救援で手一杯だったからだ。
そして、ヴェーラ陛下率いるレトキ軍は、1万で10万の大軍を破る大勝利を上げられ、ついに異民族の侵攻を止めた。
レトキの強兵。
小国ながら、急峻な山岳地帯に鍛えられた強靭な足腰と、弓矢を用いた巧みな戦術がもたらした大戦果だった。
時の皇帝から帝都に招かれたヴェーラ陛下は、戦功を誇られるでもなく、
「帝国には、女神諸国の盟主たらんとするご気概はございませんの?」
と、実に嫋やかに述べられる。
世に〈女神諸国〉という概念をもたらした、ヴェーラ陛下の帝都演説で、東方女神諸国へのエルハーベン帝国あげての救援と反攻が方向づけられた。
わが国の〈花の女神ヴィラーグ〉、帝国の地母神、ソルフエゴの太陽の女神、ギレンシュテットの運命の女神、そして、レトキが信仰する〈赦しの女神トゥイッカ〉。
ピエカル家の〈パンの女神〉はともかくとして、これら別々の女神を信仰し、互いにいがみ合ってきた国々を団結に導いた、
――女神諸国。
という概念。
歴史を動かしたひと言は、ミア夫人のズケズケに苦笑いを浮かべられる、清楚な女王おひとりから始まったのだ。
それだけに、異民族に対抗するいわば聖戦を、謀略で汚したワルデン公が許せないという思いもあられるのだろう。
日を改めて、最上階の小部屋でお茶会にお招きさせていただく。
「本当に素敵な景色ですわね」
と、四方に広がる広大な花壇に目を輝かせていただいた。
「ミアがあんまり自慢するものですから、私もお招きいただけないものかと、ソワソワしておりましたのよ?」
「それは、お待たせしてしまい失礼いたしました」
そして、ヴェーラ陛下は小部屋の中へと目を向けられ、どこか懐かしそうに目をほそめられた。
カモミールティに、色とりどりの花菓子をならべて、優雅なひと時をご一緒させていただく。
「……私は、いまは夫になったアーヴィド陛下を匿い続けたのです」
「ええ……、おうかがいしております」
「謀略で無実の罪を着せられ、命を狙われたアーヴィド陛下を匿い通しました……。アルパード殿下の、いえガブリエラ陛下のご受難を他人事とは思えませんでしたわ」
「……お心遣い、痛み入ります」
「けれど、私はお匿いしたアーヴィド陛下と、ずっと一緒でした。離宮の地下にお匿いして、追っ手の目は恐ろしかったけれど、今から思えば幸せな日々でしたわ」
「ええ……」
「……それが、離れ離れにさせられるなど、ガブリエラ陛下のご心痛を思えば、いても立ってもおられず、押しかけてしまいました」
ヴェーラ陛下は、もとはギレンシュテット王国に蹂躙されたレトキ族から、姉君と一緒に差し出された人質であられた。
ところが、時のギレンシュテット国王、オロフ王が姉君トゥイッカ殿の美貌に転ぶ。
姉君は王妃、ヴェーラ陛下は側妃ということになるけれど、
8歳年下のヴェーラ陛下がご成長されるにつれて、王妃トゥイッカ殿がヴェーラ陛下のご美貌に嫉妬。
オロフ王の手がつく前に、離宮に追放してしまう。
さらに、姉王妃はオロフ王との間にできた王子を太子にしようと、他の王子らを謀略にかけて抹殺。オロフ王の崩御とともに王太后として政権を握った。
すぐに反王政、反王太后の反乱が起き、姉君が鎮圧の兵を送ったその隙に、ヴェーラ陛下率いるレトキ軍が王都を急襲。
姉君の側近だったミア夫人との開城交渉を経て、匿っていた第3王子アーヴィド殿下を即位させた。
姉君は自裁。
ギレンシュテットを二分した内乱を瞬く間に治められたヴェーラ陛下は、レトキに戻られた後、アーヴィド王とご結婚された。
姉は先王妃、ご自身はご子息の王妃。
苛烈な急襲と相まって、陰では口汚く罵る者もいると聞く。
ヴェーラ陛下は黙して語られないけれど、姉君との間の葛藤は相当なものであったと推して量られる半生だ。
「……ご書簡などではなく、貴国レトキ王国から遠く離れたヴィラーグまでお運びいただいたこと、このガブリエラ、生涯忘れません」
「どうか……、お気を強く持ってくださいませね」
「はい……。ヴェーラ陛下よりアルパード殿下の所在をお知らせいただき、どれほど心強かったことか」
オルク砦攻略戦の詳細も、ヴェーラ陛下から伝えていただいた。
アルパード殿下は勇敢にも、砦のなかに乗り込まれて異民族を説得されたのだ。
きっと、わたしの助言を守り、粘り強く対案を示し続けてくださったのだ。
いまは離れ離れだけど、きっとアルパード殿下はわたしへの愛を揺るがせておられない。
そう信じさせてくれる、ヴェーラ陛下からのお知らせだった。
「このご恩に、どう報いさせていただけるものかと……、静養中の王妃フランツィスカ陛下ともども、頭を悩ませております」
「恩などと……。勝手に押しかけてきたのですから、お気になさらず」
「ですが……」
「……貴国ヴィラーグ王国が誇られる壮麗な花壇。他国の君主が足を踏み入れ、ましてや王太子妃殿下のためだけに建つという〈花乙女宮〉にお招きくださったことなど、私が初めてでしょう?」
「いえ、それは……、やむなくといったところですから」
「ふふっ。素敵な眺めですわ。見たこともないお花もたくさん咲いていて、国の者たちに、よい土産話をいただきました。これで充分ですわ」
「ですが、ヴェーラ陛下。……それでは、わたしの気が済みません」
わたしが食い下がると、ヴェーラ陛下は指先を口元にあてられて、しばらく考え込まれた。
小部屋をそよぐ風は、すっかり秋の風。
静かな時間が流れた。
「……それでは、ひとつお願いが」
「はい。なんでも仰ってください」
「かつて、ギレンシュテットでおきた政変により、私の姉トゥイッカに排斥された貴族が、貴国にも多く亡命しているはず」
「え、……ええ」
わたしのガーベラの騎士バルバーラも、ギレンシュテットからの亡命貴族の後裔だ。
ホルヴァース侯爵家に仕え、在地貴族として土着したけれど、もとはギレンシュテットの伯爵位にあったと聞く。
「……帰国を希望する者は既に受け入れておりますが、帰りたくない者もおりましょう。できれば……、彼らを叙爵し取り立てていただけると嬉しいのですが」
帰国したからといって、彼らの領地はすでに他の貴族のものになっている。
完全な復帰が望めない以上、他国で生きてゆくことを選択した者も多いだろう。
「かしこまりました。すべて調べ上げ、処遇するように計らわせていただきます」
「ふふっ。でも、貴国には貴国のご事情がございますでしょうし、無理はなさらないでくださいませね」
「はい。もとの爵位とは参らないでしょうが、わたしで出来る限りのことはさせていただきます」
わがヴィラーグ王国は身分秩序に厳しい。
亡命貴族を叙爵して取り立てるとなると、大きな抵抗も予想される。
けれど、ご自身にはなんの得にもならない彼らの処遇を望まれるヴェーラ陛下に、お応えさせていただきたかった。
Ψ
数日が過ぎ、カタリン様がリュビア公国から凱旋された。
ワルデン公の旗を引き抜いた、リュビア公国軍の将帥を拘束しての凱旋だ。
将帥の部屋からは、ワルデン公直筆の書簡まで見つかった。
リュビア公国は小国。
ワルデン公からの書簡を家宝にしようと、隠し持っていたらしい。
さらに、エルジェーベト様が、カールマーン公爵家の兵からも、旗の引き抜きに関わった者を見付けてくださった。
「……愚兄のなしたこととはいえ、カールマーン公爵家の罪は重うございます。罰はいかようなりとも……」
と、わたしに平伏して詫びられるエルジェーベト様の、手をとった。
「……カールマーン女公爵エルジェーベト閣下。どうか、お顔を上げてくださいませ」
「しかし……」
「閣下のなされるべきは、カールマーン公爵家の立て直しにございます。……〈花の会盟〉に加わられた名門、カールマーン公爵家なしではヴィラーグ王国が立ちゆきません」
茶番――、とも言える。
混乱するヴィラーグ王国で、さらに三大公爵家のひとつを廃絶に追いやるような、さらなる混乱を招くことはできない。
だけど、エルジェーベト様の憔悴され思い詰められたご表情。
ずっとお慕いしておられたアルパード殿下を、よりにもよってご自分の家の者が罠に嵌め、お命さえ狙ったのだ。
心の底から憤り、異腹の兄の所業を恥じておられることが伝わってくる。
「……ナーダシュディ、トルダイ、そしてカールマーン。王家を支える三大公爵家がそろって、アルパード殿下のお帰りをお出迎えしていただかねば、殿下が悲しまれてしまいます」
「ガブリエラ陛下……」
「どうか、この上はアルパード殿下奪還のためにお力添えくださいませ」
かぁ~~~っ!
目にいっぱいの涙をためたエルジェーベト様も、お美しいなぁ~っ!!
と、思ってたけれど顔には出さず、罪はヴィルモシュ個人にあると厳かに宣明した。
ヴィルモシュおよび、その子息をカールマーン家門から永久除籍とし、未来永劫復帰は許さないと勅命を発した。
さらに、動かぬ証拠を突き付けたヴィルモシュとリュビア公が、ついに陥落。ことの次第をすべて白状した。
リュビア公は退位させ、当面の間、公位は空席として、引き続き執政官に派遣するオーシローザ伯爵令嬢ユディト様の施政下に置いた。
ふたりには調書にサインさせ、ワルデン公と対峙出来るだけの証拠がそろった。
そして、ヴェーラ陛下が、わたしを居室に訪ねてくださった。
「すっかり長居して、花の王国の美しい花々を堪能させていただきましたわ」
「お楽しみいただけたのならば、われらの花の女神ヴィラーグもお喜びのことにございましょう」
「そろそろ、帰国せねばと思っているのですけれど……」
「はい。お世話になりました。このお礼はまたいずれ……」
「ガブリエラ陛下?」
と、ヴェーラ陛下がいたずらっ子のような笑みを、わたしに向けられた。
「私の帰り道なのですが、ガブリエラ陛下もご一緒に、ワルデン公をお訪ねになられませんか?」
ギレンシュテット王都を急襲し、王宮を無血開城させた伝説の女王が、
わたしにワルデン公国への急襲を勧め、可憐に微笑んでいた。
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そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】無事完結できました。ありがとうございました。
〖完結〗終着駅のパッセージ
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