48 / 62
46.高く分厚い壁の向こう
カタリン様が出発されて、6日。
帝国内の領邦を馬車で通過するたび、主城に領邦君主を訪ねて花を贈り、わが国の立場を説明してくださっている。
領邦君主の反応をつぶさに記した丁寧なご書簡が、毎日のように急使で届く。
そして、帝国全土に潜入させていた騎士のほどんどには、帰還命令を発した。
――皇帝がアルパード殿下を捕囚。
考え方によっては、アルパード殿下のご所在が初めて確定したのだ。
いざとなれば、騎士を潜ませ、囚われている城に突入させることも考えられた。
けれど、それはエミリー殿下から強く止められてしまった。
「皇帝の権力は、外から見るほど強くはないのよ」
「……そうなんですね」
「帝政に必要な費用も出身国……、現皇帝なら、シャウナス大公国がすべて負担してる訳だし」
「ああ……」
「皇帝といえども、帝国に千名以上がひしめく領邦君主に対して、理不尽な命令は下せないわ」
「……ええ、それは分かります」
「でも、逆に言えば、皇帝に理があれば領邦君主は逆らえない。たとえ、帝国最大勢力のピエカル家といえどもね」
「……アルパード殿下を力ずくで救出したら、皇帝に理を持たせてしまう……、ということですね?」
「ええ、その通りよ。……帝国領内での軍権行使とみなされたら、皇帝がわが国討伐の勅命を発する機会を与えてしまうわ」
「……領邦君主の内心はどうあれ、従わざるを得ない」
「だから、わが国としては、いわれなき罪がもとでアルパードを捕囚した皇帝の非を打ち鳴らしながら、交渉の席に着かせるしかないわ」
わたしがアルパード殿下の捕囚先を騎士に急襲させ、首尾よく救出できたとしても、
帝国から〈主権侵害〉と見なされたら、報復としての軍事侵攻を招きかねないということだ。
ワルデン公国への〈訪問〉で、わたしが兵に軍装をさせなかった理由でもある。
「よく分かりましたわ、エミリーお義姉様」
アルパード殿下の身柄が皇帝の手に落ちたとお聞きになられ、フランツィスカ陛下のご体調はさらにお悪くなられた。
ワルデン公から取り戻すつもりですべて報告していたので、いまさら伏せることも出来なかったのだ。
国王イシュトバーン陛下のご容体も、予断を許さない。
おふたりのことはエミリー殿下に任せきりになっていて、義妹として心苦しい限りだ。
「……皇帝は自分を高く見せるために、なかなかカタリンに会おうとしないと思う」
「ええ、カタリン様も覚悟の上で出発してくださいました」
「ソルフエゴのカミーロ陛下には、私からも助力を求める書簡を出したけど……、あの方、女たらしだから。あまりカタリンを近づけたくないのよね」
と、エミリー殿下が苦笑いされた。
「そんなにですか?」
「呼吸する回数より、女性を口説いた回数の方が多いんじゃないかしら? ……それと、言いたくないけど、男前なのよねぇ」
わたしのカタリン様を、女たらしの側室になどされては困る。
カタリン様には、なんとしても幸せをつかんでいただきたいのだ。
「だから……、って言う訳でもないんだけど、ピエカル宗家にも書簡を送ったのよ」
「宗家にも……」
「当代に代替わりされてから、私も直接の面識はないし、どれほど効果があるかは分からないんだけど」
「いえ。お心遣いがありがたいです。早速、カタリン様に急使で報せます」
皇帝の狙いは、十中八九、身代金だ。
出身領邦国の持ち出しで帝政の経費を賄う皇帝の懐は、決して豊かではない。
前ワルデン公も、脛に傷がある自分より、皇帝の方がわが国からの身代金を吊り上げられると踏んで、アルパード殿下の身柄を売り渡したのだろう。
下手したら、皇帝から前ワルデン公への支払いは、わが国が身代金を払った後の分け前で……、という約束になっているかもしれない。
わが国に〈保護〉した前ワルデン公に、厳しく尋問させるように命じた。
さらに数日が過ぎ、内廷で式部をご担当いただくテレーズ様がわたしの居室におみえになられた。
式部とは、祭礼や儀式を司るお役目だ。
「……心苦しきことながら、そろそろ新年祝賀の準備に取り掛からねばなりません」
「もう、そんな季節なのですね」
「はい。……祝う気持ちになど、なられないかとはお察しするのですが」
「ありがとう、テレーズ様。けれど、王権代行者としての務めも大事です。……準備を進めてください」
王権代行者となって85日。花冠巡賜を終えてからだと100日以上。
先が見えないとは思っていたけれど、こんなに長引くとは思っていなかった。
テレーズ様はわたしたちに憚って、長く待たせている婚約者との結婚に、まだ踏み切れていない。
それに気が付いて、慌てて平民には、
――遠慮なく結婚し、慶事は祝え。
と、布告を出してある。
わたしとアルパード殿下のせいで、愛し合うふたりの結婚が先延ばしになることなど、申し訳なさすぎる。
さすがに貴族は、触れを出しても遠慮せざるを得ないだろうし、そのままにした。
アルパード殿下が無事にお戻りになられ、わたしを〈柘榴離宮〉にお迎えくださったら、
王国貴族は一斉に、結婚ラッシュを迎えるはずだ。
その華やかな光景を目標に、歯を食いしばった。
ワルデン公国から戻ったあと、わたしの側にはいつも誰かがいてくれる。
リリか、エルジェーベト様か、あるいはトルダイ公爵夫人のレオノーラ様。わたしを独りにしないようにと、交代で側にいてくださる。
冬のストールを巻いて花壇を散歩しているとき、ふとレオノーラ様が微笑まれた。
「わが夫、トルダイ公爵のゾルターンも、ガブリエラ陛下のご治政には感心しておりますのよ?」
「へぇ~、それは嬉しいです」
「最初の頃は、顧問の役が有名無実となったことに〈やむを得ないけれども不満〉といった顔をしておりましたの」
「そうですよね……」
「けれど、次第に『意外と公正公平だし、国政から解放されて領地経営に精を出せる』と口にするようになりました」
そうか。王権を強化することが、貴族たちを領地の、いわば地方行政に集中させる効果を生んでいるのか。
「トルダイ公爵家領での積年の課題を片付ける機会になって、多分に無駄な出費を削ることが出来ましたのよ?」
「へぇ。ゾルターン閣下のご手腕あってのことですね」
「もっとも、在地貴族どもは渋い顔をしているようですけれども」
「ははっ……」
領主の目が行き届かないと、私服を肥やす在地貴族が出てくるのは世の摂理とでも言うべきことだ。
わがホルヴァース侯爵家領では、伝説の押しかけ女房、母エディトが祖母を実家に追い出すときに大鉈を振るった。
特に交易港は不正の温床になりやすい。
今はお母様が常に目を光らせているので、領地の広さ以上の税収が上がっているし、民の生活も他領より豊かなはずだ。
――このメリットが貴族の間に浸透したら、意外とスムーズに王権の強化は可能かもしれない……。
と、アルパード殿下がお戻りになられた後のことを夢想すると、不意に虚しさに襲われることがある。
――お戻りに……、なられるだろうか。
と、深く暗い虚無の大穴に足をとられる。
だけど、心を奮わせる。
――必ずや、お戻りになられる。わたしが救出してみせる。
居場所も安否も分からなかった日々に比べたら、はるかに見通しが良くなった。
最後に立ちはだかるのは、大国エルハーベン帝国の皇帝自身。
だけど、高く分厚い壁の向こうで、きっと、わたしの愛しい〈ふわふわ王太子〉はニコニコしている。
わたしも前を向くのだ。
と、毎晩、アルパード殿下から届いた書簡を眺めてから眠りに就いた。
やがて年が明け、新年祝賀の儀を開く。
王国貴族から拝礼を受け、新しい年の始まりを寿ぐ。花の女神ヴィラーグに祈りを捧げて今年の豊穣を願う。
花乙女宮での挙行となるため、艶やかに着飾ったご令嬢方、ご夫人方が、次々に訪れてくださる。
当主のおっさん連中。すまん。
来年は必ずや王宮での開催に戻して、おっさんたちも晴れの舞台に戻すから。今年だけは堪忍してくれ。
と思いつつ、見目麗しいご令嬢方と口さがないお喋りで新年を祝う。
みな口には出さないけれど、わたしのことを気遣ってくれている。
そして、すっかり本性がバレて、女を上げたカタリン様のご不在を嘆き、
身内の不始末で急遽、家督を継がれることになったエルジェーベト様を労られる。
ツツっと、15歳になられたばかりのラコチ女侯爵ヘレナ様が、わたしに近寄られた。
「……実は、エルジェーベト様ったらご令息方からモテモテなんですわよ?」
「あら、まあ。ヘレナ様ったら、事情通でいらっしゃいますわね」
ぷっくりしたほっぺが可愛らしいご当主様が、得意げに胸を張られた。
「特にカールマーン家門のご令息方は、目の色変えておりますわ」
「ああ……」
弟君のラヨシュ様は、わたしがワルデン公の座に就けた。お母上ご後見のもと、立派にワルデン公国を治めておられる。
いきおい、エルジェーベト様が家門の分家筋から養子をとって、カールマーン家門の存続をはかる話になっているはずだ。
「私の婿をカールマーン家門から迎えると張り切っていた母グンヒルトが、私には見向きもしてもらえぬと悔しがっております」
「あらあら。でも、エルジェーベト様が婿にされるご令息は、おひとりだけでしょうに?」
「お姉様、分かっておられませんね」
ぷすんと鼻の穴を広げられたヘレナ様が可愛らし過ぎて、頬ずりしたくなる。
「エルジェーベト様が大魚過ぎるお陰で、私はもうしばらく、のんびり出来るのですわよ?」
「ふふっ。たしかに、エルジェーベト様は大魚ですわね」
「……ラコチ侯爵家も傷付いております。もう少し落ち着いてから、ゆっくりと婿探ししたので良いのです」
「ええ……、ヘレナ様は賢いですわね」
「うふっ……。お姉様からお褒めいただいたら、嬉しくなってしまいますわ」
まったくお世辞抜きに、あのミハーイの娘とは思えない聡明さだ。
王弟宮殿を明け渡され、ラコチ侯爵家の王都屋敷に移られた祖母マティルデ様にも、孝養を尽くされていると聞く。
わたしの送り込んだモニカとも歳が近く、仲良くやっておられるようだ。
実に将来有望な女侯爵閣下に、最敬礼を捧げた。
そして、7日に及ぶ新年祝賀の儀を終えると、ついに帝都に入られたカタリン様からの急使が届いた。
と同時に、思いもかけない書簡が、わたしの元へと次々に舞い込んだ。
帝都への道中、カタリン様が立ち寄られて挨拶してくださった領邦君主たちから、わたしへの見舞いの書簡が届いたのだ。
カタリン様の優れた社交術、外交術に舌を巻く思いだった。
――きっと、カタリン様ならやってくださる。
と、心を強くしながら、カタリン様からのご書簡を開いた。
帝国内の領邦を馬車で通過するたび、主城に領邦君主を訪ねて花を贈り、わが国の立場を説明してくださっている。
領邦君主の反応をつぶさに記した丁寧なご書簡が、毎日のように急使で届く。
そして、帝国全土に潜入させていた騎士のほどんどには、帰還命令を発した。
――皇帝がアルパード殿下を捕囚。
考え方によっては、アルパード殿下のご所在が初めて確定したのだ。
いざとなれば、騎士を潜ませ、囚われている城に突入させることも考えられた。
けれど、それはエミリー殿下から強く止められてしまった。
「皇帝の権力は、外から見るほど強くはないのよ」
「……そうなんですね」
「帝政に必要な費用も出身国……、現皇帝なら、シャウナス大公国がすべて負担してる訳だし」
「ああ……」
「皇帝といえども、帝国に千名以上がひしめく領邦君主に対して、理不尽な命令は下せないわ」
「……ええ、それは分かります」
「でも、逆に言えば、皇帝に理があれば領邦君主は逆らえない。たとえ、帝国最大勢力のピエカル家といえどもね」
「……アルパード殿下を力ずくで救出したら、皇帝に理を持たせてしまう……、ということですね?」
「ええ、その通りよ。……帝国領内での軍権行使とみなされたら、皇帝がわが国討伐の勅命を発する機会を与えてしまうわ」
「……領邦君主の内心はどうあれ、従わざるを得ない」
「だから、わが国としては、いわれなき罪がもとでアルパードを捕囚した皇帝の非を打ち鳴らしながら、交渉の席に着かせるしかないわ」
わたしがアルパード殿下の捕囚先を騎士に急襲させ、首尾よく救出できたとしても、
帝国から〈主権侵害〉と見なされたら、報復としての軍事侵攻を招きかねないということだ。
ワルデン公国への〈訪問〉で、わたしが兵に軍装をさせなかった理由でもある。
「よく分かりましたわ、エミリーお義姉様」
アルパード殿下の身柄が皇帝の手に落ちたとお聞きになられ、フランツィスカ陛下のご体調はさらにお悪くなられた。
ワルデン公から取り戻すつもりですべて報告していたので、いまさら伏せることも出来なかったのだ。
国王イシュトバーン陛下のご容体も、予断を許さない。
おふたりのことはエミリー殿下に任せきりになっていて、義妹として心苦しい限りだ。
「……皇帝は自分を高く見せるために、なかなかカタリンに会おうとしないと思う」
「ええ、カタリン様も覚悟の上で出発してくださいました」
「ソルフエゴのカミーロ陛下には、私からも助力を求める書簡を出したけど……、あの方、女たらしだから。あまりカタリンを近づけたくないのよね」
と、エミリー殿下が苦笑いされた。
「そんなにですか?」
「呼吸する回数より、女性を口説いた回数の方が多いんじゃないかしら? ……それと、言いたくないけど、男前なのよねぇ」
わたしのカタリン様を、女たらしの側室になどされては困る。
カタリン様には、なんとしても幸せをつかんでいただきたいのだ。
「だから……、って言う訳でもないんだけど、ピエカル宗家にも書簡を送ったのよ」
「宗家にも……」
「当代に代替わりされてから、私も直接の面識はないし、どれほど効果があるかは分からないんだけど」
「いえ。お心遣いがありがたいです。早速、カタリン様に急使で報せます」
皇帝の狙いは、十中八九、身代金だ。
出身領邦国の持ち出しで帝政の経費を賄う皇帝の懐は、決して豊かではない。
前ワルデン公も、脛に傷がある自分より、皇帝の方がわが国からの身代金を吊り上げられると踏んで、アルパード殿下の身柄を売り渡したのだろう。
下手したら、皇帝から前ワルデン公への支払いは、わが国が身代金を払った後の分け前で……、という約束になっているかもしれない。
わが国に〈保護〉した前ワルデン公に、厳しく尋問させるように命じた。
さらに数日が過ぎ、内廷で式部をご担当いただくテレーズ様がわたしの居室におみえになられた。
式部とは、祭礼や儀式を司るお役目だ。
「……心苦しきことながら、そろそろ新年祝賀の準備に取り掛からねばなりません」
「もう、そんな季節なのですね」
「はい。……祝う気持ちになど、なられないかとはお察しするのですが」
「ありがとう、テレーズ様。けれど、王権代行者としての務めも大事です。……準備を進めてください」
王権代行者となって85日。花冠巡賜を終えてからだと100日以上。
先が見えないとは思っていたけれど、こんなに長引くとは思っていなかった。
テレーズ様はわたしたちに憚って、長く待たせている婚約者との結婚に、まだ踏み切れていない。
それに気が付いて、慌てて平民には、
――遠慮なく結婚し、慶事は祝え。
と、布告を出してある。
わたしとアルパード殿下のせいで、愛し合うふたりの結婚が先延ばしになることなど、申し訳なさすぎる。
さすがに貴族は、触れを出しても遠慮せざるを得ないだろうし、そのままにした。
アルパード殿下が無事にお戻りになられ、わたしを〈柘榴離宮〉にお迎えくださったら、
王国貴族は一斉に、結婚ラッシュを迎えるはずだ。
その華やかな光景を目標に、歯を食いしばった。
ワルデン公国から戻ったあと、わたしの側にはいつも誰かがいてくれる。
リリか、エルジェーベト様か、あるいはトルダイ公爵夫人のレオノーラ様。わたしを独りにしないようにと、交代で側にいてくださる。
冬のストールを巻いて花壇を散歩しているとき、ふとレオノーラ様が微笑まれた。
「わが夫、トルダイ公爵のゾルターンも、ガブリエラ陛下のご治政には感心しておりますのよ?」
「へぇ~、それは嬉しいです」
「最初の頃は、顧問の役が有名無実となったことに〈やむを得ないけれども不満〉といった顔をしておりましたの」
「そうですよね……」
「けれど、次第に『意外と公正公平だし、国政から解放されて領地経営に精を出せる』と口にするようになりました」
そうか。王権を強化することが、貴族たちを領地の、いわば地方行政に集中させる効果を生んでいるのか。
「トルダイ公爵家領での積年の課題を片付ける機会になって、多分に無駄な出費を削ることが出来ましたのよ?」
「へぇ。ゾルターン閣下のご手腕あってのことですね」
「もっとも、在地貴族どもは渋い顔をしているようですけれども」
「ははっ……」
領主の目が行き届かないと、私服を肥やす在地貴族が出てくるのは世の摂理とでも言うべきことだ。
わがホルヴァース侯爵家領では、伝説の押しかけ女房、母エディトが祖母を実家に追い出すときに大鉈を振るった。
特に交易港は不正の温床になりやすい。
今はお母様が常に目を光らせているので、領地の広さ以上の税収が上がっているし、民の生活も他領より豊かなはずだ。
――このメリットが貴族の間に浸透したら、意外とスムーズに王権の強化は可能かもしれない……。
と、アルパード殿下がお戻りになられた後のことを夢想すると、不意に虚しさに襲われることがある。
――お戻りに……、なられるだろうか。
と、深く暗い虚無の大穴に足をとられる。
だけど、心を奮わせる。
――必ずや、お戻りになられる。わたしが救出してみせる。
居場所も安否も分からなかった日々に比べたら、はるかに見通しが良くなった。
最後に立ちはだかるのは、大国エルハーベン帝国の皇帝自身。
だけど、高く分厚い壁の向こうで、きっと、わたしの愛しい〈ふわふわ王太子〉はニコニコしている。
わたしも前を向くのだ。
と、毎晩、アルパード殿下から届いた書簡を眺めてから眠りに就いた。
やがて年が明け、新年祝賀の儀を開く。
王国貴族から拝礼を受け、新しい年の始まりを寿ぐ。花の女神ヴィラーグに祈りを捧げて今年の豊穣を願う。
花乙女宮での挙行となるため、艶やかに着飾ったご令嬢方、ご夫人方が、次々に訪れてくださる。
当主のおっさん連中。すまん。
来年は必ずや王宮での開催に戻して、おっさんたちも晴れの舞台に戻すから。今年だけは堪忍してくれ。
と思いつつ、見目麗しいご令嬢方と口さがないお喋りで新年を祝う。
みな口には出さないけれど、わたしのことを気遣ってくれている。
そして、すっかり本性がバレて、女を上げたカタリン様のご不在を嘆き、
身内の不始末で急遽、家督を継がれることになったエルジェーベト様を労られる。
ツツっと、15歳になられたばかりのラコチ女侯爵ヘレナ様が、わたしに近寄られた。
「……実は、エルジェーベト様ったらご令息方からモテモテなんですわよ?」
「あら、まあ。ヘレナ様ったら、事情通でいらっしゃいますわね」
ぷっくりしたほっぺが可愛らしいご当主様が、得意げに胸を張られた。
「特にカールマーン家門のご令息方は、目の色変えておりますわ」
「ああ……」
弟君のラヨシュ様は、わたしがワルデン公の座に就けた。お母上ご後見のもと、立派にワルデン公国を治めておられる。
いきおい、エルジェーベト様が家門の分家筋から養子をとって、カールマーン家門の存続をはかる話になっているはずだ。
「私の婿をカールマーン家門から迎えると張り切っていた母グンヒルトが、私には見向きもしてもらえぬと悔しがっております」
「あらあら。でも、エルジェーベト様が婿にされるご令息は、おひとりだけでしょうに?」
「お姉様、分かっておられませんね」
ぷすんと鼻の穴を広げられたヘレナ様が可愛らし過ぎて、頬ずりしたくなる。
「エルジェーベト様が大魚過ぎるお陰で、私はもうしばらく、のんびり出来るのですわよ?」
「ふふっ。たしかに、エルジェーベト様は大魚ですわね」
「……ラコチ侯爵家も傷付いております。もう少し落ち着いてから、ゆっくりと婿探ししたので良いのです」
「ええ……、ヘレナ様は賢いですわね」
「うふっ……。お姉様からお褒めいただいたら、嬉しくなってしまいますわ」
まったくお世辞抜きに、あのミハーイの娘とは思えない聡明さだ。
王弟宮殿を明け渡され、ラコチ侯爵家の王都屋敷に移られた祖母マティルデ様にも、孝養を尽くされていると聞く。
わたしの送り込んだモニカとも歳が近く、仲良くやっておられるようだ。
実に将来有望な女侯爵閣下に、最敬礼を捧げた。
そして、7日に及ぶ新年祝賀の儀を終えると、ついに帝都に入られたカタリン様からの急使が届いた。
と同時に、思いもかけない書簡が、わたしの元へと次々に舞い込んだ。
帝都への道中、カタリン様が立ち寄られて挨拶してくださった領邦君主たちから、わたしへの見舞いの書簡が届いたのだ。
カタリン様の優れた社交術、外交術に舌を巻く思いだった。
――きっと、カタリン様ならやってくださる。
と、心を強くしながら、カタリン様からのご書簡を開いた。
あなたにおすすめの小説
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
一度目で黒狼公に討たれた私ですが、二度目の夜はお父様のそばでしか眠れません
師走
恋愛
八歳の冬、リリア・ヴァルグレイは父に殺された。
王国最強の討魔貴族――黒狼公レオンハルト・ヴァルグレイ。
人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。
けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。
もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。
そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。
そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。
一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。
リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。
そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。
人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。
怖い。近づきたくない。
それでも、その腕の中でしか眠れない。
またあの冬が来る。
また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。
今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。
一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。
小説家になろう様でも掲載中
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】無事完結できました。ありがとうございました。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。