【完結】侯爵令嬢ガブリエラの災難な結婚 ~ふわふわ王太子に見初められたので婚約破棄を目指します!

三矢さくら

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46.高く分厚い壁の向こう

カタリン様が出発されて、6日。

帝国内の領邦を馬車で通過するたび、主城に領邦君主を訪ねて花を贈り、わが国の立場を説明してくださっている。

領邦君主の反応をつぶさに記した丁寧なご書簡が、毎日のように急使で届く。

そして、帝国全土に潜入させていた騎士のほどんどには、帰還命令を発した。


――皇帝がアルパード殿下を捕囚。


考え方によっては、アルパード殿下のご所在が初めて確定したのだ。

いざとなれば、騎士を潜ませ、囚われている城に突入させることも考えられた。

けれど、それはエミリー殿下から強く止められてしまった。


「皇帝の権力は、外から見るほど強くはないのよ」

「……そうなんですね」

「帝政に必要な費用も出身国……、現皇帝なら、シャウナス大公国がすべて負担してる訳だし」

「ああ……」

「皇帝といえども、帝国に千名以上がひしめく領邦君主に対して、理不尽な命令は下せないわ」

「……ええ、それは分かります」

「でも、逆に言えば、皇帝に理があれば領邦君主は逆らえない。たとえ、帝国最大勢力のピエカル家といえどもね」

「……アルパード殿下を力ずくで救出したら、皇帝に理を持たせてしまう……、ということですね?」

「ええ、その通りよ。……帝国領内での軍権行使とみなされたら、皇帝がわが国討伐の勅命を発する機会を与えてしまうわ」

「……領邦君主の内心はどうあれ、従わざるを得ない」

「だから、わが国としては、いわれなき罪がもとでアルパードを捕囚した皇帝の非を打ち鳴らしながら、交渉の席に着かせるしかないわ」


わたしがアルパード殿下の捕囚先を騎士に急襲させ、首尾よく救出できたとしても、

帝国から〈主権侵害〉と見なされたら、報復としての軍事侵攻を招きかねないということだ。

ワルデン公国への〈訪問〉で、わたしが兵に軍装をさせなかった理由でもある。


「よく分かりましたわ、エミリーお義姉ねえ様」


アルパード殿下の身柄が皇帝の手に落ちたとお聞きになられ、フランツィスカ陛下のご体調はさらにお悪くなられた。

ワルデン公から取り戻すつもりですべて報告していたので、いまさら伏せることも出来なかったのだ。

国王イシュトバーン陛下のご容体も、予断を許さない。

おふたりのことはエミリー殿下に任せきりになっていて、義妹いもうととして心苦しい限りだ。


「……皇帝は自分を高く見せるために、なかなかカタリンに会おうとしないと思う」

「ええ、カタリン様も覚悟の上で出発してくださいました」

「ソルフエゴのカミーロ陛下には、私からも助力を求める書簡を出したけど……、あの方、女たらしだから。あまりカタリンを近づけたくないのよね」


と、エミリー殿下が苦笑いされた。


「そんなにですか?」

「呼吸する回数より、女性を口説いた回数の方が多いんじゃないかしら? ……それと、言いたくないけど、男前なのよねぇ」


わたしのカタリン様を、女たらしの側室になどされては困る。

カタリン様には、なんとしても幸せをつかんでいただきたいのだ。


「だから……、って言う訳でもないんだけど、ピエカル宗家にも書簡を送ったのよ」

「宗家にも……」

「当代に代替わりされてから、私も直接の面識はないし、どれほど効果があるかは分からないんだけど」

「いえ。お心遣いがありがたいです。早速、カタリン様に急使で報せます」


皇帝の狙いは、十中八九、身代金だ。

出身領邦国の持ち出しで帝政の経費を賄う皇帝の懐は、決して豊かではない。

前ワルデン公も、脛に傷がある自分より、皇帝の方がわが国からの身代金を吊り上げられると踏んで、アルパード殿下の身柄を売り渡したのだろう。

下手したら、皇帝から前ワルデン公への支払いは、わが国が身代金を払った後の分け前で……、という約束になっているかもしれない。

わが国に〈保護〉した前ワルデン公に、厳しく尋問させるように命じた。

さらに数日が過ぎ、内廷で式部をご担当いただくテレーズ様がわたしの居室におみえになられた。

式部とは、祭礼や儀式を司るお役目だ。


「……心苦しきことながら、そろそろ新年祝賀の準備に取り掛からねばなりません」

「もう、そんな季節なのですね」

「はい。……祝う気持ちになど、なられないかとはお察しするのですが」

「ありがとう、テレーズ様。けれど、王権代行者としての務めも大事です。……準備を進めてください」


王権代行者となって85日。花冠巡賜を終えてからだと100日以上。

先が見えないとは思っていたけれど、こんなに長引くとは思っていなかった。

テレーズ様はわたしたちに憚って、長く待たせている婚約者との結婚に、まだ踏み切れていない。

それに気が付いて、慌てて平民には、


――遠慮なく結婚し、慶事は祝え。


と、布告を出してある。

わたしとアルパード殿下のせいで、愛し合うふたりの結婚が先延ばしになることなど、申し訳なさすぎる。

さすがに貴族は、触れを出しても遠慮せざるを得ないだろうし、そのままにした。

アルパード殿下が無事にお戻りになられ、わたしを〈柘榴ざくろ離宮〉にお迎えくださったら、

王国貴族は一斉に、結婚ラッシュを迎えるはずだ。

その華やかな光景を目標に、歯を食いしばった。

ワルデン公国から戻ったあと、わたしの側にはいつも誰かがいてくれる。

リリか、エルジェーベト様か、あるいはトルダイ公爵夫人のレオノーラ様。わたしを独りにしないようにと、交代で側にいてくださる。

冬のストールを巻いて花壇を散歩しているとき、ふとレオノーラ様が微笑まれた。


「わが夫、トルダイ公爵のゾルターンも、ガブリエラ陛下のご治政には感心しておりますのよ?」

「へぇ~、それは嬉しいです」

「最初の頃は、顧問の役が有名無実となったことに〈やむを得ないけれども不満〉といった顔をしておりましたの」

「そうですよね……」

「けれど、次第に『意外と公正公平だし、国政から解放されて領地経営に精を出せる』と口にするようになりました」


そうか。王権を強化することが、貴族たちを領地の、いわば地方行政に集中させる効果を生んでいるのか。


「トルダイ公爵家領での積年の課題を片付ける機会になって、多分に無駄な出費を削ることが出来ましたのよ?」

「へぇ。ゾルターン閣下のご手腕あってのことですね」

「もっとも、在地貴族どもは渋い顔をしているようですけれども」

「ははっ……」


領主の目が行き届かないと、私服を肥やす在地貴族が出てくるのは世の摂理とでも言うべきことだ。

わがホルヴァース侯爵家領では、伝説の押しかけ女房、母エディトが祖母を実家に追い出すときに大鉈を振るった。

特に交易港は不正の温床になりやすい。

今はお母様が常に目を光らせているので、領地の広さ以上の税収が上がっているし、民の生活も他領より豊かなはずだ。


――このメリットが貴族の間に浸透したら、意外とスムーズに王権の強化は可能かもしれない……。


と、アルパード殿下がお戻りになられた後のことを夢想すると、不意に虚しさに襲われることがある。


――お戻りに……、なられるだろうか。


と、深く暗い虚無の大穴に足をとられる。

だけど、心を奮わせる。


――必ずや、お戻りになられる。わたしが救出してみせる。


居場所も安否も分からなかった日々に比べたら、はるかに見通しが良くなった。

最後に立ちはだかるのは、大国エルハーベン帝国の皇帝自身。

だけど、高く分厚い壁の向こうで、きっと、わたしの愛しい〈ふわふわ王太子〉はニコニコしている。


わたしも前を向くのだ。


と、毎晩、アルパード殿下から届いた書簡を眺めてから眠りに就いた。


やがて年が明け、新年祝賀の儀を開く。

王国貴族から拝礼を受け、新しい年の始まりを寿ぐ。花の女神ヴィラーグに祈りを捧げて今年の豊穣を願う。

花乙女宮での挙行となるため、艶やかに着飾ったご令嬢方、ご夫人方が、次々に訪れてくださる。

当主のおっさん連中。すまん。

来年は必ずや王宮での開催に戻して、おっさんたちも晴れの舞台に戻すから。今年だけは堪忍してくれ。

と思いつつ、見目麗しいご令嬢方と口さがないお喋りで新年を祝う。

みな口には出さないけれど、わたしのことを気遣ってくれている。

そして、すっかり本性がバレて、女を上げたカタリン様のご不在を嘆き、

身内の不始末で急遽、家督を継がれることになったエルジェーベト様を労られる。

ツツっと、15歳になられたばかりのラコチ女侯爵ヘレナ様が、わたしに近寄られた。


「……実は、エルジェーベト様ったらご令息方からモテモテなんですわよ?」

「あら、まあ。ヘレナ様ったら、事情通でいらっしゃいますわね」


ぷっくりしたほっぺが可愛らしいご当主様が、得意げに胸を張られた。


「特にカールマーン家門のご令息方は、目の色変えておりますわ」

「ああ……」


弟君のラヨシュ様は、わたしがワルデン公の座に就けた。お母上ご後見のもと、立派にワルデン公国を治めておられる。

いきおい、エルジェーベト様が家門の分家筋から養子をとって、カールマーン家門の存続をはかる話になっているはずだ。


「私の婿をカールマーン家門から迎えると張り切っていた母グンヒルトが、私には見向きもしてもらえぬと悔しがっております」

「あらあら。でも、エルジェーベト様が婿にされるご令息は、おひとりだけでしょうに?」

「お姉様、分かっておられませんね」


ぷすんと鼻の穴を広げられたヘレナ様が可愛らし過ぎて、頬ずりしたくなる。


「エルジェーベト様が大魚過ぎるお陰で、私はもうしばらく、のんびり出来るのですわよ?」

「ふふっ。たしかに、エルジェーベト様は大魚ですわね」

「……ラコチ侯爵家も傷付いております。もう少し落ち着いてから、ゆっくりと婿探ししたので良いのです」

「ええ……、ヘレナ様は賢いですわね」

「うふっ……。お姉様からお褒めいただいたら、嬉しくなってしまいますわ」


まったくお世辞抜きに、あのミハーイの娘とは思えない聡明さだ。

王弟宮殿を明け渡され、ラコチ侯爵家の王都屋敷に移られた祖母マティルデ様にも、孝養を尽くされていると聞く。

わたしの送り込んだモニカとも歳が近く、仲良くやっておられるようだ。

実に将来有望な女侯爵閣下に、最敬礼を捧げた。


そして、7日に及ぶ新年祝賀の儀を終えると、ついに帝都に入られたカタリン様からの急使が届いた。

と同時に、思いもかけない書簡が、わたしの元へと次々に舞い込んだ。

帝都への道中、カタリン様が立ち寄られて挨拶してくださった領邦君主たちから、わたしへの見舞いの書簡が届いたのだ。

カタリン様の優れた社交術、外交術に舌を巻く思いだった。


――きっと、カタリン様ならやってくださる。


と、心を強くしながら、カタリン様からのご書簡を開いた。
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