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最終章 聖山桃契
267.その辺りですね
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「西南伯を降りた」という言葉に驚くリティアとアイカは、ジッとロマナを見詰めている。
しばらく野原で遊ぶフェティを眺めていたロマナだったが、やがて軽やかな調子で口を開いた。
「……リティアの言うとおり、包囲は長引くだろうし、リーヤボルクはちょっかい出してくると、わたしも思うのよ」
「あ、ああ……」
と、リティアがうなずく。
しかし、ロマナが西南伯の地位を放棄するような話にどうつながるのか、まだ分からない。
先走る気持ちを抑えて、ロマナの話に耳を傾けた。
「たしかに言われてみたら、リーヤボルクにテノリアの全土制圧の野望なんか、これっぽちもなくて、わたしたちの分断にだけ、力を注ぎ続けてる」
「……そうだな。《聖山の民》を撹乱しつつ、王都の富を吸いあげ続けたいのだろう」
「でも、隊商の出入りを許してる以上、工作を完全には押さえられないだろうし、隊商のなかにだってリーヤボルク体制が続いたほうが有利な者もいる」
「ああ、そうだな」
「そしたら、ヴールでは最初に弟のセリムが狙われると思うのよね」
「セリム殿?」
「……お祖父さまのご遺言でも、わたしは中継ぎ。セリム自身がわたしを信じてくれても、周囲にちょっかい出してくることは充分に考えられるわ。……わたしを排斥してセリムを傀儡に立てれば、ヴールと西南伯領を思いのままに出来るってね」
うすく笑みを浮かべて、淡々と語るロマナ。
だが、母レスティーネ、兄サルヴァへの悔恨は、リティアとアイカにもヒシヒシと伝わった。
「だからもう、〈西南伯の鉞〉をセリムに譲っちゃうことにしたの。これなら、基本的にはセリムに手の出しようがなくなるからね」
「しかし、ロマナ、お前……」
「分かってるわよ。だから、いま率いてる軍勢には『動乱が鎮まるまで』って条件で、わたし個人に忠誠を誓わせたの」
「な……、なかなか無茶なことするな」
リティアといえども〈第3王女〉という地位を抜きに、大軍をまとめ上げるのは容易ではない。
ロマナの決断は無謀とさえ思える。
しかし、ロマナは逆手にした手のひらをほほにあて、わざとらしく高笑いして見せた。
「ほほほっ。こう見えましても、王国の西で〈蹂躙姫〉の名を知らぬ者はおりませんのよ? 無頼姫様」
「それは、恐れ入りましたわ。蹂躙姫様」
リティアとロマナは、しばらく「ほほほっ」と笑い合って遊び、
アイカはそんなふたりの間で、乾いた笑いを漏らした。
――本物の王侯貴族様に、貴族ごっこで遊ばれましてもですね……。
やがて、ロマナは野原に視線を向ける。
遊び疲れたフェティが、タロウの腹に頭をのせ満足そうな笑顔で寝転んでいた。
「……弟と争うなんて絶対イヤ」
「そうだな……」
リティアも、フェティの笑顔に目をほそめる。
「だから、ガラに〈西南伯の鉞〉を届けさせたいのよ」
「ああ、分かった。もちろん、わたしに異存はないぞ」
と、リティアが快活に笑った。
これ以降、ロマナの率いる軍勢は〈蹂躙姫軍〉と呼ばれるようになり、リティアとアイカの軍勢も自然と〈無頼姫軍〉〈救国姫軍〉と呼称されてゆく。
ロマナは安堵したように、穏やかな笑みを浮かべた。
「……ありがとう、リティア」
「なに。ガラは、ロマナの侍女だ。ロマナの用事をするのに、わたしたちに断りはいらんだろう? なあ、アイカ」
「ふふふふふふふふふふふふ」
「こ、今度はなによ?」
盛大に苦笑いするロマナに、アイカが悪い笑いをむけた。
「だって、セリムくんって……、ガラちゃんに……、ねえ?」
「バカ」
「……バ、バカ?」
「ふたりは、今いちばん微妙な時期なんだから、そっとしときなさいよ? ガラが出発の挨拶に来ても、アイカ、余計なこと言わないでよね!?」
「おっ、おお……、姉愛」
まぶしそうな仕草をするアイカに、ロマナが憎まれ笑いを返す。
「そ、そうよ! 悪い!? セリムにもガラにも幸せになってほしいのっ!」
「ぜんぜん悪くないです! 最高っス! 姉たるもの、こうでなくてはいけません!!」
ぶんぶん頭をふるアイカに、リティアが悪戯っぽい笑みをむけた。
「なんだ? アイカはリティア義姉ちゃんに、なにか不満でもあるのか?」
「ないっス! アイカは義姉愛っスから!!」
「はははっ!」
と、ロマナが手を叩いて笑った。
「な、なんスか……?」
「いや……、愛情とは口に出して伝えなくてはならないもの……、なのだな」
「そ、そうですね……」
場を盛り上げようと、くだけた口調のアイカであったが、ロマナのしみじみとした笑顔に、おもわず見惚れてしまった。
「これからは、アイカ殿下を見習って、素直に愛を伝えていくことにしよう」
「サヴィアス兄にか?」
「バ、バカ! サヴィアス殿下とは、そ、そういうんじゃないって言ってるでしょ!?」
リティアとアイカが、おなじ顔でニシシっと笑った。
「もう! イヤな義姉妹ねっ!」
と、ロマナは頬を赤くして、そっぽを向いた。
*
やがて、アイカの陣中にガラが出発の挨拶に訪れた。
「ガラちゃ――ん!!」
と、駆け寄るアイカに、ガラが苦笑いを浮かべる。
王族たるアイカ殿下、イエリナ=アイカ陛下に対して礼容にかなう挨拶をしようとしていたのだが、
機先を制されてしまった形だった。
「行ったり来たり、大変だねぇ」
「いえ、アイカ殿下が聖山のまわりをグルリと旅されたことを思えば……」
「もう! 前みたいにアイカちゃんって呼んでよ~!」
「いや、そういうわけには……」
と、ガラは側に控えるサラナをチラッと見た。
しかし、スンとした顔で立つサラナは否とも応とも言ってくれない。
すると、アイカがガラの顔のまえにビシッと人差し指を立てる。
「殿下命令です!」
「で……?」
「ガラちゃんは、わたしのことをアイカちゃんって呼ぶこと」
「公式の場以外であれば、それで良いのではないですか?」
と、サラナがちいさくため息を吐いた。
しかし、顔は笑っている。
「そ、そうですか……?」
「アイカ殿下が、リティア殿下と義姉妹の契りを結ばれる前からのご友人には、そのようにされたいようですから」
「で、では……、アイカ……ちゃん」
「はいっ! ……へへへ」
「へへっ」
かつての〈孤児の館〉で会っていた頃とは、互いに立場も違うし、身なりも随分良くなった。
アイカはさぼりがちだが、ガラは侍女のたしなみとして化粧もしている。
「ガラちゃん。レオン君にもよろしくね」
「ええ。伝えておきます」
レオンはヴールで、ウラニアと一緒にお留守番だ。
ロマナがガラをヴールに行かせるのは、結局また離れ離れにしていることを、申し訳なく思ってのことでもあるのだろう。
アイカはガラと、出立の刻限が迫るわずかな時間であったが、お喋りを楽しむことができた。
ロマナの言いつけを守り、セリムのことには触れずに。
そして、ガラを見送るアイカの側にはサラナが立つ。
「ガラは、アイカ殿下の大切なご友人なのですね」
「はいっ!」
「きっと、立派な侍女に育ちますよ」
「ほんとですか!? バシリオスさんの侍女長だったサラナさんの言うことなら信じちゃいますよ!?」
「……ガラには、ロマナ様への愛情があふれています」
「そうですね!」
「優秀な女性なら、いくらでもいます。王国の侍女が務まるのは、仕える主君に惜しみなく愛情を注げる者だけです」
「へ、へぇ~~~~~」
「ふふっ。……わたしもアイカ殿下への愛情であふれておりますよ」
「ほんとですか!! どの辺ですか!? わたしのどの辺りがいいですか!?」
「……その辺りですかね」
と、意地悪な笑いを浮かべたサラナは、スタスタと先に天幕にむかって戻りはじめた。
「え? その辺りって、どの辺りですか? ねぇ、サラナさん? ちょっと、待ってくださいよ~~~」
しばらく野原で遊ぶフェティを眺めていたロマナだったが、やがて軽やかな調子で口を開いた。
「……リティアの言うとおり、包囲は長引くだろうし、リーヤボルクはちょっかい出してくると、わたしも思うのよ」
「あ、ああ……」
と、リティアがうなずく。
しかし、ロマナが西南伯の地位を放棄するような話にどうつながるのか、まだ分からない。
先走る気持ちを抑えて、ロマナの話に耳を傾けた。
「たしかに言われてみたら、リーヤボルクにテノリアの全土制圧の野望なんか、これっぽちもなくて、わたしたちの分断にだけ、力を注ぎ続けてる」
「……そうだな。《聖山の民》を撹乱しつつ、王都の富を吸いあげ続けたいのだろう」
「でも、隊商の出入りを許してる以上、工作を完全には押さえられないだろうし、隊商のなかにだってリーヤボルク体制が続いたほうが有利な者もいる」
「ああ、そうだな」
「そしたら、ヴールでは最初に弟のセリムが狙われると思うのよね」
「セリム殿?」
「……お祖父さまのご遺言でも、わたしは中継ぎ。セリム自身がわたしを信じてくれても、周囲にちょっかい出してくることは充分に考えられるわ。……わたしを排斥してセリムを傀儡に立てれば、ヴールと西南伯領を思いのままに出来るってね」
うすく笑みを浮かべて、淡々と語るロマナ。
だが、母レスティーネ、兄サルヴァへの悔恨は、リティアとアイカにもヒシヒシと伝わった。
「だからもう、〈西南伯の鉞〉をセリムに譲っちゃうことにしたの。これなら、基本的にはセリムに手の出しようがなくなるからね」
「しかし、ロマナ、お前……」
「分かってるわよ。だから、いま率いてる軍勢には『動乱が鎮まるまで』って条件で、わたし個人に忠誠を誓わせたの」
「な……、なかなか無茶なことするな」
リティアといえども〈第3王女〉という地位を抜きに、大軍をまとめ上げるのは容易ではない。
ロマナの決断は無謀とさえ思える。
しかし、ロマナは逆手にした手のひらをほほにあて、わざとらしく高笑いして見せた。
「ほほほっ。こう見えましても、王国の西で〈蹂躙姫〉の名を知らぬ者はおりませんのよ? 無頼姫様」
「それは、恐れ入りましたわ。蹂躙姫様」
リティアとロマナは、しばらく「ほほほっ」と笑い合って遊び、
アイカはそんなふたりの間で、乾いた笑いを漏らした。
――本物の王侯貴族様に、貴族ごっこで遊ばれましてもですね……。
やがて、ロマナは野原に視線を向ける。
遊び疲れたフェティが、タロウの腹に頭をのせ満足そうな笑顔で寝転んでいた。
「……弟と争うなんて絶対イヤ」
「そうだな……」
リティアも、フェティの笑顔に目をほそめる。
「だから、ガラに〈西南伯の鉞〉を届けさせたいのよ」
「ああ、分かった。もちろん、わたしに異存はないぞ」
と、リティアが快活に笑った。
これ以降、ロマナの率いる軍勢は〈蹂躙姫軍〉と呼ばれるようになり、リティアとアイカの軍勢も自然と〈無頼姫軍〉〈救国姫軍〉と呼称されてゆく。
ロマナは安堵したように、穏やかな笑みを浮かべた。
「……ありがとう、リティア」
「なに。ガラは、ロマナの侍女だ。ロマナの用事をするのに、わたしたちに断りはいらんだろう? なあ、アイカ」
「ふふふふふふふふふふふふ」
「こ、今度はなによ?」
盛大に苦笑いするロマナに、アイカが悪い笑いをむけた。
「だって、セリムくんって……、ガラちゃんに……、ねえ?」
「バカ」
「……バ、バカ?」
「ふたりは、今いちばん微妙な時期なんだから、そっとしときなさいよ? ガラが出発の挨拶に来ても、アイカ、余計なこと言わないでよね!?」
「おっ、おお……、姉愛」
まぶしそうな仕草をするアイカに、ロマナが憎まれ笑いを返す。
「そ、そうよ! 悪い!? セリムにもガラにも幸せになってほしいのっ!」
「ぜんぜん悪くないです! 最高っス! 姉たるもの、こうでなくてはいけません!!」
ぶんぶん頭をふるアイカに、リティアが悪戯っぽい笑みをむけた。
「なんだ? アイカはリティア義姉ちゃんに、なにか不満でもあるのか?」
「ないっス! アイカは義姉愛っスから!!」
「はははっ!」
と、ロマナが手を叩いて笑った。
「な、なんスか……?」
「いや……、愛情とは口に出して伝えなくてはならないもの……、なのだな」
「そ、そうですね……」
場を盛り上げようと、くだけた口調のアイカであったが、ロマナのしみじみとした笑顔に、おもわず見惚れてしまった。
「これからは、アイカ殿下を見習って、素直に愛を伝えていくことにしよう」
「サヴィアス兄にか?」
「バ、バカ! サヴィアス殿下とは、そ、そういうんじゃないって言ってるでしょ!?」
リティアとアイカが、おなじ顔でニシシっと笑った。
「もう! イヤな義姉妹ねっ!」
と、ロマナは頬を赤くして、そっぽを向いた。
*
やがて、アイカの陣中にガラが出発の挨拶に訪れた。
「ガラちゃ――ん!!」
と、駆け寄るアイカに、ガラが苦笑いを浮かべる。
王族たるアイカ殿下、イエリナ=アイカ陛下に対して礼容にかなう挨拶をしようとしていたのだが、
機先を制されてしまった形だった。
「行ったり来たり、大変だねぇ」
「いえ、アイカ殿下が聖山のまわりをグルリと旅されたことを思えば……」
「もう! 前みたいにアイカちゃんって呼んでよ~!」
「いや、そういうわけには……」
と、ガラは側に控えるサラナをチラッと見た。
しかし、スンとした顔で立つサラナは否とも応とも言ってくれない。
すると、アイカがガラの顔のまえにビシッと人差し指を立てる。
「殿下命令です!」
「で……?」
「ガラちゃんは、わたしのことをアイカちゃんって呼ぶこと」
「公式の場以外であれば、それで良いのではないですか?」
と、サラナがちいさくため息を吐いた。
しかし、顔は笑っている。
「そ、そうですか……?」
「アイカ殿下が、リティア殿下と義姉妹の契りを結ばれる前からのご友人には、そのようにされたいようですから」
「で、では……、アイカ……ちゃん」
「はいっ! ……へへへ」
「へへっ」
かつての〈孤児の館〉で会っていた頃とは、互いに立場も違うし、身なりも随分良くなった。
アイカはさぼりがちだが、ガラは侍女のたしなみとして化粧もしている。
「ガラちゃん。レオン君にもよろしくね」
「ええ。伝えておきます」
レオンはヴールで、ウラニアと一緒にお留守番だ。
ロマナがガラをヴールに行かせるのは、結局また離れ離れにしていることを、申し訳なく思ってのことでもあるのだろう。
アイカはガラと、出立の刻限が迫るわずかな時間であったが、お喋りを楽しむことができた。
ロマナの言いつけを守り、セリムのことには触れずに。
そして、ガラを見送るアイカの側にはサラナが立つ。
「ガラは、アイカ殿下の大切なご友人なのですね」
「はいっ!」
「きっと、立派な侍女に育ちますよ」
「ほんとですか!? バシリオスさんの侍女長だったサラナさんの言うことなら信じちゃいますよ!?」
「……ガラには、ロマナ様への愛情があふれています」
「そうですね!」
「優秀な女性なら、いくらでもいます。王国の侍女が務まるのは、仕える主君に惜しみなく愛情を注げる者だけです」
「へ、へぇ~~~~~」
「ふふっ。……わたしもアイカ殿下への愛情であふれておりますよ」
「ほんとですか!! どの辺ですか!? わたしのどの辺りがいいですか!?」
「……その辺りですかね」
と、意地悪な笑いを浮かべたサラナは、スタスタと先に天幕にむかって戻りはじめた。
「え? その辺りって、どの辺りですか? ねぇ、サラナさん? ちょっと、待ってくださいよ~~~」
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