33 / 297
33.居心地のよき朝
日が昇り、人獣たちの攻撃が止むと、剣士たちのほとんどは城壁上から撤収する。
ただ、人獣たちが日中は攻撃してこないということには、何の確証もない。「どうやら、そうらしい」という域を出るものではない。現に城壁の外側では無数の人獣たちがウロついている。
いつ何時、日中であろうと攻撃してくるか分からない。限られた人数だけど、剣士たちが歩哨に立って監視している。
俺はシアユンさんだけを伴い、城壁の上で外を睨み付けているフェイロンさんのところに足を運んだ。同時に、城壁の上から、朝日に照らされた人獣たちを、初めて自分の目で確かめた。確かに夜の凶暴さ、獰猛さは鳴りを潜めているけど、充分に怖い。
「フェイロン様。マレビト様がお見えです」
と、シアユンさんが声を掛けてくれた。剣の達人ぶりを何度も見せつけられて、その威厳に気圧されてたので、ありがたかった。
ふむ。と、言ったフェイロンさんが、俺に軽く頭を下げた。フェイロンさんからは、何も言ってくれない。鋭い眼光は、再び城壁の外に向けられている。
「あの……」
と、正直、かなり緊張して口を開いた。フェイロンさんが、俺の方に顔を向ける。ひとつ息を呑んでから、思い切って問いかけた。
「剣士ではない住民も、闘いに加わるっていうのは……、どうでしょうか?」
「シキタリに反しますな」
フェイロンさんは、にべもない。ただ、何の感情も見せなかった。あの、俺のことを激しく睨み付けたオレンジ髪の剣士のことを思い起こすと、少し反応が違う。話は聞いてくれるつもりがあるのかもしれない。
「今日、みんなが石を投げてたのは、どうでした?」
「戦場で石礫が飛んで来ることなど、常あることです」
なるほど。そう整理されてるのか。確かに、あの人獣に石を投げつけたところで「命を奪う」ことは出来ない。それに、どうやら剣士たちに集団戦の概念は、ない。あれを戦闘に参加させたとは考えないのかもしれない。
ひとつ大きく息を吸い込んでから、父親ほどの年齢の、威厳溢れる剣士長に、俺が考えていることを率直にぶつけてみた。
「俺が考えてるのは、狩人の弓です。弓矢を戦列に加えたいです」
「人の命を奪うのは剣士。狩人は鳥獣の命を奪う者です」
「こ、こうは考えられませんか? あいつら、あの顔、あの体、あの爪です。半分は獣と言ってもいい、って?」
という俺の言葉に、フェイロンさんは、ふむと言ったきり、何も応えてくれない。ただ、その視線は眼下をウロつく人獣たちに向けられている。
「フェイロン様。侍女ごときが差し出がましいことですが、私からも一言よろしいでしょうか?」
と、シアユンさんが小さく頭を下げた。
「なんですかな?」
「シキタリには『マレビトの言葉は受け入れよ』とあります。ですが、私は常々、不思議に思っていたことがあります。祖霊はなぜ『マレビトの言葉に従え』と、シキタリを定めなかったのか」
フェイロンさんの目に、興味深げな色が浮かんだ。シアユンさんは、少し間を空けてから口を開いた。
「私は、こう思うのです。マレビト様の言葉をもとに、自分の頭でよく考えることを、祖霊は求めているのではないかと。自分で考え、自分で決める。そのことを、祖霊は訴えているのではないかと思うのです」
と、シアユンさんはいつもの冷静な口調で言った。無理に説得しようというような気配は、微塵もなかった。
けれど、フェイロンさんは、大きく二度三度と頷いて見せた。そして、少し緩んだ口元を開いた。
「弓矢で仕留められたなら、獣。剣で仕留めたなら、人。でしょうな」
認めてくれた。
俺は、そっと胸をなで下ろした。
「ただし、剣士の皆が皆、納得する訳ではないでしょう」
「分かります。俺から、話をさせてもらってもいいですか?」
「……いいでしょう」
「ただ、あの激しくて苦しい戦闘に、迷いがある状態で挑んでもらうことは出来ません」
「ふむ……」
「狩人さんたちに先に話をして、志願してくれる人たちを集めて、準備が全部整ってから、話させてもらいたいと思うんですけど、どうでしょうか?」
「それで結構かと」
あの大浴場での女子たちの大激論を見た限り、きっと剣士さんたちの意見も割れる。結論も出ない。皆さんの意見がまとまってから準備してたのでは、その間ずっと、モヤモヤした気持ちにさせてしまう。……それは、きっと、死に直結してしまう。
気を悪くする人も出てくるだろうけど、一気呵成に始めてしまう以外に、たぶん方法がない。とにかく、全部がギリギリだ。
ふっと、フェイロンさんが俺の耳元に口を寄せた。
「儂もです」
おっさんに耳打ちされたのは初めてだ。なんのことかと思ってフェイロンさんの顔を見ると、さっきまでとは全然違う、柔らかな、いたずらっ子のような笑みを浮かべてる。
「儂も、幼馴染にフラれたのです」
――はあ?
と、変な顔をしてしまった俺が戸惑っているのをよそに、フェイロンさんは姿勢を戻し、元の鋭い視線で城壁の外を睨み付けている。
うん。その話は、また今度、詳しく聞こう。シアユンさんに聞かれたくなかったんですよね? 分かりますよ、その男心。なんなら、分かることにホッとしてます。
朝日に照らされるおっさんは渋くて、俺はちょっとだけ居心地の良さを感じてた――。
ただ、人獣たちが日中は攻撃してこないということには、何の確証もない。「どうやら、そうらしい」という域を出るものではない。現に城壁の外側では無数の人獣たちがウロついている。
いつ何時、日中であろうと攻撃してくるか分からない。限られた人数だけど、剣士たちが歩哨に立って監視している。
俺はシアユンさんだけを伴い、城壁の上で外を睨み付けているフェイロンさんのところに足を運んだ。同時に、城壁の上から、朝日に照らされた人獣たちを、初めて自分の目で確かめた。確かに夜の凶暴さ、獰猛さは鳴りを潜めているけど、充分に怖い。
「フェイロン様。マレビト様がお見えです」
と、シアユンさんが声を掛けてくれた。剣の達人ぶりを何度も見せつけられて、その威厳に気圧されてたので、ありがたかった。
ふむ。と、言ったフェイロンさんが、俺に軽く頭を下げた。フェイロンさんからは、何も言ってくれない。鋭い眼光は、再び城壁の外に向けられている。
「あの……」
と、正直、かなり緊張して口を開いた。フェイロンさんが、俺の方に顔を向ける。ひとつ息を呑んでから、思い切って問いかけた。
「剣士ではない住民も、闘いに加わるっていうのは……、どうでしょうか?」
「シキタリに反しますな」
フェイロンさんは、にべもない。ただ、何の感情も見せなかった。あの、俺のことを激しく睨み付けたオレンジ髪の剣士のことを思い起こすと、少し反応が違う。話は聞いてくれるつもりがあるのかもしれない。
「今日、みんなが石を投げてたのは、どうでした?」
「戦場で石礫が飛んで来ることなど、常あることです」
なるほど。そう整理されてるのか。確かに、あの人獣に石を投げつけたところで「命を奪う」ことは出来ない。それに、どうやら剣士たちに集団戦の概念は、ない。あれを戦闘に参加させたとは考えないのかもしれない。
ひとつ大きく息を吸い込んでから、父親ほどの年齢の、威厳溢れる剣士長に、俺が考えていることを率直にぶつけてみた。
「俺が考えてるのは、狩人の弓です。弓矢を戦列に加えたいです」
「人の命を奪うのは剣士。狩人は鳥獣の命を奪う者です」
「こ、こうは考えられませんか? あいつら、あの顔、あの体、あの爪です。半分は獣と言ってもいい、って?」
という俺の言葉に、フェイロンさんは、ふむと言ったきり、何も応えてくれない。ただ、その視線は眼下をウロつく人獣たちに向けられている。
「フェイロン様。侍女ごときが差し出がましいことですが、私からも一言よろしいでしょうか?」
と、シアユンさんが小さく頭を下げた。
「なんですかな?」
「シキタリには『マレビトの言葉は受け入れよ』とあります。ですが、私は常々、不思議に思っていたことがあります。祖霊はなぜ『マレビトの言葉に従え』と、シキタリを定めなかったのか」
フェイロンさんの目に、興味深げな色が浮かんだ。シアユンさんは、少し間を空けてから口を開いた。
「私は、こう思うのです。マレビト様の言葉をもとに、自分の頭でよく考えることを、祖霊は求めているのではないかと。自分で考え、自分で決める。そのことを、祖霊は訴えているのではないかと思うのです」
と、シアユンさんはいつもの冷静な口調で言った。無理に説得しようというような気配は、微塵もなかった。
けれど、フェイロンさんは、大きく二度三度と頷いて見せた。そして、少し緩んだ口元を開いた。
「弓矢で仕留められたなら、獣。剣で仕留めたなら、人。でしょうな」
認めてくれた。
俺は、そっと胸をなで下ろした。
「ただし、剣士の皆が皆、納得する訳ではないでしょう」
「分かります。俺から、話をさせてもらってもいいですか?」
「……いいでしょう」
「ただ、あの激しくて苦しい戦闘に、迷いがある状態で挑んでもらうことは出来ません」
「ふむ……」
「狩人さんたちに先に話をして、志願してくれる人たちを集めて、準備が全部整ってから、話させてもらいたいと思うんですけど、どうでしょうか?」
「それで結構かと」
あの大浴場での女子たちの大激論を見た限り、きっと剣士さんたちの意見も割れる。結論も出ない。皆さんの意見がまとまってから準備してたのでは、その間ずっと、モヤモヤした気持ちにさせてしまう。……それは、きっと、死に直結してしまう。
気を悪くする人も出てくるだろうけど、一気呵成に始めてしまう以外に、たぶん方法がない。とにかく、全部がギリギリだ。
ふっと、フェイロンさんが俺の耳元に口を寄せた。
「儂もです」
おっさんに耳打ちされたのは初めてだ。なんのことかと思ってフェイロンさんの顔を見ると、さっきまでとは全然違う、柔らかな、いたずらっ子のような笑みを浮かべてる。
「儂も、幼馴染にフラれたのです」
――はあ?
と、変な顔をしてしまった俺が戸惑っているのをよそに、フェイロンさんは姿勢を戻し、元の鋭い視線で城壁の外を睨み付けている。
うん。その話は、また今度、詳しく聞こう。シアユンさんに聞かれたくなかったんですよね? 分かりますよ、その男心。なんなら、分かることにホッとしてます。
朝日に照らされるおっさんは渋くて、俺はちょっとだけ居心地の良さを感じてた――。
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」
「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」
「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。