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217.里佳の事情⑤
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鄙びた温泉街を浴衣で歩く。
仲のいい両親は2人で遊びに行ってしまった。私の卒業にかこつけて2人の時間を楽しんでる。普段は働きづめなんだから、仕事を休める口実を作ってあげられたってことにしておこう。
ダーシャンの王都が壊滅したんだとすれば、父王も兄弟たちも無事ではないだろう。けれど、日本の両親から愛を注がれて育った私には何の感懐も湧かなかった。兄弟といっても、互いに命を狙いかねないような冷えた関係だったし、父王からも愛情を感じたことはない。
ダーシャンに比べれば天国のような日本での穏やかな暮らしに、すっかり染まっている。
温泉街を流れる小川のせせらぎを聞きながら晴れた空を見上げた時だった――、
ピンッ!
と、後ろから糸で引っ張られるような力を感じた。
――呪力?
驚いて振り返ると、そこには白衣を着た品の良さそうなお医者さんがいて、やっぱり驚いた顔をして私の方を見ていた。
どちらからともなく近寄って、言葉を交わした。
「立ち話もなんなので」
と言うお医者さんに連れられて、路地裏にあるレトロな雰囲気の喫茶店に入った。
「ボクは、マレビトだったんだ」
と、お医者さんはおしぼりで手を拭きながら言った。
「もう23年以上経つから、ダーシャンでは700年前の話になるね」
お医者さんは初代マレビト様だった。マレビトは地球に帰れる! そのことに、私の心は躍った。往診帰りだというお医者さんは、懐かしそうにダーシャンでの思い出を話し始めた。
「天帝はボクがつくったんだ」
「そ、そうなんですね……」
「いや、ボクが呼ばれたときのダーシャンは無茶苦茶というか、ゴチャゴチャでね。里佳さんは巫祝なんだよね?」
初代マレビト様、日本名で佐藤さんは呪術師の前身である「巫祝」という言葉を使った。
「だったら、あの世界の『法則』みたいなものが見えたと思うんだけど、ボクが行ったときは、アレが混沌としててね。もうグッチャグチャ。なにも整理されてないデータが雑然と散らばってるような状態で、それをボクと天帝でイチから整理していったんだ」
ダーシャンに伝わる初代マレビト様は偉大な人だったけど、子供を76人もつくった性欲旺盛な人とも伝わっていた。なんなら変態色魔のようにも思われてた。
だけど、目の前にいる佐藤さんは落ち着いた雰囲気を漂わせる品のいい紳士だ。
「天帝はボクを召喚して命を落とした娘の魂で、その妹と最初に関係を持ったんだ。そしたら世界の理が見えるようになった。いわゆる呪力だね。いや、あまりにバラバラなんで茫然としたけどね」
「へぇ……」
佐藤さんは口元に人差し指を充てた。
「妻には内緒にしてね。異世界に子供が沢山いるなんて」
「あ、はい……」
私も貴方の子孫だ……。けど、今はそれはいい。一番知りたいのはマレビトが地球に戻る方法だ。
「あの世界で無秩序に漂ってた死者の魂を全部集めてひとつにして、『祖霊』って名前を付けて自然法則を安定させて、その手綱を天帝に握らせたんだ。巫祝なら伝わるよね?」
「ええ。なんとなく」
「だって、あっちって変でしょ?」
「え?」
「月は夜しか出ないし、満ち欠けもおかしい。人間にはやたら美形が多いし、髪の毛の色もバラバラ」
「あ……」
ダーシャンに生まれた私は不思議に思ったことがなかったけど、地球を知った私からすれば、確かに変だ。あの月は、なんであんな満ち欠けをしてるのか……。
「若い女性にアレなんだけど、生理がなかったでしょ?」
「あ、はい……」
「性交して女性が望めば子供ができる」
私も日本で初潮を迎えたとき、激しく驚いた。なんて、ややこしい身体なんだと。
「おかしな世界だったけど、でも人間は一生懸命生きてるんだ。放っておけなくてね」
「はい……」
「ただ、人の倫理観もムチャクチャでね。里佳さんの祖先を悪く言うつもりはないんだけど、人を殺していいのは『剣』だけにしましょうとか、むやみやたらに殺してはいけませんとか、まあとにかく色々決めていったよ」
「それがシキタリ……」
「それで、その頃に蔓延ってた妖魔的なのを退治して、国らしい形を整えたら14年経ってた。長男が国王に推戴されたタイミングで、もういいかなって思って、こっちに戻ったんだ。こっちでは半年しか経ってなくてビックリしたけどね」
佐藤さんは、懐かしげに微笑みながらコーヒーを飲んだ。
14年÷28=0.5 で、半年か。
「ボクの話はこんなもんかな? 次は里佳さんの話を聞かせてくれる? なんで、こっちに来れたのかとか。そうだ、ボクがいなくなったあとのダーシャンの話も聞きたいな」
私は唾をゴクリと飲み込んでから、ゆっくりとこれまでのことを話し始めた――。
仲のいい両親は2人で遊びに行ってしまった。私の卒業にかこつけて2人の時間を楽しんでる。普段は働きづめなんだから、仕事を休める口実を作ってあげられたってことにしておこう。
ダーシャンの王都が壊滅したんだとすれば、父王も兄弟たちも無事ではないだろう。けれど、日本の両親から愛を注がれて育った私には何の感懐も湧かなかった。兄弟といっても、互いに命を狙いかねないような冷えた関係だったし、父王からも愛情を感じたことはない。
ダーシャンに比べれば天国のような日本での穏やかな暮らしに、すっかり染まっている。
温泉街を流れる小川のせせらぎを聞きながら晴れた空を見上げた時だった――、
ピンッ!
と、後ろから糸で引っ張られるような力を感じた。
――呪力?
驚いて振り返ると、そこには白衣を着た品の良さそうなお医者さんがいて、やっぱり驚いた顔をして私の方を見ていた。
どちらからともなく近寄って、言葉を交わした。
「立ち話もなんなので」
と言うお医者さんに連れられて、路地裏にあるレトロな雰囲気の喫茶店に入った。
「ボクは、マレビトだったんだ」
と、お医者さんはおしぼりで手を拭きながら言った。
「もう23年以上経つから、ダーシャンでは700年前の話になるね」
お医者さんは初代マレビト様だった。マレビトは地球に帰れる! そのことに、私の心は躍った。往診帰りだというお医者さんは、懐かしそうにダーシャンでの思い出を話し始めた。
「天帝はボクがつくったんだ」
「そ、そうなんですね……」
「いや、ボクが呼ばれたときのダーシャンは無茶苦茶というか、ゴチャゴチャでね。里佳さんは巫祝なんだよね?」
初代マレビト様、日本名で佐藤さんは呪術師の前身である「巫祝」という言葉を使った。
「だったら、あの世界の『法則』みたいなものが見えたと思うんだけど、ボクが行ったときは、アレが混沌としててね。もうグッチャグチャ。なにも整理されてないデータが雑然と散らばってるような状態で、それをボクと天帝でイチから整理していったんだ」
ダーシャンに伝わる初代マレビト様は偉大な人だったけど、子供を76人もつくった性欲旺盛な人とも伝わっていた。なんなら変態色魔のようにも思われてた。
だけど、目の前にいる佐藤さんは落ち着いた雰囲気を漂わせる品のいい紳士だ。
「天帝はボクを召喚して命を落とした娘の魂で、その妹と最初に関係を持ったんだ。そしたら世界の理が見えるようになった。いわゆる呪力だね。いや、あまりにバラバラなんで茫然としたけどね」
「へぇ……」
佐藤さんは口元に人差し指を充てた。
「妻には内緒にしてね。異世界に子供が沢山いるなんて」
「あ、はい……」
私も貴方の子孫だ……。けど、今はそれはいい。一番知りたいのはマレビトが地球に戻る方法だ。
「あの世界で無秩序に漂ってた死者の魂を全部集めてひとつにして、『祖霊』って名前を付けて自然法則を安定させて、その手綱を天帝に握らせたんだ。巫祝なら伝わるよね?」
「ええ。なんとなく」
「だって、あっちって変でしょ?」
「え?」
「月は夜しか出ないし、満ち欠けもおかしい。人間にはやたら美形が多いし、髪の毛の色もバラバラ」
「あ……」
ダーシャンに生まれた私は不思議に思ったことがなかったけど、地球を知った私からすれば、確かに変だ。あの月は、なんであんな満ち欠けをしてるのか……。
「若い女性にアレなんだけど、生理がなかったでしょ?」
「あ、はい……」
「性交して女性が望めば子供ができる」
私も日本で初潮を迎えたとき、激しく驚いた。なんて、ややこしい身体なんだと。
「おかしな世界だったけど、でも人間は一生懸命生きてるんだ。放っておけなくてね」
「はい……」
「ただ、人の倫理観もムチャクチャでね。里佳さんの祖先を悪く言うつもりはないんだけど、人を殺していいのは『剣』だけにしましょうとか、むやみやたらに殺してはいけませんとか、まあとにかく色々決めていったよ」
「それがシキタリ……」
「それで、その頃に蔓延ってた妖魔的なのを退治して、国らしい形を整えたら14年経ってた。長男が国王に推戴されたタイミングで、もういいかなって思って、こっちに戻ったんだ。こっちでは半年しか経ってなくてビックリしたけどね」
佐藤さんは、懐かしげに微笑みながらコーヒーを飲んだ。
14年÷28=0.5 で、半年か。
「ボクの話はこんなもんかな? 次は里佳さんの話を聞かせてくれる? なんで、こっちに来れたのかとか。そうだ、ボクがいなくなったあとのダーシャンの話も聞きたいな」
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