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3.狂戦公、一喝する。
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Ψ Ψ Ψ
俺の前で、マルクが困惑した苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「……なんだか、楽しそうですな。アデール様は……」
女大公から俺に押し付けられた公女。
さっさと支城に追い払おうと思っていたが、完全にタイミングを逸した。
この城ではお連れになった侍女やメイドが収まりません……と、言うつもりが、まさかの一人。
わざと一部屋しか用意していなかった侍女部屋で足りてしまった。
「……乱倫の噂が、この辺地まで届く大公家だ。愛人のひとりも連れて来るかと思ったのだが……」
「その気配は、まったくありませんな」
むしろ、公女アデールは、おぼこい。
おぼこいなどという言葉、久しぶりに使った。戦争で荒廃したわが領土の民は皆、どこかしら心に傷を負い、すれている。
アデールは、母君女大公ゆずりなのか鮮やかな金髪にこそ目を惹かれるが、あどけない顔立ちに、自信のなさげな表情。
黄赤の瞳は朝焼けのようで、まっすぐな光を放っていた。
「大公家の公女は性に奔放で、社交界に何人もの恋人を持つ、……と、聞いておりましたが。いや、人の噂というものはアテにならんものですなっ!」
ただ、がははっ! と、いつものように豪快に笑い飛ばすマルクにも、素直に首肯することは出来ない。
女大公の狙いは露骨だ。
大きな武功をあげた俺を政略結婚で取り込み、自らの権勢を上げようという腹だ。
まさか、自分の公女を送り込んで来るとは思わなかったが、王国から見放されたも同然だったガニエル子爵家にとって、政略的には悪い話ではない。
「ところで、マルク……。アレは、なんだったんだと思う?」
「さあ……? 嬉し恥かし……、ってお顔に見えましたけどね……?」
俺が「妻として扱うつもりはない」と伝えたときの、アデールの反応だ。
顔を真っ赤にして、モジモジし始めた。
なんの駆け引きが始まったのかと身構えたが……、何もなかった。
「まるで、カトラン様から愛を告白されたようでしたな!」
「マルク……。俺は『妻にしない』と伝えたんだぞ?」
「がはははっ! そうでしたな!」
豪快に笑う、この屈強で単純な男は、俺の相棒と言っていい。
子爵家の兵団は、兄と共に全滅した。
俺が爵位を継承したとき、新生子爵家は俺とマルク、ふたりしかいないところから始まった。
勇猛果敢で、剛力無双。俺と一緒に何度も泥水を飲み、死線をくぐり、どうにか集めた粗雑な兵の面倒見もいい。
頼りがいのある男だ。
ただ、政略の機微には無頓着であるし、男女の仲のことなど、簡単に割り切って笑い飛ばしてしまうので相談相手にならない。
領地の立て直しに、文官の側近を必要としているが、今のところマルクしか頼れる者がいないのが実情だ。
「公女の連れてくる愛人がひょっとしたらと思っていたが、アテが外れたな……」
「ん? なんです?」
「いや、なんでもない。……公女アデールは純朴に見えても〈乱倫の家〉から来た者だ。わが家の風紀を乱さないとも限らない。引き続き、よく見張ってくれ」
「はは――っ!!」
「……逆もだ。兵がアデールに余計なちょっかいを出さないように」
「それは、もちろん!」
「こんな辺地を欲しがるとは思えんが、女大公からどんな因縁を付けられるかわかったものではないからな」
「は~っ、……なるほど」
自分で気付きはしないが、細かく指示を出せば、マルクは忠実に履行してくれる。
どんな無茶な作戦でもやり遂げてくれた。
「……あと、アデールが、パトリスに変な影響を与えることがないよう、接触をよく見ておいてくれ」
「は~っ……、パトリス様のご学問を、アデール様はニコニコと見てらっしゃいますがね?」
「それでもだ」
「ははっ! 承りました! このマルク、身命にかえても主命をお守りいたします!」
マルクを下がらせ、窓の外を眺める。
冬が近い。
女大公からの政略結婚の申し出を素直に受けたのは、越冬の資金援助がセットだったことも大きい。
畑は荒廃しているし、いまから育つ作物も限られる。この冬が、わがガルニエ子爵家にとって正念場だ。
「……この城に、女は要らないのだがな」
つい漏らした独り言に、窓が白く曇った。
Ψ
領内をくまなく巡察しているため、城をあけている日も多い。
城に帰れば、アデールが出迎えてくれる。
控え目で慎ましやかな、ぎこちない笑みを浮かべ、パトリスと並んで立つ。
今のところ、城に風紀の乱れは感じない。
質実剛健をもって旨とするわが家に、王都の紊乱な空気を持ち込まれてしまう気配は、日を追っても窺えなかった。
アデールが、すぐにでも支城に移り住んでくれれば、俺としては安心なのだが、主城にいる限り丁重に扱うしかない。
王都の女大公に隙は見せられない。
晩餐の後、パトリスから学問の進捗を聞くときは、アデールも真剣な目をして、何度も頷いている。
ときには、赤縁の大きな眼鏡をかけて、自分でも書物を開いている。
着ているドレスも落ち着いたデザインで首まで覆われ、煽情的なところは一切見られない。
まるで女学生だ。
だが、かの女大公が送り込んできた公女だ。油断はできない。
「カトラン様の、考え過ぎじゃないですかねぇ~?」
と、マルクは、早速、籠絡されている。
辺地の気風に合わせて、純朴を装い、誘惑の罠を張っているのかもしれないというのにだ。
「俺の考え過ぎ……、ならいいのだがな」
マルクは、俺の策に意見することはあっても、勝手に手を抜くような男ではない。
俺が城に不在中のアデールのふる舞いを、こと細かに報告してくれる。
だが、アデールは思ったより早く、尻尾を出した。
マルクに加えて、まだ幼いパトリスまで誘惑し、籠絡していたのだ。
予定より早く帰城できた日。
学問の時間であるのに、アデールに抱き付き、ふざけてはしゃぐパトリスを一喝した。
「なにをしている」
怒りが過ぎれば、声が低く、冷淡に響く。
戦場で身に付いた、俺の性情だ。
固まるアデールを一瞥し、それから、パトリスを睨みつけた。
緑がかった金髪に、グリーンの瞳。
尊敬していた兄ではなく、俺が愛し裏切られた女によく似た、甥で、養子のパトリスを。
俺の前で、マルクが困惑した苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「……なんだか、楽しそうですな。アデール様は……」
女大公から俺に押し付けられた公女。
さっさと支城に追い払おうと思っていたが、完全にタイミングを逸した。
この城ではお連れになった侍女やメイドが収まりません……と、言うつもりが、まさかの一人。
わざと一部屋しか用意していなかった侍女部屋で足りてしまった。
「……乱倫の噂が、この辺地まで届く大公家だ。愛人のひとりも連れて来るかと思ったのだが……」
「その気配は、まったくありませんな」
むしろ、公女アデールは、おぼこい。
おぼこいなどという言葉、久しぶりに使った。戦争で荒廃したわが領土の民は皆、どこかしら心に傷を負い、すれている。
アデールは、母君女大公ゆずりなのか鮮やかな金髪にこそ目を惹かれるが、あどけない顔立ちに、自信のなさげな表情。
黄赤の瞳は朝焼けのようで、まっすぐな光を放っていた。
「大公家の公女は性に奔放で、社交界に何人もの恋人を持つ、……と、聞いておりましたが。いや、人の噂というものはアテにならんものですなっ!」
ただ、がははっ! と、いつものように豪快に笑い飛ばすマルクにも、素直に首肯することは出来ない。
女大公の狙いは露骨だ。
大きな武功をあげた俺を政略結婚で取り込み、自らの権勢を上げようという腹だ。
まさか、自分の公女を送り込んで来るとは思わなかったが、王国から見放されたも同然だったガニエル子爵家にとって、政略的には悪い話ではない。
「ところで、マルク……。アレは、なんだったんだと思う?」
「さあ……? 嬉し恥かし……、ってお顔に見えましたけどね……?」
俺が「妻として扱うつもりはない」と伝えたときの、アデールの反応だ。
顔を真っ赤にして、モジモジし始めた。
なんの駆け引きが始まったのかと身構えたが……、何もなかった。
「まるで、カトラン様から愛を告白されたようでしたな!」
「マルク……。俺は『妻にしない』と伝えたんだぞ?」
「がはははっ! そうでしたな!」
豪快に笑う、この屈強で単純な男は、俺の相棒と言っていい。
子爵家の兵団は、兄と共に全滅した。
俺が爵位を継承したとき、新生子爵家は俺とマルク、ふたりしかいないところから始まった。
勇猛果敢で、剛力無双。俺と一緒に何度も泥水を飲み、死線をくぐり、どうにか集めた粗雑な兵の面倒見もいい。
頼りがいのある男だ。
ただ、政略の機微には無頓着であるし、男女の仲のことなど、簡単に割り切って笑い飛ばしてしまうので相談相手にならない。
領地の立て直しに、文官の側近を必要としているが、今のところマルクしか頼れる者がいないのが実情だ。
「公女の連れてくる愛人がひょっとしたらと思っていたが、アテが外れたな……」
「ん? なんです?」
「いや、なんでもない。……公女アデールは純朴に見えても〈乱倫の家〉から来た者だ。わが家の風紀を乱さないとも限らない。引き続き、よく見張ってくれ」
「はは――っ!!」
「……逆もだ。兵がアデールに余計なちょっかいを出さないように」
「それは、もちろん!」
「こんな辺地を欲しがるとは思えんが、女大公からどんな因縁を付けられるかわかったものではないからな」
「は~っ、……なるほど」
自分で気付きはしないが、細かく指示を出せば、マルクは忠実に履行してくれる。
どんな無茶な作戦でもやり遂げてくれた。
「……あと、アデールが、パトリスに変な影響を与えることがないよう、接触をよく見ておいてくれ」
「は~っ……、パトリス様のご学問を、アデール様はニコニコと見てらっしゃいますがね?」
「それでもだ」
「ははっ! 承りました! このマルク、身命にかえても主命をお守りいたします!」
マルクを下がらせ、窓の外を眺める。
冬が近い。
女大公からの政略結婚の申し出を素直に受けたのは、越冬の資金援助がセットだったことも大きい。
畑は荒廃しているし、いまから育つ作物も限られる。この冬が、わがガルニエ子爵家にとって正念場だ。
「……この城に、女は要らないのだがな」
つい漏らした独り言に、窓が白く曇った。
Ψ
領内をくまなく巡察しているため、城をあけている日も多い。
城に帰れば、アデールが出迎えてくれる。
控え目で慎ましやかな、ぎこちない笑みを浮かべ、パトリスと並んで立つ。
今のところ、城に風紀の乱れは感じない。
質実剛健をもって旨とするわが家に、王都の紊乱な空気を持ち込まれてしまう気配は、日を追っても窺えなかった。
アデールが、すぐにでも支城に移り住んでくれれば、俺としては安心なのだが、主城にいる限り丁重に扱うしかない。
王都の女大公に隙は見せられない。
晩餐の後、パトリスから学問の進捗を聞くときは、アデールも真剣な目をして、何度も頷いている。
ときには、赤縁の大きな眼鏡をかけて、自分でも書物を開いている。
着ているドレスも落ち着いたデザインで首まで覆われ、煽情的なところは一切見られない。
まるで女学生だ。
だが、かの女大公が送り込んできた公女だ。油断はできない。
「カトラン様の、考え過ぎじゃないですかねぇ~?」
と、マルクは、早速、籠絡されている。
辺地の気風に合わせて、純朴を装い、誘惑の罠を張っているのかもしれないというのにだ。
「俺の考え過ぎ……、ならいいのだがな」
マルクは、俺の策に意見することはあっても、勝手に手を抜くような男ではない。
俺が城に不在中のアデールのふる舞いを、こと細かに報告してくれる。
だが、アデールは思ったより早く、尻尾を出した。
マルクに加えて、まだ幼いパトリスまで誘惑し、籠絡していたのだ。
予定より早く帰城できた日。
学問の時間であるのに、アデールに抱き付き、ふざけてはしゃぐパトリスを一喝した。
「なにをしている」
怒りが過ぎれば、声が低く、冷淡に響く。
戦場で身に付いた、俺の性情だ。
固まるアデールを一瞥し、それから、パトリスを睨みつけた。
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