【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら

文字の大きさ
13 / 33

13.公女、痛みに耐える。

主君カトランの辺境伯叙爵と功臣18名の騎士爵叙爵が内定した城内は、以前にも増して活気づいた。

カトランの推挙で選ばれた18名の人選にも皆が納得している。公正無私なカトランの姿勢を皆が讃えた。

18名以外にも従騎士として新生ガルニエ騎士団に加えられる者が選抜され、中庭で礼法を学ぶ。

その選に漏れた者たちでさえ誇らしげな表情で城内を行き来し、城内には冬とは思えない熱気と高揚感で満ち溢れた。


「よろしいものですね。戦勝というものは」


と、内政官のオーレリアンが柔和な微笑みを、わたしに向けてくれた。

カトランの執務室で、帳簿の付け方について確認してくれている。


「ええ……。わたしは、すっかり終わった後にこの城に参りましたが、大変な戦であったようですから」

「王都では、とんと見かけぬ光景です」


いかにも王宮文官といった知的な雰囲気のオーレリアンだけど、粗野な兵士たちを蔑むこともなく優しげに微笑む。

執務室の外のバルコニーではカトランとソランジュ殿下がお茶をされながら、中庭の騎士たちの訓練を眺めておられる。

ソランジュ殿下がお召しの白い毛皮のコートは、高価そうではあるけれど落ち着いたデザインで、高貴さが際立つ。

カトランには王家から贈られた、艶のある黒い毛皮のコートがよく似合っていた。


「よく出来ておられますね」


と、オーレリアンが帳簿を閉じた。


「本当ですか?」

「ええ。こちらは、アデール夫人が?」

「は、はい。……元あったものに手を加えさせていただきました」

「よく家政を学ばれている。感服いたしました」

「いや……、そんな」


さすがは〈堅物王女〉と呼ばれるソランジュ殿下に随行しているだけあって、オーレリアンからは王都の乱れた空気を感じさせられない。

弱冠20歳にして王女への随行を許されるとは、内政官としてかなり優秀なのだろう。

そのオーレリアンから、


「いえ、本当に。ガルニエ家は、良いご夫人を迎えられましたね」


と、透んだ青い瞳を細められては、恐縮して照れてしまう。

ここが王都ならば、姉に奪われると恐れるところだけど、北の辺地であればその心配もない。


「あ、ありがとうございます」


と、素直に頭を下げることができた。

バルコニーのカトランは、わたしの方を気にする様子もなかった。

ソランジュ殿下と楽しげに歓談している。


――謹厳なカトランは、〈堅物王女〉と気が合うのかもしれないわね……。歳も近いし……。


と、そっとソファから立った瞬間、


――ここで、カトランと……、パトリスのことを話し合った……。


という思いが、ふっと、頭をよぎる。

あのときのカトランの笑顔が、随分遠くなってしまったような錯覚をふり払い、執務室を後にした。

オーレリアンに城内を案内して歩く。

若き伯爵令息で内政官。オーレリアンの洗練された立ち居振る舞いと、兵士たちにも礼儀正しい所作に、


――王都にも、こんな〈良心〉が残されていたのね……。


と、感銘を受けた。

オーレリアンが微笑むと、廊下ですれ違う粗野な兵士たちまで感化されるのか、少し威儀を正すように見えた。

貯蔵庫を案内するときには、ザザにも立ち会ってもらった。

中も外も気温は変わらず、扉は開け放したままにする。


「貞淑なのですね」


と、オーレリアンが微笑んだ。


「いえ……、夫人ですし」


そして、庫内を案内する。


「なるほど、よく整理整頓されています」

「……ガルニエ家の家風なので」

「たとえばですが……」


と、食料の棚をオーレリアンが指差した。

白くて細い指。武骨な城内の兵士たちとは全然違う、貴公子の指だった。


「……アデール夫人?」

「あ、はい。……すみません。なんでしょうか?」

「数えやすい10個単位で収納されていますが……、たとえば、週単位、つまり7個ずつ収納する。という考え方もあります」

「な、なるほど~」

「これだと端数が出にくく、紛失や不正を防ぎやすい。……ひとつ余っているものを、ついポケットに入れてしまうのは、本人のせいばかりではなく、管理する側の問題ともいえます」

「……う~ん、なるほど」

「もちろん、運用次第ですので、一概にどちらが良いとは言えませんが、ご参考までに」

「はい。ためになります」


オーレリアンの柔らかな語り口は、頭に入ってきやすい。

ザザとふたり、うなずき合いながら貯蔵庫を出た。

そのとき、休憩中のギオとパトリスが楽しげに語り合いながら、中庭から出てくるのが見えた。


「ギオ、すごく……、カッコいいよ?」

「へっへ。儂なんかをマネしちゃいけませんぜ?」

「騎士って、お姫様を守るんでしょう?」

「はははっ。そりゃ、物語の中だけのことですよ」

「……お姫様って、ソランジュ殿下?」

「あ~、ありゃあ……、ちょっと歳が行き過ぎてるかな?」

「え~っ?」

「へっへ。……内緒ですぜ」

「う~ん、分かった!」


パトリスは、わたしに気付くこともなく通り過ぎていった。


「この城の方は、みなさん奔放ですね」


と、柔らかく微笑むオーレリアンに、肩をすくめて苦笑いを返した。

オーレリアンを見送り、部屋に戻る途中、ザザがわたしの顔をのぞき込んだ。


「……アデール?」

「うん? ……なに?」

「あの男は、曲者だぜ?」

「……え? ……オーレリアンのこと?」

「そう。あんまり、深入りすんなよ」

「う~ん……」

「やめとけ、やめとけ」

「ふふっ。……深入りもなにもないわよ。滞在中、ご指導くださるだけだし」

「……それでも、やめとけ。あんまり近寄るな」

「……もう。分かったわよ」


その夜のことだった。

今夜の晩餐会でも、カトランはソランジュ殿下との政治向きのお話ばかりで、わたしに気を遣ってくれることはなかった。


――勅使の王女殿下の方に気を遣うのは当たり前よね……。


と、ひとり、部屋に戻る。

大公家から政略結婚で送り込まれたといっても、捨て子同然の身の上であることを噛み締め、窓の外の夜闇を見詰めた。

結婚後、母女大公からは一通の書簡も届いていない。

わたしのこともガルニエ家も、母が重視しているとは到底思えない。


――このまま、貯蔵庫と帳簿の管理だけをして、生涯を終えるのだろうか……。


ふと、暗い考えに襲われる。

辺境伯に叙爵されるカトランは、母の後ろ盾のないわたしを、果たして丁重に扱い続けてくれるだろうか。

そうなれば、パトリスだって……。

と、そのとき、

コンコンッと、扉をノックする音がした。

我に返って、返事をする。


「オーレリアンです」

「……あら? どうされました?」

「王都から持って来ていた書物の中に、御家の貯蔵庫管理の参考になりそうな記述を見付けまして」

「あら」

「夜分ですが、今日お話したばかりでしたので、早い方が良いかと思い、お持ちさせていただきました」

「それは、ご丁寧に……」


と、扉を開けると、オーレリアンが柔らかな微笑みを浮かべて立っていた。

どこか、ホッとする自分がいた。


「少しご説明させていただきたいのですが……、中に入れていただいても?」

「え……、ええ。どうぞ、お入りになってください」


と、オーレリアンを部屋の中に招き入れる。


「今、ザザにお茶を……」

「いえ、すぐに帰りますから」

「そうですか。……なんだか、申し訳ありませんわね」


と、わたしがソファに座ったとき、オーレリアンが扉を閉めようとしているのが目に入った。


「お待ちください!」

「……なにか?」


と、オーレリアンは目をほそめ、柔和な微笑みを返してきた。

けれど、扉のノブには手をかけたままだ。


「……扉は、そのままで」

「でも、冷えますよ?」


わたしの言葉に苦笑いを返すオーレリアンがそのまま閉めようとする扉に、駆けて飛び付いた。


「扉は閉めないでください」

「ですが、廊下の冷たい風が入ってしまいますよ?」


と、オーレリアンは柔和な笑顔を浮かべたまま、扉を引く力を緩めてくれない。


「ダメです!」

「暖炉の薪が無駄になりますよ?」

「それでも、ダメです!」

「女性が身体を冷やすと大変です」

「ダメなんです! どうしてもと仰られるなら、部屋から出てください!」

「せっかく、書物をお持ちしましたのに」

「明日、カトランの執務室で拝見させていただきます!」

「早い方がいいですよ?」

「それでもです!」

「鉄は熱いうちに打てというヤツですよ?」


扉が閉まらないようにと両手で押さえ、脚で踏ん張る。

なのに、ジリジリと扉が閉まっていく。

城の兵士と違い、線が細く見えるオーレリアンなのに、男の人の力には敵わない。

柔和な笑顔を浮かべたまま、どうしても扉を閉めようとしてくる。


「扉を閉めてはダメです!」

「ちょっとの間だけですよ?」

「ダメなものは、ダメなんです!」


と、扉が閉まり切りそうになったとき、隙間の下の方からニュッと、何かが伸びた。


――ほそい……、腕……? パトリス!!


挟まれたら……と、血の気が引き、わたしは咄嗟に、扉の隙間に肩を押し込んだ。

その瞬間、オーレリアンは強い力で扉を引き、バンッと挟まれた肩に激痛が走る。

痛みのあまり、その場で倒れ込むようにうずくまってしまい、わたしの身体が押し開ける形で、扉が開いた。


「継母上!!」

「……ケガは、ない……? パトリス」


肩を押さえ、激しい痛みに耐えながら、パトリスの顔を見上げた。
感想 20

あなたにおすすめの小説

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

愛人を連れて帰ってきた翌朝、名前すら呼ばれなかった私のもとに王太子殿下が迎えに来ました 〜三年間冷遇された妻、今は毎日名前を呼ばれています〜

まさき
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 夫に名前を呼ばれたことは、一度もなかった。 社交の場ではただ隣に立つだけ。 屋敷では「妻」としてすら扱われない。 それでも、いつかは振り向いてもらえると信じていた。 ――けれど、その期待はあっさりと壊れる。 夫が愛人を伴って帰宅した、その翌朝。 私は離縁状を残し、静かに屋敷を出た。 引き止める者は、誰もいない。 これで、すべて終わったはずだった―― けれどその日、私のもとに現れたのは王太子殿下。 「やっと手放してくれたか。三年も待たされました」 幼い頃から、ただ一人。 私の名前を呼び続けてくれた人。 「――アリシア」 その一言で、凍りついていた心がほどけていく。 一方、私を軽んじ続けた元夫は、 “失ってはいけないもの”を手放したことに、まだ気づいていない。 これは、三年間名前を呼ばれなかった私――アリシアが、 本当の居場所と愛を取り戻す物語。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。 ※表紙イラストは猫様からお借りしています。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。