【完結】側妃のわたしが王子を地下に匿い、王位に就けます! でも、真の敵は姉でした。

三矢さくら

文字の大きさ
46 / 60

46.いまこの道しかない

しおりを挟む
立ち上がった男の人の頬はこけ、黒い髭がザンバラに伸びている。

日に焼けた顔の落ち窪んだ瞳が、爛々と輝いていた。

そして、わたしの顔をみて微かに笑った。

今日、レトキ族の皆から、はじめて見た笑顔だった。


「ヴェーラは、俺のことなんか覚えちゃいねぇだろうが」

「え、ええ……、ごめんなさい」

「……俺は、ヴェーラに手当てしてもらわなかったら、この世にいなかった。あの戦争で死んでたんだ」


幼いわたしが手当てした兵士は無数にいる。ジッと目を凝らしたけれど、男の人を思い出すことは出来なかった。

だけど、男の人の瞳には、親しげに懐かしむ穏やかな光があった。


「トゥイッカ陛下……、いや、トゥイッカは手遅れだって、俺のことを見捨てた。だけどヴェーラは諦めずに手当てを続けてくれた」


男の人は、グルリと一座を見渡した。


「……どうせ、ヴェーラに繋ぎ止めてもらった命だ。俺はヴェーラの好きに使ってもらったのでいい」


わたしの後ろで、カチャリと音がした。

スッと、前に出た謎の客将アーヴィ――アーヴィド王子は兜をかぶったまま、上半身の鎧を脱いでいた。

そして、上着の前をはだけさせる。


「ボクもです。……ボクもヴェーラ陛下の懸命な手当てで、命を救われたのです」


バシッとおおきな音を響かせ、アーヴィド王子がご自分の厚い胸板を叩かれた。

肩口から胸にかけて、おおきな傷跡が這っている。

医師にも薬師にも診せられなかった傷跡は、決してきれいな状態ではない。

けれど、アーヴィド王子はまるで誇られるかのように胸を張り、身体をグルっと半回転させみなに見せた。


「皆さんの知る族長の娘ヴェーラは、人質としてギレンシュテット王国に送られてなお、レトキの族長の娘である誇りを守り続けていたのです」


氏族の長たちの何人かが立ち上がった。

どの瞳にも、光が宿っている。わたしを睨むかのように力強く見詰めてくれる。

意志の力が、わたしに押し寄せる。


「お話は、よく分かりました」


ひとりの長が、口をひらいた。


「私どもの女王になっていただきたい」


そして、次々にわたしへの忠誠を誓い、あたまを下げてゆく氏族の長たち。

やがて、戸惑っていたほかの長たちも、意を決したように次々と立ち上がり、声をあげ、あたまをさげてゆく。


――それで、ワシらになにをお命じになられたんですか?


と、最初に声をあげた老齢の長が、わたしをまっすぐに見た。

もう瞳に迷いも淀みも見られなかった。


「……国と言われても、ワシらには何も分かりません。それでもよければ、ワシらの女王になってくださいませ」


わたしは、静かに車座の中心へと歩み出た。

ぬかるんだ地面。

姉トゥイッカにもらった黄色のドレスの裾は、レトキの土で汚れ、そこからクロユリの刺繍が伸びている。


「わたしをレトキの女王と認めますか?」

「はは――っ!!」


約500人の部族のみなが、わたしに向かって一斉にひれ伏した。


「……あるいは、いまよりツラい現実が待っているかもしれません」


わたしの言葉に、みなが顔を伏せたまま耳を傾けている。


――わたしは、みなの命を預かるのだ。


それでも……、姉に徴発され、王国の内乱を鎮める兵として犬死させられるよりは、きっとマシだと、……信じた。


「わたしは約束します。みずから育てたトナカイの肉は、みずからの子どもたちに。みずから獲った魚も、みずからの子どもたちに。女衆の編んだ織物は、子どもたちを寒さから守るために……。子どもたちを飢えさせず凍えさせない国とすることを、レトキの大地に約束します!!」

「お、お……」


魂を震わせるようなうめき声が、そこかしこから聞こえてくる。

グッと、泣きたい気持ちを抑えた。

ここまで部族の者たちの心を折っていたのかと、わたしは初めて、姉を憎んだ。


「叫べ!!」

「お、おおぉ……」

「喚け!! 大地を震わせよ! それでも、レトキの勇士か!?」

「ウ、ウォ――――ッ!!」


顔をあげた皆が、天にむかって吠えた。


「もっとだ! もっと喚け! レトキの大地を取り戻すのだ!!」


ガラにない、わたしの絶叫に男たちが応え、500人の咆哮が、山々に木霊する。

どの瞳も、涙に濡れていた。

わたしは、ついに帰ってきた。レトキの大地に、故郷に帰還した。

わたしの肩に、後ろからそっと手を乗せてくれたアーヴィド王子。

わたしはふり返り、その兜を取った。


「わが夫になる者にして、王国より取った人質です。王国の第3王子、アーヴィド殿下です」


レモンブロンドの髪を揺らし、アーヴィド王子が優雅な所作でお辞儀をした。

そして、悪戯っぽく笑った。


「ヴェーラ陛下が受け継がれる、レトキ族の技に、命を救われた者でもあります」


わたしがアーヴィド王子に寄り添うと、みなが両膝を突いて、あたまを下げた。

レトキ族が捧げる拝礼。

みなに、すべてを理解してもらってはいないだろう。勢いに流された者たちが大半だろう。

それでも、わたしは進むしかない。

姉トゥイッカが奪ったレトキ族の尊厳を奪い返すには、いましかなく、この道しかないのだ。

わたしはレトキの女王になる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

モンスターを癒やす森暮らしの薬師姫、騎士と出会う

甘塩ます☆
恋愛
冷たい地下牢で育った少女リラは、自身の出自を知らぬまま、ある日訪れた混乱に乗じて森へと逃げ出す。そこで彼女は、凶暴な瘴気に覆われた狼と出会うが、触れるだけでその瘴気を浄化する不思議な力があることに気づく。リラは狼を癒し、共に森で暮らすうち、他のモンスターたちとも心を通わせ、彼らの怪我や病を癒していく。モンスターたちは感謝の印に、彼女の知らない貴重な品々や硬貨を贈るのだった。 そんなある日、森に薬草採取に訪れた騎士アルベールと遭遇する。彼は、最近異常なほど穏やかな森のモンスターたちに違和感を覚えていた。世間知らずのリラは、自分を捕らえに来たのかと怯えるが、アルベールの差し出す「食料」と「服」に警戒を解き、彼を「飯をくれる仲間」と認識する。リラが彼に見せた、モンスターから贈られた膨大な量の希少な品々に、アルベールは度肝を抜かれる。リラの無垢さと、秘められた能力に気づき始めたアルベールは…… 陰謀渦巻く世界で二人の運命はどうなるのか

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...