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第一章 代筆屋と客じゃない客
第六片 市場での再会
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ある晴れた日の午後。しばらく出張に出かけていたゼンが帰ってくることもあり、私はたまには菓子でも作ろうと思った港の近くにある市場まで足を延ばした。
市場がもっとも賑わうのは早朝で、今はあまり人がいない時間帯だ。魚や野菜ならともかく、果物やはちみつを買うには今の時間でも問題ない。
白いシャツにベージュのスカート、動きやすい編み上げブーツを履いた私は、長い髪をハーフアップにして出かけた。いい天気だと自然に心がうきうきしていたのに、家を出てすぐに異変に気づく。
誰かに尾行されている。
路地裏からわざと遠回りして、勘違いであってほしいと願った。でも、その誰かはずっと後をついてくる。
一体何の用……?お金を持っていそうにない私を追っても、たいしたメリットなんてないのに。
ここに引っ越してきたばかりの二年前は、黒目黒髪のめずらしい容姿ということもあり、出かけるたびに好奇な目で見られた。以前は軽薄な男から声がかかることもあったが、もうすっかり街になじんだ今では私に特別な視線を送る者は少なく、まして追ってくる者なんていない。
それに真っ昼間である今は人が少ないといっても、市場周辺はまだそれなりに人通りがあり、裏路地に連れ込まれる可能性はないに等しい。若い女性がひとり歩きできるくらいには治安もいいはずだ。
尾行されていても問題はないけれど、気持ちのいいものではない。
私がわざわざ同じ路地をぐるぐると徘徊し、「尾行に気づいていますよ」感を出してるのにも関わらず、一向に相手は消えてくれないから腹立たしい。そして怖い!
こうなれば仕方がないな。
角を曲がったときに相手の顔を見てやろう、そう思った私は勢いよく走りだした。
そして予定通り、市場の入り口から一本奥にある路地に入り、壁に身を潜めて待機する。すると案の定、ひとりの男が目の前に現れた。
「わっ!」
しまった、と言わんばかりの顔をしたロイさんがそこにいた。
えええ……。このイケメン、何してるの!?
私はじとっと冷たい目で彼を見て、呆れたように口を開いた。
「何の用ですか?警吏さん」
「いやぁ……久しぶりだね」
今日のロイさんは巡回中なのだろう、警吏と一目でわかる黒の隊服に身を包んでいた。見つかってしまった彼は、ばつが悪そうに視線を背ける。いやいやいや、ここは説明してよ。
「私、警吏さんに追いかけまわされるようなこと、してませんけど」
けんか腰にそういえば、ロイは「ん?」と眉根を寄せて小首を傾げた。
「俺がカレンを追ってきたのは、ついさっき、そこの市場前からだよ?」
「は?」
私は驚いて、ロイさんの目をじっと見つめる。嘘は言っていないようだ、とわかると俯いて「おかしいな」と呟きが漏れた。
「君が逃げるようにして路地に入っていったから、気になって追ってきたんだ。見つかったのが早すぎて気まずくなったんだけど……誰かに追われていたの?」
ロイさんは本当に心配してくれているようで、周囲を見渡して警戒している。あいにく彼の後からこの路地に入ってくる者はいなかったし、どうやら尾行してきた人間は諦めたようだ。
それにしても、ロイさんじゃないなら一体誰なんだろう……。さすがに尾行は「イケメンに限る」で通用するものでもないけれど、彼ならまだ問い詰めようがあったのに。
「自宅からここまで、ずっと誰かがついてきていたの。同じところを何度も回っても、ずっと。だからこうやって、路地に入って正体を見てやろうと思って……」
あ。そこまで言って私は気づいた。相手がもし、雇われた裏家業の人間だったなら。
正体を見たその時点で、何らかの危害を加えられる可能性があった。今このときまでそれに気が付かなかったことにゾッと背筋を凍らせた。
急に顔色を悪くした私を見たロイさんが、呆れてため息をつく。
「あのなぁ。今やっと気づいたんだろうけど、女の子がそんなことしたら危険に決まってるだろ?ここに来たのが俺じゃなかったらどうしてたんだよ」
ロイさんの口調が急に気安いものに変わる。仕事モードに切り替えたらしい。
「……すみません」
なんでこの人に謝っているんだろう、そう思ったけれど、ロイさんの顔が怖くてつい謝罪してしまう。美形の怒っている顔って怖いのよ!お腹の前でぎゅっと手を組んで俯くこの状態は、なんだか断罪されているような気分だ。
「とにかく、市場に用事があるんだろう?ほら、いくぞ!」
ぱっと手を捕まれて路地を抜ければ、さきほどよりも人が減っていて、いくつかの露店はすでに店じまいを始めていた。私は手を振りほどこうとしたけれど、ロイさんはかまわず歩みを進める。
「どこいくの?何買うの?」
「えええ!?リンゴと小麦粉。市場の入り口にある、そのお店の」
動揺しつつも買い物の目的を告げると、ロイさんはそのままその店の前に私を引っ張ってきた。そして有無を言わさず店の中に私のことを放り込むと、早く目的のものを買うように視線だけで告げる。
え、怖すぎるんですけれど!横暴!?
お客さんして来たときはあんなに穏やかそうな紳士だったのに、もしかしてこの人、外面と内面がかなり違うタイプ!?
「なぜこんなことに……」
口元を引き攣らせた私は、うながされるがままリンゴと小麦粉を購入して店を出た。ロイさんは店の前で腕組みをしながら私を待っていた。
(なんで待ってるの、この人?もうどこか行ってくれたらいいのに)
私は委縮しながら、「買えました」と小声で報告した。なんだかいけないものを買ってきたみたいだ……。友人でも上司でもない、ただの知り合いにしか過ぎないはずのロイさんが「よし」と偉そうにうなずいたのも謎だ。
「じゃ、帰るぞ!」
「はぁ!?」
問答無用で再び手を引かれ、市場を足早に後にする。私は左手を捕まれて、半ば引きずられるようにして代筆屋へと連れ戻された。
市場がもっとも賑わうのは早朝で、今はあまり人がいない時間帯だ。魚や野菜ならともかく、果物やはちみつを買うには今の時間でも問題ない。
白いシャツにベージュのスカート、動きやすい編み上げブーツを履いた私は、長い髪をハーフアップにして出かけた。いい天気だと自然に心がうきうきしていたのに、家を出てすぐに異変に気づく。
誰かに尾行されている。
路地裏からわざと遠回りして、勘違いであってほしいと願った。でも、その誰かはずっと後をついてくる。
一体何の用……?お金を持っていそうにない私を追っても、たいしたメリットなんてないのに。
ここに引っ越してきたばかりの二年前は、黒目黒髪のめずらしい容姿ということもあり、出かけるたびに好奇な目で見られた。以前は軽薄な男から声がかかることもあったが、もうすっかり街になじんだ今では私に特別な視線を送る者は少なく、まして追ってくる者なんていない。
それに真っ昼間である今は人が少ないといっても、市場周辺はまだそれなりに人通りがあり、裏路地に連れ込まれる可能性はないに等しい。若い女性がひとり歩きできるくらいには治安もいいはずだ。
尾行されていても問題はないけれど、気持ちのいいものではない。
私がわざわざ同じ路地をぐるぐると徘徊し、「尾行に気づいていますよ」感を出してるのにも関わらず、一向に相手は消えてくれないから腹立たしい。そして怖い!
こうなれば仕方がないな。
角を曲がったときに相手の顔を見てやろう、そう思った私は勢いよく走りだした。
そして予定通り、市場の入り口から一本奥にある路地に入り、壁に身を潜めて待機する。すると案の定、ひとりの男が目の前に現れた。
「わっ!」
しまった、と言わんばかりの顔をしたロイさんがそこにいた。
えええ……。このイケメン、何してるの!?
私はじとっと冷たい目で彼を見て、呆れたように口を開いた。
「何の用ですか?警吏さん」
「いやぁ……久しぶりだね」
今日のロイさんは巡回中なのだろう、警吏と一目でわかる黒の隊服に身を包んでいた。見つかってしまった彼は、ばつが悪そうに視線を背ける。いやいやいや、ここは説明してよ。
「私、警吏さんに追いかけまわされるようなこと、してませんけど」
けんか腰にそういえば、ロイは「ん?」と眉根を寄せて小首を傾げた。
「俺がカレンを追ってきたのは、ついさっき、そこの市場前からだよ?」
「は?」
私は驚いて、ロイさんの目をじっと見つめる。嘘は言っていないようだ、とわかると俯いて「おかしいな」と呟きが漏れた。
「君が逃げるようにして路地に入っていったから、気になって追ってきたんだ。見つかったのが早すぎて気まずくなったんだけど……誰かに追われていたの?」
ロイさんは本当に心配してくれているようで、周囲を見渡して警戒している。あいにく彼の後からこの路地に入ってくる者はいなかったし、どうやら尾行してきた人間は諦めたようだ。
それにしても、ロイさんじゃないなら一体誰なんだろう……。さすがに尾行は「イケメンに限る」で通用するものでもないけれど、彼ならまだ問い詰めようがあったのに。
「自宅からここまで、ずっと誰かがついてきていたの。同じところを何度も回っても、ずっと。だからこうやって、路地に入って正体を見てやろうと思って……」
あ。そこまで言って私は気づいた。相手がもし、雇われた裏家業の人間だったなら。
正体を見たその時点で、何らかの危害を加えられる可能性があった。今このときまでそれに気が付かなかったことにゾッと背筋を凍らせた。
急に顔色を悪くした私を見たロイさんが、呆れてため息をつく。
「あのなぁ。今やっと気づいたんだろうけど、女の子がそんなことしたら危険に決まってるだろ?ここに来たのが俺じゃなかったらどうしてたんだよ」
ロイさんの口調が急に気安いものに変わる。仕事モードに切り替えたらしい。
「……すみません」
なんでこの人に謝っているんだろう、そう思ったけれど、ロイさんの顔が怖くてつい謝罪してしまう。美形の怒っている顔って怖いのよ!お腹の前でぎゅっと手を組んで俯くこの状態は、なんだか断罪されているような気分だ。
「とにかく、市場に用事があるんだろう?ほら、いくぞ!」
ぱっと手を捕まれて路地を抜ければ、さきほどよりも人が減っていて、いくつかの露店はすでに店じまいを始めていた。私は手を振りほどこうとしたけれど、ロイさんはかまわず歩みを進める。
「どこいくの?何買うの?」
「えええ!?リンゴと小麦粉。市場の入り口にある、そのお店の」
動揺しつつも買い物の目的を告げると、ロイさんはそのままその店の前に私を引っ張ってきた。そして有無を言わさず店の中に私のことを放り込むと、早く目的のものを買うように視線だけで告げる。
え、怖すぎるんですけれど!横暴!?
お客さんして来たときはあんなに穏やかそうな紳士だったのに、もしかしてこの人、外面と内面がかなり違うタイプ!?
「なぜこんなことに……」
口元を引き攣らせた私は、うながされるがままリンゴと小麦粉を購入して店を出た。ロイさんは店の前で腕組みをしながら私を待っていた。
(なんで待ってるの、この人?もうどこか行ってくれたらいいのに)
私は委縮しながら、「買えました」と小声で報告した。なんだかいけないものを買ってきたみたいだ……。友人でも上司でもない、ただの知り合いにしか過ぎないはずのロイさんが「よし」と偉そうにうなずいたのも謎だ。
「じゃ、帰るぞ!」
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