【本編完結】嫌われ偽聖者の俺に、最狂聖騎士が死ぬほど執心する理由

司馬犬

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2章

7.偽聖者は耳を疑う

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 だが、硬直していたのは一瞬だ。俺を拘束していた者たちは、俺を放り出してフシェンへと対峙する。各自、無言のままナイフを取り出して、構えをとる。
 不審者たちの目には殺意が宿り、辺りは張りつめた空気が漂い、一触即発の状態だ。
 しかし、現状で圧倒的に不利なのはフシェンだ。動ける敵は三人に対して、フシェンは一人。更に剣は先ほど投げてしまったから、今の彼は手ぶらだ。
 どうにかして、剣を渡せれば……!
 ただこの緊張状態で、下手に動くのはまずいだろうということは俺にだってわかる。
 全員の吐息だけが暫し流れ、先に動いたのは不審者だ。何の躊躇いもなく、ナイフを振りかぶり、フシェンに襲い掛かった。

「死ねッ!」

 不審者の動きは速く、俺でも素人の動きではないことがわかる。しかし、フシェンはナイフの突きや払いを最低限の動きで避ける。彼の顔に焦りはなく、舞っているかのような足運びで、回避していた。
 逆に焦りを見せたのは、不審者の方だった。今ここにいるのはフシェンだけだが、先ほどの騒音で異変に気付いた者もいるはずだ。彼らも、それをよくわかっているはずだ。
 だからこそ、焦りを隠しきれない。ナイフの振りが雑な大振りに変わる。そして、それをフシェンは見逃さなかった。

「っ、しま……!」

 大振りだったため、フシェンが避けた際に大きな隙ができる。フシェンは次の瞬間、不審者の手首を掴むと、同時に相手の横顔を殴りつけた。

「がっ」

 顎が砕けたのではないかと思うくらいの音が部屋中に響き渡り、フシェンと対峙していた不審者は床へと崩れ落ちていく。フシェンはいつの間にか、倒れた不審者からナイフを奪い取っており、そこからはあっという間の出来事だった。
 ナイフを手に取ったフシェンは、一気に他の不審者へと距離を詰めると、反撃をさせることなく急所を切り裂き、突き刺した。
その手際に迷いはなく、相手の命を奪うことに慣れ切っていることが一目でわかった。
 一気にフシェンが他二人の不審者の命を奪うと、刺した際に血が散らばり、その血痕は白い部屋のせいでよく目立つ。そして、その返り血を全身に浴びながら、フシェンは眉一つ動かすことなく平然としていた。

「はあ……」

 フシェンの光の宿らない暗い翠色の瞳が部屋の惨状を確認して、詰まらなさそうな吐息を吐く。それに、自分の耳を疑う。
 ──今、溜息をついた。
 それはどう考えても死線を潜り抜けた人間がする表情ではなかった。
 感謝よりも驚きが上回り、呆然としていた俺の側に影が小さく動く。それは、最初に肩を負傷したリーダー格の男だ。

「っ! フシェン、避けろ!」

 リーダー格の男は、ナイフを片手にフシェンへと向かっていく。今の彼にはこちら側が死角だと気付いて、声を上げる。
 フシェンはすぐに俺の声に対して反応して目を向けたが

「フシェン!!」

 フシェンが防御するように前に出した腕にリーダー格のナイフが突き刺さる。その光景に俺の体は凍り付いた。

「は……っ! どうだ、この化け物、っ」

 リーダー格は、最初に負った怪我で血を流し過ぎて弱っているのか、息は荒く、声も弱々しい。しかし、その勝ち誇った言葉は最後まで聞けることはなかった。
 フシェンは痛みにたじろぐこともなく、平然とナイフでリーダー格の男の喉を切り裂いた。血だまりの中に沈んだリーダー格の男の姿を見て、フシェンが勝ったのだと俺は遅れて理解した。
 少し呆然としていたが、すぐに我に返ってフシェンの様子を伺う。
 彼は、刺された傷跡を押さえながら俯いていた。その肩は小さく震え、一瞬だけ怯えているようにも見えたが、そうではなかった。

「っは」

 フシェンは噴き出すような息と共に顔を上げる。

「はは……ははは!」

 フシェンは笑っていた。
 最初は小さく、微かな笑い声だったが次第に興奮したように大きく、辺りに響き渡っていく。
 今の現状に相応しくない表情と様子に、全身の血の気が引いていく。
 彼が顔を上げると先ほどまでとは打って違い、頬を仄かに赤らめ、細められた瞳には光と熱が宿っていた。楽しそうに笑っているが獣のように獰猛で、あるはずのない鋭利な牙が見える気がした。

「ああ、残念だよ。今のは惜しかったのになあ。だが、少し冷静さが足りなかった」

 フシェンは、上機嫌そうに物言わぬ死体に語りかける。そして、ふと腕に突き刺さったままのナイフに気付くと、何でもないように一瞥してから躊躇いなく引き抜き、床へ投げ捨てた。
 当然だが、その傷口から血が流れ、床へと滴り落ちていく。しかしフシェンはそれすら無視して、そのままゆっくりとした足取りで、最初に殴りつけた不審者へとナイフを片手に向かっていく。その不審者はフシェンに殴られ、気を失っているようで床に倒れこんだままだった。
 今この場では唯一の生存者といえるだろう。
 それに気付いた俺は、慌てて立ち上がり、追いかけた。

「フシェン、待て!」

 俺はフシェンの前に回ると、両手を広げて制止する。俺の後方には殴られた不審者が転がっており、彼を背に庇う形だ。
 フシェンは、俺の声に反応してこちらに目を向ける。それは、ついさっきのものとは違い、暗く沈んだ虚ろな瞳だった。
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