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3章
8.偽聖者は教皇に会う
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神皇宮殿内で教皇がいる場所は最上階だ。最上階の全てが教皇のためにあり、その階には聖者であっても許可がなければ上がれない。
厳重な警備で守られ、徹底した管理によって虫一匹さえ入らせないと言われている場所に今俺は立っている。
最上階だからといって、特に特別な飾りはない。むしろ下とは違い神像などが一切ない。内装も下よりずっと普通だ。
俺が興味本位で辺りを見渡していると、俺の手が強く握られた。
「レダ様! 何かありましたら、このミトラに頼ってくださいませ!」
「は、はい」
俺の手をそっと握り隣に付き添っているのは、あのミトラ司教だ。教皇に会いに行くには付き添い人が一人必要であり、それに手を上げたのがミトラ司教だ。
ミトラ司教はこれでも次期大司教候補であり、教会内では結構立場の高い人物らしい。付き添い人としては十分といえる人物で、今では俺の信奉者だ。
さきほどから、うっとりとした目で見られているので少々戸惑っている。
俺は嫌われ続けの人生だったので、こうして真正面から隠すことなく好意を向けられることに慣れていないのだ。
「正装も、とてもよくお似合いです!」
ミトラ司教が褒めている聖者の正装と言われている衣服だ。白で統一されたその正装を着ているが、これがかなり動きづらい。
地面につきそうなほどに長いストールには煌びやかな金属や宝石の飾りが複数つけられ、裾が地面を引きずるほど長いローブの先にも同じように金属の飾りがつけられている。その重さは結構なもので、一人では走ることも難しい。
肩越しに後ろを振り向くと、フシェンは俺のローブの裾を持っている。正直、フシェンがこうして持ってくれているからこそまともに歩けていると言っていいだろう。
……もしかして、付添人が必要というのはこの衣装のせいかもしれないな。
「ミトラ司教は、教皇猊下にお会いしたことはありますか?」
「はい、とてもお優しい方ですのでレダ様もご安心ください」
ミトラ司祭からは予想していた通りの返答が返ってきたが、軽く微笑んで頷いた。まあ、ここで教皇の文句を言うはずはない。
『神の声なんて聞けない、嘘つき教皇だけどね!』
金色の霧が描く文字を読んで、口許が僅かに緩む。今回はゴートも同行している。彼いわく嘘つきな教皇の顔を一目見てやりたいとのことだ。
教皇──この聖教国ダイトヤの実質的な最高権力者。
代々の教皇は神の声が聞けるとされ、彼の言葉は神の言葉とされている。そのため、シャウーマ教徒で彼に逆らうものはいない。
しかし、ゴートが言うには神の声を聞ける教皇はずっと前からおらず、今の教皇も神の声など聞けない普通の人間らしい。
俺はそれを知っているだけに胡散臭いと感じるのだが、それでもこの国で教皇に逆らうということは全国民を敵に回すようなものといってもいいだろう。
実際、あのフシェンでさえ教皇を尊敬しているというのだから驚きだ。
そんな教皇に、今から会いに行くわけだから流石に俺も緊張する。
幸いにも呪いの効力は落ちているらしいので、初対面から最悪な事態には陥らないはずだが、不安は拭いきれない。
「レダ様、到着しました」
背後からフシェンの声が、聞こえて俺は足を止める。俺が足を止めたのは俺の背丈の倍はあるだろう両開きの扉の前だ。金色の細工が施された白で染まった両扉の隣には、神官が立っており、俺を見ると深々と頭を下げた。
「さあさあ、レダ様! お入りください!」
ミトラ司祭が興奮で頬を赤らめながら、両扉へ掌を向ける。
この扉の向こうが、教皇が待っている聖者の間だ。ここから先は教皇と聖者しか入ることを許されず、付添人も聖騎士も同行できない。ここで教皇からの祝福を受け、無事認められれば、大聖堂に祈りを捧げに向かい、それが終われば付添人が主催した小さな宴が待っているそうだ。
俺は、後ろを振り返ってフシェンの顔を見た。丁度目が合うと、彼は何でもないように穏やかに微笑んだ。そのお陰で、緊張しきった体の力が少し抜けていく。
俺が扉に向き直ると、神官たちがその扉を開く。そして俺はゆっくりとその扉の先へ足を踏み入れた。
入って辺りを見渡している間に、扉は静かに閉じられる。
広間は吹き抜けの天井になっており、かなり広い。床には白の絨毯が真っ直ぐに敷かれており、前方には大きなステンドグラスの窓があった。そこから微かに差し込む日差しで、美しい輝きをみせている。
早朝に起きたというのに、正装の準備や手順の説明などがあったため、もうこんな時間だ。正直ここまでで疲れ切っていて早く終わらせて、戻りたいというのが本音だ。
説明された手順通りなら、俺は教皇から声を掛けられるまで待機しなければならない。
「……」
しかし、どれだけ待っても声は掛からない。
説明されたところによると、教皇との時間は十分程度で終了だと聞いている。だというのに、既にそれくらいの時間は過ぎていた。
『ねえ、レダ。来ないならもう帰っちゃおうよ』
ゴートの言葉に小さく頭を振る。さすがにそうはいかないだろう。それでも、ゴートの言葉に焦った心が落ち着いてくる。情けないが、今ここにゴートがついて来てくれていて助かった。
「……聖者候補のレダが、教皇猊下へのご挨拶に参りました」
このままでいるのもまずいかと思い、少し大きめに声をかける。そのまま暫し待っているが、やはり返答はない。辺りは静まり返っており、物音一つ聞こえない。
──もしかして、教皇に何かあったのか?
ここまで反応がないとなると、さすがに俺も不安になる。少しだけ様子を伺おうと歩き出すが、衣服がかなり重い。必死に地面を踏みしめ、ゆっくりゆっくりと数歩進んだ時だった。
厳重な警備で守られ、徹底した管理によって虫一匹さえ入らせないと言われている場所に今俺は立っている。
最上階だからといって、特に特別な飾りはない。むしろ下とは違い神像などが一切ない。内装も下よりずっと普通だ。
俺が興味本位で辺りを見渡していると、俺の手が強く握られた。
「レダ様! 何かありましたら、このミトラに頼ってくださいませ!」
「は、はい」
俺の手をそっと握り隣に付き添っているのは、あのミトラ司教だ。教皇に会いに行くには付き添い人が一人必要であり、それに手を上げたのがミトラ司教だ。
ミトラ司教はこれでも次期大司教候補であり、教会内では結構立場の高い人物らしい。付き添い人としては十分といえる人物で、今では俺の信奉者だ。
さきほどから、うっとりとした目で見られているので少々戸惑っている。
俺は嫌われ続けの人生だったので、こうして真正面から隠すことなく好意を向けられることに慣れていないのだ。
「正装も、とてもよくお似合いです!」
ミトラ司教が褒めている聖者の正装と言われている衣服だ。白で統一されたその正装を着ているが、これがかなり動きづらい。
地面につきそうなほどに長いストールには煌びやかな金属や宝石の飾りが複数つけられ、裾が地面を引きずるほど長いローブの先にも同じように金属の飾りがつけられている。その重さは結構なもので、一人では走ることも難しい。
肩越しに後ろを振り向くと、フシェンは俺のローブの裾を持っている。正直、フシェンがこうして持ってくれているからこそまともに歩けていると言っていいだろう。
……もしかして、付添人が必要というのはこの衣装のせいかもしれないな。
「ミトラ司教は、教皇猊下にお会いしたことはありますか?」
「はい、とてもお優しい方ですのでレダ様もご安心ください」
ミトラ司祭からは予想していた通りの返答が返ってきたが、軽く微笑んで頷いた。まあ、ここで教皇の文句を言うはずはない。
『神の声なんて聞けない、嘘つき教皇だけどね!』
金色の霧が描く文字を読んで、口許が僅かに緩む。今回はゴートも同行している。彼いわく嘘つきな教皇の顔を一目見てやりたいとのことだ。
教皇──この聖教国ダイトヤの実質的な最高権力者。
代々の教皇は神の声が聞けるとされ、彼の言葉は神の言葉とされている。そのため、シャウーマ教徒で彼に逆らうものはいない。
しかし、ゴートが言うには神の声を聞ける教皇はずっと前からおらず、今の教皇も神の声など聞けない普通の人間らしい。
俺はそれを知っているだけに胡散臭いと感じるのだが、それでもこの国で教皇に逆らうということは全国民を敵に回すようなものといってもいいだろう。
実際、あのフシェンでさえ教皇を尊敬しているというのだから驚きだ。
そんな教皇に、今から会いに行くわけだから流石に俺も緊張する。
幸いにも呪いの効力は落ちているらしいので、初対面から最悪な事態には陥らないはずだが、不安は拭いきれない。
「レダ様、到着しました」
背後からフシェンの声が、聞こえて俺は足を止める。俺が足を止めたのは俺の背丈の倍はあるだろう両開きの扉の前だ。金色の細工が施された白で染まった両扉の隣には、神官が立っており、俺を見ると深々と頭を下げた。
「さあさあ、レダ様! お入りください!」
ミトラ司祭が興奮で頬を赤らめながら、両扉へ掌を向ける。
この扉の向こうが、教皇が待っている聖者の間だ。ここから先は教皇と聖者しか入ることを許されず、付添人も聖騎士も同行できない。ここで教皇からの祝福を受け、無事認められれば、大聖堂に祈りを捧げに向かい、それが終われば付添人が主催した小さな宴が待っているそうだ。
俺は、後ろを振り返ってフシェンの顔を見た。丁度目が合うと、彼は何でもないように穏やかに微笑んだ。そのお陰で、緊張しきった体の力が少し抜けていく。
俺が扉に向き直ると、神官たちがその扉を開く。そして俺はゆっくりとその扉の先へ足を踏み入れた。
入って辺りを見渡している間に、扉は静かに閉じられる。
広間は吹き抜けの天井になっており、かなり広い。床には白の絨毯が真っ直ぐに敷かれており、前方には大きなステンドグラスの窓があった。そこから微かに差し込む日差しで、美しい輝きをみせている。
早朝に起きたというのに、正装の準備や手順の説明などがあったため、もうこんな時間だ。正直ここまでで疲れ切っていて早く終わらせて、戻りたいというのが本音だ。
説明された手順通りなら、俺は教皇から声を掛けられるまで待機しなければならない。
「……」
しかし、どれだけ待っても声は掛からない。
説明されたところによると、教皇との時間は十分程度で終了だと聞いている。だというのに、既にそれくらいの時間は過ぎていた。
『ねえ、レダ。来ないならもう帰っちゃおうよ』
ゴートの言葉に小さく頭を振る。さすがにそうはいかないだろう。それでも、ゴートの言葉に焦った心が落ち着いてくる。情けないが、今ここにゴートがついて来てくれていて助かった。
「……聖者候補のレダが、教皇猊下へのご挨拶に参りました」
このままでいるのもまずいかと思い、少し大きめに声をかける。そのまま暫し待っているが、やはり返答はない。辺りは静まり返っており、物音一つ聞こえない。
──もしかして、教皇に何かあったのか?
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