【本編完結】嫌われ偽聖者の俺に、最狂聖騎士が死ぬほど執心する理由

司馬犬

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3章

7.聖騎士は添い寝する

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「どうして、こんなことをした!」
 
 黒色の髪の男が、地面に蹲りながら大声で叫んでいる。地面を両手で殴り続けており、その顔は見えないが、彼の声で泣いているのだということはわかった。
 ああ、これは夢だ。
 俺は、それをぼんやりと理解した。
 辺りを見渡すと、見たことのある場所でどうやら神皇宮殿であることは間違いないようだ。しかし、内装は変化しており、飾られてある神像や壁には傷一つなく、新品のように美しかった。
 
「……っう、う……っ!」
 
 床に座り込んでいた男は慟哭しながら、繰り返し拳で床を叩く。その勢いは、拳が傷つく程に激しく、殴り続けている床には血が僅かに付着していた。
 何をそこまで悲しんでいるのか、俺にはわからない。しかし、自分自身を痛めつける行為は見ていて気持ちいいものではなく、どうにか止めてやりたいのだが指一つ動かすことができない。
 もちろん、声も出せず、動かすことが出来るのは目線だけだ。
 
「なぜ……!」
 
 その時、男は叫びながら顔を上げ、俺はその男の顔を見て心臓が止まりそうになった。
 ──フシェン……?
 黒い髪に翠色の瞳。どこをどう見てもフシェン・イザリティス、その人だった。
 しかし、そのフシェンに似た男は彼とは決定的に違う点がある。それは瞳に宿る激しい怒りだ。
 俺は、どんな状況であれ、あんな憎い相手を見るような目でフシェンに見られたことがない。
 
「これは裏切りだ、わかっているだろう!」
 
 フシェンに似た男の怒りに満ちた目が、射殺すように鋭く睨みつける。声と視線が俺を責め立てていく。
 裏切り? 誰が誰を裏切った?
 彼が何に怒っているかもわからないのに、罪悪感がどっと押し寄せてきて、心臓に突き刺さるような痛みが走る。ずきずきと、痛み続けてこの場からいますぐに逃げ出したいと思うほどだ。
 
「答えろ……今すぐ答えろッ!」
 
 当然だがフシェンに似た男が何と答えてほしいか、わからない。俺は先ほどから訳のわからない状況でずっと理不尽な怒りをぶつけられている。しかし、なぜか彼に対して怒りの感情が沸いてこなかった。
 むしろ、ずっと申し訳ないと、謝りたいと思っている。多分、話すことができていたら、この感情に任せて謝罪していたはずだ。
 そうしてあげたいと、俺はずっと思っている。
 怒りに染まった翠色の瞳からは涙が溢れ続けていて、それを止めることが出来るなら何でもしたかった。
 必死に手に力を入れ続けていると、少しだけ手が動く。そのまま、その手を彼に向けて触れようとした時だった。
 
 ◆◆◆
 
「やっと起きたね。おはよう、レダ」
 
 俺を上から覗き込む翠色の瞳と間近で目が合った。
 一瞬、今ここがどこかなのかわからなくなり、混乱する。ただ目の前には優しさに満ちた瞳が俺を温かく見守っているのがわかって、彼がフシェンであるとわかった。それでもすぐに思考が追い付いてこなくて、呆然とフシェンを見つめてしまう。
 
「もしかして……これは誘われてる?」
「は?」
 
 そういわれて、いつの間にかベッドの上で、俺がフシェンを抱きしめていることに気付いた。
 俺は縋りつくようにフシェンの体に両腕をしっかりと巻き付けていた。フシェンは俺に覆いかぶさる体勢になっており、俺の顔横に手を付いている。
 
「言われた通り時間通りに起こしに来たら、急に抱き付いてきて……ベッドに引っ張り込まれたんだ」
 
 フシェンの言葉通りなら、どうやら俺は先ほどの夢のせいで寝ぼけてフシェンに抱き付いたようだ。
 何をやっているんだ俺は。
 自分自身の失態に打ちのめされていると、するりと服の下に入ってきたフシェンの指先が下着越しに俺の性器に軽く触れた。
 
「あ……っ! な、何をしている!」
 
 びくりと体が跳ね、思わず甘さを含む声が漏れてしまい、歯噛みしたくなる。フシェンを睨みつけるが、彼は悪意が一欠けらも見えない綺麗な微笑みを作り上げた。
 
「朝勃ちしているなら、以前のように手を貸そうかと思って」
「していないので結構だ!」
 
 今の俺はフシェンへの恋心を自覚しているのだ。以前のようなことをされたら、と思うと羞恥心で死んでしまう。俺が両手を解いて、フシェンの肩を軽く押すと彼はすんなり体を引いた。
 
「それは、残念だ。それにしても、あんな寝ぼけ方をするなんて嫌な夢でも見たのかな」
 
 フシェンの言葉を聞いて、思い出したのは夢の内容だ。目が覚めると忘れることの多い夢だが今回に限ってしっかりと内容を覚えていた。
 内容だけ見るなら、見覚えのないことで知らない男に罵られていた夢で、どう考えても嫌な夢といえるだろう。
 
「……夢」
 
 俺は起き上がり、独り言のように小さく呟いた。ベッドから離れたフシェンは窓へと向かい、かかっていたカーテンを開く。既に朝日は昇っており眩しい日差しが部屋の中へ差し込む。それに目を眇めながら、俺の口は自然と動いた。
 
「いや……嫌な夢じゃなかった」
 
 ──気が付くと、そう断言していた。
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