【本編完結】嫌われ偽聖者の俺に、最狂聖騎士が死ぬほど執心する理由

司馬犬

文字の大きさ
57 / 81
3章

17.偽聖者は神業務を続ける

しおりを挟む
 まるで誰かに呼ばれるように、自然と目が覚めた。
 意識を取り戻すと同時に目蓋が開き、辺りを見渡す。一瞬、見慣れない景色ばかりで、混乱したが段々とここがヴァルギース公爵家なのだと思い出していく。
 その時、ふと隣で眠るフシェンに気付いて、思わず声が出そうになった。裸のフシェンを見るだけで、昨晩の行為と会話を生々しく思い出す。カッと顔に熱が上がり、両手で顔を覆って俯く。
 ……ここが誰もいない部屋だったら、叫んでいたかもしれない。
 俺はゆっくりと体を起こして、ベッドから降りる。目は完璧に冴えてしまっており、何故だかじっとしていられない。体の節々は痛み、気だるいが誰かに呼ばれたかのように窓際に向かって歩き出す。
 窓には俺の姿が映っている。俺の首元には発疹だと疑えるほどにフシェンが付けた痕が残っており、居たたまれない。
 しかし、一見するだけでも行為の証明となるのはそれくらいのもので、衣服も着ており、涙や汗で濡れた体もさっぱりしている。
 ……フシェンが、綺麗にしてくれたのだろうな。
 窓の向こうは既に深夜であり、星が煌めいている。そして、その星を見た時に息を呑む。何故自分が目覚めてしまったのか、わかった。
 ──ナヴィの星。
 多くの出来事が起こって、すっかり頭から抜けていた。今日は、俺の神業務を行う日だ。急いで、神業務を始めなくてはならない。
 ……だが。
 俺は後ろを振り返って、フシェンに目を向ける。フシェンからは規則正しい寝息が聞こえ、熟睡しているようにみえる。
 彼にしては珍しいが、さすがに疲労が溜まっていたのかもしれない。それでも、夜明けより早く目が覚めたりしたら、俺が側にいないことに気付くだろう。
 それに、側にゴートはいない。今夜は、神業務なんてやめてフシェンの隣にいたいというのが本音だ。
 しかし、思い出すのはゴートの言葉だ。
 
『で、でも忘れないでよ! 神業務を一回でも怠ったらまた戻っちゃうかもしれないからね』
 
 そうだ。一回でも怠れば、俺は嫌われ者に逆戻りする。もし、そうなったとしても知らない人に嫌われるのは構わない。それは、いつものように前向きに考えられる。
 だが、その呪いのせいでフシェンに嫌われたら?
 思わず唇をぐっと噛み締める。心臓がすごく痛い。誰かに心臓を直接鷲掴みにされているかのように、苦しくなる。
 それだけは無理だった。フシェンに愛していると言って貰ったのに。
 初めて愛した人なのに。そんな風に嫌われると考えるだけで、胸が張り裂けそうだ。
 軽い深呼吸で、自分を落ち着かせる。
 大丈夫だ。さっと終わらせて帰ってこればいい。
 もし、いないことに気付かれても少し部屋から離れていただけだと伝えればいい。俺は意を決して、窓に触れた。
 そうすると、いつものように段々と俺の姿は浸食されていくように消えていく。そして完全に人間から神に変わった時、いつも肩に感じる重みも温かさもないことが寂しかった。
 はやく、終わらせよう。
 俺はそっと目を閉じる。耳を澄ましながら探すのは、人間の切実な願いだ。今この国にいる多くの人間から、純粋に神に祈り、願いを叶えてほしいと望んでいる人間。
 
『──頼む。本当に神がいるというなら』
 
 そして、それはすぐに聞こえた。後はいつも通り、声の主の側にいって願いを叶えるだけだ。
 指を鳴らすと、一瞬で辺りの景色が変わる。いつものように願いを求める声の持ち主がいる場所に移動したのだろう。そこは壁一面を覆う書棚と深紅の革張りの椅子、どこかで見たことのある内装の部屋だ。
 
「ここは、執務室か……?」
 
 先ほどスカルドがいたヴァルギース家の執務室だ。前世では俺も使っていた部屋だからこそ、よく覚えている。
 それにしても、どうしてここに移動したんだ。俺は、声に従ってやってきたはずなのに。
 その時、ふと気づいた。
 ──机の影から少しだけ足が見えている。
 
「まさか、ッ!」
 
 俺は、慌てて机の後ろに回り込むと、そこには床に倒れ込んだスカルドの姿があった。
 
「公爵閣下!」
 
 俺の声は届かないとわかっているのに反射的に呼び掛けて、駆け寄る。彼は胸元を押さえた状態で、目を閉じて苦し気に呻いている。触れることはできないのに、側に跪いてその様子を窺う。
 なんで、どうして倒れているんだ……!
 予想にしていない現状に困惑して、体が凍りつく。しかし、すぐに俺は重要なことを思い出した。
 ……そうだ。スカルドは、死ぬのか。
 前世通りなら、ちょうどこのくらいだ。原因不明の流行り病で亡くなったから遺体に会うことさえ許されなかった。確か、先にスカルドが死に、その一か月後くらいに兄であるネイスが同じ病で死んだはずだ。
 先ほど会ったときは、元気そうに見えたが……態度に出ていなかっただけで病で苦しんでいたのだろうか。
 その顔色を窺おうと、注目した時にあることに気付く。
 
「灰色……?」
 
 首元から微かに見えるのは灰色に変色した肌だった。それはゴートを侵しているものと似ている。いや、同じだと確信できた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...