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3章
17.偽聖者は神業務を続ける
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まるで誰かに呼ばれるように、自然と目が覚めた。
意識を取り戻すと同時に目蓋が開き、辺りを見渡す。一瞬、見慣れない景色ばかりで、混乱したが段々とここがヴァルギース公爵家なのだと思い出していく。
その時、ふと隣で眠るフシェンに気付いて、思わず声が出そうになった。裸のフシェンを見るだけで、昨晩の行為と会話を生々しく思い出す。カッと顔に熱が上がり、両手で顔を覆って俯く。
……ここが誰もいない部屋だったら、叫んでいたかもしれない。
俺はゆっくりと体を起こして、ベッドから降りる。目は完璧に冴えてしまっており、何故だかじっとしていられない。体の節々は痛み、気だるいが誰かに呼ばれたかのように窓際に向かって歩き出す。
窓には俺の姿が映っている。俺の首元には発疹だと疑えるほどにフシェンが付けた痕が残っており、居たたまれない。
しかし、一見するだけでも行為の証明となるのはそれくらいのもので、衣服も着ており、涙や汗で濡れた体もさっぱりしている。
……フシェンが、綺麗にしてくれたのだろうな。
窓の向こうは既に深夜であり、星が煌めいている。そして、その星を見た時に息を呑む。何故自分が目覚めてしまったのか、わかった。
──ナヴィの星。
多くの出来事が起こって、すっかり頭から抜けていた。今日は、俺の神業務を行う日だ。急いで、神業務を始めなくてはならない。
……だが。
俺は後ろを振り返って、フシェンに目を向ける。フシェンからは規則正しい寝息が聞こえ、熟睡しているようにみえる。
彼にしては珍しいが、さすがに疲労が溜まっていたのかもしれない。それでも、夜明けより早く目が覚めたりしたら、俺が側にいないことに気付くだろう。
それに、側にゴートはいない。今夜は、神業務なんてやめてフシェンの隣にいたいというのが本音だ。
しかし、思い出すのはゴートの言葉だ。
『で、でも忘れないでよ! 神業務を一回でも怠ったらまた戻っちゃうかもしれないからね』
そうだ。一回でも怠れば、俺は嫌われ者に逆戻りする。もし、そうなったとしても知らない人に嫌われるのは構わない。それは、いつものように前向きに考えられる。
だが、その呪いのせいでフシェンに嫌われたら?
思わず唇をぐっと噛み締める。心臓がすごく痛い。誰かに心臓を直接鷲掴みにされているかのように、苦しくなる。
それだけは無理だった。フシェンに愛していると言って貰ったのに。
初めて愛した人なのに。そんな風に嫌われると考えるだけで、胸が張り裂けそうだ。
軽い深呼吸で、自分を落ち着かせる。
大丈夫だ。さっと終わらせて帰ってこればいい。
もし、いないことに気付かれても少し部屋から離れていただけだと伝えればいい。俺は意を決して、窓に触れた。
そうすると、いつものように段々と俺の姿は浸食されていくように消えていく。そして完全に人間から神に変わった時、いつも肩に感じる重みも温かさもないことが寂しかった。
はやく、終わらせよう。
俺はそっと目を閉じる。耳を澄ましながら探すのは、人間の切実な願いだ。今この国にいる多くの人間から、純粋に神に祈り、願いを叶えてほしいと望んでいる人間。
『──頼む。本当に神がいるというなら』
そして、それはすぐに聞こえた。後はいつも通り、声の主の側にいって願いを叶えるだけだ。
指を鳴らすと、一瞬で辺りの景色が変わる。いつものように願いを求める声の持ち主がいる場所に移動したのだろう。そこは壁一面を覆う書棚と深紅の革張りの椅子、どこかで見たことのある内装の部屋だ。
「ここは、執務室か……?」
先ほどスカルドがいたヴァルギース家の執務室だ。前世では俺も使っていた部屋だからこそ、よく覚えている。
それにしても、どうしてここに移動したんだ。俺は、声に従ってやってきたはずなのに。
その時、ふと気づいた。
──机の影から少しだけ足が見えている。
「まさか、ッ!」
俺は、慌てて机の後ろに回り込むと、そこには床に倒れ込んだスカルドの姿があった。
「公爵閣下!」
俺の声は届かないとわかっているのに反射的に呼び掛けて、駆け寄る。彼は胸元を押さえた状態で、目を閉じて苦し気に呻いている。触れることはできないのに、側に跪いてその様子を窺う。
なんで、どうして倒れているんだ……!
予想にしていない現状に困惑して、体が凍りつく。しかし、すぐに俺は重要なことを思い出した。
……そうだ。スカルドは、死ぬのか。
前世通りなら、ちょうどこのくらいだ。原因不明の流行り病で亡くなったから遺体に会うことさえ許されなかった。確か、先にスカルドが死に、その一か月後くらいに兄であるネイスが同じ病で死んだはずだ。
先ほど会ったときは、元気そうに見えたが……態度に出ていなかっただけで病で苦しんでいたのだろうか。
その顔色を窺おうと、注目した時にあることに気付く。
「灰色……?」
首元から微かに見えるのは灰色に変色した肌だった。それはゴートを侵しているものと似ている。いや、同じだと確信できた。
意識を取り戻すと同時に目蓋が開き、辺りを見渡す。一瞬、見慣れない景色ばかりで、混乱したが段々とここがヴァルギース公爵家なのだと思い出していく。
その時、ふと隣で眠るフシェンに気付いて、思わず声が出そうになった。裸のフシェンを見るだけで、昨晩の行為と会話を生々しく思い出す。カッと顔に熱が上がり、両手で顔を覆って俯く。
……ここが誰もいない部屋だったら、叫んでいたかもしれない。
俺はゆっくりと体を起こして、ベッドから降りる。目は完璧に冴えてしまっており、何故だかじっとしていられない。体の節々は痛み、気だるいが誰かに呼ばれたかのように窓際に向かって歩き出す。
窓には俺の姿が映っている。俺の首元には発疹だと疑えるほどにフシェンが付けた痕が残っており、居たたまれない。
しかし、一見するだけでも行為の証明となるのはそれくらいのもので、衣服も着ており、涙や汗で濡れた体もさっぱりしている。
……フシェンが、綺麗にしてくれたのだろうな。
窓の向こうは既に深夜であり、星が煌めいている。そして、その星を見た時に息を呑む。何故自分が目覚めてしまったのか、わかった。
──ナヴィの星。
多くの出来事が起こって、すっかり頭から抜けていた。今日は、俺の神業務を行う日だ。急いで、神業務を始めなくてはならない。
……だが。
俺は後ろを振り返って、フシェンに目を向ける。フシェンからは規則正しい寝息が聞こえ、熟睡しているようにみえる。
彼にしては珍しいが、さすがに疲労が溜まっていたのかもしれない。それでも、夜明けより早く目が覚めたりしたら、俺が側にいないことに気付くだろう。
それに、側にゴートはいない。今夜は、神業務なんてやめてフシェンの隣にいたいというのが本音だ。
しかし、思い出すのはゴートの言葉だ。
『で、でも忘れないでよ! 神業務を一回でも怠ったらまた戻っちゃうかもしれないからね』
そうだ。一回でも怠れば、俺は嫌われ者に逆戻りする。もし、そうなったとしても知らない人に嫌われるのは構わない。それは、いつものように前向きに考えられる。
だが、その呪いのせいでフシェンに嫌われたら?
思わず唇をぐっと噛み締める。心臓がすごく痛い。誰かに心臓を直接鷲掴みにされているかのように、苦しくなる。
それだけは無理だった。フシェンに愛していると言って貰ったのに。
初めて愛した人なのに。そんな風に嫌われると考えるだけで、胸が張り裂けそうだ。
軽い深呼吸で、自分を落ち着かせる。
大丈夫だ。さっと終わらせて帰ってこればいい。
もし、いないことに気付かれても少し部屋から離れていただけだと伝えればいい。俺は意を決して、窓に触れた。
そうすると、いつものように段々と俺の姿は浸食されていくように消えていく。そして完全に人間から神に変わった時、いつも肩に感じる重みも温かさもないことが寂しかった。
はやく、終わらせよう。
俺はそっと目を閉じる。耳を澄ましながら探すのは、人間の切実な願いだ。今この国にいる多くの人間から、純粋に神に祈り、願いを叶えてほしいと望んでいる人間。
『──頼む。本当に神がいるというなら』
そして、それはすぐに聞こえた。後はいつも通り、声の主の側にいって願いを叶えるだけだ。
指を鳴らすと、一瞬で辺りの景色が変わる。いつものように願いを求める声の持ち主がいる場所に移動したのだろう。そこは壁一面を覆う書棚と深紅の革張りの椅子、どこかで見たことのある内装の部屋だ。
「ここは、執務室か……?」
先ほどスカルドがいたヴァルギース家の執務室だ。前世では俺も使っていた部屋だからこそ、よく覚えている。
それにしても、どうしてここに移動したんだ。俺は、声に従ってやってきたはずなのに。
その時、ふと気づいた。
──机の影から少しだけ足が見えている。
「まさか、ッ!」
俺は、慌てて机の後ろに回り込むと、そこには床に倒れ込んだスカルドの姿があった。
「公爵閣下!」
俺の声は届かないとわかっているのに反射的に呼び掛けて、駆け寄る。彼は胸元を押さえた状態で、目を閉じて苦し気に呻いている。触れることはできないのに、側に跪いてその様子を窺う。
なんで、どうして倒れているんだ……!
予想にしていない現状に困惑して、体が凍りつく。しかし、すぐに俺は重要なことを思い出した。
……そうだ。スカルドは、死ぬのか。
前世通りなら、ちょうどこのくらいだ。原因不明の流行り病で亡くなったから遺体に会うことさえ許されなかった。確か、先にスカルドが死に、その一か月後くらいに兄であるネイスが同じ病で死んだはずだ。
先ほど会ったときは、元気そうに見えたが……態度に出ていなかっただけで病で苦しんでいたのだろうか。
その顔色を窺おうと、注目した時にあることに気付く。
「灰色……?」
首元から微かに見えるのは灰色に変色した肌だった。それはゴートを侵しているものと似ている。いや、同じだと確信できた。
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