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3章
19.聖騎士は怒る
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「……だ、レダ!」
遠くで誰かが、俺を呼んでいるのが聞こえる。
その声があまりにも必死に呼ぶものだから、俺は答えなくてはいけない気がして、唇を必死に動かした。
「……フシェ……ン?」
その声の持ち主に気付くより早く、反射的に声が出た。同時に薄く目蓋を開くと、そこには確かにフシェンがいた。
ぼんやりとフシェンを見つめると、彼にしては珍しく酷く狼狽えており、余裕のないその顔は真っ青だった。
俺と目線が合うと、小さく息を飲んで眉を顰めて、唇を噛む。それは今にも泣き出しそうな表情にも見えた。
「急に部屋からいなくなって、心配したよ。どうしてここにいたんだ」
フシェンは両腕で俺を抱き上げており、そのまま胸元に引き寄せられるように強く抱き締められる。
フシェンのそんな様子と言葉を聞いて、ようやく鈍っていた頭にまともな思考が戻ってくる。
そうだ。俺は、スカルドを助けるために無理矢理願いを叶えたせいで……。
慌てて目線を執務室の窓に向けると、既に朝日が差し込んでいる。その眩い光が今は忌々しく、憎たらしい。
……やってしまった。
どうやら、ここで朝まで気を失っていたらしい。夜明けになって人間に戻った俺をフシェンが見つけてくれたのだろう。
フシェンからすれば、目覚めたら俺がいなくなっていた訳だ。状況が状況なだけに、彼が心配しないわけがない。必死になって探してくれたことが想像でき、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
横目で、スカルドを確認するが苦しんでいる様子もなく、まだ意識は戻ってはいないが、呼吸は安定しているように見える。そんな彼の側には、ネイスが無表情のまま立っていた。彼がここにいることも驚きだ、もしかしたらフシェンが呼び寄せたのだろうか。
俺は、フシェンの腕から離れ、床に座り込む。さすがに兄であるネイスの前だ。ある程度の節度は必要だ。
「す、すまない。少し今朝方散歩していたら、執務室から声と物音が聞こえて……」
馬鹿正直に伝える訳にもいかず、適当に真実と嘘を混ぜて説明する。心は痛むが、こればかり仕方ない。
異変を感じて執務室に入ったら、スカルドが倒れており、人を呼ぼうとしたら転んで頭を打ったということにすればいい。続けて、そう口にしようとした時だ。
「レダ、今すぐ服を脱げ」
「は?」
いつの間にか、俺のすぐ側に来ていたネイスが、突如そう言い放った。
俺が困惑して固まっていると、ネイスは何も言わず屈んで、俺の衣服を掴んで力任せに引っ張った。
ビリッと布が裂ける音と共に釦がいくつか宙に舞う。
「な、なにを!」
突然のことに喚くしか出来ない。女性ではないので、裸体を晒すことにそこまで抵抗感はないが、ネイスの突然の行動に驚きは隠せない。しかし、そこでネイスの腕を掴んで止めたのはフシェンだった。
「レダ様の親族とはいえ……それ以上は、おやめください」
フシェンの低く冷たい声が、辺りに響く。翠色の瞳は暗く沈み、いつもの笑みは消えていた。普通の人間が聞いたなら、息まで止めてしまいそうな圧力があったが、ネイスは無表情のままだ。
ただ、ネイスはじっとフシェンを見つめてから、俺を指差した。
「あの、痛々しいと感じるほどの痕を、レダにつけたのは貴様か」
一瞬、何を言われているのかわからず、俺は首を傾げる。そして、ふと自分の胸元を見て、全身から血の気が引いていく。
そこには、フシェンに刻まれた鬱血の痕が、花びらのように体中に散っていた。しかも、胸の突起周辺が多かったり、腹部に集中していたりなど、情事の様子を色濃く感じさせる生々しさがあった。
俺は引き攣った息を吸って、固まる。まさか、こんなにも痕をつけられているとは。しかも、それを他の人間に見られた。
一気に顔が熱くなって、手が震える。頼む、誰か嘘だと言ってくれ、羞恥心で死にそうだ……!
「あ、いえ。こ、これは、その……」
「はい。私が昨晩、レダ様につけました」
「お、おい! フシェン、黙れ! いいから黙っていろ!」
俺が必死に誤魔化すための言葉を探しているというのに、フシェンはさらりと言い切るものだから、全てが無駄になった。何が悲しくて、初めて会った兄に、自分の性事情を暴露されなければならないんだ。
ネイスは、フシェンを眉一つ動かさないまま睨み付けたが、すぐにその視線は俺の方へと戻る。
「そうか。色々と問い詰めたいことが出来たが、今はこの質問にだけ、すぐに答えてくれ」
ネイスの視線は真っ直ぐに俺の体を見る。彼は常に無感情のため、分かりづらいが俺を見る様子はどこか真剣で、微かな焦りに似た雰囲気を感じる。
しかし、彼は何に焦っているのだろうか。疑問に思っていると、ネイスは徐に自分の衣服に指を掛けた。そして、上半身を外気に晒す。
「───レダ。体で、こうした灰色に変化した場所はない
か?」
ネイスが晒した胸元には、ゴート、そしてスカルドと同じ灰色に変色した肌があった。
遠くで誰かが、俺を呼んでいるのが聞こえる。
その声があまりにも必死に呼ぶものだから、俺は答えなくてはいけない気がして、唇を必死に動かした。
「……フシェ……ン?」
その声の持ち主に気付くより早く、反射的に声が出た。同時に薄く目蓋を開くと、そこには確かにフシェンがいた。
ぼんやりとフシェンを見つめると、彼にしては珍しく酷く狼狽えており、余裕のないその顔は真っ青だった。
俺と目線が合うと、小さく息を飲んで眉を顰めて、唇を噛む。それは今にも泣き出しそうな表情にも見えた。
「急に部屋からいなくなって、心配したよ。どうしてここにいたんだ」
フシェンは両腕で俺を抱き上げており、そのまま胸元に引き寄せられるように強く抱き締められる。
フシェンのそんな様子と言葉を聞いて、ようやく鈍っていた頭にまともな思考が戻ってくる。
そうだ。俺は、スカルドを助けるために無理矢理願いを叶えたせいで……。
慌てて目線を執務室の窓に向けると、既に朝日が差し込んでいる。その眩い光が今は忌々しく、憎たらしい。
……やってしまった。
どうやら、ここで朝まで気を失っていたらしい。夜明けになって人間に戻った俺をフシェンが見つけてくれたのだろう。
フシェンからすれば、目覚めたら俺がいなくなっていた訳だ。状況が状況なだけに、彼が心配しないわけがない。必死になって探してくれたことが想像でき、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
横目で、スカルドを確認するが苦しんでいる様子もなく、まだ意識は戻ってはいないが、呼吸は安定しているように見える。そんな彼の側には、ネイスが無表情のまま立っていた。彼がここにいることも驚きだ、もしかしたらフシェンが呼び寄せたのだろうか。
俺は、フシェンの腕から離れ、床に座り込む。さすがに兄であるネイスの前だ。ある程度の節度は必要だ。
「す、すまない。少し今朝方散歩していたら、執務室から声と物音が聞こえて……」
馬鹿正直に伝える訳にもいかず、適当に真実と嘘を混ぜて説明する。心は痛むが、こればかり仕方ない。
異変を感じて執務室に入ったら、スカルドが倒れており、人を呼ぼうとしたら転んで頭を打ったということにすればいい。続けて、そう口にしようとした時だ。
「レダ、今すぐ服を脱げ」
「は?」
いつの間にか、俺のすぐ側に来ていたネイスが、突如そう言い放った。
俺が困惑して固まっていると、ネイスは何も言わず屈んで、俺の衣服を掴んで力任せに引っ張った。
ビリッと布が裂ける音と共に釦がいくつか宙に舞う。
「な、なにを!」
突然のことに喚くしか出来ない。女性ではないので、裸体を晒すことにそこまで抵抗感はないが、ネイスの突然の行動に驚きは隠せない。しかし、そこでネイスの腕を掴んで止めたのはフシェンだった。
「レダ様の親族とはいえ……それ以上は、おやめください」
フシェンの低く冷たい声が、辺りに響く。翠色の瞳は暗く沈み、いつもの笑みは消えていた。普通の人間が聞いたなら、息まで止めてしまいそうな圧力があったが、ネイスは無表情のままだ。
ただ、ネイスはじっとフシェンを見つめてから、俺を指差した。
「あの、痛々しいと感じるほどの痕を、レダにつけたのは貴様か」
一瞬、何を言われているのかわからず、俺は首を傾げる。そして、ふと自分の胸元を見て、全身から血の気が引いていく。
そこには、フシェンに刻まれた鬱血の痕が、花びらのように体中に散っていた。しかも、胸の突起周辺が多かったり、腹部に集中していたりなど、情事の様子を色濃く感じさせる生々しさがあった。
俺は引き攣った息を吸って、固まる。まさか、こんなにも痕をつけられているとは。しかも、それを他の人間に見られた。
一気に顔が熱くなって、手が震える。頼む、誰か嘘だと言ってくれ、羞恥心で死にそうだ……!
「あ、いえ。こ、これは、その……」
「はい。私が昨晩、レダ様につけました」
「お、おい! フシェン、黙れ! いいから黙っていろ!」
俺が必死に誤魔化すための言葉を探しているというのに、フシェンはさらりと言い切るものだから、全てが無駄になった。何が悲しくて、初めて会った兄に、自分の性事情を暴露されなければならないんだ。
ネイスは、フシェンを眉一つ動かさないまま睨み付けたが、すぐにその視線は俺の方へと戻る。
「そうか。色々と問い詰めたいことが出来たが、今はこの質問にだけ、すぐに答えてくれ」
ネイスの視線は真っ直ぐに俺の体を見る。彼は常に無感情のため、分かりづらいが俺を見る様子はどこか真剣で、微かな焦りに似た雰囲気を感じる。
しかし、彼は何に焦っているのだろうか。疑問に思っていると、ネイスは徐に自分の衣服に指を掛けた。そして、上半身を外気に晒す。
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か?」
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