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3章
21.聖騎士は口を挟む
しおりを挟む「それでシャウーマ神は、どこに消えたのでしょうか?」
「我が家に伝わる内容だと、シャウーマ神は悲しみを癒すために人になった、と」
「人に……?」
「ああ。全てを忘れて人として五百年過ごして、いずれ神として戻ってくると言われている」
禁書庫に書いていた内容にも似たようなことが書かれていた。五百年経てば、シャウーマ神は戻ってくる。そして、今年は建国から五百年目のはずだ。言い伝えを信じるなら、どこかに人間になってしまった本物のシャウーマ神がいるということになるが、本当なのだろうか。
「ネイス様には申し訳ありませんが、シャウーマ神に呪われるのも当然ですね」
フシェンは、余所向きの微笑みを湛えながら容赦なく言い切った。もう少し言葉を選べとは思うが、俺も同感だ。
しかし、ネイスはその頭を小さく左右に振った。
「いや、呪ったのはシャウーマ神ではない。右の翼の使徒だ」
「え、右の翼の使徒……?」
それは、確か名前がどこにも残されていないもう一人の使徒のことだ。ここでももう一人の使徒が出てくるとは。
ネイスが語るには、シャウーマ神を傷つけたことが許せなかった右の翼の使徒は、初代公爵に呪いをかけたそうだ。
「それは、感情に反応して広がる呪いだった。歓喜や悲しみを感じるほどに肌は灰色に変色していき、じわじわと苦痛を与えて死を与えるものだ。それは初代公爵だけではなく、血族全員に振りかかった。そこで、左の翼の使徒であるアンダリアは罪もない彼の血族のこと憐れんで、もう一つの呪いをかけた」
その言葉だけで、アンダリアがかけた呪いが何なのかがわかった。それこそが禁書庫で書かれていた通りの呪いだ。
ネイスは、自分の顔を指差して何でもないような様子で口を開く。
「それが、感情が消え去る呪いだ」
しんとその場が静まり返る。誰一人、口を開かず沈黙だけが辺りを支配した。つまり、ヴァルギース家の人間は二つの呪いを背負って生まれてくるのだ。
一つは、自分達を殺す呪いで、もう一つは自分達を助けてくれる呪い。
禁書庫で書かれている呪いの一族という言葉は、確かに正しいのかもしれない。
「だからこそ、僕に感情はない。父上が先程倒れたが、悲しいとさえ感じない。ただ次期公爵として役目を果たすだけだ。父上も僕と同じだ、僕が死んでもあの人は何も感じないだろう」
確かに先ほどからネイスの様子は一貫していた。倒れた父親を見ても眉一つ動かすことはなく、落ち着き払っていた。それこそ他人に接する様子と変わりない姿で、焦る姿など見せなかった。
──焦る姿を、見せなかった?
自分で考えながらも、どこか妙な違和感を覚えてしまう。
「これが灰色の肌になった原因だ。そして、レダは生まれた時から例外だった。呪いも受けておらず、感情があった。今思えば聖者だからなのだろう。先ほどは、急に倒れた原因が呪いかどうか確認したかっただけだ。これでいいか?」
「……そうでしたか。わざわざありがとうございます」
「気にしなくていい。説明はこれで終わりだ。馬車はもう準備出来ているから、はやく出て行ってくれ」
ネイスは、俺の顔を見たくないとばかりに目線を逸らすと立ち上がる。用が済んだと、この部屋から足早に去ろうとする姿を見ながら、俺は迷っていた。彼をここで本当に見送っていいのだろうか。
前世では一度も会うことなく死んだ家族。どれだけ手紙を送っても返信すらしてくれず、会いに行って門前払いされたこともあった。
しかし──。
「お待ちください」
俺が声を出すよりも早く、ネイスを引き止めたのはフシェンだった。ネイスは、フシェンの言葉に反応して足を止める。
「まだ何か?」
「はい。先ほどの話を聞いて疑問が湧きました。そのお話が事実なら呪いは進行しないはずでは? それなのにどうして、ネイス様は呪いが進行しているのですか?」
フシェンの言う通りだった。スカルドが倒れたのも間違いなく、呪いのせいだろう。
俺は灰色に浸食され、苦しんでいる姿を見ている。そして、先ほどネイスが見せてくれた呪いも胸元全体に広がり、進行しているのは明らかだ。
感情が無ければ、呪いは進行しないというなら大きな矛盾だ。それに、俺は確かにスカルドの口から聞いた。
「……ネイス様。閣下の体調を窺うために側に寄った時に、こう口にしていました──愛していると」
それは感情がないと言われたスカルドが言うはずのない言葉だ。
ネイスは俺の言葉を聞くと、片眉を小さく動かした。それは初めて見る表情の変化だった。そして徐に目蓋を閉じて、黙り込む。それは何かを思い悩むようにも感じられたが、ネイスの表情は動かないので想像でしかない。
ネイスは細い息を吐くと、踵を返してこちらを向き直る。
「これらについて、説明すれば傷つくのはお前だ、レダ。そして、これは知ってどうにかなるものでもない。それでも知りたいのか?」
何の感情も宿っていない空色の瞳が真っ直ぐに俺を見て、問いかける。俺はそれに対して間髪入れずに頷いた。
「はい。教えてください」
これはきっと、俺が知らなければならないことだ。そこで、どうして俺は嫌われていたのか、見捨てられたのかがようやくわかるような気がした。
ならば逃げる訳にはいかない。俺は、そんな臆病な自分は愛せない。
一度も逸らすことなく言い切ると、ネイスは再び目を閉じた。そして、少ししてから口を開く。
「──僕と父上の呪いが進行しているのは、レダ。お前を愛したからだ」
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