【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

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3章

16.ウロボロス

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「っ……くそ、馬鹿みたいに叩きやがって」
 
 俺はラクトフェル家の自室で全身の痛みに悪態を吐きながら、ベッドで体を休めていた。家に帰った俺に待っていたのは、ムルダムの折檻だ。
 ムルダムは今回のことが大変ご立腹だったようで、小さな鞭を持ち出して俺の手足を叩いた。ここまで叩かれたのは久しぶりだ。
 八つ当たりもあるだろうが、次期ラクトフェル家の当主の俺が無様といえる姿を晒したことに怒っていたほうが大きい。身内であろうとも平然と切り捨てることが出来てこそ、ラクトフェル家の当主だからだ。
 今は何も伝えていないが、アルヴェンがメラニーの元へ行ったと知ったら更に怒り狂うことになるだろう。
 ちなみに、サイラは三つ子と共に別宅の地下に隠れている。シンとチークには事情を説明しておき、何があってもサイラを外に出すなと言い聞かせてから送り出した。バイス兄上と同居という形になるが、今の彼は疑心暗鬼になり人に怯えて自分の部屋から出てこないそうだから、鉢合うこともないだろう。
 つまり、今のこの邸にいるラクトフェル家の人間は、俺とムルダムだけだ。バイス兄上を追い出して、アルヴェンは去って、三つ子も出ていった。
 
「こうして……全員いなくなるって覚悟していたのになあ」
 
 手足の痛みを抱えながらベッドの上で丸まる。覚悟していたのに、胸には大きな穴が空いているような感覚がして、それが塞がる気配は一向にない。
 きっと、それは変に期待してしまっていたからだろうと、まるで他人事のように客観的に受け止められた。
 どんな状況になっても、彼は俺の側にいてくれると考えていたから。
 
「……アルヴェン」
 
 名前を呼んでも、答えてくれる相手はもういない。そう知っているのに自然と名前を呼んでしまう。
 しなくてはならないことや考えなければならないことはたくさんあるのに、今は何も考えずにいたいと甘えた考えさえでてきてしまう。
 その時、ノック音が室内に響く。それが誰の訪問か予想していたので体をゆっくりと起こす。歩くのは少し辛いので、ベッドに腰を掛けたままノエルに声をかける。
 
「リティだ。開けてくれ」
 
 その時、白い布がいつもより近くに突然現れ、少し驚く。いつもならすぐに消えて扉に向かうのに今回は、俺の近くでふわりと宙を舞っている。どうやらノエルは俺を心配して近くにいてくれたようだ。そのことに関して思わず、口許が緩む。
 俺が笑いかけると、ノエルは名残惜しそうに俺の周りを回ってから扉に向かって消えていく。
 そして、扉が開くや否や室内に飛び込んでくるのは、やはりリティだ。しかし彼には珍しく挨拶もせずに無表情のまま早足で中に入ってくると、すぐさま跪いて俺の足をそっと掴む。
 
「すぐ、手当ていたしましょう」
 
 リティは手当てのための道具一式を持ってきており、黙々と傷の消毒を始める。その間、リティの表情は険しく、彼が相当怒っていることは一目でわかった。リティがこうして感情を表に出すことはないため、こんな彼は珍しい。
 俺は黙って治療が終わるのを待つ。足首に白い包帯を巻き終わると、ようやくリティはその手を止めた。
 
「とりあえずはこれで問題ありません。暫くは歩くだけでも痛みを感じるでしょうから、杖をご用意します」
「ああ、ありがとう。頼むよ。それで……頼んだものはあったか?」
 
 リティは俺の問いかけに対して、一瞬躊躇いを見せるが、すぐに懐から本を取り出した。それは掌よりも少し大きめな手帳で、あまり使われていないのかまるで新品のように綺麗だった。
 
「これが、アルヴェンの部屋から見つけた手記です」
 
 それは、アルヴェンが最後に言い残した燃やしてほしいと頼んだ手記だった。本来ならアルヴェンの言葉を無視しても良かった。むしろ、初めは無視しようとしていた。それでも、気になってこうしてリティに探してもらったのは、未だに消えてくれない恋心故なのか。
 俺は黙って、その手記を受け取った。中身を確認すれば、書いているのは最初の十数ページだけで、後は白紙だ。
 燃やしてほしいといいながらも書かれているほとんどは、箇条書きのような簡素なものだった。
 年数、月日、そしてその日に何が起こったのか、そういうものがつらつらと書き連ねているだけだ。日記とすら言い難い。それを流し読みしながら、眉を顰める。これが燃やしてほしいくらいのものだとは到底思えない。
 しかしその時、俺はふと気づいた。
 ──あれ。なんでアルヴェンが文字を書けるんだ……?
 今のアルヴェンは文字の読み書きができないはずなのだ。元々、彼は平民の子供であったし、ラクトフェル家では必要がない限りキメラに読み書きを教えない。アルヴェンは、ムルダムたちに反抗的なこともあって教えられていなかった。俺の専属使用人になった後も、学ばせた覚えもなければ、学んでいた様子もなかった。
 ──ただ……原作のアルヴェンはできる。
 なぜなら、読み書きはメラニーに教えて貰ったことの一つだからだ。
 訝し気に文字を読み続けると段々と、そこに書かれている内容がおかしいことに気付く。
 
「なんだ……これは」
 
 その月日が、未来まで及び始めていたからだ。まるで起こる未来を知っているかのように、まだ訪れていない月日に何が起こるのか書かれていた。
 今日の日付に書かれていたのは、名門貴族の一つであるフロラシア辺境伯が亡くなるということだ。それを読んだ瞬間、俺はリティを見る。
 
「私もそれを読んだ後すぐに確認しましたが、フロラシア伯爵は亡くなっておりました。それも暗殺などの可能性は少なく、領地を見回っている際に急死したそうです」
「アルヴェンは、それを知って書いたのか?」
「いえ、フロラシア伯爵が亡くなったのはサタリア様が帰られた時刻近くだと聞いております。つまり、アルヴェンがこれを書ける筈がないかと」
「……じゃあ、なんで」
 
 ページを捲れば、これより先の日付にも何が起こるか書かれており、まるで未来予知のようだ。これが本当のことなのかはその時になってみないとわからないが、もしこれが実際に起こることならば、アルヴェンはこれらをどうやって知ったのだろうか。
 理解出来ない手記の内容に眉を顰めていると、リティは少し悩むような表情をしてから小さく唇を開く。
 
「……サタリア様。以前、アルヴェンに組み込まれた白蛇の魔法生物について調べてほしいとおっしゃっていましたが……実は、それが判明しました」
「ほ、本当か?」
「はい。アルヴェンに組み込まれたもう一つの魔法生物の名前は──ウロボロス」
 
 ウロボロス……それは俺も、知らない魔法生物だった。しかし、理解できない俺と違ってリティは何か知っているようで、言葉を続けるのを躊躇うように唇がぎゅっと結ばれる。
 少しの時間を空けてから、リティは意を決した表情で、俺を真っ直ぐ見つめると恐る恐ると口を開いた。
 
「……そして、ウロボロスの能力は回帰です」
「回帰……?」
「はい。これは私の予想になりますが……」
 
 予想と口にしておきながらリティの瞳の奥には力強い光が見えた。それを見た時、リティの中では確信していることなのだと、他人事のように理解した。
 
「──アルヴェンは、自分の人生をやり直している可能性があります」
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