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幕間
1.終わり
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キメラは、国の至る所に存在している。
俺が皇城につれていかれ、メラニーの側にいるようになってからも色々なところで同胞を見た。しかし、その中で目の輝きが違うキメラに会うことが何度かあった。
彼らはラクトフェル家から来たのだから、間違いなくキメラであるはずなのだがその目が違う。物として存在することを受け入れ生を放棄した瞳ではなく、自分の存在を喜ぶような光に満ちた瞳を持っていた。
そして、そんな彼らは決まっておかしな習慣を持っていた。朝日が上がると、彼らは一定の方向を見て頭を下げるのだ。何を思ってそれをするのかわからず、ある時聞いたことがあった。
──なぜ、そんなことをするのかと。
すると、彼は少し驚いたような顔をしてから、眉を垂らして悲しそうに笑うのだ。
『そうか。君はあの方のものじゃないから……わからないんだね』
それは心の底から憐れむような声だったので、俺を不快にさせた。しかし悪意があってのものでないことは、なんとなくだが理解した。
彼のいう〝あの方〟が誰なのか気になったが、それ以上に次に浮かべたその表情が俺の目に焼き付く。
『これはね、感謝と祈りなんだ。あの方が、幸せであるように、笑っていられますように』
彼の瞳の奥には春の陽だまりが広がっているようだった。穏やかで、柔らかな笑みの中に込められているのは幸福と、信頼だ。
それは俺が決して得られなかったもので、これからも手にすることのないものだ。けれど、復讐に身を焦がしながらもその温かさは───妙に羨ましかった。
◆◆◆
鉄の匂いが、鼻の奥に纏わりつく。息を吸う度に、体の中までその匂いが染みついていくようだ。
背中に触れる石壁は冷たく、湿っているせいかじっとりと肌に張り付く。
それが嫌で、体を揺すると両手に付けられた鉄枷に繋がった鎖が鈍い音を立てた。その音が狭い牢の中のせいか、俺にはうるさく聞こえる。
光さえ届かないこの牢に閉じ込められて、どれだけの時間が経ったのだろうか。今では昼なのか、夜なのかさえわからない。
それでも、俺は動かない。動けないのではない──もう、俺には動く理由がどこにもなかった。
俺はやりたいことを、全て終わらせた。
生き甲斐と言っていい復讐はすべて果たした。バイスを殺して、三つ子は死に、ムルダムも殺した。最後に残ったサタリアも、平民として地べたを這いずって生きることになるだろう。ラクトフェル家の栄光は地に落ち、今やその名だけでも嫌悪と憎しみの対象だ。
最初に願った通り、俺は人をやめて奴らを壊す〝もの〟になった。しかし、全てが終わった俺に待っていたのは、決して幸福ではなかった。
「アルヴェン」
自分の名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げる。そこにいたのは、この国の第四皇女であるメラニーだった。
ほんの少しの仕草でさえ気品を感じられる彼女は、万人に美しいと呼ばれる容姿でこちらへ穏やかな微笑みを向ける。
「いい加減、私を許してくれませんか?」
形の良い眉を垂らして、庇護欲をそそるような悲し気な表情を浮かべる。以前までは見慣れた表情だったが、今の俺にとっては吐き気がする。
「……まずはその目障りな演技はやめろ、メラニー」
「それは……」
俺がそう言うと暫しの間黙り込んで──メラニーはその表情から感情を消し去った。不思議そうに自分の頬を触ると、首を傾げる。
「ごめんなさい。貴方の前でも随分と演技を続けてきたせいで癖になってたみたい」
先ほどまでの慈愛に満ちた優しい声は消え、メラニーは感情がどこにも感じ取れない淡々とした声で言葉を続けた。菫色の瞳にも温かさは消え、死んだような凪いだ瞳がじっと俺を見据える。その口調に以前の柔らかさはなく、人を支配することに慣れた圧を感じさせる。
そう、これが本来の彼女だ。優しく、穏やかな第四皇女など本当はどこにもいない。メラニーの本性は、俺を上回るほどの化け物だ。
「アルヴェン。いい加減、私を許してくれませんか。あれは必要なことだったの」
「……」
「貴方が許してくれるなら、その首輪も外してあげましょう」
メラニーが言っているのは、俺の首元に付けられている鉄製の首輪だ。これは、俺のホワイトドラゴンの力を制御するためにつけられていた。
俺が冷気を使用するには、口から息を吐き出すしかない。この首輪は、ある祝福者が作成したものらしく、これには冷気を遮断する物質が使われている。つまり、俺がどれだけ冷気を吐こうとしてもこれが付いてる限り、冷気は出せない。俺は無言のまま、メラニーを睨みつける。
「残念、駄目なんですね。でも本当に、貴方がそこまで怒るなんて思ってなかったの」
メラニーは、頬に手を添えながら不思議そうに小首を傾げた。
「──だってキメラは、この世に存在してはいけない醜い存在なんですから」
俺が皇城につれていかれ、メラニーの側にいるようになってからも色々なところで同胞を見た。しかし、その中で目の輝きが違うキメラに会うことが何度かあった。
彼らはラクトフェル家から来たのだから、間違いなくキメラであるはずなのだがその目が違う。物として存在することを受け入れ生を放棄した瞳ではなく、自分の存在を喜ぶような光に満ちた瞳を持っていた。
そして、そんな彼らは決まっておかしな習慣を持っていた。朝日が上がると、彼らは一定の方向を見て頭を下げるのだ。何を思ってそれをするのかわからず、ある時聞いたことがあった。
──なぜ、そんなことをするのかと。
すると、彼は少し驚いたような顔をしてから、眉を垂らして悲しそうに笑うのだ。
『そうか。君はあの方のものじゃないから……わからないんだね』
それは心の底から憐れむような声だったので、俺を不快にさせた。しかし悪意があってのものでないことは、なんとなくだが理解した。
彼のいう〝あの方〟が誰なのか気になったが、それ以上に次に浮かべたその表情が俺の目に焼き付く。
『これはね、感謝と祈りなんだ。あの方が、幸せであるように、笑っていられますように』
彼の瞳の奥には春の陽だまりが広がっているようだった。穏やかで、柔らかな笑みの中に込められているのは幸福と、信頼だ。
それは俺が決して得られなかったもので、これからも手にすることのないものだ。けれど、復讐に身を焦がしながらもその温かさは───妙に羨ましかった。
◆◆◆
鉄の匂いが、鼻の奥に纏わりつく。息を吸う度に、体の中までその匂いが染みついていくようだ。
背中に触れる石壁は冷たく、湿っているせいかじっとりと肌に張り付く。
それが嫌で、体を揺すると両手に付けられた鉄枷に繋がった鎖が鈍い音を立てた。その音が狭い牢の中のせいか、俺にはうるさく聞こえる。
光さえ届かないこの牢に閉じ込められて、どれだけの時間が経ったのだろうか。今では昼なのか、夜なのかさえわからない。
それでも、俺は動かない。動けないのではない──もう、俺には動く理由がどこにもなかった。
俺はやりたいことを、全て終わらせた。
生き甲斐と言っていい復讐はすべて果たした。バイスを殺して、三つ子は死に、ムルダムも殺した。最後に残ったサタリアも、平民として地べたを這いずって生きることになるだろう。ラクトフェル家の栄光は地に落ち、今やその名だけでも嫌悪と憎しみの対象だ。
最初に願った通り、俺は人をやめて奴らを壊す〝もの〟になった。しかし、全てが終わった俺に待っていたのは、決して幸福ではなかった。
「アルヴェン」
自分の名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げる。そこにいたのは、この国の第四皇女であるメラニーだった。
ほんの少しの仕草でさえ気品を感じられる彼女は、万人に美しいと呼ばれる容姿でこちらへ穏やかな微笑みを向ける。
「いい加減、私を許してくれませんか?」
形の良い眉を垂らして、庇護欲をそそるような悲し気な表情を浮かべる。以前までは見慣れた表情だったが、今の俺にとっては吐き気がする。
「……まずはその目障りな演技はやめろ、メラニー」
「それは……」
俺がそう言うと暫しの間黙り込んで──メラニーはその表情から感情を消し去った。不思議そうに自分の頬を触ると、首を傾げる。
「ごめんなさい。貴方の前でも随分と演技を続けてきたせいで癖になってたみたい」
先ほどまでの慈愛に満ちた優しい声は消え、メラニーは感情がどこにも感じ取れない淡々とした声で言葉を続けた。菫色の瞳にも温かさは消え、死んだような凪いだ瞳がじっと俺を見据える。その口調に以前の柔らかさはなく、人を支配することに慣れた圧を感じさせる。
そう、これが本来の彼女だ。優しく、穏やかな第四皇女など本当はどこにもいない。メラニーの本性は、俺を上回るほどの化け物だ。
「アルヴェン。いい加減、私を許してくれませんか。あれは必要なことだったの」
「……」
「貴方が許してくれるなら、その首輪も外してあげましょう」
メラニーが言っているのは、俺の首元に付けられている鉄製の首輪だ。これは、俺のホワイトドラゴンの力を制御するためにつけられていた。
俺が冷気を使用するには、口から息を吐き出すしかない。この首輪は、ある祝福者が作成したものらしく、これには冷気を遮断する物質が使われている。つまり、俺がどれだけ冷気を吐こうとしてもこれが付いてる限り、冷気は出せない。俺は無言のまま、メラニーを睨みつける。
「残念、駄目なんですね。でも本当に、貴方がそこまで怒るなんて思ってなかったの」
メラニーは、頬に手を添えながら不思議そうに小首を傾げた。
「──だってキメラは、この世に存在してはいけない醜い存在なんですから」
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