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4章
6.爵位
しおりを挟むその笑い声の主はムルダムだった。
額を押さえながら、肩を揺らして笑い続けている。それは完全に呆れ果て、怒る気さえ失せたような失笑だ。
「サタリア。お前はもう少し賢い息子だと思っていたが、魔法生物に問うなど正気か?」
「……」
「もういい。こんなこと二度と起こさないよう、厳しく叩き直してやろう。リティ、早くあれを大人しくさせろ」
リティは、何も言わずにこちらに向かって歩き出す。それに反応して、俺の側にいたフェアリーが光を放って威嚇するが、俺は彼女を制止するように片手を上げた。ゆっくりと近づいてくるリティに対して、俺は何もせずに見守る。
リティは俺の前まで来ると、しっかりと俺と目を合わせ──幸せそうに目元を緩め、笑った。その表情は念願が叶ったような晴れやかな表情だった。
「──私、リティはサタリア・ラクトフェルを新たなラクトフェル家の当主と認め、契約に従いお仕えするとここに誓います」
大きくはなかったがよく通るリティの声が、室内に響く。そして、その場で屈むと片膝を床に突いて、深々とその頭を下げた。
すると、それに続くように他の魔法生物たちも膝を折り、俺に向かって頭を下げていく。まるで波が広がっていくように、各自が動き出す。
「なに……が」
この室内にいた全ての魔法生物が俺に対して頭を下げ、ムルダムに背を向けた。彼にはその現状が信じられないようで、目を見開いたまま震えた声を絞り出していた。
この世界で生きてきたムルダムには魔法生物の行動はきっと信じられないことなのだろう。けれど、俺はこの世界じゃない場所で生きた記憶があるからこそ理解できるし、だからこそ考えついた手だった。
もちろん、半分賭けではあったが……図らずとも俺は創った魔法生物に好かれている。彼らが選ぶ権利に気付いた瞬間から、ムルダムが勝てる可能性は低かった。
「さて、そうですね。とりあえず、父上は病にかかったことにしましょう。陛下に呼び出された際の心労がたたって、などがいいでしょうか」
幼い子供に話しかけるように声をかけながら、杖を支えにゆっくりとムルダムに近付く。静まり返った室内ではコンコンという杖が床を叩く音は妙に大きく辺りに響き渡る。
ムルダムのすぐ側までたどり着くと、楽しそうに目元を緩めて微笑む。ムルダムに対する微笑みはいつも演技だが、今回は心からのものだ。
ムルダムは何も言わない。ただ悔しさに表情を歪ませ、怒りに満ちた目を俺に向けるだけだ。彼にはもうわかっているのだろう。
この屋敷内でムルダムを守る盾は既にどこにもなく、俺の機嫌一つで自分自身の首が飛ぶということを。そして、ムルダムを殺したとしても、それを隠蔽することは今の俺にとっては息をするように簡単なことであることも。
……まあ、さすがに人を殺せる度胸はないけどな。
とりあえずは、余計な企みを起こさないよう自室に監禁しておこう。それに関しては部屋付きのゴーストに命じれば簡単にできる。今から俺がすることを邪魔しないようにすればそれでいい。
しかしまあ、色々やられた身なので少々仕返ししても、許されるか。
「では、父上。私に跪いて、新たな当主への祝福の言葉をお願いします」
俺は、わざとらしく小首を傾げて、愛嬌を振りまいてみるが今の状況では挑発にしかならないだろう。
ムルダムはすぐに動かなかった。握りこんだ拳を震わせて、屈辱を味わせた俺を恨むように睨みつける。しかし、その時俺の肩に乗っていたフェアリーがひらひらと飛んで、ムルダムの耳元に近付く。そして、そっと何かを囁いた。
フェアリーがなんと言ったのか俺にも聞こえなかったが、ムルダムは突然引き攣った悲鳴を上げて後退る。
強張った表情で、俺の後ろの方へ視線を向けると何を見たのか、更にその表情を歪めた。そして瞳に宿っていた恨みが恐怖へと変わっていく。最後には項垂れるように俺の足元に跪いた。
「……私は、サタリア・ラクトフェルをラクトフェル家の当主として認め、爵位を譲る」
跪いたムルダムを見下ろしながら、改めて自分がラクトフェルの当主になったのだと実感する。それは原作通りでありながら、決して原作通りの流れではない。
「ありがとうございます。それでは、父上」
俺はおもむろに跪いたムルダムの手を、杖先で力強く踏み付ける。以前俺がやられたことをやり返しているだけだが、正直全く楽しくない。逆に不快感を覚えるが、今からのことを考えると立場を理解させるためにも必要なことだ。
「───呪術の解呪方法、私に教えていただけますよね?」
俺や三つ子、キメラたちに掛けられた呪術、これの解呪方法を知ってるのは、ムルダムだけだ。
これは今からすることに当たって重要なことだ。必ず聞き出す必要がある。
ムルダムが小さく頷くのを確認して、心の中で安堵の息を吐く。
……これで、俺はアルヴェンに会える。
これから、俺がどういう結末を迎えるのかは誰にもわからない。だが、この先の未来は自分で決めるのだと、胸の奥に誓って杖を力強く握りしめた。
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