【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

文字の大きさ
73 / 81
4章

9.ものとしてできること3

しおりを挟む
「ッ!」
 
 サタリアは上にいる俺に視線を向け、その目を逸らさない。彼の瞳に怒りや悲しみは一切見えなかった。
 ただ真剣な表情を浮かべたまま、小さく口を動かす。さすがに声は小さすぎて、俺でも聞こえなかった。しかし、サタリアが何と言っているのか、その口の形でわかった。
『アルヴェン』
 自分の名を呼んだのだと知って、心臓が高鳴る。二度と呼んでもらえないと思っていたからこそ、心の底から嬉しかった。それが恨みによる呼びかけだとしても、胸の奥からこみ上げてくるのは激しい熱情だ。
 死んでも、諦めきれなかった。死んでも、サタリアが欲しかった。
 あの桔梗色の瞳に俺だけが映るなら、なんだって出来た。サタリアの本性を知っているからこそ、恋をした。愛を抱いた。今だって簡単にサタリアのものになれる魔法生物が羨ましくて、恨めしくて仕方ない。
 ──当たり前のように、サタリアの側に近付くな。見るな。
 サタリアの周りに近づこうとする魔法生物を鋭く睨み付けてしまう。自分から離れたくせに、どす黒い感情が湧き上がって止まらない。
 手すりを掴む手に知らず知らずに力が入る。
 
「第四皇女殿下」
 
 その時、サタリアが柔らかな声色でメラニーに呼びかける。そしてそのまま進んで、階段をゆっくりと上がってくる。
 
「お久しぶりです。今宵はとても美しいドレスで、よくお似合いですね」
「……ラクトフェル、伯爵。ありがとうございます、貴方に褒めていただけるとは光栄です」
 
 二人は踊り場で向かい合うと、微笑む。そこだけ切り取れば、微笑ましいとも言える光景だが、互いに仮面をかぶっていることを俺は知っている。
 片方は、善人の仮面を。片方は、悪人の仮面を。
 静かな火花を散らしながら、互いに本性の片鱗は決して見せない。
 
「皇女殿下。失礼ながらお願いがあってこちらに参りました」
「お願いですか……?」
 
 その時、サタリアの視線が俺の方へと向けられる。
 
「アルヴェンを、私のものを返していただけませんか」
 
 その言葉を聞いて、俺の肩は小さく跳ねた。思わず拳を握り締めて、胸の奥で暴れ回る歓喜を押し殺す。
 ──ああ、まだ俺をあんたのものだと思ってくれるのか。
 あそこまで傷付けて、欺いた俺をまだ見捨てていないのか。
 相変わらずの優しさと甘さに、溢れそうな感情を唇をぎゅっと噛み締めて耐える。
 
「申し訳ありませんが、アルヴェンはものではありませんよ。それに先に捨てたのは、ラクトフェル伯爵ではありませんか」
「私はどうにも気まぐれでして」
「それは困りましたね。アルヴェン、貴方はどうしたいですか?」
 
 メラニーから声を掛けられると、無言で彼女の前に立つ。それはメラニーを背に庇ったようにも見える立ち位置だ。その状況で、サタリアと対峙する。
 
「ラクトフェル伯爵」
 
 俺が呼んでも、サタリアは一切怯まない。俺を嘲ることも恨むこともない視線はいつものようでありながら、瞳に宿る意思は力強い。それでもメラニーと対峙していた時より、緊張した面持ちに見えるのは気のせいだろうか。
 ここに、サタリアは絶対にいてはいけない。だからこそ、一刻も早く立ち去ってもらう必要がある。
 
「……いますぐお帰りください。あなたはこの場に相応しくない」
 
 声に感情は乗せずに淡々と吐き出す。サタリアに対して、侮辱するような言葉を吐くだけで自分自身に苛立って仕方ない。それでも、俺がどれだけ憎まれようとも、サタリアをこの場から帰さなければ。
 サタリアは俺の言葉に瞠目してから──ふっと穏やかに微笑んだ。
 
「──ああ、よくわかった」
 
 それは、冷たい冬が終わった雪解けのような微笑みだった。
 
「私は、きっとあの時……振り返るべきだった」
 
 サタリアの言う〝あの時〟は、多分最後に呼び止めた瞬間のことを言っているのだろう。俺の裏切りに傷つきながらも、決して表情に出すことはしなかった、あの時。
 俺の言葉に足を止めても、サタリアは一度も振り返らなかった。当然だ。今だってもっと罵って、殴ってくれてもよかった。
 なのに、どうして──
 
「あの時、振り返ったのならすぐにわかっただろう」
 
 サタリアの手がゆっくりと伸びてきて、指先が俺の頬に触れる。そして、その掌がそっと頬を撫でた。
 
「お前が、こんな顔をしていたのだから」
 
 どうして──いつだってそんなに、優しく笑いかけてくれるんだ。
 俺を見るサタリアの瞳の中には温かな光が灯っている。それは、昔古びた民家の中で暖炉の灯りに照らされながら俺を見ていた、あの夜を思い出させた。
 握った拳が震えて、荒れ狂うような感情が体中を暴れ回る。サタリアの声が、触れ方が、あまりにも優しくて、深く愛されているような錯覚さえしてしまう。
 だからこそ、声が出なくなる。体も動かなくなる。もし今、少しでも自分の意思で動けば、今すぐサタリアの手を取って跪きたくなる。そして自分は、サタリアだけのものであるのだと、縋るように伝えてしまいそうだ。
 
「第四皇女殿下。少し、話をする時間をいただけませんか?」
 
 サタリアは、メラニーの方向へ視線を向けると、まるで俺を背に庇うように前へ進む。
 そして、悪意ひとつ感じ取れない優しげな声で言葉を続けた。
 
「あなたには、大切なお願いがあります」
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

【1部完・2部準備中】人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな
BL
婚約者のアーノルドからある日突然断罪され、処刑されたルイ。目覚めるとなぜか処刑される一年前に時間が巻き戻っていた。 なんとか処刑を回避しようと奔走するルイだが、すでにその頃にはアーノルドが思いを寄せていたミカエルへと嫌がらせをしており、もはやアーノルドとの関係修復は不可能。断頭台は目の前。処刑へと秒読み。 全てがどうでも良くなったルイはそれまで被っていた猫を脱ぎ捨てて、せめてありのままの自分で生きていこうとする。 果たして、悪役令息であったルイは処刑までにありのままの自分を受け入れてくれる友人を作ることができるのか――!? 冷たく見えるが素は天然ポワポワな受けとそんな受けに振り回されがちな溺愛攻めのお話。   ※キスくらいしかしませんが、一応性描写がある話は※をつけます。※話の都合上、主人公が一度死にます。※前半はほとんど溺愛要素は無いと思います。※ちょっとした悪役が出てきますが、ざまぁの予定はありません。※この世界は男同士での婚約が当たり前な世界になっております。 初投稿です。至らない点も多々あるとは思いますが、空よりも広く、海よりも深い心で読んでいただけると幸いです。 また、この作品は亀更新になると思われます。あらかじめご了承ください。

【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。 ※2026年半ば過ぎ完結予定→七月に完結(決定)

悪役令息の花図鑑

蓮条緋月
BL
公爵令息シュヴァリエ・アクナイトはある日、毒にあたり生死を彷徨い、唐突に前世を思い出す。自分がゲームの悪役令息に生まれ変わったことに気づいたシュヴァリエは思った。 「公爵家の力を使えば世界中の花を集めて押し花が作れる!」  押し花作りが中毒レベルで趣味だったシュヴァリエはゲームのストーリーなどお構いなしに好き勝手動くことに決め行動が一変。その変化に周囲がドン引きする中、学園で奇妙な事件が発生!現場に一輪の花が置かれていたことを知ったシュヴァリエはこれがゲームのストーリーであることを思い出す。花が関わっているという理由で事件を追うことにしたシュヴァリエは、ゲームの登場人物であり主人公の右腕となる隣国の留学生アウル・オルニスと行動を共にするのだが……? ※☆はR描写になります ※他サイトにて重複掲載あり  

【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

処理中です...