【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

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4章

12.この世の誰よりも

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「あ、愛する……?」
 
 メラニーは、俺の言葉に眉を顰めて美しい容貌を歪ませる。
 今言ったことは、もちろん大嘘だ。俺が最初から追加したのは、自分の考えを持つように、ということだけだ。しかし、契約者について何も知らないメラニーには、それすら本当なのかわからない。
 この国は、今までキメラに頼ってきたからこそ、初代の創った魔法生物しか知らないからだ。
 
「はい。愛というのは便利な言葉だと思いませんか? 盲目的な愛という感情は、上手く使えば多くの利益をもたらしますから。愛のためなら、自分の身を顧みず行動に移すことだってある。第四皇女殿下も、身に覚えがあるのでは?」
「……」
 
 思い当たることがあるのか、メラニーは何も答えない。美しい容姿を持つ彼女に惚れる男は多くいることだろう。皇族であるメラニー自身も向けられる愛という感情を利用したことはあるはずだ。
 
「知らなかったかもしれませんが、私が力を使えるようになってからキメラはほぼ造られていません。以前と比べ物にならないほど、魔法生物の提供が増えたのも私が創り出していたからです」
 
 他愛もない天候について語るのと同じ調子で言葉を続けていく。表情は変わらずに唇で弧を描いたままを保つ。
 あえてメラニーの瞳は見ない。相手の反応に興味はないという態度を演じてみせる。手元のブラックドラゴンを見つめて、指先であやす。
 
「そろそろご理解いただけましたか? 今皇国に存在する半数以上の魔法生物は私が創ったものです。そして、それらの魔法生物は私を愛するようになっている」
「……」
「おかしいと思いませんでしたか? あの父が大人しく私に爵位を譲るなんて。ラクトフェル家の当主は契約に従って魔法生物たちに守られていたというのに……」
「まさか……っ」
 
 メラニーは引き攣ったような声を上げる。どうやら、ようやく彼女も徐々に理解し始めたようだ。
 
「この国の人間は、魔法生物たちを信用しすぎですね」 
 
 わざと煽るような物言いをする。言葉に煽られ、想像してくれた方が、メラニーの恐怖心が増すはずだからだ。
 これらは、全て魔法生物が俺のためなら契約さえ簡単に破るのだと勘違いさせるのが目的だ。
 まあ、実際はそんなことをしないとわかっている。魔法生物たちが唯一といっていいほど恐れているのは、生命の欠片に戻ることだ。
 彼らは人に対して、何の感情も抱いていない。だからこそどんな人間にも従順で、平等だ。もし、本当に愛するようにと追加しても、契約を破って動くことなど決してしないだろう。俺が無残に死んだとしても、彼らは何もしない。
 でも、今この状況を打破するにはとんでもない、この嘘が必要なのだ。
 
「……そんな、信じられません。口だけでは何とでも言えるでしょう」
 
 メラニーの言葉はもっともだ。それでも、あり得ないと言いきれないのは契約者について、詳しく知らないからこそだろう。
 
「では、ここでそれを証明して見せましょうか」
 
 俺は掌にいたブラックドラゴンを肩に乗せると、手を差し出した。
 その手を差し出した先にいるのは、アルヴェンだ。
 
「アルヴェンはキメラです。材料には私が創り出した魔法生物の一部が使われています。ですから、彼で証明しましょう」
 
 先ほどから嘘ばかり吐きすぎて、口が曲がりそうだ。それでも、ここから口にすることはある意味真実だ。
 俺は金色の瞳の中に自分を映して、真正面から向き合う。
 
「あなたも知っている通り、アルヴェンはラクトフェル家を何より恨んでいます。だからこそ私を裏切って、あなたについた。けれど、アルヴェンは特別なキメラで、元の魔法生物の影響を強く受けます。あの時は、契約者と知られるわけにはいかなかったのでお見せできませんでしたが……」 
 
 俺はアルヴェンを見つめたまま、ゆっくりと微笑む。これには、計算も演技もいらない。アルヴェンが目の前にいるというだけで、胸の奥が満たされていくのがわかる。
 そのアルヴェンは、俺の手を食い入るように見つめている。 
 
「アルヴェン、おいで」
 
 俺が呼びかけると、アルヴェンの肩が小さく跳ねた。そんなわかりやすい顔をしているのに、よく俺から離れようとしたものだ。飢えたような瞳で、ずっと俺を見ている。
 俺を見つめるアルヴェンの顔が、瞳が、俺を求めてくれているのがわかる。
 だからこそ、笑う。
 この場の主役は自分なのだと、自分自身に言い聞かせ続けながら柔らかく瞳を細め、唇で浅い弧を綺麗に描く。 
 
「───お前は、この世の誰よりも私を愛しているだろう?」
 
 ここだけは演技じゃない。堂々と罪悪感なく問いかけることができる。だって、俺も同じくらいアルヴェンを愛しているから。 
 
「お前は、誰のものだ?」
 
 俺の心の声が本当に伝わればいいのにと願いながら、甘さを含んだ声をアルヴェンに投げかけた。
 アルヴェンは、一瞬だけ凍り付いて固まる。時さえ忘れたかのように呆然とこちらを見つめ続けて、ふらりと足が動く。そのままおぼつかない足取りで俺に向かってくる。
 
「あ、アルヴェン……待ってください!」
 
 メラニーが引き止めるように名前を呼ぶが、アルヴェンは見向きもしなかった。ただ俺にだけ意識を向けているようだった。そして俺の前に立つと、俺の差し出した手をそっと取る。その動きに迷いはなく、手を取る力も割れ物を扱うように優しかった。
 ただ、その手は微かに震えていた。
 
「……そうだ。俺は、サタリアを愛している」
 
 アルヴェンは小さく呟くと、同時にわずかに身を屈めた。そして彼の唇が、俺の手の甲に柔らかく触れる。それは一瞬で音も立てず、湿り気も残さない。
 何度もされてきたことだからこそわかる、その口付けの根底にあるのは深い愛情と謝罪だ。
 
「──俺のすべては、あんたのものだ。何があっても、どんなものを失っても」
 
 アルヴェンは柔らかな声でそう告げた。そして、ゆっくりと顔を上げて優しく微笑む。それは冷たい風に晒されているということを忘れそうになるほどに、温かかった。俺から視線を決して外すことなく、金の瞳にはただ深い愛だけがあった。
 
「……いい子だ、アルヴェン」
 
 ──ああもう、なんだよ。
 演技に徹しなくてはいけないのに、自然と眉尻が微かに垂れてしまう。その晴れやかな微笑みは、俺の心臓を高鳴らせるには十分な破壊力だった。
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