桃太郎は、異世界でも歴史に名を刻みます

林りりさ

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暑苦しい

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 俺はララを寝かせた部屋を、そのまま使わせてもらうことになった。
 ララはすやすやと安らかな寝息を立てていて、その無垢な寝顔を見ていると、先ほどまでの気疲れがふっと和らいだ気がした。
 何気なく「ありがとう」と小さく呟いたそのとき、ララの手が俺の頬に触れた。

「こちらこそ、ありがとうです……むにゃむにゃ……」
 寝言——⁉ 声を上げそうになったが、慌てて口を手で押さえた。ララを起こしてしまわないように、必死で堪える俺だった。


 翌朝、俺たちは豪華な朝食をご馳走になった。
 コボルト族は普段、ほとんど野菜を食べないらしいが、色鮮やかなサラダにかかっていた『ドレッシング』とやらの効果か、皆、目を輝かせながら野菜を頬張っていた。
 特にティガは大喜びで、勢いよく食べている。

「このサラダってやつ、めちゃくちゃうまいっすね! おいらたちは、いつも肉ばっか食ってるんっすけど、たまには野菜もアリっす!」
 それを聞いて、アビフ様がしみじみと呟いた。
「人間と儂らでは、文化も習慣も異なる。今後、良き文化交流が進むことを切に願うばかりじゃな」

「きっとすべてがうまくいきますわ。アイリス様のご加護がありますもの」
 アテナさんの言葉に、ガストンさんが感心したように反応した。
「コボルト族の方々も、アイリス様を信仰しておられるとは…………驚きだな。しかし、共通の信仰があるというのは、むしろ好都合かもしれん」

 聞いたことがある。世の中には、宗教的価値観の違いにより、争いが絶えない地域もあるとか。この世界で異種族が共存していくには、共通の信仰は大きな力になるのかもしれない。ガストンさんの言葉には、大いに頷けるものがあった。


 朝食後、俺は厨房へ向かい、ガストン邸の料理長に会いに行った。
「おはようございます。チャットさんはいらっしゃいますか?」
 背の高い金髪の青年がこちらを向いた。整った顔立ちで、男の俺でも『格好いい』と思うほどの美形だ。

「はい、僕がチャットですが……あぁ、当主様のお客様ですね。おはようございます。今朝のお食事、お口に合いましたか?」
「最高でした! 特に、あのプルプルの卵焼きが絶品でした!」
「お褒めいただき光栄です。それで、わざわざ厨房までお越しになって、いかがなさいました?」

 俺はきびだんごの代替品を作るため、協力をお願いしたいと伝えた。
「なるほど。異国の食べ物を作るなんて、面白そうですね! ぜひお手伝いさせてください」
 チャットさんは、迷惑がる様子もなく、むしろ楽しげに笑ってくれた。まさに料理人の性ってやつか。

「ちなみに、この世界……じゃなくて、この辺りには『お米』ってありますかね?」
「オコメ……ですか?」
 こっちの世界で『お米』を意味する言葉を知らないので、俺は身振り手振りでお米の説明をした。

「あぁ、それはおそらく『アロス』のことですね! この辺りの郷土料理であるパエーリャに使いますので、いつでも手に入りますよ!」
 こちらでは米のことをアロスと言うのか。覚えておこう。この世界にも、日本人の命とも言える米があるのは何とも有難い。

「なら、アロスを粉状にしたものってあります?」
「アロスの粉末……。うーん、市販はされていませんが、アリーナ(小麦粉)を挽く石臼でアロスを挽いてみましょうか」
「助かります! それと砂糖と水があれば作れると思うので、ご用意してもらえますか?」

「お安い御用です。材料はすべてご用意しておきます。それと、昼食も楽しみにしていてくださいね!」
 チャットさんはそう言って、いつぞやにイーリス様がしたような、片目をつぶりながら微笑む仕草をした。

(ほわぁ~ん)
 俺の中でまた、知らない何かが開花——したような、しないような……。
「な、何から何までありがとうございます。では、また後ほど……」
 なぜか照れくさくなり、俺はうつむいたままチャットさんに手を振り、厨房を後にした。


 広間へ戻ると、昨夜いったん帰宅していたエスピアさんも戻ってきており、再び作戦会議が再開された。進行役は、昨日に引き続きガストンさんだ。
「では、昨日の続きを始めよう。デュプリケーターで作成されたきびだんごの分配方法から決めていこうか。予定数は百。均等に五十・五十で分けるのが妥当かと思うが、アビフ殿、どうだろう?」

「儂らの集落には、八十頭のコボルトがおる。その内、戦闘を得意としているのは四十。残りの十は人族側に譲ろう」
 その提案を聞き、エスピアさんがすっと手を挙げた。
「では、その十個、我々の密偵部隊に使わせていただけますか?」

「おお、近衛騎士団も協力してくれるのか! これは心強い!」
 ガストンさんは、そう言ってエスピアさんと肩を組んだ。
 ニコニコなガストンさんと対照的に、エスピアさんは露骨に鬱陶しそうな顔をしている。今にも『暑苦しいなぁ』という心の声が聞こえてきそうだった。

 アテナさんが微笑みながら口を開く。
「エスピアさん、ありがとうございます! あなたのような頼もしい方が味方になってくださると、とても心強いですわ」
 その言葉を聞いた瞬間、エスピアさんの表情が一変した。

 先ほどまでの仏頂面が嘘のように、頬をゆるませデレデレと蕩け出していた。
 密偵部隊長という肩書きだったが、ここまで表情に出やすいのは如何なものかと少し心配になったが、心強い味方が増えるのは素直に嬉しい。
 ガストンさんが手を打つ。

「では、コボルト族に四十、近衛騎士団に十、残り五十を冒険者に分配するということで異論はないか?」
 全員が首肯し、ガストンさんの提案は承認された。
「よし、決まりだ。では次に、日程についてだが……十日後はどうだろうか? ギルドとしては早急に討伐に向かいたいところだが、準備と各所への説明を考慮すると、それくらいは必要だろう」

 アビフ様が応える。
「儂らの部族内ではすでに話はついておる。こちらはいつでも動けるぞ」
「そうでしたか。では、一つお願い事があります」
「ほう? なんじゃ?」

「討伐部隊の駐屯地として、コボルト族の集落を使わせていただけませんか?」
「ふん、何を言い出すかと思えば……愚問じゃな」
「やはり……難しいですか?」
「違うわい! 儂らはもう仲間じゃろうが。その程度のこと、何の問題もないといっておるのじゃ!」

 アビフ様の口から『仲間』という言葉が出てきたことに、俺は胸が熱くなった。
 そう思った瞬間——突如として広間に奇声が響き渡る。
「ぬおぉぉぉーっ! アビフ殿ーッ‼ 感動ですぞー‼ 種族を超えた友情……! これぞまさに、アイリス様のご加護に違いありませんなぁ!」

 その場にいた全員が、心の中で同じ言葉をつぶやいた。
「ガストンさん……暑苦し過ぎる」と。
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