41 / 73
腐女子、昇天す
しおりを挟む
その頃、キッチンでは——
「ふぅ……ちょうど百個、完成だ!」
「ぐへぇ~大将~、疲れましたぁ~。お腹すいたです~」
「太郎、ララ、ご苦労様! ちょうどランチの時間だし、もう少しで準備も終わるから、休憩にしようか」
「わーい! おっ昼ごはーん♪」
団子を作る傍らで、チャットさんは昼食の準備もしてくれていた。
どうやら魚介を使った料理らしい。香ばしい磯の香りが、キッチンに漂っている。
「う~ん、いい感じ。今日のお昼は、僕の得意料理の一つ——パエーリャだよ」
平たい鍋に、黄色く色づいたお米が敷き詰められている。その上には、海老・イカ・カラス貝などが贅沢に並んでいる。
「パエーリャだ~! ララ、こんな豪華なの初めて食べるです!」
パエーリャ自体は、テソーロの伝統的な料理らしい。ただ、ここは海から少し離れているため、海鮮は高級品。屋台のパエーリャは野菜と燻製肉が少し入っている程度だという。
「美味しそうです……(じゅるり)」
ララの口元から、垂れてはいけない汁が漏れ出しているのに気づき、俺は団子の後片付けを急いで済ませ、パエーリャをいただくことにした。
「(こっちの世界にきて、初めての米だ……)いただきます! んんっ、うっま!」
「はひょー‼ むちゃくちゃおいひーれす——はっ⁉」
ララが口いっぱいにパエーリャを頬張ったその瞬間、動きがピタリと止まり、キョロキョロと周囲を見渡しはじめた。
ララのやつ、何やって——あぁ、そういうこと! レイラさんがいないか確認してるんだな。
「ララ、レイラさんなら、夜の懇親会の準備中だから、今は居ない——」
そう言いかけた矢先、廊下から金切り声が聞こえ始めた。
「ララ様! まーた、口に物を入れたままお話しになって! ほんの少し目を離すとこれですわ……。 もう少し淑女としても教育が必要みたいですわね。今日もこの後、お時間をいただくことにしましょうか」
「ぶぅ~、大将! これじゃ、せっかくのパエーリャが不味くなるです~」
「そのようなことをおっしゃったら、チャット様に失礼でございましょう!」
「え~ん。大将~、このオバちゃんをどうにかしてです~」
「オ……オバ……ちゃ——」
これはマズい! 絶対に言っちゃいけない言葉を口にしたぞ、そこのお嬢ちゃん‼
俺はララを抱え、逃げるように、部屋の外へと向かった。
「おい、ララ! おまっ、なんて口の聞き方をしてるんだよ⁉」
「大将もですかぁ~? ララには自由にお話しする権利もないんですか~⁉ もぅ……嫌です、こんなのっ!」
そう言い放つと、ララは屋敷の外へと飛び出していった。
「待ってくれ!」と手を伸ばすも、彼女には届かず、その背中を見送るしかなかった。
追いかけようとしたが、俊足スキル持ちのララに追いつけるわけもない。
その様子を見ていたレイラさんが、何事かと訊ねてくる。
「ララが、機嫌を損ねちゃって……。あの子、スラムでずっと一人で生きてきたみたいなんです。教育も受けてこなかったようで、大人に指図されるのに慣れてないんだと思います」
「そうだったのですね……。事情も知らずに、講釈を垂れてしまっていたかもしれません。申し訳ございません」
慇懃に謝罪するレイラさんに、俺は慌てて頭を上げるよう促す。
「だ、大丈夫ですよ、レイラさん! そんな謝ることじゃないです。俺こそ、ちゃんと説明もしないでお任せしちゃって。ごめんなさい」
そのとき、チャットさんが心配そうに声をかけてきた。
「どうしたんだい、二人とも? ……あれ? ララは?」
事情を説明すると、チャットさんは少し考え込んでから、真剣な表情で言った。
「自由に生きることは悪くない。でも、これからのことを考えると、ララにはもっと多くの学びが必要だと思う」
その言葉に、俺は心の中でうなずいた。ララは素直で、優しい子だ。ただ、少し幼すぎる。それが彼女の魅力でもあり、危なっかしさでもある。
俺はあの子のために、何をしてやれるだろうかと、漠然と考えたことはあった。
これまでは、自分のことで手一杯だったこともあり、その回答を後回しにしていた。少し言い訳がましく聞こえるかもしれないが、実際それが本音だ。
正しいのかどうかは、正直分からないけど、こうすべきなのではないか、という道筋が一つ見えてきた気がした。そこでレイラさんに尋ねた。
「あの……テソーロに、学校ってありますか?」
「もちろんございますよ。ララ様をお通わせにならせたいと?」
「できれば……はい」
「そうですねぇ……。学校へ通わせるのには、親、若しくは二十歳以上の後見人を立てる必要がございます」
……俺はまだ、その年齢に達していない。俯いた俺に、チャットさんが優しく顎を持ち上げる。
「顔を上げな、太郎。君とララのためなら、僕が後見人になってあげるよ!」
(ぽわわわ~ん)
(いやぁぁぁ~ん、プシュー‼)
……俺の感情音に混ざって、何か妙な音が聞こえてきた気がする。
ふと横を見ると、レイラさんが鼻から血を吹き出しながら、ゆっくりと後ろに倒れていくではないか!
「うわっ! 大丈夫ですか、レイラさん⁉」
「あ……あなたたち……そういう、イケナイお関係で、いらして⁉」
よく分からないことをブツブツと言ったあと、レイラさんは意識を失った。
「とにかく床に寝かせよう! あぁ、血が止まらないぞ‼ 救護係を呼んでくるから、太郎はここでレイラさんを看ててくれ!」
「わ、わかりました!」
チャットさんは、急いでどこかへと駆けて行った。
足音が遠くなる中、レイラさんがうっすらと意識を取り戻し、また何かを呟き始めた。
「チャット様って……お優しいのですわよね……。あの甘いマスクで……太郎様をおかしく……ハァッ(ブッシャー‼)」
「わっ、また鼻血⁉ と、とにかく安静にしてくださいってば!」
「うふっ……ウフフフ……あぁ……眼福でしたわ——(ガクッ)」
「レ、レイラさーん‼」
完全に意識を失ったレイラさんだったが、何故かとても満ち足りた表情を浮かべていた。
その後すぐ、チャットさんが救護の人を連れてきてくれた。診断結果は、単なる貧血とのこと。命に別状はなく、俺は心底ホッとした。
そういや、意識が朦朧とする中でレイラさんが呟いていた、『甘いまんじゅうで、俺がお菓子食う……』とか言ってたのって、どういう意味だったんだろう……? いや、考えるのはやめておこう。
「ふぅ……ちょうど百個、完成だ!」
「ぐへぇ~大将~、疲れましたぁ~。お腹すいたです~」
「太郎、ララ、ご苦労様! ちょうどランチの時間だし、もう少しで準備も終わるから、休憩にしようか」
「わーい! おっ昼ごはーん♪」
団子を作る傍らで、チャットさんは昼食の準備もしてくれていた。
どうやら魚介を使った料理らしい。香ばしい磯の香りが、キッチンに漂っている。
「う~ん、いい感じ。今日のお昼は、僕の得意料理の一つ——パエーリャだよ」
平たい鍋に、黄色く色づいたお米が敷き詰められている。その上には、海老・イカ・カラス貝などが贅沢に並んでいる。
「パエーリャだ~! ララ、こんな豪華なの初めて食べるです!」
パエーリャ自体は、テソーロの伝統的な料理らしい。ただ、ここは海から少し離れているため、海鮮は高級品。屋台のパエーリャは野菜と燻製肉が少し入っている程度だという。
「美味しそうです……(じゅるり)」
ララの口元から、垂れてはいけない汁が漏れ出しているのに気づき、俺は団子の後片付けを急いで済ませ、パエーリャをいただくことにした。
「(こっちの世界にきて、初めての米だ……)いただきます! んんっ、うっま!」
「はひょー‼ むちゃくちゃおいひーれす——はっ⁉」
ララが口いっぱいにパエーリャを頬張ったその瞬間、動きがピタリと止まり、キョロキョロと周囲を見渡しはじめた。
ララのやつ、何やって——あぁ、そういうこと! レイラさんがいないか確認してるんだな。
「ララ、レイラさんなら、夜の懇親会の準備中だから、今は居ない——」
そう言いかけた矢先、廊下から金切り声が聞こえ始めた。
「ララ様! まーた、口に物を入れたままお話しになって! ほんの少し目を離すとこれですわ……。 もう少し淑女としても教育が必要みたいですわね。今日もこの後、お時間をいただくことにしましょうか」
「ぶぅ~、大将! これじゃ、せっかくのパエーリャが不味くなるです~」
「そのようなことをおっしゃったら、チャット様に失礼でございましょう!」
「え~ん。大将~、このオバちゃんをどうにかしてです~」
「オ……オバ……ちゃ——」
これはマズい! 絶対に言っちゃいけない言葉を口にしたぞ、そこのお嬢ちゃん‼
俺はララを抱え、逃げるように、部屋の外へと向かった。
「おい、ララ! おまっ、なんて口の聞き方をしてるんだよ⁉」
「大将もですかぁ~? ララには自由にお話しする権利もないんですか~⁉ もぅ……嫌です、こんなのっ!」
そう言い放つと、ララは屋敷の外へと飛び出していった。
「待ってくれ!」と手を伸ばすも、彼女には届かず、その背中を見送るしかなかった。
追いかけようとしたが、俊足スキル持ちのララに追いつけるわけもない。
その様子を見ていたレイラさんが、何事かと訊ねてくる。
「ララが、機嫌を損ねちゃって……。あの子、スラムでずっと一人で生きてきたみたいなんです。教育も受けてこなかったようで、大人に指図されるのに慣れてないんだと思います」
「そうだったのですね……。事情も知らずに、講釈を垂れてしまっていたかもしれません。申し訳ございません」
慇懃に謝罪するレイラさんに、俺は慌てて頭を上げるよう促す。
「だ、大丈夫ですよ、レイラさん! そんな謝ることじゃないです。俺こそ、ちゃんと説明もしないでお任せしちゃって。ごめんなさい」
そのとき、チャットさんが心配そうに声をかけてきた。
「どうしたんだい、二人とも? ……あれ? ララは?」
事情を説明すると、チャットさんは少し考え込んでから、真剣な表情で言った。
「自由に生きることは悪くない。でも、これからのことを考えると、ララにはもっと多くの学びが必要だと思う」
その言葉に、俺は心の中でうなずいた。ララは素直で、優しい子だ。ただ、少し幼すぎる。それが彼女の魅力でもあり、危なっかしさでもある。
俺はあの子のために、何をしてやれるだろうかと、漠然と考えたことはあった。
これまでは、自分のことで手一杯だったこともあり、その回答を後回しにしていた。少し言い訳がましく聞こえるかもしれないが、実際それが本音だ。
正しいのかどうかは、正直分からないけど、こうすべきなのではないか、という道筋が一つ見えてきた気がした。そこでレイラさんに尋ねた。
「あの……テソーロに、学校ってありますか?」
「もちろんございますよ。ララ様をお通わせにならせたいと?」
「できれば……はい」
「そうですねぇ……。学校へ通わせるのには、親、若しくは二十歳以上の後見人を立てる必要がございます」
……俺はまだ、その年齢に達していない。俯いた俺に、チャットさんが優しく顎を持ち上げる。
「顔を上げな、太郎。君とララのためなら、僕が後見人になってあげるよ!」
(ぽわわわ~ん)
(いやぁぁぁ~ん、プシュー‼)
……俺の感情音に混ざって、何か妙な音が聞こえてきた気がする。
ふと横を見ると、レイラさんが鼻から血を吹き出しながら、ゆっくりと後ろに倒れていくではないか!
「うわっ! 大丈夫ですか、レイラさん⁉」
「あ……あなたたち……そういう、イケナイお関係で、いらして⁉」
よく分からないことをブツブツと言ったあと、レイラさんは意識を失った。
「とにかく床に寝かせよう! あぁ、血が止まらないぞ‼ 救護係を呼んでくるから、太郎はここでレイラさんを看ててくれ!」
「わ、わかりました!」
チャットさんは、急いでどこかへと駆けて行った。
足音が遠くなる中、レイラさんがうっすらと意識を取り戻し、また何かを呟き始めた。
「チャット様って……お優しいのですわよね……。あの甘いマスクで……太郎様をおかしく……ハァッ(ブッシャー‼)」
「わっ、また鼻血⁉ と、とにかく安静にしてくださいってば!」
「うふっ……ウフフフ……あぁ……眼福でしたわ——(ガクッ)」
「レ、レイラさーん‼」
完全に意識を失ったレイラさんだったが、何故かとても満ち足りた表情を浮かべていた。
その後すぐ、チャットさんが救護の人を連れてきてくれた。診断結果は、単なる貧血とのこと。命に別状はなく、俺は心底ホッとした。
そういや、意識が朦朧とする中でレイラさんが呟いていた、『甘いまんじゅうで、俺がお菓子食う……』とか言ってたのって、どういう意味だったんだろう……? いや、考えるのはやめておこう。
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる