桃太郎は、異世界でも歴史に名を刻みます

林りりさ

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ある冒険者の春

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 残ったのは四十三名。これだけいれば、戦力としては申し分ない。そう判断したガストンは、静かに頷いた。
「理解のほど、感謝する。今晩、決起会を兼ねて俺の屋敷で食事会を開こうと思う。そこで例のきびだんごを食べてもらうつもりだ」

 フィンが首をかしげる。
「その、聞きなれない食べ物……味の方は、どうなんです?」
「聞いて驚け。絶品だぞ‼」

 ギルドマスターであるガストンの言葉に嘘はないのだろうが、仲間たちの顔には一抹の不安がよぎっていた。
「お前ら、その顔……まだ信じてないって顔してるな? 一年前、屋台街で長蛇の列を作ってたピザ屋、覚えてるか?」

「『ピッツァ・チャット』のことですか? あそこ、急に閉めちゃったから、みんな残念がってましたよ。それがどうかしたんですか?」
「その店主を、俺が腕を見込んで引き抜いたんだ! 今は俺の屋敷の専属シェフってわけさ。そいつが一緒に作ってるんだから、味は保証するぜ」

 聞いた全員が驚きに目を見張る。だが同時に、あの評判の店を閉めさせた張本人が目の前にいると気付き、場に怒気が充満し始めた。
「え……? な、なんでそんな睨んでんだ⁉ お、おいおい……ちょ、ちょっと、まっ——ギャーッ‼」

 あの味を奪った張本人に、元常連客からの怒りの鉄槌が振り下ろされた。
 会場が騒がしくなったことに気付いたベリアが扉を開けると、目に飛び込んできたのは——なぜか袋叩きにされているギルドマスターだった。

「ちょ、ちょっとみなさん、何してるんですかぁー‼ ストップ! ストーップ‼」
 ベリアの制止でようやく混乱が収まり、ガストンは四つん這いでベリアの足元にすり寄った。

「た、助かったぜ……ベリア」
「一体何があったんですか?」
 するとフィンがすかさず口を挟む。

「聞いてくれよベリアちゃん! ギルマスの野郎、市民の憩いを奪ってやがったんだぜ!」
「市民の憩い……何のことです?」

「『ピッツァ・チャット』だよ! ベリアちゃんも行ったことあっただろ?」
「あぁ……なんだそのことですか」
「あれ? もしかして知ってた?」

「はい。だって、あそこの店主の彼は——」
「……えっ⁉ かかか、彼って、まさか——」
 フィンは狼狽し、数歩後ずさった。

 周囲からは、「あそこの店主、かなりのイケメンだったしなぁ」「そっか、あれがベリアさんの……」などと囁かれ始める。
「イヤァー、聞きたくない、聞きたくなーい! ベリアちゃんに彼氏がいるなんて……認めたくなーいっ‼」

 フィンは現実逃避するように耳を塞いでしゃがみ込んだ。呆れ顔でベリアが立ち上がるように促す。
「何言ってるんですか、フィンさん! チャットは私の弟ですよ?」

「……へ?」
 一同が一斉に固まる。
 そう、ベリアとチャットは実の姉弟だったのだ。ガストン邸で料理長になったのも、ベリアの後押しがあってのことだった。

「ピザ屋が人気だったのは知っていました。でも、いつかその味が飽きられる日が来るかもしれません。チャット自身も、もっと幅広い料理を作りたがっていましたし、専属シェフの話を聞いて、私からも推薦したんです」

「……そういうことだ。俺のエゴだけで決めたことじゃねぇぞ」
 冒険者たちは顔を見合わせ、やがて全員がタイミングを合わせたかのように、ガストンに向かって土下座した。

「「すいませんでしたー‼」」
 フィンはというと——完全にベリアへの恋心を全員に見抜かれ、気恥ずかしさで部屋の隅で小さくなっていた。

 そんなフィンに、ベリアが声をかける。
「フィンさん。そんなにピザを気に入ってくれてたのなら、作って差し上げましょうか? あの味、母から教わったレシピなんです」

 ベリアの優しさと、彼女の手料理を食べられるという、この上ない喜ばしい提案に、フィンはすっかり元気を取り戻した。
「へ……? ま、毎日俺のためにピザを焼いてくれる——だと⁉」

「そんなこと言ってません! 冒険者としては一流なのに、なんで男としては、こうも三流なんですかねぇ……フィンさんは」
 そばにいた風の大地のヒーラー、サラ・メディーが、バツの悪そうな顔でベリアに謝罪する。

「ベリアちゃん、いつもごめんね。昨日もフィンから、お土産にって変なものもらったでしょ?」
 サラの言う通り、昨夜フィンからプレゼントされたのは、隣町で買ってきたという、木彫りの猿の置物だった。

「あれ選ぶのに、丸一日かかったのよ……。猿にするか、犬にするか、はたまた鳥にしようか……ってブツブツ言いながら。はぁ~、ほんっと困ったリーダーだわ」
 ベリアは心の中で思った。種類じゃない、木彫りの置物そのものがいらないんだ……と。

「お、お気持ちは大変ありがたいんですけど……ね」
「これに懲りずに、これからも仲良くしてくれたら嬉しいわ」
「あはは……善処します」
 ——フィンの春は、まだまだ遠いようだ。
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