桃太郎は、異世界でも歴史に名を刻みます

林りりさ

文字の大きさ
63 / 73

やっぱり苦手だ

しおりを挟む
 俺が最後に手に取ったのは、とある液体が入った瓶だった。
 それを選んだ理由は、魔物にこれを与えたらどうなるんだろうかという、ちょっとした好奇心が湧いたからでもあった。

「もう時間がない……これが最後だ——いっけぇー‼」
 放物線を描きながら投げ放たれた瓶の中から、エリクサーが漏れ出る。その雫が松明の灯を反射し、暗い洞窟内で幻想的な光景を生み出した。

(カシャァァン!)
 瓶が砕け、エリクサーがジャバリノックスの体表に飛散した。
(グ……グオォォォォーン‼)

 突然、ジャバリノックスが悲痛のような喚き声を叫びだした。
「な、なんだ……苦しんでいるのか⁉」
 注意深く観察してみると、エリクサーのかかった場所がドロドロと溶け出し、魔物にはあるはずのない、白い骨が露出しだした!

「どうにかして、ジャバリノックスにエリクサーを吹っかけられれば……勝てるかも!」
 勝機を見出した、その刹那——
(ゴゴゴゴゴ……ドガガガガーン!)
 天井が崩れ始め、土煙と瓦礫が視界を奪い、全てが闇へと沈んでいった。




「では、私が代わりに行きましょう。夜目には自信がありますので」
 ——聞き覚えのある会話が、耳に届いた。
 どうやら、また無事(?)に死に戻ってきたようだ。

「悪いが、頼めるか? うちの鳥野郎が役に立たなくて申し訳ない」
「聞き捨てならーん!」
 ガストンとヴェルディの、二度目のやりとりを目にしても、今の俺には笑う余裕がなかった。

「旦那、どうかしたっすか?」
 俺の様子が気になったのか、ティガが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「うん……例のアレだよ」
「例の……あっ! また戻ってきたっすか⁉」

「声が大きいよ、ティガ!」
 俺の制止に、ティガは慌てて手で口を塞ぎ、小声で聞き返してきた。
「す、すまないっす……。で、次はどうなるっすか?」
「それが——」


 今回もエスピアが偵察に向かおうとしたので、俺はあわてて止めに入る。
「エスピアさん。一人で行くのは危険です。みんなで行きましょう」
「ですが、中に何が待っているか分かりません。魔物がまだ潜んでいる可能性もあります」

「奥にいる以外、魔物はもういません」
「……どうして、そう言い切れるのです?」
 うーん、何回経験しても、このへんの立ち回り方は上手くならないなぁ……。

 口ごもっていると、事情を察したティガが、フォローに入ってくれた。
「旦那は勘が鋭いんっすよ! なんつったって……えーっと、なんつったって……ねぇ?」

 いや、全然フォローになってねぇ!
「あ~、あれです。俺のスキルって、生き物と会話できるってやつなんですけど……洞窟の中からは何も聞こえてきません。奥から聞こえる、ジャバリノックスの声以外は……」

「ジャバリノックス?」
「……魔物の名です。洞窟の奥に潜む、魔物化したジャバリ……だそうです」
 言いながら、自分でも誤魔化し方の下手さにうんざりする。

「なるほど。では、その魔物は今、何か言っていますか?」
「えっ⁉ えーっと……ガ、ガオォーって言ってます」
「それは、どういう意味でしょう?」

「お、俺に近寄るな~……的な?」
「ふむ……」
 嘘はやっぱり苦手だ。上手くなりたいとも思わないけど。

 苦しい嘘を重ねる俺を見かねて、ティガが再びフォローに回る。
「おいらも、そのジャバリ……なんとかってやつ、知ってるっす! 生きてるジャバリと同じで、牙としっぽが弱点っす! でも黒いモヤモヤに覆われてて、それを取っ払わないと攻撃が効かないっす!」

 その説明を聞き、アビフが怪訝そうにティガに話しかける。
「なぜお主がそんなことを知っておる? わしですら、ジャバリの魔物には遭ったことがないというのに……」

「へ? そ、それは、さっき……」
「さっき、なんじゃ?」
「さ、殺気を感じたっす! ジャバリっぽい殺気を……ね?」
 苦しいっ! 傍から見ていた俺が、冷や汗をかく程だ。

「(……俺も、いつもあんな感じで見られてんだろうな……)」
「ほう……お主も、ついにその領域まで辿り着いたか!」
 アビフは満面の笑みでティガの肩を叩いた。
 ティガは、「は?」という顔で固まっている。

「きゃつらには、特有の殺気が漂っておる。それを頼りに罠を仕掛けて狩るのが、我らのやり方じゃ。だが、わしにはこの洞窟の殺気は感じ取れんのぉ……年でアンテナが鈍ってしもうたか」
 アビフの妙な勘違いのおかげで、なんとか場は丸く収まった。


 その後、俺たちは改めてジャバリノックス討伐作戦を練った。
 落盤のリスクを考えれば、戦いの舞台は洞窟内より外の方が望ましい。ただし、そのためには奴を外へ誘き出す、『おとり』が必要になる。とはいえ、イダたち足の速いコボルトでさえ、あの魔物にはすぐに追いつかれてしまうだろう。

 にしても、あの巨体でどうやって洞窟に入ったのかという謎もあるが……、今は考えないでおこう。
 フィンとロイドの、チョーかっちょいい合体技は、瘴気を薙ぎ払うのに効果てき面だった。

 個人的にも、もう一度見てみたいという欲求もあり、提案する。
「フィンさんとロイドさん。お二人の加護の力を込めた最高の合体技を、奴にお見舞いしてください!」

「はぁ⁉ なんで俺がフィンと組まなきゃなんねぇんだよ!」
「僕は全然構いませんが……まぁ、ロイドさんが『できない』って言うんじゃ、仕方ないですね~」

「はぁ⁉ できねぇなんて言ってねぇだろうが! いいよ、やってやるよ! ド派手なのをぶっ放してやんぞ、フィン‼」
「はい、お願いします、ロイド先輩!」

「お、おうよっ!」
 うわぁ~、ロイドさん……チョロい!
 サラさんに転がされてるアンガスさんを見てるせいか、フィンさんも転がし方が上手いな、と妙なところで感心してしまった。

 瘴気を取り除いた後は、打撃も有効になるはず。そこに一斉攻撃を仕掛ければ……!
 だが、俺の脳裏にあの光景がよぎる——落盤だ。

 ジャバリノックスが落とし穴に嵌まった際、身動きできない苛立ちから地団駄を踏み始め、崩落を招いた……。
 ならば、あの足の動きを止めることができれば……!

「エスピアさん。糸で、奴の動きを封じることは可能ですか?」
「ええ。我々の糸は、相手の動きを封じたり仕留めたりする戦術に長けています。条件が揃えば、おそらく可能でしょう」

 前回は騎士団員の多くが負傷していたため、実行できなかった作戦。だが今回は、万全の布陣で挑める。
 そして、俺には……最後の切り札もある。
 ぶわっと、全身に武者震いが走った。

 作戦に酔っているのではない。これが、本当に最後の戦いになるという実感からだ。
 誰も死なせない——死なせたくない!
 より良い未来を拓くために、絶対に負けられない戦いが、いま、始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...