桃太郎は、異世界でも歴史に名を刻みます

林りりさ

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総力戦

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 俺たちは、魔物に『ジャバリノックス』という名を付けた。
 ジャバリノックス攻略作戦の概要はこうだ——
 まず、近衛騎士団員の治療を最優先とする。

 救護係のメリッサとオリザを、コボルト族が擁護しながら、負傷者の手当てをしていく。
 次に優先すべきは、ジャバリノックスの牙を折ること。その重役を任されたのは、ボアーズとヤーキンだ。

 冒険者たちが、彼らの待機地点へと誘導し、一撃で牙を仕留めにかかる。
 牙を折ったことで動きが鈍ったところに、フィンとロイドの協力技を放ち、瘴気を吹き飛ばす。そしてその一瞬を突いて、全員で一斉攻撃を仕掛ける。
 大まかな流れは、こうだ。だが——果たしてうまくいくのだろうか。



 出発を前に、俺は全員へ呼びかけた。
「みなさん、これが最後の戦いです。すでに怪我を負っている人もいますが……これ以上は、誰一人、傷ついてほしくありません。もちろん、死ぬなんて……論外です! 全員で、無事に仲間——そして、家族の元へ戻りましょう!」

「おーっ‼」
 気合のこもった声が洞窟内に響き渡る。
「よっしゃー! みんな、いくぜ‼」

 ガストンの号令とともに、俺たちはジャバリノックス——そして、助けを待つ仲間の元へと走り出した。



 洞窟の最深部へと辿り着くと、禍々しい巨大な影が、こちらをじっと見下ろしていた。
「……で、でかい……」
 鬼を見たときと同じく、俺の口から乾いた声が漏れた。

「なるほど……確かにジャバリの魔物じゃな。こやつを倒しても、カーニバルができんのは残念ならんのぉ」
 こんな状況で悠長なことを言えるアビフの精神力には、思わず感心してしまう。

「いや、アビフ殿。こいつを倒せば、テソーロに平穏が戻る……。それを祝う、ジャバリカーニバル以上の祭りを開けばいいじゃねぇか!」
 ガストンの言葉に、ティガが身を乗り出す。

「ジャバリカーニバルよりも、楽しい祭り⁉ それは張り切らないとっすね!」
 コボルトたちの士気が一斉に高まり、ガストンが作戦開始の合図を出す。
 ガストンが、作戦の実行の合図を送る。

「よし……各自、自分の役目を全うしろ! 死んだら許さねぇからな……いけぇぇぇぇっ‼」
「うおぉぉぉぉぉ!」

 まず動いたのは、救護係を背に乗せたコボルトたちだった。イダの背にはメリッサが、テンの背にはオリザが跨っている。ジャバリノックスからの攻撃に備えつつ、負傷した騎士団員のもとへと急ぎ駆け寄る。

 その間、冒険者たちは、ジャバリノックスを包囲する。
 ジャバリノックスはというと——不気味なほどに微動だにしない。
 俺は、後方でしっぽを狙うために待機する。

 全員が所定の位置につくと、四方八方から弓や投げ槍などの遠距離攻撃を仕掛けた。
 弓使いのサラが、渾身の一射を放つ!

「喰らえー‼」
(パシュー……ポロボロッ……)
「な、なんですって⁉」

 矢はジャバリノックスを捉えたかのように見えた。だが、ジャバリノックスの体を覆う瘴気に触れた瞬間、急速に朽ちてしまったのだ。
 動揺するサラに向かって、ジャバリノックスがとてつもない速さで突進する。

「は、速いっ! 避けれ……ああっ‼」
(ガシャーン‼)
 甲高い音が洞窟内に響き渡る。砂ぼこりの上がる中、目を凝らしてみると——

「あ……ありがとう、アンガス」
「礼なんていらん。これが俺の役目だろ?」
 間一髪、アンガスがジャバリノックスの突進からサラさんをかばっていた。

 ジャバリノックスが動き出し、戦況は一気に緊迫する。火炎瓶、投石器と次々に攻撃が飛ぶが、やはりどれも決定打には至らない。
 ジャバリノックスの様子を観察していた俺は、あることに気づく。

 しっぽの部分だけ、妙に瘴気の幕が薄い……。もしかすると、あそこは攻撃が通るんじゃないか⁉
 急ぎ、そのことを皆に伝える。

「みなさん! 奴のしっぽ周りだけ、瘴気が薄くなってます! そこなら攻撃が通るかもです!」
 ガストンが叫ぶ。

「よく気づいたな、桃くん! 聞いたか⁉ しっぽを狙える奴は、そこを集中攻撃してくれ! あともう少し時間を稼ぎたい」
 しかし、ジャバリノックスはその巨体に似合わぬ俊敏さで、俺たちの攻撃を躱し続ける。負傷者も出始め、状況は徐々に劣勢へと傾いていった。

「クソッ、これじゃ隙なんて全然ないじゃないか……」
 そう思った時だった。
「準備が整った! 例の作戦を実行するぞ、集まれ‼」

 ガストンの声に、タンク役の冒険者たちがアンガスを中心に扇状に並ぶ。
 準備が整うと、アンガスが、気合の入ったかけ声を上げた。
「さぁ……こっちへ来い、猪野郎!」

 その挑発に乗ったジャバリノックスが、アンガスたちの元へと猛進する。
 いくらタンクとはいえ、あの攻撃を真正面から受けるなど、不可能なのでは……。
 俺の不安をよそに、ジャバリノックスが彼らの寸前にまで迫った瞬間——

(ドガーン‼)
 洞窟内に、再び大きな音が鳴り響く。その音の正体は……ジャバリノックスが落とし穴に嵌る音だった。

「今だ! フィン、ロイド‼」
「了解!」
「うぉしゃー‼」

 タンカーの後方で待機していた二人が同時に飛び上がり、自慢の剣を振りかざした。
『ウインド・ブラストー‼』
 フィンの風の加護と、ロイドの火の加護をまとった斬撃が、ジャバリノックスを穿つ!

「(何あれ……かっちょいいーっ‼ 俺も、あんなのやってみてぇ~)」
 不意に妙な憧れを抱いてしまう俺だった——いや、今はそんな場合じゃない!
 フィンとロイドの放った『ウインド・ブラスト』によって、ジャバリノックスの体を覆っていた瘴気が、一気に消失する。

「うおぉぉぉぉ!」
「おりゃぁぁぁ!」
 ボアーズとヤーキンが、左右の牙目がけて攻撃を仕掛ける!

(パッキーン!)
 牙が折れる前に、ボアーズとヤーキンの持っていた槍と斧が、真っ二つに折れてしまった。
 しかしよく見てみると、牙の根元には亀裂が入っていた。

 ガストンとアビフも、それに気づいたようで、追撃を加える!
「もういっちょぉぉぉ‼」
「喰らいやがれ、肉無しジャバリが!」

(ギギギギ……パキーン‼)
 二人の渾身の一撃が、ジャバリノックスの牙をへし折った。
「よしっ! 次は俺の番だ!」

 仲間たちの奮闘に背中を押され、俺はしっぽ目がけて走り出す——
(ドダドダドダドダーッ‼)
「な、なんだっ⁉」

 突然、洞窟内が激しく揺れ始めた。ジャバリノックスが落とし穴の中で、足踏みをし出したのだ。その振動により、落石が複数箇所で起き出した。
「総員、落石に注意しろ! 一旦退避だ‼」
 ガストンが退避指示を出した瞬間——

(ゴゴゴゴ……ドッカーン‼)
 再び落石が発生し、唯一の退路を塞いでしまった。
 ジャバリノックスは、自らに落石が降ってくるのもお構いなしに、地団駄を踏み続ける。

 すると——
(バキバキバキ……ゴオォォォーン!)
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
 落盤が発生し、巻き込まれた仲間たちの叫びが、崩落の音にかき消されていく。

「だ……ダメだ。万事休す……」
 俺は、なす術なしと匙《さじ》を投げ、その場で膝から崩れ落ちた。
「(匙を投げるか……いや、投げる匙もないけどな……。匙を……投げる……。おおっ、そうだ!)」

 俺は、最後の悪あがきをしみることにした。どうせ死ぬなら、何か攻略の手がかりを掴んでからにしよう!
 アイテムボックスに手を突っ込み、次々に中身をジャバリノックスへ投げつけた。

 まず手に取ったのは、塩だ。魔除けには塩だよな。
 瓶の蓋を外し、投げつけた——しかし、何も起こらなかった。
 魔物と霊的なものは親戚関係なんじゃね? とか思って、結構効果を期待したんだがなぁ……。

 次に取り出すは、骨だ。いつぞやに、シャブってみようかと思ったが自重したやつを入れていたのだ。
 魔物化したとはいえ、元は獣。コボルトと同じく、骨が好きだったりして……と思ったけど、全く見向きもされなかった。

 こいつを投げるのは、少しためらったのだが、次にきびだんごを手に取った。
 もし、これを食べてくれて、こいつが仲間になったら……俺こいつを扱えるのかなぁ……という不安が頭をよぎる。

 まぁ、戦わずして万事解決できるのなら、それもありかと高を括り、思い切ってジャバリノックスの口元目がけて投げつけた。
 ——だが、食べてくれる気配はなかった。

 考えてみれば、そもそも魔物は既に死んでいるのだ……。食べ物を摂取すること自体がないのでは? 今さらそれに気づく。
 落盤が激しくなり、悠長なことをやっている時間がなくなってきた。
 俺は最後の切り札にと、アレを手に取った——
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