桃太郎は、異世界でも歴史に名を刻みます

林りりさ

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尻拭い

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 近衛騎士団が洞窟に入ってから数分後——
 突如、洞窟の奥から赤い光が走った。いち早くそれに気づいたフィンが叫ぶ。
「閃光弾だ! 中で何かあったらしい……みんな、行くぞ!」

 恐怖に支配されていたはずの体が、仲間を助けねばという衝動に突き動かされる。気づけば俺は走り出していた。
 俺だけじゃない。全員が同じように、即座に行動していた。
 ボアーズとヤーキンが作ってくれた即席の松明《たいまつ》を手に、俺たちは洞窟内へ突入する。


「うわあああっ!」
 奥から響く悲鳴に、ガストンが声を張り上げる。
「マズい、交戦中だ! 急げ!」

 走り続ける俺たちの前に、影が一つ現れた。反射的に足を止め、全員が身構える。
「み、みなさん! 奥で魔物と交戦中です! 団長や、数名の団員が負傷しています……!」
 現れたのは、近衛騎士団のシャドだった。彼もまた、左肩に深い傷を負っていた。

「だ、大丈夫ですか、シャドさん!」
「僕は……まだ動けます。それより、魔物の情報をお伝えします!」
 どうやら彼は、エスピアの命で伝令を任されていたらしい。
 彼の言葉で明らかになった情報は衝撃的だった。

 ・魔物の正体は、かつての『ジャバリ』と思われる
 ・尋常でない瘴気を纏っており、近づくだけで皮膚がただれる
 ・投石などの遠距離攻撃も、まったく通用しない
 ・巨体に似合わぬ俊敏さで、一瞬で間合いを詰めてくる

 その報告に、場の空気が凍りつく。
 誰もが言葉を失い、沈黙に包まれた。
「……勝機、ゼロだろ……」

 ロイドが呆然とつぶやく。彼の言葉に、冒険者たちは誰一人として反論できなかった。
 重苦しい空気が漂う中、アビフが口を開く。

「……ふんっ、魔物化したジャバリが相手とは……腕が鳴るのぉ‼」
 アビフは嬉々として首と腕を回し始めた。
 ボアーズがすかさず問いかける。

「アビフ様、例の作戦でよろしいでしょうか?」
「じゃな。魔物化しとるとはいえ、ジャバリはジャバリじゃ。ヤレるじゃろう!」
 コボルトにとって、ジャバリは最高のご馳走。

 これまで幾度も狩ってきた経験が、今まさに活かされる時だ。
 アビフの自信に満ちた様子に、ガストンが食い下がる。
「アビフ殿……いったいどうやって、強力な魔物に立ち向かうと言うのですか⁉」

「ジャバリにはのぉ……決定的な弱点があるんじゃ」
 そう言って、アビフは不敵な笑みを浮かべた。その顔は、松明の炎に照らされ、とても不気味に見えた。

 アビフはジャバリの攻略方法を伝授する。
「まず狙うは、きゃつの牙じゃ! 片方でよい、斬り落とせばバランスを崩す」
 へぇ……、ジャバリの弱点は牙だったのか!

 あの時、俺は偶然ながらも、その牙を斬り落としていた。それで勝てたんだと、今さらながらに知った。
「もう一つ弱点がある……しっぽじゃ! きゃつはしっぽに触れられることを極端に嫌う。魔物化しておっても、本質は変わらんじゃろう」

 フィンが疑問を呈する。
「ですが、瘴気が邪魔で攻撃が通らないという話でしたが……」
「ならば、攻撃の一瞬だけでも瘴気を吹き飛ばせばよいのでは? そなた、風の加護を持っておるじゃろ?」

「おぉ……さすがですね! その通りです」
「あの赤い坊主と組めば、さらに強力な術が使えるはずじゃ」
 赤い坊主という言葉に、ロイドが反応する。

「だ、誰が赤い坊主だコラァ! 俺の方がフィンより年上だぞ!」
「ふむ……年上とは思えぬ反応よのぉ。どうやらケツはまだ青いようじゃなぁ~、わっはっはー」
「ぶっ飛ばすぞジジィ!」

 そこに、紅蓮の翼の一員、コレッタが慌てて割って入る。
「ロイド、落ち着きなさい! もう、みっともない……」
「うぅ……すまねぇ」

「すみません、皆さん。ロイドも反省してます……よね、ロイド? フィンさんと仲良くできるよね?」
 コレッタはニコニコ笑顔でそう言った。だが、目は一切笑っていなかった……。

 怖気づた様子で、ロイドが応える。
「あ、あたぼうよ! おい、フィン! 作戦会議だ!」
「はい、ロイドさん! お願いします」

「んじゃ、まずは技の名前からだな!」
「……それって、必要です?」
「あったりめーだろ! かっけー名前叫ばなきゃ、気合入らねぇだろ!」

 ロイド以外の全員が、なんとも言えない顔をしていた。
 俺にも、あんな時期があったっけか……。集中力を研ぎ澄ませば、手のひらから炎が出せるんじゃないかと考え、一人森の中で無駄な努力を重ねてた時期が。

 もし炎が本当に出たら、俺はその力を『炎禍』と名付けようとまで考えていたっけか……小っ恥ずかしい過去だ。
 コレッタは、場の空気を察知し、ペコペコと頭を下げて回っていた。

 たぶんこの人は、普段からこうやってロイドの尻拭いをしてるのだろうなぁ……。
 俺は勝手ながらその姿に、ついララと過ごす日々を重ねてしまい、妙な親近感を覚えていた。
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