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【お届け物です】
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その日の夕方。玲は帰宅するなり、母親の英莉子に話しかけた。
「ただいま。ねぇお母さん、コアラのマッチョってまだあるかな?」
「あら、今日は随分早かったわね」
「顧問の先生、急に予定が入っちゃって部活休みになったから」
「そう。で、帰ってきて早々お菓子の話をしだすなんて、どうしたの?」
「ちょっとね。で、まだある?」
珍しくお菓子をせびる娘を訝しみながらも、英莉子は質問に応じる。
「こないだ買ってきてたやつなら、まだ一つも開けてないはずよ」
「そっか。じゃあ、もらっていい?」
「どうしたの? いつもは何にも言わずに勝手にバリボリ食べてるじゃない。こないだだって、お母さんが好きなクッキー食べたでしょ! 奥の奥にそぉ~っと隠してたのにー」
「それ桜でしょ。私はパントリーの奥の方を漁ってまでお菓子探しなんてしないよ」
桜とは、玲の三歳下の妹である。食欲旺盛な小学五年生で、お菓子には目がない。
その桜が、お腹を空かせて学校から帰ってきた後、パントリーの中を宝探しよろしくガサガサと漁り、奥からクッキーを見つけてはしゃぐ姿が目に浮かぶ。
英莉子は、玲を疑ったことを詫びつつ、会話を続けた。
「ごめんごめん。でも玲って、コアラのマッチョそんなに好きだったっけ?」
「別にそういうわけじゃないんだけど。なんか今キャンペーンやってるらしくてさ。応募したら景品が当たるらしいから……応募するだけしてみようかなぁ~って」
「へぇー。何が当たるの?」
「……コアラ」
「へぇー、コアラ……ってあのコアラ⁉」
英莉子は、最近中学二年生になった玲を、少しずつ大人びてきたと感じていた。 しかし、それは間違いだったと悟り、微笑みながら玲の本心を思案する。
(……あぁこの子、コアラのぬいぐるみが欲しいんだな。玲ったら、まだ動物のぬいぐるみとか欲しがる年頃なんだ~。最近、思春期爆発してきて、憎たらしいことばーっか言ってくるなぁと思ってたけど、やっぱりまだまだ中身はお子ちゃまなのねぇ~。うふふっ)
「いいわよ、コアラのマッチョ全部食べても。スキ薬局で今週末まで特売だったから、また買ってきておいてあげるわ」
「あー、そこまでしなくていいよ。五個あれば応募できるし、たぶん当たらないと思うから」
「そう。まぁでも、当たるといいわね」
玲は、残りのコアラのマッチョを自室に持っていき、パッケージに印字されたバーコード部分を切り取っていった。学校で既に切り取っていた分と合わせ、五個分のそれをハガキに貼り付けた。
「なんか、成り行きで応募してしまうことになってしまった……。まぁ当たるわけないか」
そう独り言を吐きつつ、住所と氏名を書き終え、夕飯前にはそのハガキをポストに投函し終えるのだった。
懸賞に応募したことすら忘れていた二ヶ月後のある日の夕方。玄関のチャイムが鳴り、英莉子が応対した。
「大原様のお宅でしょうか?」
「はい、そうですー」
「右川急便です。お荷物をお届けに参りました」
「あー、右川さん。今開けまーす。お待ちくださーい」
そう言うと、英莉子は玄関へ向かった。扉を開くと、見慣れた青と白のストライプシャツを着た宅配業者の青年が、大きなダンボール箱を持ってきてくれていた。
「まぁ、随分大きな荷物ね。中は何が入ってるのかしら?」
右川のお兄さんは、箱に貼付されたラベルを確認する。
「えーっと、送り状には『ナマモノ』って書いてありますね。でも変だなぁ。ナマモノ扱いなら、クール便のはずなんだけど……。とにかく、ここにサインかハンコいただけますか?」
「『ナマモノ』ですか……。あ、ハンコ押しますね。はいっ」
「ありがとうございます。ちょっと重いので、中までお運びしましょうか?」
「いえ、ここで大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「ではここで。毎度ありがとうございます!」
玄関の扉を閉めると、英莉子は箱に貼ってある送り状を確認した。そこにはカタカナの『ナマモノ』ではなく、漢字で『生物』と書かれていた。依頼主の欄には、リッテ製菓と書かれている。これらを考慮すると、もしやいつぞやに玲が言っていた話は、コアラのぬいぐるみではなく、実物の——。いやいや、そんなはずがないなと冷静に考え直すと、英莉子はダンボール箱をリビングへ、よいこらせっせと運んでいった。
それから二十分ほど経った頃、玲が学校から帰宅した。
「ただいまー、ってクサッ! な、何の臭い?」
「あぁ玲、おかえり……」
「どうしたのお母さん? ってか何か臭くない?」
そう言いながらリビングに到着した玲は、普段そこにない物の存在に気づいた。
「何、このでっかいダンボール箱?」
「ついさっき届いたの。送り主は、リッテ製菓。『ご当選おめでとうございます』って書いてあるわ」
「は……? うそっ、マジっ⁉ ってことは、これって、あれのやつ、だよね?」
「あなたが応募してたやつだと思うわよ。でもね……今日仕事が忙しかったから疲れてるだけかもしれないけど……さっきからこの箱、ゴソゴソ動いてる気がするのよねぇ。それに、何か獣臭いし。確か、こないだ応募した景品って……コアラのぬいぐるみ、だったわよね?」
「……いや、コアラ、ですね」
「うん、だからコアラのぬいぐるみ、でしょ?」
「……いや、コアラ、ですね」
「まさか、本物……の?」
「……はい、本物の、コアラ、ですね」
玲の声は驚くほど冷静だった。まるで、とうの昔にこの状況を受け入れていたかのように。
玲は普段、冗談やしょうもない嘘は言わない。そのことを一番よく知っている英莉子は、玲の発言の意味を理解し、発狂した。
「う、うそでしょーーーー‼」
英莉子は、驚きのあまり声が裏返る。
「どどど、どーすんのよコレ⁉ まっ、まさか飼うって言うんじゃないでしょうね⁉」
「マンションの規約的には……ギリセーフ……かと」
「いやいやいやいや。そういう問題じゃなくて、コアラなんてどうやって育てて——」
そんなやり取りを続けていると、業を煮やしたダンボール箱が、突如として口を開いた。
「なぁ~もう! さっきからうるさいメス供やのぉ~。とにかく狭ぁ~て薄暗ぁ~てしゃーないから、早よここから出してくれや」
不意に聞こえてきたその声に、母娘は顔を見合わせ、キョトンとした。
しばしの沈黙後——。
「は、箱が喋ったぁぁぁぁ!」
二人の絶叫に、ダンボール箱がビクッと揺れる。それを見た英莉子は、腰を抜かして尻餅をついた。そして、震える指で箱を指さしながら、声を絞り出す。
「れ、玲! あ、あ、あれって、ゲームとかに出てくる、あ、あれじゃない? ミ、ミ、ミミックとかいう……怪獣!」
その言葉に、ダンボール箱が素早くツッコミを入れる。
「誰が怪獣じゃい! 自分で言うのもなんやがな、わしは怪獣やのぉて珍獣や! とにかく早よ開けてくれや」
二人はこの信じがたい状況に、どう対処すべきか迷い、小声で作戦会議を始める。
「玲、どうする? 珍獣ってことは、やっぱり中身はガチのコアラってことよね?」
「でも、むちゃくちゃ喋ってるよ。しかも、コテコテの関西弁」
外で何やら小声で話をしていることに苛立ちを感じた様子で、ダンボール箱が催促してくる。
「おい、そこでゴニョゴニョ言うとらんと、早よ開けんかいなぁ。そんな心配せんでも、噛みついたり、引っ搔いたりなんかせぇへんから」
「こっちが気にしてるの、そこじゃないんですけどねぇ~」
「……お母さん。箱、開けてみる?」
「本気?」
「でも、このまま放置する訳にもいかないし」
「確かにそうだけど……」
「じゃあ、一応なにかあった時の護身用に、何か武器になるもの持ってきて!」
玲からの指示に、英莉子は戸惑う。
「ぶ、武器⁉ な、何がいいかしら……」
「何でもいいから!」
「じゃあ、包丁でいいかしら?」
箱の外から聞こえてくる物騒な会話に、ダンボール箱は思わずガタガタと震えだした。
「おいおいおいおい、包丁て! わしをどうするつもりや⁉」
「確かにリビングが血塗れになるのはちょっとヤダな……あっ、フライパンとかは?」
「それ、いいアイデアね。大きいのを取ってくるわ!」
「せやから、わし襲わんから。いや、襲えんから。めちゃ弱いからぁ~」
「念の為、です」
玲がダンボール箱と数回会話を交わしていると、英莉子が両手に何かを握って戻ってきた。
「持ってきたわよ、中華鍋!」
「よし……。じゃあ、開けるね……。行くよ、せーのっ!」
玲の手によって、ダンボール箱の上部を塞いでいたテープが破られたその瞬間——箱の中身が、黒ひげを蓄えた海賊よろしく、勢いよく飛び出した。
「パンパカパーン♪ はぁ~狭かったぁ。や~っと解放されたわ。腰バッキバキなるっちゅうねん。……っておい、あんた! ちゃっかり持っとるやないかっ‼」
箱の中身は、英莉子の手元を指さし叫ぶ。その指の先には、先ほどから聞こえていた会話の通り、中華鍋があった。それに加え、持ってきていないはずの、鋭利な刃物が握られていた。
「あ、すみません。やっぱりあった方が、いざという時に——」
「いやだから、いざという時とか無いから!」
「す、すみません」
「まぁ、ええけど。せやせや、菓子屋のにいちゃんから言えいわれてることがあったんやったわ。ほな言うで。あー、んん。『この度は、ご当選おめでとうございます。玉子動物園の閉園に伴い、コアラの銀仁朗の譲渡権を大原様が獲得することとなりました。末永く大切にしてあげてください』……って何でわしがこの台詞言わなあかんねん! 口恥ずかしいやないかい!」
銀仁朗の話を聞き、玲は改めてこの状況に呆然とする。
「あー、やっぱマジで当たっちゃったんだ……」
「そういうことや。ほな改めて、わしは銀仁朗や。見ての通り、か弱ぁて愛らしいコアラやらせてもらってます。以後よろしゅうに」
「よ、よろしくお願い致します」
「は、初め、まして」
二人は、真顔で会釈した。その表情からは戸惑いが隠しきれていなかった。
「なぁ、今の笑うとこやで。お二人さんが緊張しとるから、場を和ませよう思ってんけど、めちゃくちゃスベってもぉたがな! まぁええわ。で、あんたらの名前は?」
「あぁ、すみません、申し遅れました。私は、この子の母の英莉子です。そして、長女の玲です」
玲は両手を前にし、丁寧にお辞儀する。
「よろしく……お願いします」
「もうすぐ帰ってくると思いますが、次女の桜と、夫の健志の四人家族です。あ、今日からは四人と一匹家族ですね!」
「いや、お母さん。まだ片手に包丁持ってるくせに、受け入れるの早過ぎでしょ」
「あらやだ、忘れてたわ。片してくるわね」
ふふっと笑いながらキッチンへと戻っていく英莉子の姿を見つめながら銀仁朗が言う。
「なかなか愉快な母上のようやな」
「時々めっちゃウザい絡みしてくるのが玉に瑕ですけど」
「愛嬌があってええんやないか」
こうして、予想外の新たな家族との奇妙な初対面が幕を閉じた。
——果たしてこれからの日常は、一体どんな展開を迎えるのだろうか。
「ただいま。ねぇお母さん、コアラのマッチョってまだあるかな?」
「あら、今日は随分早かったわね」
「顧問の先生、急に予定が入っちゃって部活休みになったから」
「そう。で、帰ってきて早々お菓子の話をしだすなんて、どうしたの?」
「ちょっとね。で、まだある?」
珍しくお菓子をせびる娘を訝しみながらも、英莉子は質問に応じる。
「こないだ買ってきてたやつなら、まだ一つも開けてないはずよ」
「そっか。じゃあ、もらっていい?」
「どうしたの? いつもは何にも言わずに勝手にバリボリ食べてるじゃない。こないだだって、お母さんが好きなクッキー食べたでしょ! 奥の奥にそぉ~っと隠してたのにー」
「それ桜でしょ。私はパントリーの奥の方を漁ってまでお菓子探しなんてしないよ」
桜とは、玲の三歳下の妹である。食欲旺盛な小学五年生で、お菓子には目がない。
その桜が、お腹を空かせて学校から帰ってきた後、パントリーの中を宝探しよろしくガサガサと漁り、奥からクッキーを見つけてはしゃぐ姿が目に浮かぶ。
英莉子は、玲を疑ったことを詫びつつ、会話を続けた。
「ごめんごめん。でも玲って、コアラのマッチョそんなに好きだったっけ?」
「別にそういうわけじゃないんだけど。なんか今キャンペーンやってるらしくてさ。応募したら景品が当たるらしいから……応募するだけしてみようかなぁ~って」
「へぇー。何が当たるの?」
「……コアラ」
「へぇー、コアラ……ってあのコアラ⁉」
英莉子は、最近中学二年生になった玲を、少しずつ大人びてきたと感じていた。 しかし、それは間違いだったと悟り、微笑みながら玲の本心を思案する。
(……あぁこの子、コアラのぬいぐるみが欲しいんだな。玲ったら、まだ動物のぬいぐるみとか欲しがる年頃なんだ~。最近、思春期爆発してきて、憎たらしいことばーっか言ってくるなぁと思ってたけど、やっぱりまだまだ中身はお子ちゃまなのねぇ~。うふふっ)
「いいわよ、コアラのマッチョ全部食べても。スキ薬局で今週末まで特売だったから、また買ってきておいてあげるわ」
「あー、そこまでしなくていいよ。五個あれば応募できるし、たぶん当たらないと思うから」
「そう。まぁでも、当たるといいわね」
玲は、残りのコアラのマッチョを自室に持っていき、パッケージに印字されたバーコード部分を切り取っていった。学校で既に切り取っていた分と合わせ、五個分のそれをハガキに貼り付けた。
「なんか、成り行きで応募してしまうことになってしまった……。まぁ当たるわけないか」
そう独り言を吐きつつ、住所と氏名を書き終え、夕飯前にはそのハガキをポストに投函し終えるのだった。
懸賞に応募したことすら忘れていた二ヶ月後のある日の夕方。玄関のチャイムが鳴り、英莉子が応対した。
「大原様のお宅でしょうか?」
「はい、そうですー」
「右川急便です。お荷物をお届けに参りました」
「あー、右川さん。今開けまーす。お待ちくださーい」
そう言うと、英莉子は玄関へ向かった。扉を開くと、見慣れた青と白のストライプシャツを着た宅配業者の青年が、大きなダンボール箱を持ってきてくれていた。
「まぁ、随分大きな荷物ね。中は何が入ってるのかしら?」
右川のお兄さんは、箱に貼付されたラベルを確認する。
「えーっと、送り状には『ナマモノ』って書いてありますね。でも変だなぁ。ナマモノ扱いなら、クール便のはずなんだけど……。とにかく、ここにサインかハンコいただけますか?」
「『ナマモノ』ですか……。あ、ハンコ押しますね。はいっ」
「ありがとうございます。ちょっと重いので、中までお運びしましょうか?」
「いえ、ここで大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「ではここで。毎度ありがとうございます!」
玄関の扉を閉めると、英莉子は箱に貼ってある送り状を確認した。そこにはカタカナの『ナマモノ』ではなく、漢字で『生物』と書かれていた。依頼主の欄には、リッテ製菓と書かれている。これらを考慮すると、もしやいつぞやに玲が言っていた話は、コアラのぬいぐるみではなく、実物の——。いやいや、そんなはずがないなと冷静に考え直すと、英莉子はダンボール箱をリビングへ、よいこらせっせと運んでいった。
それから二十分ほど経った頃、玲が学校から帰宅した。
「ただいまー、ってクサッ! な、何の臭い?」
「あぁ玲、おかえり……」
「どうしたのお母さん? ってか何か臭くない?」
そう言いながらリビングに到着した玲は、普段そこにない物の存在に気づいた。
「何、このでっかいダンボール箱?」
「ついさっき届いたの。送り主は、リッテ製菓。『ご当選おめでとうございます』って書いてあるわ」
「は……? うそっ、マジっ⁉ ってことは、これって、あれのやつ、だよね?」
「あなたが応募してたやつだと思うわよ。でもね……今日仕事が忙しかったから疲れてるだけかもしれないけど……さっきからこの箱、ゴソゴソ動いてる気がするのよねぇ。それに、何か獣臭いし。確か、こないだ応募した景品って……コアラのぬいぐるみ、だったわよね?」
「……いや、コアラ、ですね」
「うん、だからコアラのぬいぐるみ、でしょ?」
「……いや、コアラ、ですね」
「まさか、本物……の?」
「……はい、本物の、コアラ、ですね」
玲の声は驚くほど冷静だった。まるで、とうの昔にこの状況を受け入れていたかのように。
玲は普段、冗談やしょうもない嘘は言わない。そのことを一番よく知っている英莉子は、玲の発言の意味を理解し、発狂した。
「う、うそでしょーーーー‼」
英莉子は、驚きのあまり声が裏返る。
「どどど、どーすんのよコレ⁉ まっ、まさか飼うって言うんじゃないでしょうね⁉」
「マンションの規約的には……ギリセーフ……かと」
「いやいやいやいや。そういう問題じゃなくて、コアラなんてどうやって育てて——」
そんなやり取りを続けていると、業を煮やしたダンボール箱が、突如として口を開いた。
「なぁ~もう! さっきからうるさいメス供やのぉ~。とにかく狭ぁ~て薄暗ぁ~てしゃーないから、早よここから出してくれや」
不意に聞こえてきたその声に、母娘は顔を見合わせ、キョトンとした。
しばしの沈黙後——。
「は、箱が喋ったぁぁぁぁ!」
二人の絶叫に、ダンボール箱がビクッと揺れる。それを見た英莉子は、腰を抜かして尻餅をついた。そして、震える指で箱を指さしながら、声を絞り出す。
「れ、玲! あ、あ、あれって、ゲームとかに出てくる、あ、あれじゃない? ミ、ミ、ミミックとかいう……怪獣!」
その言葉に、ダンボール箱が素早くツッコミを入れる。
「誰が怪獣じゃい! 自分で言うのもなんやがな、わしは怪獣やのぉて珍獣や! とにかく早よ開けてくれや」
二人はこの信じがたい状況に、どう対処すべきか迷い、小声で作戦会議を始める。
「玲、どうする? 珍獣ってことは、やっぱり中身はガチのコアラってことよね?」
「でも、むちゃくちゃ喋ってるよ。しかも、コテコテの関西弁」
外で何やら小声で話をしていることに苛立ちを感じた様子で、ダンボール箱が催促してくる。
「おい、そこでゴニョゴニョ言うとらんと、早よ開けんかいなぁ。そんな心配せんでも、噛みついたり、引っ搔いたりなんかせぇへんから」
「こっちが気にしてるの、そこじゃないんですけどねぇ~」
「……お母さん。箱、開けてみる?」
「本気?」
「でも、このまま放置する訳にもいかないし」
「確かにそうだけど……」
「じゃあ、一応なにかあった時の護身用に、何か武器になるもの持ってきて!」
玲からの指示に、英莉子は戸惑う。
「ぶ、武器⁉ な、何がいいかしら……」
「何でもいいから!」
「じゃあ、包丁でいいかしら?」
箱の外から聞こえてくる物騒な会話に、ダンボール箱は思わずガタガタと震えだした。
「おいおいおいおい、包丁て! わしをどうするつもりや⁉」
「確かにリビングが血塗れになるのはちょっとヤダな……あっ、フライパンとかは?」
「それ、いいアイデアね。大きいのを取ってくるわ!」
「せやから、わし襲わんから。いや、襲えんから。めちゃ弱いからぁ~」
「念の為、です」
玲がダンボール箱と数回会話を交わしていると、英莉子が両手に何かを握って戻ってきた。
「持ってきたわよ、中華鍋!」
「よし……。じゃあ、開けるね……。行くよ、せーのっ!」
玲の手によって、ダンボール箱の上部を塞いでいたテープが破られたその瞬間——箱の中身が、黒ひげを蓄えた海賊よろしく、勢いよく飛び出した。
「パンパカパーン♪ はぁ~狭かったぁ。や~っと解放されたわ。腰バッキバキなるっちゅうねん。……っておい、あんた! ちゃっかり持っとるやないかっ‼」
箱の中身は、英莉子の手元を指さし叫ぶ。その指の先には、先ほどから聞こえていた会話の通り、中華鍋があった。それに加え、持ってきていないはずの、鋭利な刃物が握られていた。
「あ、すみません。やっぱりあった方が、いざという時に——」
「いやだから、いざという時とか無いから!」
「す、すみません」
「まぁ、ええけど。せやせや、菓子屋のにいちゃんから言えいわれてることがあったんやったわ。ほな言うで。あー、んん。『この度は、ご当選おめでとうございます。玉子動物園の閉園に伴い、コアラの銀仁朗の譲渡権を大原様が獲得することとなりました。末永く大切にしてあげてください』……って何でわしがこの台詞言わなあかんねん! 口恥ずかしいやないかい!」
銀仁朗の話を聞き、玲は改めてこの状況に呆然とする。
「あー、やっぱマジで当たっちゃったんだ……」
「そういうことや。ほな改めて、わしは銀仁朗や。見ての通り、か弱ぁて愛らしいコアラやらせてもらってます。以後よろしゅうに」
「よ、よろしくお願い致します」
「は、初め、まして」
二人は、真顔で会釈した。その表情からは戸惑いが隠しきれていなかった。
「なぁ、今の笑うとこやで。お二人さんが緊張しとるから、場を和ませよう思ってんけど、めちゃくちゃスベってもぉたがな! まぁええわ。で、あんたらの名前は?」
「あぁ、すみません、申し遅れました。私は、この子の母の英莉子です。そして、長女の玲です」
玲は両手を前にし、丁寧にお辞儀する。
「よろしく……お願いします」
「もうすぐ帰ってくると思いますが、次女の桜と、夫の健志の四人家族です。あ、今日からは四人と一匹家族ですね!」
「いや、お母さん。まだ片手に包丁持ってるくせに、受け入れるの早過ぎでしょ」
「あらやだ、忘れてたわ。片してくるわね」
ふふっと笑いながらキッチンへと戻っていく英莉子の姿を見つめながら銀仁朗が言う。
「なかなか愉快な母上のようやな」
「時々めっちゃウザい絡みしてくるのが玉に瑕ですけど」
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