懸賞に応募したら珍獣が当たったんだが

林りりさ

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【知恵の輪地獄】

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 学校から帰宅した玲は、リビングに着くなり、教科書のたくさん入った重たいリュックを床に無造作に放り投げ、ソファに深く腰かけた。
「はぁ~今週も疲れた~。あ、銀ちゃん。ただいま」
「おう、おかえりんさい。なんや、えらいお疲れはんやなぁ」
「そうなのよ。最近小テストが多くて嫌になっちゃう。あ、そういえば桜は?」

「ついさっき遊びに行く言うて出ていったで」
「そっか。お留守番ばっかさせてごめんね」
「いや、別にかまへんで。一人は嫌いやないし」
「そういや銀ちゃんってさ、朝みんなが出て行った後、何して過ごしてるの?」

「みんなおらんなったらやることないさかい、ずっと寝とる。桜のでっかい『たでーまー』の声で起こされるまでな」
「ごめんね、いつも騒がしくて」
「大丈夫や、だいぶ慣れてきたしな」
「そう言ってもらえると助かるよ。あ、私たちがいない間、何か困ったことはなかった?」

「特にはなかったかな。でも、寝てばっかりっちゅうのも退屈やし、なんか暇つぶしになるもんがあればありがたいなぁとは思いよったんやが」
 玲は、動物園でのコアラの様子を思い出してみたが、よいアイデアは思いつかなかったので、直接聞いてみることにした。

「うーん、暇つぶしか……。例えば、どんなものが欲しいとかある?」
「せやなぁ。一人でも遊べるもんで、何かええもんがあれば嬉しいかな」
「一人でも遊べるおもちゃ……。あ、なら知恵の輪とかはどうかな? 昔ちょっとハマってて、いくつか持ってるんだ」

 銀仁朗は、初めて聞く単語に首を傾げた。
「知恵の輪って何や?」
「んー、実物見た方が早いよね! ちょっと待ってて、取ってくるから」
「すまんな、おおきに」

 玲は小走りで自室へと向かった。しばらくすると、金属が擦れるガチャガチャという音が聞こえてきた。やがて、何かを手に握りしめながらリビングに戻って来た。
「あったよ! とりあえず一個だけど、もうちょい探せば、もっとあると思うよ」
 銀仁朗は、知恵の輪をじっと見つめた。これが遊ぶ道具とは到底思えず、改めて首を傾げた。

「うーん? なんやこのけったいな形した金属の棒は? どないして遊ぶんや?」
「今、二つの棒が絡まってるでしょ。それを外すだけ」
「何やそれ。ほんなもん簡単やないか」
「どうかなぁ。では、お手並み拝見と行きましょうか。はい、どうぞ」

 玲から知恵の輪を手渡された銀仁朗は、二本の金属の棒にある隙間と隙間を重ねたら簡単に外れるだろうという安直な考えを抱いていた。その横で玲は、そうは行かないよと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべていた。

「こんなんちょちょいで仕舞いやろ……ってあれ? なんやむっちゃ絡まってもうとるがなこれ。んんー、取れん」
「あはははっ。さっきまでの勢いはどこへやらだねぇ」
「ちょい待ちや。ここの隙間にこっちを入れてみたら……ってあかん、入らへん! こんなん無理やがな」
「ちょっと貸してみて。ここをこうして……っと、ほれ」

 玲は、銀仁朗に向けてドヤ顔をキメた。
 銀仁朗は、先ほど全く取れる気配のなかった知恵の輪を、いとも簡単に外してしまったことに驚きを隠せないでいた。
「なっ、何でや?」
「知恵の輪はね、コツがいるんだよ」
「そ、そのコツとやらは、一体どうやるんや」

「それはねぇ……内緒」
「なんでやねん!」
「答えすぐに知っちゃったらつまんないじゃん。ほら、もう一回やってごらん」
「よっしゃ、今度こそ取ったるで!」


 それから一時間近くが経った頃、英莉子がパートから帰ってきた。
「銀ちゃんただいま……って、あなたどうしたの? そんな浮かない顔して」
 英莉子は、銀仁朗の表情をみるや、何かのっぴきならないことでも起きたのではないかと心配した。
「母上……おかえりんさい。ちょっと集中してるさかい、放っといてくれるか」

 銀仁朗からそう言われ、英莉子はひとまず安堵した。よく見ると、銀仁朗の手に見覚えのある物が握られていることに気づいた。
「あぁ、なるほど。知恵の輪をやってたのね。あら、それ玲がお出かけする時にいつも持ち歩いてたお気に入りのやつだわ。懐かしいわねぇ」

「小一時間やっとんやが、取れへんのや」
「これはね、こっちのここに——」
「あかんあかん。ネタバレはNGや!」
「それもそうね。でも、銀ちゃん、目が血走ってるわよ」
「さっきから出来そうで出来ひんでなぁ。イライラするのぉ、知恵の輪!」

 そう言うと、銀仁朗は知恵の輪を床に放り投げた。
「でも解けた時の快感も大きいのよねぇ」
 これが解けた時のことを想像した銀仁朗は、英莉子の言う通りだと思い、再び知恵の輪を手に取った。
「確かにそうかもな。もうちょっとだけ頑張ってみるわ」
「ほどほどにねー」

 英莉子と銀仁朗の会話が終わると、自室に戻っていた玲が再びリビングにやってきた。
「銀ちゃん、残りの知恵の輪見つけてきたよー、ってまだそれやってたんだ」
 銀仁朗は、目線を手元から玲のほうに向け、嘆願する。
「玲……。ヒントくれ!」

「銀ちゃん、目が血走ってるじゃん。大丈夫?」
「こないなもん渡してきた玲が悪いんやで! わしを知恵の輪地獄から解放してくれ~」
「あー、なんかごめんなさい。じゃあヒントね。右の棒にある、ここの隙間と、左の棒のどこかを重ねてみてください」
「あぁ、ここんとこやろ。それなら何回もやったけど、無理やったで」

「場所は合ってるけど、重ね方が違うんだなぁ。もうちょっと工夫してやってみて」
「工夫言うたかて、これをこんなやり方しても入ら……ハッ!」
 その瞬間、一つなぎであった知恵の輪は、二つの金属棒に変貌した。
「取れたね!」
「取れたぁ~。やっと取れたで~。あかん、嬉しくて泣きそうや」
「銀ちゃん、さっきより目が血走ってるよ」
「これはイライラやからやのぉて、ウルウルやからや」

 知恵の輪地獄からの解放に感涙していると、桜が帰ってきた。
「たでーまー。お姉ちゃんと銀ちゃん何やってんの……って銀ちゃん泣いてる? お姉ちゃん、銀ちゃんに何しでかしたのさ⁉」
「銀ちゃんに知恵の輪貸してあげたんだけど、一時間くらい格闘して、さっきやっと解けたんだよ。それが嬉しかったみたい」

「銀ちゃん、知恵の輪も解けるのかよ! あんた本当にコアラなのか?」
「コアラやで。もっかい背中にチャックあるか確認するか?」
「そだねー、そうします」
 桜はニヤニヤしながら、これ好機と、銀仁朗の体中をモフモフし始めた。
「冗談やがな、桜っこ……っておい。や、やめい!」

「銀ちゃん嫌がってるでしょ。離してあげな」
「へーい。でもやっぱ普通じゃないよね、銀ちゃんって」
「もう私は決めたの。銀ちゃんは普通のコアラでも、ペットでもなく、銀ちゃんという生き物だと思って全てを受け入れることを!」

「玲、なんか仰々しいなぁ。でも、そんくらいの感じで接してくれたほうがありがたいかもやな」
「じゃあ、桜もそうするー。銀ちゃんは、新しい家族であり、友達ってことにしよう!」
「わしは、何でもよろしいで」

 玲は、知恵の輪を気に入った(?)銀仁朗に、もっと他にも楽しめるものを与えてあげられないかと考えた。
「ねぇ銀ちゃん。今まで他に何して遊んだことある?」
「あー、昔はよぉトランプしよったなぁ」
「トランプできるの⁈ ……いや、もう私は驚かないって決めたんだった。何でも受け入れるんだ……」

「玲、無理せんでええで。少しずつ慣れていってくれたらええから」
「あ、ありがとうございます」
「なんや敬語に戻っとるで。話しよったら、久々にトランプやりたなってきたなぁ」
「じゃあ、晩御飯の後でちょっとやってみる?」

「ほんまか! そりゃ楽しみやなぁ」
「私もうすぐテストがあるから、ちょっとだけだよ」
「おう、ほなチャチャっと飯食いまひょ。母上、晩御飯の用意よろしゅうお願いします」
「はーい。言われなくても、もうすぐできますよー」
「さすが、母上!」
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