元悪役令息の僕は今世でたった一つの愛に揺れる

陽花紫

文字の大きさ
3 / 8

僕の学び

しおりを挟む
 あれから僕は、ユウトと距離を置いていた。

 連絡先を消したわけでも、全てをブロックしたわけでもなかった。
 ただ、こちらから何も送らなくなっただけだ。

 大学では、極力顔を合わせないように努めていた。
 時間割をずらして、昼休みもずらして。学食じゃなくて、コンビニ飯で済ませるようになっていた。

 前世の僕なら、このようなことはしなかっただろう。
 拒まれたらなおさら追いかけて、相手の生活に割り込んででも、この存在を示していたはずでもあったんだ。

 でも今は、そんな気力もなかった。僕は確かに、恋に敗れていたのだから。

 空いた時間は、バイトを増やして埋めていた。
 身体を動かしていないと、余計なことを考えてしまうからだ。
 マッチングアプリは、完全にやめていた。
 もう誰かで代用することができないと、はっきりとわかったからだ。

 それでも、時間は進んでいく。

 やがて季節が変わり、キャンパスの空気も少しずつ軽くなっていった頃。

 周りは楽しそうな声で溢れているのに、僕一人だけが、取り残されていくような気がしていた。

 ある日、講義が終わって建物を出たとき、久し振りにユウトの姿を見かけていた。
 写真サークルの仲間と一緒にいたけれど、こちらに気づいた瞬間に、彼は足を止めていた。
 視線が、合う。

 一瞬、逃げようかと思っていた。
 でも、もう逃げるような理由もない気がして、僕はそのまま立ち尽くしていたんだ。

「……リオ」

 名前を呼ばれただけで、胸が痛む。

「久しぶり」
「うん」

 それだけで、会話は途切れてしまう。
 その気まずさに耐えかねたのか、一緒にいた仲間たちが、気を利かせて先にどこかに行ってしまう。

 僕たちは二人、近くのベンチに座っていた。

「元気だった?」
「まあ、ね……」

 それは決して、嘘ではなかった。楽しくはないけれど、生きてはいた。

 しばらく黙ってから、ユウトは静かに口を開いた。

「……あの後、さ……」

 なぜだか嫌な予感がして、続きを聞きたくないと思ってしまう。
 けれどユウトは、僕のほうを向いてこう言った。

「リオがいなくなってから、俺も色々考えてみたんだ……」

 胸が、ざわつく。

「ずっと、俺は、リオの気持ちから逃げていたような気がするんだ」

 意外だった。
 ユウトが、そのようなことを口にするだなんて。

「正直、今でもよく分からないんだ。男とか女とか、そういうのも……」

 ユウトは、目を伏せたまま続けていく。

「でも、リオがいなくなって……。初めて気づいたんだ。俺、リオのこと、当たり前に隣にいる存在だと思ってたんだって」

 前世の僕なら、この言葉を勝利宣言みたいに受け取っていたのかもしれない。
 でも今は、ただ、静かに聞いていた。

「失ってから気づくって、最低だよな」

 自嘲気味に笑うユウトを見て、少しだけ、ほんの少しだけこの胸の痛みが和らいでいくような気がしていたんだ。

「……それで?」

 促すようにそう言えば、ユウトは意を決したように顔を上げていく。

「俺、リオと一緒にいたい。恋って言葉を使っていいのかは、まだよくわからないけど……でも……」

「ユウト……」

「離れたくないんだ。リオと」

 胸の奥が、じんと熱くなっていく。
 前世では、甘い言葉も、頑なな誓いも、その独占欲も、全てが当たり前であるかのように僕には与えられていた。
 でもそのどれもが、僕が選ばれ続けることへの保証にはならなかったんだ。

 今、目の前にいるユウトは。
 迷っていて、不器用で、それでも自分の意思でここに立っていた。

「……ねえ、ユウト」

 僕は、ゆっくりと言葉を選んでいく。

「僕は、本気なんだ。ありきたりな恋で終わらせたくはないし、お互いに都合のいい存在になるのも嫌なんだ」

 ユウトは、真剣な顔で頷いた。
「うん」

「だからさ。……もしも選ぶような時がきたら、ちゃんと僕のことを選んでほしいんだ」

 沈黙が、落ちていく。
 その時間が、前世よりもずっと重く、誠実であるかのように感じられていた。

「……わかった」

 ユウトは、少しだけ照れたように笑っていた。
 その表情に、胸が高鳴る。

 ――好きだ。

 強く強く、そう思った。

「時間はかかるかもしれないけど、それでも俺は……。リオだけを選びたい」

 その言葉は、派手でも、劇的でもなかった。
 それでも確かに、僕ひとりだけに向けられていたんだ。

「そっか」

 それだけを答えて、僕は、初めて素直に笑えたような気がしていた。

「大好きなんだ、ユウト」

「……ありがとう」

 ちやほやされなくても、僕は生きていけるんだ。

 前世では理解できなかったことを、僕は今世で、ようやく学びはじめていた。
 僕のこの恋は、まだまだ終わることがないだろう。

 それでもきっと、今度こそ、刺されて終わるようなことはないだろう。
 少なくとも、僕の隣にいるのは、ちゃんと僕のことを考えてくれている、たったひとりのユウトなのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

当て馬系ヤンデレキャラになったら、思ったよりもツラかった件。

マツヲ。
BL
ふと気がつけば自分が知るBLゲームのなかの、当て馬系ヤンデレキャラになっていた。 いつでもポーカーフェイスのそのキャラクターを俺は嫌っていたはずなのに、その無表情の下にはこんなにも苦しい思いが隠されていたなんて……。 こういうはじまりの、ゲームのその後の世界で、手探り状態のまま徐々に受けとしての才能を開花させていく主人公のお話が読みたいな、という気持ちで書いたものです。 続編、ゆっくりとですが連載開始します。 「当て馬系ヤンデレキャラからの脱却を図ったら、スピンオフに突入していた件。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/239008972/578503599)

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

付き合ってる彼が、時々ネコになるんですが・・

蒼井梨音
BL
偶然見ていたバスケの試合で、見かけたバスケ部のエース・宗像響也。 一緒にバスケをしたい、と同じ高校に入り、バスケ部に入った、駿。 運良く響也と付き合うことになった駿は、ある日、響也から秘密を聞かされるーー ※大学生編も書いてみたいんですが、いつになるかはわかりません。

ギャルゲー主人公に狙われてます

一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...