元悪役令息の僕は今世でたった一つの愛に揺れる

陽花紫

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恋人になったはずなのに

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 あれから僕は、ユウトとお付き合いをはじめていた。

 たしかに、言葉としてはそうなったはずでもあったんだ。

 あの日、ちゃんとお互いに頷いていたし、決して曖昧なままに流したわけでもなかったはずだ。

 ――それなのに。

「……これ、付き合ってるって言えるの??」

 自室のベッドに寝転がりながら、僕は天井を睨んでいた。
 スマホには、ついさっきユウトから届いたメッセージ。

『今日の写真、現像うまくいった!』

 それだけだった。
 ハートマークもなければ、好きという言葉さえもない。

 以前までの関係と、一体何が違うというのか。

 手を繋いだ回数は、片手で数えられるほどしかない。
 キスなんて、もちろんしたことはなかったんだ。

 帰り道も、相変わらずほんの少しだけ距離を空けて歩いていた。

 まるで、友達の延長線上。
 いや、延長線上にすら乗れているのかも怪しかった。

「……余裕、なのか……?」

 一方的に、そう思ってしまうことが嫌だった。

 ユウトは、何も変わらなかった。
 相変わらずのんびりしていて、マイペースで。人当たりもよくて、誰とでも自然に言葉を交わしていた。
 写真サークルの連中とも、相変わらず仲がいい。

「ユウト、これ見てみろよ」
「すごいな」
「だろー?ここをこうして設定すると、こんな写真が撮れるんだ!」
「へえ、初めて知った」
「おい、俺がいろいろ触ってて発見したんだぞ?」

 時には、ユウトの周りに男が二、三人集まって、カメラの話だの、次の撮影場所だのを楽しそうに話している姿を見かけたことも何度かあった。
 僕は勝手に、胸の奥をもやもやとさせていたんだ。

 ――あれ、僕の恋人なんですけど。

 けれど声に出したら負けてしまうような気がして、黙ってスマホをいじるふりをする。

 前世なら、あのような輪の中に僕は間違いなく割り込んでいた。
 腕を取って、肩を抱いて、彼は僕のだと嫌でも示していただろう。
 でも今は、そのようなことができないでいた。
 そもそもできるはずもないし、したくもなかった。それでユウトに嫌われてしまったら、それこそ本末転倒だ。

「リオ、今日バイト?」

 いつの間にか近づいてきたユウトが、何でもないような調子で聞いてきた。

「うん」
「そっか。じゃあ帰り、先行くから」
「……うん」

 それだけで、会話は終わってしまう。

 その背中を眺めながら、僕はまた、よくないことを考えてしまう。

 ――僕なんかより、あいつらといる方が楽しいんじゃないのか?

 そのようなはずがないと、頭の中ではわかっていた。
 けれどこの感情は、そう簡単には割り切れない。

 ユウトは、僕よりもその心が広かった。
 家族にも愛されて、友達にも囲まれて、きっと失うことにも慣れていない。
 それに比べて、僕はどうだ。
 愛されることに執着して、失うことを常に恐れて、恋人になった途端に、こんなにも不安になってしまう。

「……ああ、めんどくさい」

 それでも、ユウトのことを考えずにはいられなかった。
 確かに付き合いはじめたはずであるというのに、恋人らしくなるには、まだまだ時間がかかりそうでもあったんだ。

***

 ある日、僕はユウトの実家に遊びに行っていた。

「うち、来る?」

 それは、あまりにも軽い誘い方で。
 まるでコンビニにでも行くみたいなノリだったから、僕は何も深く考えずに頷いていたんだ。

「母さんたちも、リオに会いたいって言っててさ」

 その一言に、胸が少しだけ跳ねたのも事実だ。

「そうなんだ、いいよ!」

 ――会いたい、か……。もちろん、恋人として?

 そう都合よく解釈した僕は、すぐさま後悔をすることになる。

 ユウトの実家は、想像以上に賑やかでもあったんだ。
 玄関を開けた瞬間に、ユウトを呼ぶ声やおかえりという声が飛び交って、奥から子供が走ってきた。
 母親らしき人は朗らかで、父親は少し無口そうだけれど、家族は全員穏やかな雰囲気をしていた。
 兄弟も多くて、その日は親戚まで顔を出していたらしい。

 ――いや、ちょっとこれ……。多すぎない?どんな集まり?

 人の気配だけで、少し圧倒されていた。
 でも、ユウトはそのような中でもいつものように笑っていた。
 誰に声をかけられても笑って返して、僕の存在を忘れているわけではないのに、大して特別扱いもしなかった。
 それが、妙に胸に引っかかる。

「……で、この子が?」

 母親が僕を見て、にこやかに尋ねていた。
 ユウトは、少しだけ間を置いてからこう言った。

「大学の友達」

 ――……は?

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 頭の中でその言葉を繰り返して、ようやく意味が追いついていく。
 友達。恋人じゃなくて、ただの。
 僕は笑顔を崩さなかった。そもそも、崩すことができなかった。

「リオです。ユウトとは、いつも一緒で……」
「へえ、仲がいいのねぇ」

 仲がいい。
 その表現が、やけに刺さる。
 その後も、僕は他の人と同じように常に笑顔でその輪の中に佇んでいた。

「ユウトにいちゃん、こっちにきてよ!」
「えーっ、僕のほうだよ!」
「わかったよ、一緒に遊ぼう」

 皆、当たり前であるかのようにユウトのことが大好きだった。
 それが少し、羨ましくもあったんだ。
 家族に囲まれて、肯定されることを疑いもしないユウト。
 僕はただ、この胸を痛めるしかなかった。

「リオ、こっちに来なよ」

 けれど、ユウトはいつだって優しかった。
 僕の手をさらりと引いて、いつだって隣に置いてくれた。

 帰り道。
 並んで歩きながら、僕はずっと黙っていた。

「疲れた?」
「……別に」
「なんか、静かだからさ」
「……そう?」

 僕のことをちらり横目で見たユウトは、いつも通り余裕があって、
 僕の内心なんて、これっぽっちも気づいていないように見えてしまう。
 それがまた、腹立たしい。

 正直に言えば、見た目だって、僕の方が整っていると思う。
 はっきり言って、未だにユウトはもさかった。
 服装も地味だし、髪だって適当なのに。それなのに、人は自然とユウトのほうに集まってくる。

 ――ずるい。

 そのような感情を抱く僕が、情けなくて、悔しくて。
 それでも、止めることができなかった。

「……ユウトってさ、」
「うん?」
「本当に、余裕あるよね……」

 ぽろっと出てしまったその言葉に、ユウトは少しだけ困ったように笑っていた。

「そうかな?」

 その返事すら、僕には余裕であるかのように見えてしまう。

 恋人になったはずであるというのに、僕だけがこんなにも必死で。
 この気持ちをどう処理すればいいのかわからないまま、不満と嫉妬だけが、僕の心の中に静かに積もっていたんだ。
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