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キスがしたい
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あれから、僕とユウトは穏やかに過ごしていた。
何度もユウトの実家に通ううちに、いつしか僕は彼氏だと紹介されていた。
ユウトの家族は僕のことを快く受け入れてくれて、僕もまた、この静かな家にユウトを招いていた。
「リオの部屋、綺麗だな」
「そう?……寂しいだけだよ」
そう静かにその背中に抱きつけば、ユウトは眉を下げて笑っていた。
それでも、ユウトがいつしかこの家に来てくれるうちに不思議と寂しくなくなっていたんだ。
それに、ユウト専用のマグカップや歯ブラシなんかが増えていくたびに僕は幸せを感じていた。
ある日、ふとした拍子に僕は思う。
――キスが、したい。
付き合って、もう三ヶ月もたっていた。
そろそろ、頃合いなのではないかとも思っていたんだ。
前世の僕なら、きっとこんな些細なことで大して悩みもしなかっただろう。
名前を覚える前に唇を重ねて、相手の素性を知る前に、その肌の温度を知っていたのだから。
キスもその先も、感情よりずっと先にこの身が進んでいくのが当たり前でもあったんだ。
愛されているかどうかなんて、抱きしめられている間だけ感じられれば充分だった。
でも、今世は違う。
ユウトと付き合って、一緒に笑って、時には喧嘩をして、仲直りをしたりして。
それだけで胸が満たされる日々の中で、僕たちは、まだ手を繋ぐことしかできないでいたんだ。
指と指が絡むだけで、途端に心臓はうるさくなる。
それがどうしようもなく嬉しくて、それと同時に、もどかしくも思っていた。
ユウトは照れ屋で、そういった触れ合いには一切慣れていないようでもあった。
手を繋ぐだけで、びくりと震えて耳まで赤くなって、戸惑うように視線を泳がせる。
その反応が可愛くて、大切にしたくて、
無理強いなんて、絶対にしたくなかった。
それでも、僕はだんだん欲張りになっていたんだ。
「せめて、キスくらいはしたいなぁ……」
それは、決して前世のような衝動ではない。欲情とも、焦りとも違う。
ただ、ユウトに触れたい。
触れて、確かめたかったんだ。ユウトが、僕の一番近くにいる人なんだって。
——僕、こんなに誰かのことを大切に思えるんだ……。
そう初めて知って、僕は思わず笑みを浮かべる。
誰かに求められるためではなく、誰かを手に入れるためでもなく。
ただ好きだから、触れたいだけなんだ。
「あーあ、幸せ……」
前世では知らなかった感情が、今世ではゆっくりと育っていくようでもあったんだ。
それでもユウトは相変わらず、淡泊というか、落ち着いているというか。
恋人というこの関係に、すっかり安心しきっているようでもあったんだ。
「お待たせ」
「ううん」
「行こう」
当たり前のように、キスの話題なんかこれっぽっちも出てこない。
「そういえば、前に出した花の写真……まだ選考に残ってた」
「えっ、すごいじゃん!」
「賞取るまではいかないと思うけどさ、それでも……。どこまでいけるかやってみたいんだ」
「大丈夫だよ。ユウトならきっと、いい所までいくと思う」
「そうかな」
「そうだよ。じゃないと困るよ、せっかくデートの時間潰してまで写真撮ったんだし」
「ははっ、そうだな……」
何気なくその手は重なるのに、決してそのような素振りはみせなかった。
それが優しさなのか、それとも本当に僕たちには必要だと思っていないのかわからないまま。
僕の胸の内だけが、妙に騒がしくなっていく。
手を繋いで歩きながら、ユウトの横顔を盗み見る。
穏やかで、いつも通り。すぐ隣にいるのに、どこか遠い。
——早く、キスがしたい。
そのような願いを抱く日がくるだなんて、前世の僕が知ったらきっと、馬鹿にしたように笑うことだろう。
さっさと奪って、次に進めって。
でも今は、この願いでさえも、どうしようもなく大切なものであるかのように思えていたんだ。
せめてこの距離を、一歩だけ。
あとほんの一歩だけ縮めたくて、僕は今日も言葉を静かに呑み込んだまま、ユウトの手をぎゅっと握り返していたんだ。
***
それからも、ユウトは相変わらずだった。
連絡はまめで、約束は守る。
「好きだよ」
とは滅多に言わないけれど、それでも言葉は増えていた。
「次の休み、空いてる?」
「この写真、現像したら見せるよ」
「リオ、そっちじゃない。こっち……」
「えっ、うそ」
「地図だと、こっちだって言ってる」
「ほんとだ、さっすがユウト!」
デートは何回も重ねた、お互いの家にも何度も寄った。
それなのに、触れ合いだけは進まなかった。
手を繋ぐ、肩が触れる。顔を見合わせて、照れたように笑うことはあるけれど。
それ以上は、悲しいくらいに何も起きない。
ユウトは、僕たちのその距離に普通に満足しているようでもあったんだ。
それが、ますます僕を哀しくさせる。
それでもユウトは、手を離すときには名残惜しそうに指を絡めて、それだけで安心したみたいに微笑んでもいたんだ。
――あーもう、可愛すぎだろ……。
思わず、心の中でそう呟いてしまう。
前世の僕なら、このようにむず痒くて淡い距離感には決して耐えられなかったはずでもあったんだ。
それなのに今は、ユウトのことを大切にして、壊したくない気持ちのほうが勝っていた。
「ユウトは、さ……」
それでもある日、我慢の限界がきた僕は並んで歩きながら聞いてみた。
「キスとか……、したいって思わない……?」
足を止めたユウトは、少しだけ考えてから首を傾げてしまう。
「うーん……。正直、あんまりピンとこないかな」
悪気のないその声に、僕は静かに肩を落とす
「そう……」
「その、別に嫌とかじゃない……と思う……。ただ、必要だとは思ってなくて……」
その言葉に、僕は無理に笑って頷いた。
「そっか。……そうだよな」
——僕だけが、欲張りなのかもしれないな。
ユウトのその淡泊さは決して拒絶などではなく、むしろその安心の形なのだと、僕は頭では理解していたつもりでもあった。
でもそれでも、この好きという気持ちが募るほど、ユウトの肌に、その唇に触れたい欲も、静かに大きくなっていたんだ。
夜、一人になった部屋で。
スマホの画面に映るユウトの名前を眺めていた。
前世なら、きっとこの時点で答えを出していたはずなんだ。
合うか、合わないか。進むか、離れるか。
でも、今は違う。
時間をかけることを、誰か一人を愛することを、こんなにも大切に思っているのだから。
——それだけ、僕はユウトが大事なんだ。
そう思う僕に、また少し、惚れ惚れとしてしまう。
キスがしたい。でも、無理はしたくない。
その矛盾を抱えたまま、僕は今日も、ユウトの隣を並んで歩く。
何度もユウトの実家に通ううちに、いつしか僕は彼氏だと紹介されていた。
ユウトの家族は僕のことを快く受け入れてくれて、僕もまた、この静かな家にユウトを招いていた。
「リオの部屋、綺麗だな」
「そう?……寂しいだけだよ」
そう静かにその背中に抱きつけば、ユウトは眉を下げて笑っていた。
それでも、ユウトがいつしかこの家に来てくれるうちに不思議と寂しくなくなっていたんだ。
それに、ユウト専用のマグカップや歯ブラシなんかが増えていくたびに僕は幸せを感じていた。
ある日、ふとした拍子に僕は思う。
――キスが、したい。
付き合って、もう三ヶ月もたっていた。
そろそろ、頃合いなのではないかとも思っていたんだ。
前世の僕なら、きっとこんな些細なことで大して悩みもしなかっただろう。
名前を覚える前に唇を重ねて、相手の素性を知る前に、その肌の温度を知っていたのだから。
キスもその先も、感情よりずっと先にこの身が進んでいくのが当たり前でもあったんだ。
愛されているかどうかなんて、抱きしめられている間だけ感じられれば充分だった。
でも、今世は違う。
ユウトと付き合って、一緒に笑って、時には喧嘩をして、仲直りをしたりして。
それだけで胸が満たされる日々の中で、僕たちは、まだ手を繋ぐことしかできないでいたんだ。
指と指が絡むだけで、途端に心臓はうるさくなる。
それがどうしようもなく嬉しくて、それと同時に、もどかしくも思っていた。
ユウトは照れ屋で、そういった触れ合いには一切慣れていないようでもあった。
手を繋ぐだけで、びくりと震えて耳まで赤くなって、戸惑うように視線を泳がせる。
その反応が可愛くて、大切にしたくて、
無理強いなんて、絶対にしたくなかった。
それでも、僕はだんだん欲張りになっていたんだ。
「せめて、キスくらいはしたいなぁ……」
それは、決して前世のような衝動ではない。欲情とも、焦りとも違う。
ただ、ユウトに触れたい。
触れて、確かめたかったんだ。ユウトが、僕の一番近くにいる人なんだって。
——僕、こんなに誰かのことを大切に思えるんだ……。
そう初めて知って、僕は思わず笑みを浮かべる。
誰かに求められるためではなく、誰かを手に入れるためでもなく。
ただ好きだから、触れたいだけなんだ。
「あーあ、幸せ……」
前世では知らなかった感情が、今世ではゆっくりと育っていくようでもあったんだ。
それでもユウトは相変わらず、淡泊というか、落ち着いているというか。
恋人というこの関係に、すっかり安心しきっているようでもあったんだ。
「お待たせ」
「ううん」
「行こう」
当たり前のように、キスの話題なんかこれっぽっちも出てこない。
「そういえば、前に出した花の写真……まだ選考に残ってた」
「えっ、すごいじゃん!」
「賞取るまではいかないと思うけどさ、それでも……。どこまでいけるかやってみたいんだ」
「大丈夫だよ。ユウトならきっと、いい所までいくと思う」
「そうかな」
「そうだよ。じゃないと困るよ、せっかくデートの時間潰してまで写真撮ったんだし」
「ははっ、そうだな……」
何気なくその手は重なるのに、決してそのような素振りはみせなかった。
それが優しさなのか、それとも本当に僕たちには必要だと思っていないのかわからないまま。
僕の胸の内だけが、妙に騒がしくなっていく。
手を繋いで歩きながら、ユウトの横顔を盗み見る。
穏やかで、いつも通り。すぐ隣にいるのに、どこか遠い。
——早く、キスがしたい。
そのような願いを抱く日がくるだなんて、前世の僕が知ったらきっと、馬鹿にしたように笑うことだろう。
さっさと奪って、次に進めって。
でも今は、この願いでさえも、どうしようもなく大切なものであるかのように思えていたんだ。
せめてこの距離を、一歩だけ。
あとほんの一歩だけ縮めたくて、僕は今日も言葉を静かに呑み込んだまま、ユウトの手をぎゅっと握り返していたんだ。
***
それからも、ユウトは相変わらずだった。
連絡はまめで、約束は守る。
「好きだよ」
とは滅多に言わないけれど、それでも言葉は増えていた。
「次の休み、空いてる?」
「この写真、現像したら見せるよ」
「リオ、そっちじゃない。こっち……」
「えっ、うそ」
「地図だと、こっちだって言ってる」
「ほんとだ、さっすがユウト!」
デートは何回も重ねた、お互いの家にも何度も寄った。
それなのに、触れ合いだけは進まなかった。
手を繋ぐ、肩が触れる。顔を見合わせて、照れたように笑うことはあるけれど。
それ以上は、悲しいくらいに何も起きない。
ユウトは、僕たちのその距離に普通に満足しているようでもあったんだ。
それが、ますます僕を哀しくさせる。
それでもユウトは、手を離すときには名残惜しそうに指を絡めて、それだけで安心したみたいに微笑んでもいたんだ。
――あーもう、可愛すぎだろ……。
思わず、心の中でそう呟いてしまう。
前世の僕なら、このようにむず痒くて淡い距離感には決して耐えられなかったはずでもあったんだ。
それなのに今は、ユウトのことを大切にして、壊したくない気持ちのほうが勝っていた。
「ユウトは、さ……」
それでもある日、我慢の限界がきた僕は並んで歩きながら聞いてみた。
「キスとか……、したいって思わない……?」
足を止めたユウトは、少しだけ考えてから首を傾げてしまう。
「うーん……。正直、あんまりピンとこないかな」
悪気のないその声に、僕は静かに肩を落とす
「そう……」
「その、別に嫌とかじゃない……と思う……。ただ、必要だとは思ってなくて……」
その言葉に、僕は無理に笑って頷いた。
「そっか。……そうだよな」
——僕だけが、欲張りなのかもしれないな。
ユウトのその淡泊さは決して拒絶などではなく、むしろその安心の形なのだと、僕は頭では理解していたつもりでもあった。
でもそれでも、この好きという気持ちが募るほど、ユウトの肌に、その唇に触れたい欲も、静かに大きくなっていたんだ。
夜、一人になった部屋で。
スマホの画面に映るユウトの名前を眺めていた。
前世なら、きっとこの時点で答えを出していたはずなんだ。
合うか、合わないか。進むか、離れるか。
でも、今は違う。
時間をかけることを、誰か一人を愛することを、こんなにも大切に思っているのだから。
——それだけ、僕はユウトが大事なんだ。
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